玉人形(たまにんぎょう)
こども頃、冬には誰でも一度は作ってみるでしょう。手袋を丸めて人形を作ったり、炬燵の上のみかんに指を差し込んだりして、人形劇の人形を作ります。おもしろくなって遊んでいると、「食べ物をそんなことに使ってはいけません!」としかられたりするものです。そう、みかんのあの丸さというのは、玉に当ります。それが玉人形のはじまりです。そんなふうに、玉人形は生活の中では身近な存在です。身近であるがゆえに、そのことに気がつかないことがあります。
玉は、その形からわかるように究極のシンプルさを持ち、宇宙の星々が丸いことも、すべてが丸く収まるという完結さも持ち合わせています。また、「ぎょく」とも呼ばれ、宝石のように美しいという意味でもあります。昔は可愛い娘が生まれると、「お玉」をいう名前をよくつけました。八百屋の娘として産まれたお玉が、将軍家光の側室となり「玉の輿」という言葉も生まれたくらいです。そんな玉から生まれたのが、玉人形です。 小人のトムテの玉人形を見てもわかるように、演者が裸になりすべてがさらされる形になります。嘘がつけない人形でもあります。蹴込の中に演者が隠れて演じる人形とは、趣を異にします。着飾ることがありません。年配の俳優には、顔にそれなりのしわがあります。年相応の役をすることになります。玉人形も同じようなことが言えます。年とともの手のしわが増え、肌の張りも違ってきます。その時期にしか出来ない演目が出てきます。
「道行」の人形たちは、悲しい運命を背負っています。兄が妹を好きになり、妹も兄が好きになり、添い遂げられない思いが、若い二人を悲劇へと導きます。これの人形劇を、年をいってやれるかどうかは怪しい。年老いた手を見られて、老いらくの恋の果てに心中でもしたのかと思われるかもしれません。覗きカラクリなら出来そうです。人形の頭が玉になっていませんが、これも一種の玉人形です。 「道行」の原点は、人間まがいの中の「きょうだい心中」(山崎ハコ)です。歌は、国は京都の西陣町で 兄は二十一その名はモンテン 妹十九でその名はオキヨ 兄のモンテン妹に惚れて・・と始まり、何事かと鬼気迫るものがあります。オキヨは虚無僧の彼氏がいるからだめだと言い、虚無僧の彼氏を殺してくれたら一緒になれると答える。あるとき、オキヨは虚無僧に変装して覚悟を決める。兄は、その虚無僧が惚れた妹とは知らずに殺めてしまうという筋立てです。似た話は全国にあって、浪速悲歌(エレジー)の舞台は大阪で、明治に伝わる悲恋だとし、哀愁ある歌になっています。芝居や浄瑠璃が盛んだった江戸時代に、紆余曲折しながら伝え知ることになったのだと思います。だから、兄妹心中の中に、人形浄瑠璃の舞台が見えたとしても不思議ではないのです。もっといろいろ詳しく知りたい方は、「花迷宮 -聖 しいちゃん−」(久世光彦、平凡社)に書かれているので参考にしてください。 参考:山崎ハコの世界 スケジュール、業務受付窓口など 悲しみの表現
人形劇に関わるものとして、カラクリ人形芝居とか、絡繰人形(からくり人形)と言うものがあります。その中に品玉人形と呼ばれるものがあります。手品(奇術)を演じて見せるからくり人形です。玉手箱を開けるごとに、中の品物が変わります。動画「江戸時代の伝統工芸―からくり人形総集編」の中で紹介されています。他に茶運び人形・春駒人形・涼風車・段返り人形などの動画もあります。 また、玉が球形ということで、その利点を活かした球体関節人形があります。関節などにその玉を挟むことによって、手足を自在に動かせる仕組みになっています。人形劇にも利用されるが、どちらかというと、関節などの可動性を利用したアクションフィギアとして使われることが多い。ゴムが切れると人形がばらばらになる可能性があるので、生の舞台で使われるより、テレビなどの動画には向いていると言ってもいいかもしれない。それと、人形ではないが、楕円の球形で思い浮かべるのが、玉子です。卵とも言うけれど、さて、どう使い分けるのかがときどき問題になります。生物的な卵と食用の玉子、たとえばニワトリの玉子というように分けるらしい。ダチョウの卵でオムレツを作るのなら、ダチョウの玉子になるのかもしれない。
マトリョーシカ人形 ロシア民芸 水色×ピンク
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