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一 括 講 読

投稿時間:18/09/14(Fri) 00:23
投稿者名:happiM
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タイトル:心と精神の正体
禅に「鐘が鳴るかや撞木が鳴るか、鐘と撞木の間が鳴る」との歌があるが、これはある一定の性質を備えもつ身体があって、そこに外界の刺激が加わるとはじめて精神活動が起こるものであることを示したものである。
しかも、精神は鐘と撞木の中間に存在するものではない。精神という固定した実体があるのではない。
薪が燃えるときに、一瞬もその形を一定に保ち続けることができないのと同じように、内界と外界の間で相関的にたえず流動変化しているもの、それがすなわち精神である。薪でもない、酸素でもない。燃焼の現象がそのまま精神である。
外界の事象である撞木が当たって、内界である鐘がはじめて実質的な振動を起こす、これがすなわち精神現象である。
「鐘と撞木の間が鳴る」では ない。「撞木当たれば鐘が鳴る」である。

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