日本版401Kの概要

いよいよ来年度にも導入される日本版401K。
正確には確定拠出年金といいます。
具体像もある程度見え、情報も増えてきていますが、ここでは極力加入者からの視点で語ってみたいと思います。

(1)確定拠出年金とは?

だいぶこの名前も知れ渡ってきましたが、おさらいしてみましょう。
典型的な特徴を以下に列記します。
 ・現役時代(若い時)に、決まったルールで掛け金を積み立てる。
  掛け金はあらかじめ「月XX円」のように決めておく。
 ・積み立てたお金は、各個人が自分の判断で資産運用する。
 ・定年退職した時に結果としてたまっているお金を、老後の年金として分割受け取りする。
こう書くと「なあんだ、貯金と同じじゃない!」と思った方、大正解です。
この制度は今までの年金と違い、基本的には貯金なのです。
これに
 ・年をとらないと受け取れない(お金の自由度が低い)
 ・貯金よりは資産運用方法が多様
 ・その他の制約を付ける
 ・その代わりに運用益等への税金を軽減する
といった要素を付けることで年金制度となるわけです。
ところで、確定拠出型年金は英語では「Defined Contribusion」といいます。
日本語は長いので、以下、「DC年金」と略称します。

次に、理解を深めるために、現在ある各種年金と比べてみましょう。
a)個人年金
これらは自分の給料の一部を定期積み立てして、老後に年金を受け取る制度ですから、非常に良く似ています。
DC年金との明確な違いは「もらえる年金額が確定していないがほぼ特定できること(保険なので最低保証がある)」と、その裏返しとして「運用先が決まっていること」です。
なお、このように自分の給料の一部を積み立てる制度を「個人拠出型」といいます。

b)企業年金
企業年金はDC年金とは大きく異なります。それは、「もらえる年金額が先に決められていること」です。
英語では「Defined Benefit」(略してDB年金)といいます。ということは、決められた年金を払えるように、何年かけていくらずつ積み立てをすればいいかを後で決めるということになります。
なお、一般には企業がこの掛け金を負担しています。給与天引きではなく、給与とは別に積み立てをしてくれるということですね(尤もその分だけ退職金と相殺する場合がほとんどですが)。
このように従業員の給与とは別に会社が掛け金を負担する制度を「企業拠出型」といいます。

c)厚生年金・国民年金
これら公的年金は「もらえる年金額が先に決められている」という点で企業年金と同じDB年金です。
違う点は、純粋な「企業拠出型」でないことです。厚生年金は労使折半、国民年金は個人拠出ということになります。

まとめると、DC年金の大きな特徴は「老後の年金額があらかじめわからないこと」につきます。今までの年金にはなかった発想です。ちょっと不安ですね。
尤も、何十年も先の生活費が確実に予想できるわけでもないし、その意味では給付額が確定しているDB年金といえども老後資金として万能ではありません。インフレで20年後の通貨価値が下がれば、いくら「月50万円の年金」がもらえても生活に苦労するかもしれません。

(2)なぜ、今、401Kなのか

日本に確定拠出型年金(以下DC年金と略称)の導入が検討され始めたのは数年前です。
ごく一部の専門家は以前からアメリカのDC年金について知っていましたが、既にかなりの水準の確定給付型(DB型)企業年金を準備している企業が多く、またその運営も今ほど深刻ではなかったため、本気で導入を考える人は殆どいませんでした。
ただ当時でも「既存の年金はポータビリティがない」との問題点は一部から指摘されており、大企業を中心に導入されている厚生年金基金については一定のポータビリティが確保できる仕組みが出来あがっています。一方中小企業の採用が多い適格年金についてはこうした仕組みがありません。尤も、まだまだ「一所懸命」「終身雇用」の時代で、企業も従業員も転職を好まない雰囲気でしたから、ポータビリティの充実を図る仕組み作りについてはさほど真剣には検討されませんでした。

しかしバブル崩壊により、年金財政は逼迫しだしました。企業も業績が厳しい中で体力を消耗しており、年金財政の赤字を穴埋めできなくなっています。業績悪化への対応策の一つとして人件費カットがありますが、多くの企業はまず給与カットをし、人減らしをし、いよいよ年金給付にも手を付けざるを得なくなったわけです。
でも、従業員に「ムチ」を振るうばかりではモラルも下がります。何か従業員に「アメ」をあげなければなりません。そういう意味でDC年金は多少なりとも「アメ」の要素をもっています。うまくやれば今までより沢山の年金を受け取れるかもしれないわけですから。

そして、従来のDB年金は、当初の予定が狂って赤字が生じた場合は企業がその全額を負担する仕組みになっています。まさにそういう経験を今している企業としては、こういうことが将来またおこるかもしれない、という「不安定さ」「不確実さ」に嫌気がさしているのも事実です。DC年金は企業にとってこうした「不安定さ」「不確実さ」を解消する手段でもあります。(その分が従業員に転嫁されるわけですが)

ということで、DC年金の導入は企業の悩みを解決する手段として検討され、実現しようとしています。


(3)退職金が401Kになったらどうなるか?

前にお話した通り、日本の企業年金制度は退職金制度を移行したもので、年金で受けとらずに元の退職金相当額を一度に受け取ることが少なくない制度です。「退職一時金積み立て制度」という皮肉を言う人があるくらいです。
さて、こうした性質を持つ企業年金制度が確定拠出年金(以下「DC制度」)になるとすると、事実上「退職金が確定拠出制度の特徴を持つ」ことになるわけです。
現在の政府案によれば、具体的には次の点が特筆すべき点であるといえます。

【デメリット】
○給付の額が確定しない。
現在の退職金は大体相場が決まっていて、大卒の定年退職者で2000万円程度といわれています。特に、同じ企業で同じような経路をたどった人であればほぼ同じ退職金がもらえるわけです。よって、自分が定年退職する人の退職金額は先輩などの話を聞けば大体想像がつきます。
しかしDC制度では、最終的に退職金としてもらう額は、その人がどんな資産運用を選択したかで大きく違ってしまいます。ですから同期入社でも退職金に差がついたり、予想したより退職金がかなり少ないこともありうるのです。
うまくやらないと、老後の生活に支障をきたしそうですね。逆にうまくやれば悠々自適の生活ができる可能性もあります。

○途中引き出しができない
今は、転職すると何がしかの退職金がもらえますので、これを元手にして事業を起こす人も多いでしょう。
しかしDC制度では、60歳になるまでは引き出しができませんので、事業資金に使うことは事実上不可能になります。

以上のことを考えると、退職金の全部がDCになることは不都合が多いといえます。住宅購入をローンに頼るといったスタイルが今までと変わらないとすると、こうした不都合を防ぐ方法は
 a)退職金の一部は従来と同じく一時金で支払う(一部だけDC制度にする)
 b)従業員の自助努力(貯蓄など)を奨励する
 c)DC年金の税制メリットを捨ててでも、お金の引き出しが自由な年金制度を独自で作る
といった方法が取られる可能性もあると思います。
筆者は、c)の方法はともかくとして、現実にはa)のパターンが多くなるのかなと思っています。

【メリット】
実際のメリットは企業サイドに多いのですが、従業員にとってもメリットの部分はありますので、その辺を中心に説明します。

○転職時に持ち運びができる(ポータビリティがある)
従来の退職金制度や企業年金制度は、退職すると一旦精算するのが一般的です。
つまり、それまでの勤続年数に見あう給付が計算され、それが一時払いされることになります。
一般には「年金制度」といっても若い人には一時金でしか支払わないためです。
この場合、もらった一時金を元手に老後の年金を準備するとすれば、個人年金に入るか自分で運用するしかありません。
DC制度もそう言う意味では同じなのですが、企業が用意した制度で運用できたほうがスケールメリットがあり有利になります。
要するに、ポータビリティがあるという意味は「転職しても、企業が運営する有利な年金制度へおカネを移せる」ということです。

○転職者や中途退職者には比較的有利
転職をお考えの方、あるいは転職経験者は、元の会社をおやめになるときに「なんでこんな少しの退職金なの」と思った経験があるのではないでしょうか。
現在の退職金制度は(以前お話した通り)、俗に「S字カーブ」と言われており、30〜40歳代の退職金を抑えて50歳以上あるいは定年退職者に厚い給付をする制度になっています。これは、日本的な「終身雇用」が前提となっていて、企業の思惑として「せっかくカネをかけて教育してやったのに、企業内のノウハウを持ち逃げされちゃ困る」といったものが背景にあります。確かに、働き盛りの人にやめられるのは企業にとっては大きな損失ですからね。
しかし、終身雇用が崩れ、人材の流動化が進むと、従来の制度では次の点で不都合が生じてきました。
 a)中途採用者は定年までの勤続年数が短いため、比較的少ない退職金しかもらえない
 b)結果的に、転職を繰り返すと、トータルでの退職金(または年金)の額が少なくなる
翻って、DC制度の給付カーブは一般にフラットであるため、この問題を解消できるのです。こうした不都合を解消できたほうが企業も中途採用をしやすいし、従業員も転職しやすいわけです。

○各自の持分がわかりやすい
DC制度は毎年、給与の○%を年金個人勘定に振り込まれ、それを各自が資産運用するということになります。
従って、従業員から見れば「今いくらたまっているか」とか「あと2年会社にいたらどれだけもらえるか」はよくわかる制度といえます。従来の制度がどちらかというと相互扶助的であるのに対し、DC制度はより個人主義的といえます。時代にはあっているのかもしれません。

○うまくいけば期待以上の年金がもらえる
従来の制度は、必要な収益率を上回る運用ができて余剰金が生じた場合は
 a)企業の掛け金負担を引き下げることに使う
 b)年金給付水準の引き上げに使う
 c)将来の運用収益悪化に備えて当面そのままにしておく
といった使い道が考えられます。最近はc)の方針をとることが多いですが、環境の良かった時期はa)かb)、どちらかといえばa)に用いられてきました。大抵は、余剰金は企業に帰属するものだったわけです。
DC制度ではこの余剰金が従業員に帰属します。従って、運用環境が良かったり、うまく運用できた場合は、予想以上に沢山の年金を得られる可能性があります。
実際アメリカでは、株式市場が好調であるため、DC制度を採用・オている企業よりもDB制度を採用している企業の方が年金コストがかかる結果となっているようです。言いかえればその分だけ従業員が「おいしい」思いをしているということですね。
さて、わが国の運用環境やいかに・・・


(4)自分で責任を持って資産運用する制度

今回は従業員が最もよく理解しなければならない「自己責任での投資」について説明します。

○うまくいけば期待以上の年金がもらえるけど・・・

DC制度では、運用環境が良かったり、うまく運用できた場合は、予想以上に沢山の年金を得られる可能性があります。
しかしこれは言いかえれば「投資結果によって退職金に大きな差が出る」ということです。
例えば、40年の期間があって、毎年10万円ずつ積立てるとします。この時、毎年の運用利回りが2%でできたとすると、40年後には616万円のお金がたまることになります。しかし、
 ・3%で運用できれば40年後には777万円
 ・5%で運用できれば40年後には1268万円
のお金がたまることになります。
わずか1〜2%の差でも、ずいぶん違ってきますね。投資の重要さがおわかりいただけたのではないでしょうか。

○どこまでが従業員の責任?
では、従業員はとにかく「放り出される」ことになるのでしょうか?
いいえ、そうではありません。
企業にも責任があります。DC制度でも、企業は資産運用について行うべきことがあります。それは次の2つです。
 a)3つ以上の投資ファンドを用意し、スイッチングができるようにすること
 b)従業員に十分な投資教育を行うこと

a)にあるように、従業員が勝手に好きな株や投資信託を買うことはできません。企業があらかじめファンドを選択することが必要です。
従って、下手な投資信託をメニューに用意したことで従業員が不利益を被った場合は企業に責任があると考えられます。逆に言えば、投資信託を運用している会社の力量や倒産可能性まで従業員が注意する責任はないということです。

次にb)です。企業が投資教育をする必要がありますが、これは結構大変なことです(おそらく金融機関などに委託するでしょうが)。
あまり複雑な理論を教育するわけでもないと思いますが、分散投資の重要性や基本資産配分などは不可欠でしょう。逆に言えばこうしたことは従業員がしっかり理解すべき事項であるということです。
もちろん、従業員自身がしっかり学習し情報収集することが重要であることには変わりありません。


(5)401K運営コストの負担

日本版401Kでかかるコストとしては以下のものが考えられます。

a)運用益に対する税金
日本版401Kに関する四省案を見ると、運用益そのものに対する課税はありませんが、運用資産には特別法人税がかかることとされています。
この「特別法人税」は運用益課税ではなく、もともとは「掛金に対する所得税の遅延利息」という趣旨の税ですので、毎年の積立金全額に対してかかります。(運用損になったら非課税というわけではありません)
この特別法人税は99年、2000年の2年間は停止されていますが、復活すると年間積立金に対して1%の課税がされるわけですから、かなり大きな影響があります。公社債投信だけなんていう運用では何も収益がでない可能性がありますね。なんとか廃止してほしいものです。

b)ファンド購入手数料
401kの資産運用は、投資信託を活用するのが一般的と予想されますが、購入するとその投信の販売会社に手数料を支払うことが必要になります。
投信の手数料はファンドによってさまざまですが、2〜3%程度の手数料が必要な場合もあります。あまり頻繁に乗り換え(スイッチング)をすると手数料がかさむ可能性があります。

c)口座管理等に関する手数料
401Kは、各自の積立金残高を管理するために個人毎に口座が作られますが、ファンドの切り替えや掛け金拠出額の変更といった処理を反映する必要があり、これを専門に行う「運営管理機関(レコードキーピング会社)」へその手数料を支払います。相当なシステム化をしてかなりの口座数を確保しないと、手数料が高すぎて実用上問題が出る可能性があります。

問題は、こうしたコストを誰が負担するかです。
現在のDB制度(確定給付型制度)では上記のほぼ全部を企業が負担していますが、日本版401Kでは加入員にこれらが転嫁される可能性があります。
導入検討が本格化すると、この点は非常に重要なポイントになると予想しています。従業員側(労働組合)はよく勉強しておくべきでしょうね。

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