投稿時間:02/08/05(Mon) 19:40 投稿者名:直人
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タイトル:計らい
>早いもので11回目になりました。 そうですね、もう11回になりましたか、中々良い話会いが続いていると思いますよ。 疑問、腑に落ちない点はどんどん真剣に聞いて下さいね。言われた事を実行するのもお忘れる無く。
>この言葉も最終的に治し方にしてしまいます。それでもよいと言うことでしょうか? それで良いです。ぶっつけ本番とは森田で言う計らいの無い生き方です。すべてに優先する 生き方だと思います。 別の言い方をすれば、ぶっつけ本番の生き方とは、完全に自己否定した状態です、それは 懺悔の状態です。
>「懺悔、治さない、治し方を考えない、ぶっつけ本番」などの言葉が堂々巡りしている 上に書いてある言葉はそれぞれ重要であり、一連の流れの各パートです。治癒の為に正しくは 懺悔をして治す事の間違いを理解する、治し方を考えない様になる、治し方を考えないと 自然にぶっつけ本番で生きる様になります。 治癒はぶっつけ本番の生き方(計らいの無い生き方)から出来るのです、この為に懺悔も 治さないも考えないも有るのです。
>「ぶっつけ本番で生きる」は理解できます。もちろん不本意なのですが そう貴方には不本意です、それは懺悔をして治す事の間違いを理解していないので不本意です。 しかし懺悔はいつの事か見通しが立ない、治す事の間違いは理解出来ない治さないは実行出来ない だが生は一瞬も待ってくれない。だから私は最終の答えを教えているのです。 計らいの無い生き方、自分をやりくりしない生き方、治さない生き方が治癒に導くのです。 それは結果的にぶっつけ本番の生き方なのです。
>受け入れ、症状から逃げず、がまんして今なすべきことをしていきたいと思っています。 これは人間として当たり前の事です、神経症とは関係ありません、だまって実行すれば良いのです。 この強調する言葉からは計らいのにおいがプンプンするのです。 必死で神経症を治そうとする努力が見えるのです、この努力が治そうとする事が病気なのです。 ぶっつけ本番の生き方には計らいが無いのです。治そうとする努力がありません。 その生き方から「かくあるべし」でない臨機応変、自由自在な自分を体現出来るのです。 それが治癒につながります。
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