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一 括 講 読

投稿時間:03/10/24(Fri) 13:14
投稿者名:naoto
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Cocoa therapyさんこんにちわ、お初です。
>何が何でも立ち上がってやるともがいている感じなのかしら?
>この場合、治らないと理解すること、受け入れると言うことですか?

「治らないと理解すること」これは違います、治るのです治らないとのウソはいけない。
「何が何でも立ち上がってやる」に問題が有ります、この思い努力の中に森田療法では
思い上がりがり、自己中心的な幼児性が有ると言われています。従って治そうとする
「何が何でも立ち上る」との根性は恥ずかしいことで、やってはいけない事なのです。
「治らないと理解する」ことでは無くて、治そうとする根性は「思い上がり、自己中で
幼児的」なので、恥ずかしい行為なので止めようと理解する事です。
これを森田では自覚と言うのですが、こういう自覚がしっかり出来れば治さなくとも
幸せに生きて行けるのです、そしたら治るという褒美、副産物が発生します。

>神経症の場合もこれに似てると言う事かな、何が何でも、抜け出すということ、
>違いは、、神経症は治りえる

まったくその通りです、不治の病と違って治ります。
自分で起こしているので、自分で注意すれば治るわけで、薬も医者も要りません。
これは宇佐博士も言っいますが、「神経症とは治そうとする病気」なのです。
「何が何でも、抜け出す」と言うことが病気であり、これをしないと抜け出せます
「治そうとする病気」は治すのを止めたら治癒します、治す努力は悪化になります。

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