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一 括 講 読

投稿時間:04/09/18(Sat) 00:31
投稿者名:ND
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タイトル:無題
私の対人恐怖えの理解
今日は批判を恐れず厳しく、私の神経症えの理解を書いてみます。
対人恐怖の治癒と人間関係の向上は関係ないと思います、人間関係の向上をさせて対人恐怖を治癒させようと努力している、対人えの囚われが神経症そのものでしょう。
ここの書き込みでも、対人関係のことを書いたものが一番多く、改善を思考しています。こういった対人えの囚われが神経症そものであり、対人えの改善の思考の書き込みでは囚われの治癒は無いでしょう。

いったい何が治癒か?
それはいつも言っていますが「症状の事を自分の事を、考える時間が無くなる」事です。そしたら自然に明るく楽しく元気になって来ます。幸せで症状を治す必要も無くなります。
これがすべての症状に共通した神経症の治癒になります。
これに至る元は「自分を治し変え様としている事は間違った努力だ」との事が心の底から自覚される事にあります。そしたら神経症をまったく考える時間は無くなります。

なぜ考えなくなったら治癒するのか?
何も余計なことを考え無くなると、目の前の現実問題だけに専念する様になります。失敗しても苦しみの思考が無く、改善の思考をしないので、忘れている症状を思い出さない。
苦しみの思考が無く悪化せず、どんどん正常な人の心を取り戻します。
人間は本来、神経症は無く対人恐怖も無いのです、自分でそれを構築する事をしないなら人間の自然な姿が出てきます。そこには神経症も対人恐怖もありません。
当然人間関係は円滑に行われ満足の有る日々を送れるのです。

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