431号
2012年8月14日

主な記事のインデックス

 運動で決断迫る段階に 新国立劇場裁判、双方上告せず確定 
 すき家、四度断罪
  生活保護との差額解消にほど遠い不当な最賃引き上げに抗議を
 連載  わいるどふらわー 37



 運動で決断迫る段階に 新国立劇場裁判、双方上告せず確定

 新国立劇場が八重樫節子さんを九年前に不当解雇した事件で、最高裁から高裁へ差し戻された判決が六月二八日に出され、「合唱団員の八重樫さんは労組法上の労働者である」「団交を拒否したのは違法であり、これを拒否してはならない」と、中労委命令通りの判断を示しました。高裁は加えて、「(契約打ち切りの根拠にした)試聴会(オーデイション)については労働条件に関わる問題であるので、この事で団交を拒否してはならない」と、試聴会のあり方をめぐる労使協議にも新たな条件を切り開くことが出来ました。しかし、八重樫さんの地位確認(職場復帰)については、これまで裁判と労働委員会がいずれも不当判決を出してきたように、今回も勝ち取ることが出来ませんでした。

双方上告せず、直接交渉で決着の道を

 高裁判決後、労使協議を経て労使双方ともに最高裁へは再上告しないことになりました。これで司法上の係争は全て終結したことになり、判決・命令は確定したことになります。今後は財団側や文部科学省は、「裁判で係争中だから」との理由を持ち出して、争議解決を後送りにする不誠実な態度をとり続けることは出来なくなります。運動でしっかり相手を追い込み、一日も早い勝利解決を勝ち取ろうと、八重樫さんと支援共闘会議は決意をいっそう固めています。

財団から謝罪文(ポストノーチス)が通知される

 裁判の確定を受けて、都労委・中労委が団交拒否に対する救済命令の一環として「ポストノーチス」が早速財団側から音楽ユニオンへ通知されました。その全文です。「当財団が、平成一五年三月四日付けで貴ユニオンの申し入れた団体交渉を拒否したことは、不当労働行為であると東京労働委員会で認定されました。今後、このような行為を繰り返さないよう留意します。公益財団法人新国立劇場運営財団 理事長 福地茂雄」

職場復帰・試聴会の廃止・九年の慰謝料支払え

 九年間不法行為を謝罪一つせず、ここまでとり続けてきた財団と文科省側の責任は重大です。共闘会議は、八重樫さんの舞台復帰・毎年の試聴会の廃止・取り返しのつかない九年間の責任を謝罪と共に賠償することなどを、解決に当たって改めて当局に突きつけて、決着を迫ることになります。そのために、大々的に攻勢をかける運動の展開期を迎えることとなります。公共一般のメンバーが多く参加しての劇場前公演初日定例宣伝は毎月絶やさず継続しています。文科省行動、支援コンサートなど、皆さんのさらなるご支援をお願いします。
         


 
き家、四度断罪

 先日七月三十一日に、牛丼・すき家を経営する株式会社ゼンショーが首都圏青年ユニオンとの団体交渉を拒否した事件の高裁判決が出ました。ゼンショーは「アルバイトは労働者ではない」「首都圏青年ユニオンは労働組合ではない」という独自の主張をし、都労委命令、中労委命令では、ユニオンとの団体交渉に応じるよう命令が出ました。
その中労委命令を不服とし、命令を出した国を相手に東京地裁でゼンショーが原告となる裁判をしましたが今年二月十六日にゼンショーは全面敗訴。そのため、ゼンショーはさらに東京高裁に控訴しました。
 ゼンショーの主張について高裁判決では、非正規労働者が労働組合を作ることを敵視するような「独自の見解があるのではないか」とまで踏み込んで書いています。高裁判決を、首都圏青年ユニオンのHPにアップしましたので御覧ください。
http://www.seinen-u.org/sukiya.html
 なお、首都圏青年ユニオンはゼンショーの団体交渉拒否、組合員差別に関する損害賠償訴訟を行なっています。次回期日は、すき家従業員と首都圏青年ユニオン河添書記長の証人尋問を予定していますので傍聴支援をよろしくお願いします。



 
生活保護との差額解消にほど遠い不当な最賃引き上げに抗議を

 先日七月二十五日『一二夏季闘争勝利七・二五中央行動』が行われました。
 行動の目的は、野田政権の消費税増税を含む社会保障・税の一体改革関連法案の強行可決という暴走ストップ。公務員賃金引下げを含む労働者の賃下げ反対。全ての労働者の賃金改善に向けての最賃引き上げ。国民本位の予算実現です。とりわけ私たち公共一般の切なる要求である臨時・非常勤の均等待遇実現、「官製ワーキングプア」の解消にとって重要な行動となりました。
 中でも最低賃金をめぐる問題では、全国一律最低賃金制と最低賃金千円の実現の要求に対し、七月二十六日の中央最賃審議会(中賃)の答申ではAランク五円、BCDランク四円という昨年に続く低水準。格差容認の目安を受け、先日八月六日には東京地方最賃審議会専門部会が、東京都の最賃は八百五十円との答申が出されました。これは生活保護との差額二十円に対し十三円という七円分の乖離分を残す不当な内容でした。
 中賃審議会でも労働者委員は非正規労働者の増加など低賃金・不安定雇用が拡大し、格差・貧困問題が深刻化している中、誰もが生活できる水準への早期引き上げを求めたのに対し、使用者側は最賃引き上げが、中小企業のコスト増になり、経営難につながるとして引き上げ自粛論を始終展開したといいます。
 このような低水準な改定では、到底労働者は納得できるものではなく、極めて不十分な答申であると言わざるを得ません。引き続き、私たちはこの定額答申に抗議するとともに、生計費原則に基づいた最賃水準を達成し、全国一律千円以上の最賃実現に向けて奮闘していきましょう。
        


連載 わいるどふらわー37 〜花よ咲け 貧困と誇りの谷間に〜
作 小林 雅之 挿絵 中嶋 祥子 題字 岩下 和江

私のオルグノートから(その2)

相手に届く言葉」 




 労使交渉とは、めったなことで相手は首を縦に振らないものである。争議においてはなおさらである。それでも長い間交渉事に苦労させられているうちに、ある言葉が相手の首を縦に振らせる瞬間があることに気づかされた。「出来ることなら話し合いで」「早い解決を期待する」「ともに円満に収めるのが最良」 労働者に酷いことを押しつけている相手であっても、心を開いた言葉でこう切り出されては首を横に振るわけにもいかないからだ▼この言葉、相手の出方も知れない段階であるから、願望に留まった言葉である。「そうできれば良いのですが、それが難しいからこうしてやりあっているのです」「話が壊れれば即ち厳しい戦術も辞さず、と臨んでいるのですよ」 仮定形で表わした裏返しには、そんな恐い含みもこもった言葉なのである。それぐらい判っている相手にしてみれば、この組合が平和的に下出に出てきたと甘く受け止めたりはしない。それでも真顔になった風情で必ずこう応える。「全くご同感ですな」 ことさら大きなゼスチュアを加えながら頷き返してくる経営者も居る▼まるで儀式の様な情景だが、社交辞令でもない。なぜならば、これから展開される壮絶な闘争もいつかは収束させなければならない時が来る。その時に、かつて「円満に決着させたい」と、こちらが心を開いて述べたことを相手は忘れていないかもしれないし、こちらも一度は首を縦に振った相手の気持ちが今も内心に生きているならば、きっと和解の可能性があると確信にすることができるからである▼管理職が部下に不当な解雇通告をした事例もそうであった。数日後、労働者は組合を連れだって経営者の前に顕れた。どんなに違法な解雇か、うちはどんな組合かと説明をしだすと、経営者の顔にはしまったという様子が窺える。早く鉾を収めたいらしい。「何も分からない部下がやったのでしたら考え直せませんか。組合はいますぐ解決できます」 心を開かせる言葉である。「解雇理由を正式文書で示せ」などと逆戻しに追いこむなど禁物である。やがて経営者は、「解雇などとは誰も言っていない」と言い始めた。「そうでしたか。円満解決をよく決断されました」 相手の気持ちに寄り添う瞬間である。名誉ある撤退の道を譲れば、経営者も和平の道を選ぶ。後始末は色々残るが、首はまず返して貰えた訳である▼T区の非常勤保育士が解雇に遭ったときのことだ。結婚しても退職など考えず働き続けて下さいとまで言われて、一〇年近く働いてきたのに、突然遡って五年勤続者は全員解雇だと言われた。ストも構えて連日行動を行ってもらちが開かない。あるとき保育課長を取り囲んで保育士が懸命に訴えた言葉は今も忘れられない。「お嬢さんがこんな目に遭って、父親はどう思うでしょうか」 ふと課長をみれば涙を浮かべているではないか。解雇提案はその後無事に撤回された▼「もしご自分のご家族がこんな人権攻撃を受けたら、あなたはどう思われますか」 団交で非正規労働者が訴える言葉には、人間の心に呼びかけるものがある。人は攻撃されるいっぽうの言葉を投げつけられているうちは、ひたすら防御と反撃をしなければという思いで荒ぶれるものであるが、内心に深く届いた言葉には、心を開けることができる。闘っている相手も同じ人間であるところに、閉ざされた争議の扉を開ける大切な一つの鍵があると、私はこれからも信じ続けたいと思う。