432号
2012年8月28日

主な記事のインデックス

 改善要求したら勤務日半分以下

 公共一般 恒例・学びの旅 
 =新宿区路上喫煙パトロール分会=
 2012原水爆禁止世界大会に参加して 
 東京労働学校第一二一期を受講して
 連載  わいるどふらわー 38


 
 改善要求したら勤務日半分以下 デイサービス職場



 労働・職場環境の改善を上司にうったえた介護ヘルパーが「シフトを週四から週一に減らされる」などのいじめを受けています。
 労働相談に訪れたのは江戸川区のデイサービスセンター「みずえ倶楽部」「ひらい倶楽部」で働くМさんとYさんです。
「昼食休憩は利用者と一緒に取るように」「始業開始十五分前に来て(無償で)掃除をすること」「送迎後の時間の手芸などの利用者サービスはやらなくていい」―六月に施設長が替ったことをきっかけに、利用者と労働者を大切にしないコスト削減重視の運営に変わっていきました。それらに納得できないМさんとYさんは施設長や社長に意見をしますが、聞き入れるどころか、「決まったことにいちいち口出しするな!」「シフトをゼロにするぞ!」と脅され、実際に八月からは報復的にシフトが組まれました。

人権も守らないで利用者守れない

 МさんとYさんは東京介護福祉ユニオンに加入し、八月二十一日には本部と一緒に団体交渉に臨みました。残業代の未払いや休憩時間の労働に関しては、労基法違反だと認め、社長も「基本的にタイムカードを前提に行う」と述べました。
 しかし、「シフト減らし」に対しては「報復ではない」と言いつつも、「人事評価に関わることだからここでは答えられない」とその理由をまともに述べず。さらに、「シフトを従来のものに戻せ」との要求にも、「ここで即答できない」と応じる姿勢を見せませんでしたが、再検討を約束させました。

制度改悪が根本に

 「利用者さんのためにと改善提案すれば辞めさせようとするなんて誰のためのホームですか」と二人は怒ります。デイホームは介護保険制度のたび重なる改悪で経営が厳しくなる一方で、人権侵害も広がりをみせています。老人施設でのこうしたたたかいとともに、私たちは制度の抜本改善に向けたたたかいもさらに強化していかなければなりません。


 
公共一般 恒例・学びの旅
  福島原発と松川事件

 今年の公共一般の旅行は「闘いに学ぶ夏の旅」と題して津波・原発の被害と松川事件を学習してきました。
 南相馬ではMさんの案内で実態を見てきました。福島第一原発十キロ付近の田圃は試験的に稲を育てている箇所以外、荒れた草原のようになったままでした。
 放牧された牛たちの骨まで見えるほどに痩せてまともな牧草を食べられないでいる。町は震災で家々がつぶれたままになり、原発の影響とで回復の目途が立たず人気が無く、脱原発を強く感じました。泊まった宿では壁に残った水位の痕が、津波の恐ろしさを示していました。
 翌五日は松川を訪ねました。松川事件記念会のIさんにより、事故現場を案内していただき、十四年の歳月を経て無罪確定判決を勝ち取った一年後に建立された碑の前で、元被告の阿部市次さん(八十九歳)とこの日、米寿を迎えられた公共一般顧問のSさんに花束を贈り、全員で胸を熱くしながら「真実の勝利のために」(松川事件の歌)を合唱しました。
 国家賠償裁判に勝利した闘いの記録を保存してある福島大学松川資料室では、約十万点に及ぶ膨大な資料が収蔵されており、伊部先生の説明と自由に資料を見させていただくことができました。皆食い入るように見ていましたが、もっと時間がほしかった様です。権力犯罪の恐ろしさと被告たちの団結、家族会、救援会、弁護団、学者、文化人「松川守る会」らによる公正裁判と被告救援を求める草の根運動の力強さを感じました。帰りのバスの中では、山本薩夫監督による映画「松川事件」を鑑賞し、盛り沢山の充実した旅でした。【労働支部 U】


 =新宿区路上喫煙パトロール分会=

 
「必ず路パトに戻るぞ!」業者と ブローカーが組合員全員を排除

雇用継承を無視する新業者

 今年三月、新宿区路上喫煙禁止パトロール業務委託の入札が行われ、新たに株式会社クリーン工房(以下クリーン)が受託しました。結果を受け、組合は雇用を引き継ぐようクリーンに申し入れましたが、「今働いている人は雇うつもりはない」と拒否。
 組合は、発注元の新宿区に対し区からクリーンへ雇用継承の働きかけを行わせることで合意しました。

組合員全員が不採用にブローカーが排除に加担

 区からの働きかけにより、組合員を含むパトロール員全員が採用面接を受けられることに。しかし、結果は全員が不採用にされるという異常な事態になりました。
 その後、分会の報告により、クリーンにOというブローカーが雇われていることが発覚しました。Oは、二年前、路パト業務を二重委託で請け負った中心人物でした。組合は当時、二重委託の是正と共にOがいた業者を排除させ、労働者を元の業者へ雇用継承させた実績があります。Oが組合を敵視し、落札業者に取り入り組合員を排除したことは明らかです。

区は問題を黙認、放置する態度に終始

 組合は、発注元の区へ四月、七月と二回に渡り「ブローカーOを路パト業務に関与させないこと」「組合員全員を雇用させるよう業者に働きかけること」を求めて要請を行いました。しかし、区は「何も問題は起きていない」「Oさんはよくやってくれている」と、組合攻撃に対し何の改善策も措置も行わず、放置し続けています。

区、業者、双方に団体交渉申し入れ

 昨年、区は東京都労働委員会において「(区は路パトに)従事する労働する労働者により組織された団体(組合)から情報提供があれば、適切に対応する。」旨の確認を調書で交わしています。都労委をも軽視する区の反動的な態度は到底容認できるものではありません。
 八月十四日、クリーン、区、双方に対し「Oを辞めさせること」「業務の正常化」「組合員を採用させるよう」団交を申し入れ。路パト業務は、低い時給ですがフルタイムで働ける為、生活の苦しい高齢労働者にとって貴重な仕事です。皆一日も早く復帰したい中、四月以降、他の仕事をしながら何とか生活をつないでいます。今後の区、業者の対応次第では、組合としても厳しい態度で臨む決意です。 

 
 
2012原水爆禁止世界大会に参加して

  全国から七千人以上の人が集まった原水爆禁止世界大会。三日間で様々な交流が行われました。
 四日の開会総会の被爆者の話など毎年高齢化していく中で、なんとしても語り継ぎたいという被爆者の熱意に刺激を受けました。
 広島で被爆をしたTさんは、被爆直後軍人が救護に来たが、助けたのは戦争に行ける若い男性だけ。小さな女の子は見捨てられ、燃えさかる広島の町に歩いていった。「これが戦争なんです」と熱く語っていました。
 五日の青年分科会では被爆者の証言と参加者の交流でした。一つのグループが十人くらいで車座になり、被爆者の方に話しをしていただきました。参加者は、「こんなに身近に被爆者の話しを聞いたのは初めて。」「つらいことを思い出して話しを話してくれてありがたいと思いました。」「これからの自分の生活の中で何が出来るのかを考えたい」など、被爆者一人一人の人生を垣間見る事ができ、そして自分の生き方と重ねるきっかけとなる分科会でした。
 閉会総会では、福島県浪江町長のBさんの「自然エネルギーの開発に時間がかかるからというのではなく、今から開発をし始めるべき」との力強い発言もありました。
 いかなる核の被害者もうまない、核兵器ゼロ、原発ゼロの取り組みについて語られた三日間でした。
 被爆者から直接話しを聞ける機会は年々少なくなってきます。そのような被爆者の思いを、若い人たちも感じているのだと思います。
 二度と核の被害のない社会をつくっていきたいと感じる世界大会でした。
 



 
東京労働学校第一二一期を受講して

  今年の四月十四日〜六月三十日まで、東京労働学校に通いました。争議の最中で、しかも体調を崩していたので、毎回出席するのは想像を超えて苦しかったです。それでも毎回違う講師の方々がそれぞれの所属団体の立場を踏まえて、労働組合とは何かと語りかけ、組合がどのような歴史を辿り今日に至っているのか、生の言葉で語って下さったことは新鮮で衝撃でした。いま日本の組合の大方が企業の建物内に事務所を間借りして、自社の利益追求を最優先に強要されているのはなぜか?また、正規が非正規労働者と手をつないでこなかった弱点などがわかりやすく学べました。九九%の私たちが一歩踏み出し、連帯して声を上げれば社会は必ず変えられるという思いが、受講を重ねるごとに強く胸に迫りました。労働者が誇りを持って働き、人間らしく生き続けられる社会を実現する運動を続けていく必要があり、その先頭に立ち、中核を担うのが労働組合であるのだということが学べました。


連載 わいるどふらわー38 〜花よ咲け 貧困と誇りの谷間に〜
作 小林 雅之 挿絵 中嶋 祥子 題字 岩下 和江

私のオルグノートから(その3)

合い言葉」 




 方針を平明な標語に要約して表そうと思うとき、『合い言葉』がうまれる。スローガンに当たるが、公共一般には『合い言葉』の方が似つかわしい。『合い言葉』を広辞苑で引くと、「仲間同士の主張を端的に表す標語」とある。公共一般二十二年の運動を『合い言葉』がその特徴をよく表わしている▼『セパの団結を』。正規とパートは団結しようと呼びかけた。非正規が急増した九〇年代にこの言葉がパートから言い始まったところにも時代が反映されている▼『本工主義の克服』。非正規労働者への差別を克服しようと、組合運動で永く叫ばれてきたモットーである。二四年前、自治体労組の歴史で初めて職業的オルグという仕事人でやってきた私と一緒にこの言葉が持ち込まれた。当時はほとんどが直営業務と正規職員の時代であり、正規が中心なのは当たり前の世界であった。そこへ労働運動だけは正規中心主義はいけない、などとアンチテーゼを持ち込んだものだから、世界観の違いをめぐる様な思想闘争になった。解りやすく説くために私は「本工主義の克服」という、戦前から使われてきた言葉を持ち出した。「本工」は工場に雇われる常用工員。他方で臨時工や社外工が劣遇におかれてきた。公務職場に同じ構造を許していいのかと公務現場を訴えて歩いた。公務の職域に「本工」という揶揄も妙な話だが、賢明なる公務労働運動家は、この表現は実に解り良いと歓迎してくれて、どこでも用いられるようになった▼この実践の中から、正規の幹部活動家もパート組合に直接身を置いて責任を果たすべきだと、実にしなやかな連帯感が『二重加盟方式』を考案した▼ところが運動の発展は新たな矛盾も生み出す。それが『依存と請負でなく、自立と援助を』だった。非正規は正規に依存しない。逆に正規も何でも請け負はない。正規は労使関係の窓口を一本化して非正規の要求を囲い込まないで下さい。代って獲ってくれるのはあり難いけれど、肝心の私たちに闘う自覚が育ちません。私たちは自ら仲間を増やす喜びを知り、自ら闘い獲る力が欲しいのです。それが正規と非正規の正しい関係ではないでしょうか。そう正規組合に呼びかけたのである。正規には『請負でなく援助を』。パートには『依存でなく自立を』。これは「パート運動のテーゼ」となった。未だに克服しきれないところもあるが、当時のパートにとって宣言はかなりの勇気が要ったはずである▼『ピンチはチャンス』。多数の解雇が起きたらオルグは寝食忘れて働くこと。必ずや多くの労働者は団結し決起する。多数のピンチこそ拡大と反撃の一大チャンスと捉えるのがオルグだ。ピンチはチャンス、風雨強かるべしだ。この合い言葉は全国のオルグと現場を励ましてきた▼『人と仕事と金を一体に』。委託の実施が決まると首切り撤回は容易ではなくなる。そこで、人(今いる労働者)を、仕事(委託業務)と金(税金)と一体に引き取らせるのが行政の責任だと迫る。簡明だが強固な戦術表現である。争議行為も加わり、委託反対闘争に強力な戦法を編み出した▼『結果から原因に差し戻す』。民営化は美徳などと心得違いする行政に対抗して、あらゆる委託先で組織化を図る闘いをしてきた。過った結果は原因へ差し戻そうと、住民と共に直接行動で行政に攻め上る戦略を凝縮させた言葉だ。民営化された職場にも責任を負うべき自治体労働運動であれば、合い言葉の一つにでもなってくれればと、密かに思ってきたのである。