投稿時間:02/09/25(Wed) 20:44 投稿者名:直人
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タイトル:目的と手段
常識では対人関係は上手くやるに越したことはありません。それがうまく出来ない時に 欲の深い幼児的な人は、これを改善しないと大損だと思い、直接的に自分を改良しようと 必死の努力を始めて、対人恐怖の神経症になってしまいます。 普通の人は常識が上手く出来なくても、ただ耐える、別の用件を始めて忘れてしまう 自分の欠点だなあと思ってうぬぼれる事なく受け入れて生きる。だから何も発生しません。
>人間関係はやはりひとつの目的的活動です。その過程で恐怖に陥ったわけです
人間関係が目的になるのは対人恐怖の神経症です、対人関係を良くしようと努力するのが 中心になった生活になります。人間関係を決して目的活動にしてはいけにと思います。 人生の目的は生活で有り、仕事であり自分の欲望の成功です。人間関係はその手段で しか無い。これが目的になるのが対人恐怖の神経症です。
>目標が全くなくなってしまったら、クライアントはひきこもりになってしまう
目標は対人関係では無いのです、対人関係は手段でしかない。目標は生活であり仕事で あり、自分の欲望の完成です。手段を目的にしたのが神経症の囚われですね。 ひきこもりはその究極の姿です、対人関係が完全に目的になり、それの目的に自信が 無くて、大事な生活と仕事と欲望を放棄した姿です。 対人関係は出来る範囲でやり、生活と仕事と欲望に目的を移すのが良いと思います。
>なまいきいって、ごめんなさい・・・。
そんな事は無いですよ、これからもよろしくお願いします。
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