474号
2014年7月8日

主な記事のインデックス

 世田谷支部非常勤栄養士分会−残業代払わせたぞ!

 『ファストフード世界同時アクション』(上)
 連載 「カナリアは歌い続ける 13」
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世田谷支部非常勤栄養士分会

残業代払わせたぞ!



 世田谷区の学校給食現場で、出勤していないことにして実際は勤務をしている「幽霊出勤」が横行。
世田谷支部は団体交渉で未払い残業代を要求し、区が2年分の不払い残業代を支払いました。


栄養士の仕事増 不払い残業広がる
 世田谷区では、学校給食栄養管理嘱託員(非常勤栄養士)40人余が、正規の学校栄養士(都職員)のいない区立小・中学校に配置されています。
 非常勤栄養士が正規職員と違うのは、勤務日数・勤務時間が月平均18日、年間216日、1日7時間ということだけ。仕事の内容はほとんど同じです。
 最近では、給食の献立作成だけでなく、食物アレルギー対応や安全な食材の確保等々、仕事が増えています。
そうした状況下で、「幽霊出勤」(=不払い残業)が横行していました。
 分会代表の森田美恵子さんは1月23日の対区要求交渉で、「給食のある日が年間勤務日数の基準だが、給食のない日でも急遽、出勤せざるを得ないことがある。
人によっては年間216日を超えている。私も出勤日数を超過したので、「幽霊出勤」したことがある。日々の業務でも、7時間では収まらないこともある」と訴えました。
  
区が調査し「支払う」
 森田さんの訴えに、区・教育委員会は、非常勤栄養士全員の勤務状況を、2年前まで遡って調査。
その結果、 人余の非常勤栄養士に、年間216日を超過した勤務日数分や、アレルギー対応での残業代、総額約90万円を支払うとの回答が5月8日に出ました。
 森田さんは、「要求団交がきっかけとなって、残業が認められるようになってよかった」と喜びの声。
一方で、「仕事が増えて、規定の勤務日数や勤務時間に収まらないことが多くなっている。
「幽霊出勤」をしている人や、未払い残業をしている人は、もっと多いのかも。
仲間を増やして、どんどん声を上げていかなくては」と決意を新たにしました。


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時給1500円に!

「ファストフード世界同時アクション」(上)


 時給1500円に賃上げを求める、「ファストフード世界同時アクション」が5月初旬にアメリカ・ニューヨークで開かれ、首都圏青年ユニオン(青年一般支部)事務局次長で公共一般書記次長の神部紅さんとシャノアール(カフェ・ベローチェ)裁判原告のAさんが参加しました。現場からのレポートを紹介します。



 私は、5月初旬、アメリカ・ニューヨークで開催された「ファストフード世界同時アクション」に参加しました。
世界各地に展開するファストフードの大型チェーン店の多くが、労働者を低賃金・低待遇で使い捨てるように働かせることを前提に、経営規模を拡大しています。
これらを展開するファストフードの企業に(日本でいえば、飲食・外食産業やスーパー、コンビニなどの小売店も含む)労働者がどのように対峙し、労働運動をひろげていくのか。
意見交換や交流をして、刺激的な経験ができました。

「オバマ」格差是正を
 アメリカでは労働者から「雇用の質」の向上を求める声が増加し、オバマ大統領は所得格差の是正のため、最低賃金の引き上げに取り組む姿勢を取らざるを得なくなっています。
貧富の格差是正はオバマ政権の重要な政策課題となっています。一方、株価は連日のように史上最高値をつけていますが、人件費を抑えて利益を追求しようとする飲食業界の体質には大きな変化はみられません。

フルタイム労働でも貧困
 アメリカのファストフードで働く労働者の平均年齢は 歳( %以上が 歳以上)で、そのうち %が女性です。 %はフルタイムで働き、平均すると家庭の総収入の半分を得ています。そのうち %には子どもがいる状況なので、貧困にさらされながらダブルワーク・トリプルワークなどを選択せざるを得ない状況なのです。

組合結成に高いハードル
 さらにいえば、アメリカでは自由に労働組合の結成ができません。職場の中で過半数を組織しなければ労働組合の結成は認められないのです。
 例えば日本の労働組合のように労働者が1人、2人などで経営と交渉すれば、不法行為として罰則が与えられる状況にあります。
 また、職場内で過半数を組織しても組合結成の手続きに時間がかかるため、経営はその間に店舗ごと潰すなど、労働組合を通じた解決の道のりに時間がかかる、過酷な状況に置かれています。

店員や客に直接アピール
 ニューヨークのハーレム地区などで、営業中のファストフード店を訪ね、利用客や従業員に賃金や待遇改善を求めるアクションへの賛同を直接呼びかけるアピールを行いました。
私が回った場所はいわゆる貧困地区で、黒人・移民労働者が多く働いています。
英語が通じないなどの壁がありながらも、リアルな労働者の状況に触れることができました。
労働条件が悪くとも、勤務シフトを人質にされたり、不法滞在していることを移民局に通報されることなどを恐れて声をあげられないといった実態も聞きました。
 ファストフード企業は低賃金労働でもうけている多国籍企業のひとつの象徴です。
人間としての尊厳を求めて、まともに働き、暮らせる賃金にの声は、アメリカや日本に限らず、いまや世界にひろがっているのです。



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 カナリアは歌い続ける 13

作 八重樫 節子
挿絵 小林 武雄


「プラハの丘」


  一度は留学したいとの一念から、99年8月末、文化庁在外派遣研修員の申込書を、推薦団体(私の場合は二期会)に提出した。この段階では、ウィーン国立歌劇場合唱団を受け入れ先として交渉中ということにしてあり、文化庁への締め切りである10月末までに、それを確定させなければならなかった。
  9月に入って、ウィーンから新国立劇場(以下、新国)を通じて、研修の目的と略歴を英文で提出するように連絡があった。
その当時はドイツ語ではまともな文章はかけない状態だったので、英語で少しホッとしたが、パソコンなどはまださわったこともなかったので、文書作成には娘の協力が必要だった。
ちょうどその頃、我が家にオーストラリア人女性が2週間ほどホームステイをしていたことも幸いし、文章の添削もしてもらえた。
 その後10月27日付けで、やっとウィーンからの承諾通知が届いた。「研修生として合唱リハーサルに参加できること。
報酬をもらう権利はないこと。
期間中は私に傷害保険をかけること」の3点が書かれたシンプルな手紙だった。
これを文化庁に持参して、何とか手続きを終えた。この手続きをするのは文化庁の若い職員だったが、私が訪ねた時間がちょうどお昼休みだったため、机の上に突っ伏して寝ていたのは良しとして、彼の前には乱雑に積まれた山のようなファイルがあり、その中でひときわ異彩を放つものがあった。
「出前弁当チラシ」と書かれた分厚いファイルだ。これを繰りながら毎日昼食を注文するのだろうか?“文化庁”と言うイメージにあまりにそぐわないタイトルに、職員と話す5、6分間というもの、私の目はどうしてもそっちへ向ってしまうのだった。この話を仕事場に持ち帰り、皆と大笑いした。
  そしていよいよ11月24日面接となった。
入り口に「第二次」と書かれていたので、少しはふるいにかけられたようだ。
私より一回り若いテノールとソプラノで、共に二期会オペラで主役をつとめた2人と顔を合わせて、不安になった。
面接官は5人ほどだったが、中央に座っていたのは、高名な音楽評論家の遠山一行氏であった。
氏は私の書類を見ながら開口一番「八重樫さん、今まで本当にごくろうさまでした!」と言ったのである。心の中で思わず「やった!」と叫んだ。そんなにたいしたことを聞かれた記憶もなく、好意的な面接で、翌年1月下旬に結果が出るという。
  面接は気持ちよく終わったが、私たちを誘導する文化庁の女性職員(おそらく20代)の横柄な態度には辟易した。まるで自分が研修費を出してやらんばかりの態度。民間会社では到底通用しない人間と見た。
  いくら勝算があるとは言え、実際に合格通知を手にするまでは落ち着かない。
じりじりさせられながら、2月2日、やっと1月24日付の内定通知が届いた。
長年の夢である留学がこれで実現するのだ!その晩は家族ともども乾杯した。その年の特別派遣研修員は34名、うち音楽分野は8人だった。
  当初、2001年1月24日に終わるヴェルディ作曲「イル・トロヴァトーレ」直後に出発し4月中旬に帰国すれば、仕事に穴をあけずにすむと、新国側とも相談済みであった。
しかし、2000年の半ばになって突然文化庁から「研修は年度内で終わるようにしてください」という命令口調の電話が入る。
どうも前述の女性職員のようだったが、あまりに一方的な言い方に、私も少しムッとした受け答えをしてしまった。すると上司らしい男性にかわり、こちらは常識的な物言いだった。
ただでさえ年収の低い新国にあって、オペラ出演を1本ふいにすることは、40万円以上の損失だが、これは言うとおりにせざるをえなかった。
  全研修員の顔合わせパーティもあったが、私は仕事の都合上参加できなかった。どうやら留学の実務はJTBに丸投げされているようで、航空券や滞在費(日当という形で1日約1万円)も、すべてJTBから支払われるのだった。



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