430号
2012年7月31日

主な記事のインデックス

 7・16さようなら原発十万人集会

 〜高校生に労働法教育を〜 
 ◇シリーズ 〜私と戦争〜
 連載  わいるどふらわー 36


 
  7・16さようなら原発十万人集会
 
「原発はいらない!」無視できない多数者の声

   東京に十七万人が参加!

 七月十六日、代々木公園で、さようなら原発集会が開催されました。開会三時間前ですでに駅前まで会場に向かう人でびっしり。着くまで三十分以上かかりました。
 参加者は、小さい子連れの方をはじめ、老若男女が様々に、やはり「組合動員」とはちがう様子でした。
 公共一般の集合場所はメインステージの裏でしたが、呼びかけ人らのメッセージに会場が沸いている雰囲気は充分伝わりました。十七万人の参加で、デモが出た頃は十七時。終着した頃には日も暮れて十九時過ぎになっていました。最後まで参加するのは、まさに体力勝負の集会でした。原発爆発事故は、将来にわたって生き物の命を脅かす異質な事故であり、そこに住み暮らしていた人達の営みを一瞬で奪いました。そんな原発を無くしたいという想いが、多くの人々を脱原発運動へと突き動かしているのだと思います。この日、公共一般からは三十二名が参加しました。  【松】

〜参加者の声〜
【Mさん】
 すごい人の数でした。山手線が、会場最寄りの原宿駅で降りる人のために、ホームでドアを開けていて、時刻通りの運行が出来ないほど。道路は人で埋めつくされていました。こんなにたくさんの人が、政府の原発再稼働に反対の声をあげ、行動している!この声は、もっともっと広がって、きっと原発をなくす力になる!と思いました。使用済み核燃料を最終的に処分する目処もないのに、再稼働して、恐ろしい毒、使用済み核燃料をどんどん増やして行くなんて、狂気の沙汰の限りである。福島の同様の古い原発、活断層の上にある原発。そんな危険な原発を一刻も早く、廃炉にする方針と計画が必要なのに、原発ゼロか、何%ならいいかという選択をせよなどとごまかし続ける政府には、本当に腹が立つ。

【墨田支部国保分会 Sさん】
 七月十六日、午前十一時四十分、原宿駅に到着すると、ホームは人に溢れていました。代々木公園迄の道のり、通常は十分もあれば着くところが、公共一般の旗を見つけるまで約一時間。あまりの人の多さに、驚くと同時に、感動しました。
 ご年配の方から、ベビーカーをひいた若いファミリーまで、老若男女が、大飯原発の再稼働の中止、原発の廃止求め、炎天下の中を集まりました。
 まさに、超党派。右も左もなく、ただ、原発の廃止、一点にのみ、思いを統一し、魂の叫びを上げました。政府、および、原発推進派の議員は、この熱き思いを真摯に受けとめ、再稼働の中止を決断して欲しいと思います。今、決断すべきことは、原発の廃止、消費税増税の撤回です。そして、原発に代わる、安全でクリーンなエネルギー開発に全力を上げて取り組んで下さい。


 
〜高校生に労働法教育を〜

 首都圏青年ユニオンには、公立・私立を問わず高校から労働者の権利や労働法に関する講演依頼がきます。高校生がアルバイトをする夏休み直前の七月上旬に呼ばれることも多く、先週は都立六本木高校に行って来ました。この高校は〇九年から毎年呼んでいただいています。高校生でバイトしている生徒はたくさんいますが、労働契約書を持っていないケースが多々あります。「アルバイトしている生徒は手を挙げてください。ではそのバイト先の雇用契約書を持っている人はもう一方の手を挙げてください」と言うと結果は惨憺たるものです。「仕事でミスするならもう明日から来なくていい」「試験期間中に休まないことが雇い入れる条件」などと言われるケースもあり、学校教育の中で労働者の権利を学ぶことの重要性を実感します。
 ある定時制高校に講演に行ったさい「バイト先を解雇された」と相談がありユニオンに加入させて交渉をしたこともありました。
 高校生・大学生でもバイトをする機会は多くあります。権利を知らないまま働くことの危険を組合から発信したり、学生が入れる本格的仕組みも考えないといけません。 


 ◇シリーズ 〜私と戦争〜

 二人の父の三月十日 保育ユニオン書記長・墨田支部 M

 私の父は昭和十年生まれ。栃木県足利市で生まれ育った。
 足利でも、市街地から離れて田んぼばかりの農家で育った。その為、食べるものに困ったりした覚えは特になかった、という。十歳上の兄(私にとっての伯父)は満州へ行っていた。伯父は終戦から二年経過し無事に戻って来られたが、当時のことを決して語らなかった。
 三月十日、十歳だった父は足利からでも東京の空は真っ赤に染まり、火柱が何本も空にのびているのが見えたと話す。
 反面、私の夫の父は江戸っ子で十一年生まれ。そのとき九歳だった。空襲の翌日が茨城県へ学童疎開する予定だったという。
 当時住んでいたのは墨田区立花。今は小学校になっているその場所には、広い敷地の工場があったという。
 三月十日、舅と七人の兄弟は両親に起こされてこの工場へ避難したという。
 「親父がな、どっかから布団を見っけてきてよ、姉弟たちに被せてなー。水を汲んできては布団の上にかけてなぁー。ずーーっと、ジャブ、ジャブ、何回も何回もかけてくれてな・・・・。あの布団と水はどっから見っけてきたんだかなぁ・・・・。」
と聞かせてくれた。
 東京では、毎日食べるものがなく、「腹が減ってしょうがなかったー」という舅は、白いご飯が大好きだった。当時は学校も行けず、あの頃は「辛かったな〜。」とよく話していた。
 二人の父の年のころは同じですが、東京と地方との思い出や経験は全く違う。しかし両者の戦争体験を聞くことが出来るのは、とても貴重なことだと思う。



 連載 わいるどふらわー36 〜花よ咲け 貧困と誇りの谷間に〜
作 小林 雅之 挿絵 中嶋 祥子 題字 岩下 和江

私のオルグノートから(その1)

「説明できることを」 



 このエッセイを連載するに当たり、「闘いから生まれたセオリーは火を継ぐ人々にとって貴重な財産。それをオルグとして書き残せるならば」と記した。セオリーなど本当に書き残せるのか。ずっと悩みながらここまで来てしまった▼労働運動は、賃金闘争や首切り争議も、結果は全てセオリーにして解き明かせるものでありたい。きっとその筈である。「僕は天才ではありません。自分がどうしてヒットを打てるかを説明できるからです」 名選手イチローの名言である▼二四年前この組合を準備するずっと前から私は正規と非正規労働者の断層近くで運動をしてきたように思う▼この三〇年で労働運動の地盤に大きな断層ができた。連合と全労連の事ではない。日本資本主義百四十年の昔より正規と非正規のプレートはあった。いま経済グローバリズムの強圧によって正規プレートは強引に押し下げられ、非正規プレートは激しく撥ね上げられ、それで生じた活断層に激震が走る▼実は公共一般の職場闘争は、官も民も直営も委託職場でも、全てこの活断層の上で起きた。公共一般や青年ユニオンはなぜこれほど戦闘的に運動を切り拓いてきたのかと問われることがある。活断層の上に立っているから、激震で破壊された度に復興を、もっと強度の組織化をと、ひたすら生き残りをかけ、闘ったからである▼今月、野田政権の「国家戦略会議」が、労働者を全面的に有期雇用に転換する方向を遂に打ち出した。手始めに公務員から着手し、年収の三分の一の金銭で解雇の自由が買える立法も検討される。連合会長も加わり、国民を使い捨て放題にする社会が国家戦略になるとは何たる亡国、恥知らずなことよ▼「正規がしっかりせねば」と議論する間にも官と財界は正規から非正規へシフトをやるだけ進めた。有期雇用の全面化は総仕上げを意味する。非正規の組織化を正規はもっと急げという、これは警告でもある。「非正規が闘うなら正規はもっと闘う」 これを闘争発展の弁証法と心得て、非正規の多様な結集に公共一般は捨て身で貢献してきたと言って良い▼ところがいま一部組合幹部の中で、「青年ユニオンは組合らしくない。組合内の青年部再建が優先」「個人加盟より正規の組合を強固にする事が先決だ」とする議論がある。どの組織が組合らしく、何が健全かといった考えは、多様性よりも既存組織へ優劣順に整列させようとする話である。現状への危機感をどこへ向けるかで、いつしか運動方針が後退しても不思議な事ではない▼連日オリンピックで沸き立っているが、ここにも似た話があった。若い日本選手が潜水泳法やスキージャンプ、フィギュアスケートなど多様に技術開拓してメダルを取り出したら規則が変わり押さえ込まれた▼多数の未組織非正規労働者を一人でも多く結集させるためには多様性を受け入れることだ。これもナショナルミニマムである。多様性には、正規に加えて非正規も委託労働者も失業者も、異なる潮流同士の共存も勿論含む。こんな自明のことに違和感を唱える議論はもう止して、敵の戦略に対抗する議論に集中しよう▼我々は資本家の生み出す活断層の上に立たされてはいても、自然の脅威はない。高い決意と不断の行動で打ち克つことができる▼我々は未来ある時代の真上にも立っている。将来いまの私たちを説明できる結果を作っていくのは、いまでしかない。