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一 括 講 読

投稿時間:17/09/01(Fri) 15:16
投稿者名:happiM
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タイトル:神経症の全治には背水の陣が必要
神経質の症状の治るには、背水の陣という事が最も必要な事です。背水の陣というのは、兵法で敵前に、
川を後にして陣をしいて、逃げる事のできないようにする事です。退却する事ができないと確定すると、
突進して血路を開くよりほかに方法が尽きてしまう。・・・これを必死必勝といいます。
「窮すれば通ず」といって、神経質の症状は、みなこの心境になりさえすれば必ず全治する事ができます。

しかし我々は、ことさらに驚こうとしても、驚くことはできない。試みに死を覚悟しようとし
てみても、その覚悟ができるものではない。驚くことも必死も、みなただその境遇と条件とに
よってのみ、はじめてできることである。すなわち、外界の境遇と主観とは一にして二ではな
い。境遇を離れ、思想によってそれを仮想しようとすることは、それこそ思想の矛盾でなくて何であろう。
右に挙げた私の方法は、けっして理論ではなくて、実際に体験させるものである。もしこの
方法を、暗示法や気合術と同一視しようとする人があったら、それはともに論じるに足りないのである。

投稿時間:17/09/01(Fri) 17:06
投稿者名:happiM
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タイトル:神経症の全治には背水の陣が必要02
順序立てておいても、実際にそのことに当たって見ると、先方の出方によってこちらの予定はすっかり崩れてしまうことが多い。 このような場合、ただ当たって砕けるという態度で事件のまっただ中に突入すれば、そこにおのずから臨機応変の処置がとれるものである。それは武道でいえば捨て身の態度であり、背水の陣である。 ことさらに自分で勇気をつけたり、自信をもとうとあせったりする必要はない。そのときに臨んで、はじめて勇気と自信が湧いて出るのである。 ほんとうの勇気というものは、理論的な工夫によって得られるものでもなければ、外からくっつけられるものでもない。それは、山に海に、社会人事に、あるいは白刃の下に、事実に当たって修養されたものでなければならない。(生の欲望P235)

投稿時間:17/09/01(Fri) 17:07
投稿者名:happiN
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タイトル:Re: 神経症の全治には背水の陣が必要02
この言葉は本当に良くわかる、私の症状は雑談ができないだったが、この「当たって砕けるという態度で事件のまっただ中に突入すれば、そこにおのずから臨機応変の処置がとれる」これの実行で今は雑談の名人になってしまった。即ち「白刃の下に、事実に当たって修養され」を日々長年実行して雑談の名人になった。 具体的にどう行うか手解きしよう、人と雑談する時は上手くやる方法を何も持たず丸腰、素手で相手の前に立つ、すると不思議に「臨機応変の処置がとれる」のです、即ちその場の空気に応じた冗談が次々と浮びます喋ります、本当に不思議な事であり面白い事実です、これの日々実行で名人まで登りつめたのです。


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