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一 括 講 読

投稿時間:02/10/20(Sun) 16:02
投稿者名:直人
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タイトル:自由
>自分を変えたい、と思うこと自体はそんなに悪いことでしょうか?

自分を変えたいと思う事は自然な事で良いでしょう。多くの人がそう思う事でしょう。
しかしこれを1日に何時間実行するかは人により大きく違います、1日に10分も1時間も
10時時間もあります。
自分を変えるとの行為は、哲学者が自分を思索する行為と少し違う様に思います。趣味や職業
として思索するなら自分を知るが中心になって変えるとの思いは無いでしょう。
神経症者の思索には自分を変える、自分を治すが大きなウエイトを占めます。これは思索と言えず
改善の工夫であり改善の努力だと思います。強迫観念の願望の実現に努力させらされています。
これを毎日1時間以上行うのが神経症的な囚われだと私は判断しております。

>病弱な人間が健康な人間に、醜い人間が美しい人間になりたい、と思うことは自然な衝動だと思う

こういう具体的な事と対人恐怖を治したとの思いは基本的に違います。心と言うものは自己から独立
した存在で自己でコントロールはできません。自己が知り得た経験知識で勝手に起こり動きます。
直接対人恐怖を治そうとする事は心を変化させようとしています。こういった心の変化を自分で
自由に行う事は不可能です。
心の変化を可能ならしめるのは経験知識だけです。具体的な正しい経験知識を得る事が重要です。

>私は自分の才能に「限界」の線を引きたくありません

限界など引く必要など無く大いに発展したら良いと思います、ただ心だけは自分の努力ではどうにも
コントロールできない、また心は発展も成長も思うようにできません。
努力すればむしろ悪化したりする事もあります。
親鸞は悪人と自覚する人は必ず救われると言っています(悪人正機)、自分の中に有る悪人に満足
して生きよと言っています。
私はここに本当の自由があると思います。自分に囚われない自由があります。

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