30歳、女性、リンゴさんの対人恐怖、治癒の過程を解説します 05/09/06 直人さん、はじめまして。私は29才の主婦です。 人間関係がうまくいかない事態に陥ると、一日何時間も考え込んでしまう日が続きます。 それは、事態が改善するか、もしくは耐えられなくなって逃げ出す(仕事を辞めるなど)かするまで続きます。 そんな状態が、長いときは何ヶ月も続きますが、逃げ出したあとは割と短期間でまた普通の精神状態に戻ります。 05/09/07 今までは、こんな苦しみが一生続くのだろうかと絶望していました。でも今は、いつかこの囚われから抜け出せる かもしれないと、希望をもっています。直人さんの下で真剣に取り組んで、幸せになりたいと心から思っています。 05/11/29 今日は良い報告ができません。先日、対人に囚われて何時間も考えてしまいました。 今までは、囚われそうになってもやめることができたのですが、今回は思考を止めることができませんでした。 治さず今ある自分で明るく生きるというのは、簡単ではありませんでした。 05/12/08 対人関係がうまくやれるようにならなくても、この苦しみが消えるならそれでいいと思っていました。 でもよく考えたら、対人関係がうまくいかないままなのに苦しみがなくなる訳ないですよね。 私は、話しに入っていけなくて孤立したら、自分の居場所がなくて不安になるし、ものすごい疎外感に 陥ります。そして、それが原因でバイトを辞めたりしてしまいます。 直人さんの言う「治さない」とは、そういう苦しみはこれからも続くが、それでも自分を変えてうまく やろうなどとせず、苦しみから逃げずに懸命に生きろということでしょうか? 05/12/19 以前から、「とにかく考えないを実行するのがいい」と言われていましたので、ここ三ヶ月間、自分なりに 「考えない」を続けてきたつもりです。「考えないを行うと自然に理解できてくる」と言われますが、 三ヶ月続けても、自然に理解できたことは一つもありません。 頭で理解して(しようとして?)分かった気になっているだけで、だからいつも間違えてしまうのだと思います。 体で覚えるというか、体験して分かるという機会がなかなか訪れないので、正直少しあせっています。 05/12/24 私は今まで対人について「考えない」・自分の欠点を「治さない」・理想の自分に「変えない」ということを 神経症の治癒のためにやっていたことに気づきました。でもこれからは、「神経症を治さない」ことに決めました。 私が理解しやすいように言い直させてもらうと、「対人恐怖症を治さない」です。 私の対人恐怖症は、極度の人見知り、大勢の会話に入っていけない、人の視線が怖い、人にどう思われている かが気になる、社会の中で人間関係をうまく築けない、などです。 これらを治そうとしたり、改善しようとするのをもうやめます。 ここで初めて治さない考え無いが本物になって実行できる様になりました、ターニングポイントですね。(直人) 06/01/09 対人については、私にできるのはこれが限界なんだと認めてうまくやるのを諦めたら、なんだか考えることが なくなってしまいました。失敗したりイヤなことがあると、後でふと思い出しはするのですが、 「でも、私にはあれ以上できないんだからしょうがないよな〜」と思うと、もうそれ以上考えることが なくなってしまいます。なので、最近は長時間考えるということはありませんでした。 06/01/22 私は、対人恐怖症とは人が怖くてうまく関われない病気だと思っていました。 でもそうではなく、対人に囚われて治そうとする病気だと、直人さんに教えていただきました。 そうか!対人に囚われてうまくできないのが病気なんじゃなくて、それを治そうとすることが 病気だったんだ! 自分では決して気付けなかった真実に、目が覚めた思いでした。 06/02/26 そういえば、仕事を探す上で、神経症のことは忘れていました。以前は、神経症を治す訓練として 早く働きたいと思っていたのですが、今は家計のため、そして、自分の時間を有意義に過ごしたい という気持ちから、純粋に働きたいと思っています。今気づきました。びっくりです。 06/05/29 「あなたはどんな病気ですか?」と聞かれて、「対人恐怖症です」と答えたら自己改善による治癒が あるような気がして、治そうとしてしまいます。でも、「自分を治そうとする病気です」と答えたら、 治療法は「治すのをやめる」。それ以外にないことが分かります。 私は、対人恐怖症という言葉に、ずっと惑わされていたのかもしれません。 06/07/24 対人についてですが、うまくできなくても気にならなくなってきました。帰ってから思い出すことは少しありますが それを考え込むことはほとんどありません。もちろん、その場では不安になったり逃げ出したくなったりしますが。 でも、その恐怖も以前ほどは大きくないような気がします。 06/08/31 会社の食事会がありました。相変わらず話しには入っていけませんでしたが、家に帰ってから考えたのは 3分ぐらいでしょうか?「やっぱりダメだったな〜」と思い出してしまったのですが、「次はこうしよう」とかは 考えませんでした。うまくやる方法に関しては、意識的に考えないようにしてる訳ではないのですが、 なんだか考える気にならなくなったみたいです。 06/09/03 私は、自分への執着心が異常に強く、囚われやすいということを忘れずに、神経症は考えない治さないで 前向きに生活し脅迫観念が起こっても無視していこうと思います。 06/09/06 やはり「考えるのは悪いことだ」との自覚が必要だと思いました。自覚がなければ、考えないと思うことで逆に 考えてしまう。自覚があれば、無理に「考えない」と思うことはなく、考えたら中止できると思います。 06/09/29 自分が異常だったことに気づいて、「考えるのはもうやめ!」と思ったら、問題は何も解決していないのに、なぜか 気持ちがスーッと晴れていったのです。そのあとは、今まで悩んでいたのが嘘のように、明るく過ごせていました。 「うまくいかなくとも苦しくない道がある」とは、このことだったんですね!出口のない思考から救ってくださって、 本当に感謝しています。ありがとうございます。 ここで囚われからの解脱の安楽さを体験できて、治癒が始まりました。(直人) 06/10/06 今週は、神経症のことをほとんど考えずに過ごせました。一週間がとても早かったです。神経症を相手にしないでいると 余計なことを考えなくてすむのでとても楽です。以前、「道で人とすれ違うだけで緊張してしまう」という書き込みを したことがあるのですが、今になってみると、なんでそんなことにこだわっていたんだろう?と思います。 06/10/24 今思えば、偶然直人さんのHPに辿り着いて、病気の正体が囚われだと知ったこと、それが全てだったような 気がします。《治そうとする病気だから、治すのをやめる。囚われの病気であり、治すものは何もない。》 心からそう思えるようになるには、ずいぶん時間がかかってしまいましたが。 今はもう、100万円あげると言われても、治すのはお断りです。 自分や神経症について、考えたり治そうとしたりすることは、本当になくなりました。強迫観念のご主人様も 無視され続けてつまらなくなったのかもしれませんね(笑)まだ、たまーに話かけてくるときがありますが、 そんなときは無視、無視です!相手にしないことが唯一の必勝法ですね(^^)v 06/11/08 大学時代あまり話したことのなかった人とも楽しく話すことができました。二次会は不参加の予定だったのですが、 盛り上がって飛び入り参加してしまったほどです。途中で、何のためらいもなく側にいる人に話しかけている 自分に気付き、私ってこんな人懐っこかったっけ??と、首をかしげていました。 06/11/17 自分や神経症に関することを、ぜーーんぶ考えなくなりました。今思えば、「治さない」とはどういうことか…を 放棄するのが、一番難しかったように思います。 でも、一度放棄してみると、それすらも「考えない」に反していたということが分かります。治癒された方が、 「とにかく実行してみてください」と言われるのは、このためだったのですね。 考えなくなって何が変わったかは、言葉ではうまく説明できません。気持ちが楽になったとか、明るくなったとか 言えないこともないのですが。とにかく、考えなくなったら、考えなくなるんです(笑) 「もう考えないぞ!」と決意して、考えそうになったら中止して。そのうち、考えないっていいな♪と思い始めて、 もう考えるのなんかイヤだと思う。そうしているうちに、ふと考えないでいる自分に気付きます。 今まで、ふと考えている自分に気付いていたように。今度は考えないのが普通になります。 06/12/08 今までなら「自分を変える」か「このままで苦しむ」かの2つしか道がありませんでした。 そして、苦しいままはイヤなので、なんとかして治そう・変わろうとしてきました。 でも今は違います。私には、直人さんが教えてくれた3つ目の道があります。それは、「相手にしない」です。 これから先も、職場に溶け込めなくてつらい思いをすることがあるかと思います。でも、つらいと感じることが 悪いのではないですよね?そうではなくて、そのことばかりに固執することが、幼稚で情けないことなのですよね。 自分を変えて、ダメなところを治して、人間関係がうまくできる社交的な人になって、こんなつらい思いはしないで 生きられるようになりたい・・・。なんて自己中でワガママで欲張りだったんだろうと思います。 そして、なんて小さいことにこだわっていたんだろうと思います。本当に情けないです。 自分の行った間違いを心より自覚できたので、もう後戻りする事は無いでしょう。(直人)