オーロヴィル

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オーロヴィル

 



私達家族の住む町、オーロヴィルをご紹介します。

オーロヴィルは南インド、タミルナドゥ州、ポンディチェリー近郊の田園地帯に広がる面積約20平方キロの実験型エコヴィレッジです。そして同時に世界35カ国、約1700人の人々がヒューマンユニティーの実現を目指して協働を続ける世界市民の町でもあります。

今世界では人間活動にもとづく地球環境の悪化が深刻化し、ライフスタイルの変革が叫ばれていますが、オーロヴィルは新しい住環境の構築を目指すひとつの実験場としてそのモデルの提示に挑んでいます。

オーロヴィルは1968年の発足以来、経済的、文化的、環境的に自立した持続可能な自然循環型社会の創造を目指して来ました。
その初期の活動は、まず水、食糧、エネルギーの自給を目標に、表土の流失した広い荒野にすぎないオーロヴィルに一本一本植林することから始まりました。そして、いくつかのダムや貯水池の建設による治水がなされ、有機農法、有効土地利用他、様々な栽培方法が研究され、やがて風車、ソーラーシステム、バイオガス等エコエネルギーの開発と利用も発展してきました。現在、空から見るオーロヴィルは200万本の木に覆われた緑豊かな森林都市に生まれ変わり、組織的にはインド有数のバイオリソースセンターとなっています。

オーロヴィルは、精神活動のセンターとして造られた「マトリマンディール」と呼ばれるドームを中心に、現在、5つの区域に区画整理が進められています。 それらは 
1) 教育、文化、芸術、スポーツなどの文化ゾーン。 2)町の機能を支え、外部とのビジネスを図る産業ゾーン。 3)様々な国の生活文化を展示紹介したり、交流を助けたりする国際ゾーン。 4)プライバシーの尊重をベースにコミュニケーションとシェヤリングの図られた居住ゾーン。 5)上記4つの区域を取り囲み、そこから食糧の完全自給が見込まれている農地、森林のグリーンベルト。
これらオーロヴィルの全体像を将来上空から見ると、全ての構造物がマトリマンディルを中心に螺旋状を呈して配されるようデザインされています。

経済システムとしては、域内のインフラサービスを徹底することによって金銭の使用を排除することが目指されてきました。まだ達成はされていませんが、今はその前段階として「プルトゥスアカウント」というキャッシュレスシステムが取られています。
現在オーロヴィルには学校が幼稚園から高校まで9校あります。これらの全体を通じた教育理念は地位や財産という目的を追求する手段としての教育ではなく、自然に対する感受性や創造性など、精神面の発達が十分配慮され、個人の独自性や自発性が尊重されるものとなっています。

この他にも住環境を画期的に改善する色々な試みがなされていますが、こういったオーロヴィル独自の様々な取り組みの原点にはインドの哲学者シュリ・オーロビンド(1872年〜1950)とフランス人、ミラ・アルファッサ、通称、マザー(1878年〜1973年)の思想があります。
「オーロヴィルは、全ての宗教、政治、国籍を超えてあらゆる国の男女が平和と向上的調和に向け、共に生活を営むことのできる国際的、且つ普遍的な町となることを目指す」「オーロヴィルの目的は人類の和合を実現することにある」・・・後略・・・。これは1965年、オーロヴィルの発足に先立ち、マザーによって示されたオーロヴィルについての声明です。
オーロヴィルの創設から35年が経つ現在、目指されてきた計画や取り組みには多くの成功事例もありますが、また批判もあります。いずれの地にも、社会を維持する知恵として、伝統的な制度や規範、拘束力というものがありますが、ここではそれは希薄で、より高いものを目指す意志がそれに取って代ることが期待されています。もし個人の支配欲や攻撃性、s過度の執着心といったエネルギーが強ければ調和はたやすく乱されます。リーダー亡き今、オーロヴィルの進路は構成員一人一人のよきものを目指す心「Good Will」にかかっていると言えるでしょう。

高い理想を求め、実現するためには精神的な理念の核がどうしても必要です。その点ではいかなるコミュニティーも一種、宗教的側面を持たざるを得ませんが、ここではその思想や理念が押しつけられることは決してありません。
多様性の中から国際理解と平和、そして理想社会のあり方を模索する「実験都市」としてのオーロヴィルの位置付けは、国連を始め多くの公的機関の賛同を得、インド政府からは特別の地位を持つ自治地域に指定されています。

以下は「夢」と呼ばれるマザーの言葉です。

                  「夢」

地球上のどこかには、どこの国にも属さない場所がなければならない。
そこは、誠実な向上心を持った善意の人々が「至上の真実」という唯一の権威のもとに世界市民として自由に住めるところであり、人間の闘争本能は人の苦痛や、悲惨を取り除くため、あるいは自らの弱さと無知を克服して自身の限界性や無能性を乗り越えるためだけに使われるような、そんな平和と調和と同意の地である。そして精神性や向上に向ける関心の方が、遊びや物質的享楽の追求よりも重要な場所である。
 そこでは、子供たちは自らの魂(souls)との絆を少しも失うことなく成長し、真の人間性が開発されることが可能である。そこでの教育は試験に合格するためや、証書、地位などを手に入れるために為されるのではなく、人間として存在する能力をより豊かにし、新しい才能を引き出すために行われる。
そこでは世間の「肩書き」や「地位」はコミュニティのために奉仕し、組織立てるべき「機会」(opportunities)にとって代わられる。また、各個が日常的に必要とするものは平等に与えられ、理知的な道徳性や精神の高邁さは快楽や権力意識の増大に向けてではなく、義務感や責任感の成長となって全組織の中に反映される。
 絵画、彫刻、音楽、文学などの芸術的創造の美しさには全ての人々が平等に接し、取り組むことができ、それらがもたらす歓びをいかに享受しうるかは社会的地位や経済的条件によるのではなく、各個人の芸術的能力にのみ委ねられる。
 この理想の地においては金銭はもはや人や社会を支配するような力は持たず、個人における内面の価値は物質的な豊かさや社会的地位よりもずっと大きな重要性を持つ。
 そこでは労働は生計を立てるための手段ではなく、自分自身を表現し、自分の能力や、可能性を開拓するためにある。そして、個人が全体の一員として共同体に奉仕する間、共同体は各個人が必要とする糧を供給し、活動の領域を支える。
 (要約すれば)、一般社会にあって、しばしば競争や対立で構成されがちな人間関係は、そこでは協力と真の同胞愛によって善を成そうとする見習いあいに取って代わられるということである。
 地球上には無論まだこのような理想を実現する準備はできてない。人類はそれを理解し、わがものとするだけの知識も、それを遂行するに不可欠な意識力もまだ獲得していないからである。だから私はそれを夢と呼ぶ。
 しかし、その夢は現実のもとなる途上にある。

 

オーロヴィルのオフィシャルウェブサイトは www.auroville.org

私達との連絡は kenval@auroville.org.in