投稿時間:04/08/20(Fri) 02:15 投稿者名:ND
Eメール: URL :
タイトル:無題
貴方は上がると言うことが病気であるのでは無くて、自分が上がることが許せない 上がるを耐えれないのが病気だと思います。 自分が上がるを許せて、上がる不細工さを耐えれたらそのまま治癒だと思います。 だから当然治癒は上がら無くなる事では無くて、上がる自分を許せて耐えれる事です。 自分が上がって失敗しても、ぐっと耐えれて許せて悩まず次のする事に進むのです。
ただ自分の上がるを許す耐えると言っても難しいでしょう。これが出来る様になる為には 自分にたいする自覚が必要です。 親鸞は「いずれの行いも及びがたき身なれば、地獄は一定の住家」と言われている いずれの行いも及びがたき身と言う徹底した懺悔、自覚が彼には有り、その自分なら 地獄も当然と受け入れて、人々の救済に活躍して行った。 この彼の厳しい自覚を見習いたいと思います。
地獄には当然、自分の不細工も他人の軽蔑も嘲笑も有るでしょう。それが自分だと 懺悔反省して受け入れて、地獄に有る不細工も軽蔑もものともせず活躍しました。 上がるから恥かしいと、あっちこっち行って考えて落ち込んでいるので有れば 彼(親鸞)のツメの垢でも煎じて飲むのがいいでしょう。
上がる自分を許せて耐えれるようになると、自分を治すものは何も無くなります。 自分を改善する思考も努力もいっさい必要ないことになります。 そうなると目に前の生活、仕事に思考、努力が移りバリナリとやりだす事になります。 多くの成功を生み、幸せが構築されるでしょう。 上がることに囚われ、考え苦しみ努力していた自分の間違いが良くわかり、そんな 無駄な事は永遠にしなくなります。 上がる上がらないはどっちでも良く、あまり感心が無くなるでしょう。 治癒となり幸せな生活が構築されるでしょう。
|