企業年金制度の歴史と現状

企業年金がどのような歴史をたどって、今何が問題になっているのか。
その点を解説します。

目次

(1)はじめに退職金制度ありき
(2)企業年金制度の普及
(3)バブル崩壊の影響〜株価低迷と低金利による財政問題
(4)バブル崩壊の影響〜企業業績の悪化、リストラ
(5)競争激化と能力主義への傾斜
(6)企業年金・退職金制度の大変化

(1)はじめに退職金制度ありき

企業には通常は退職金制度があります。退職金は一般に
「勤続年数別の給付率×退職時の給与」
で計算されます。自己都合退職の場合はこれに削減率がかかります。給付率も長く勤めた人ほど高くなるので、「定年まで、あるいは長く会社に勤めてくれた人にはそれなりの退職金をあげよう」という思想です。逆に「やめてよそへ行くやつにはあまりやりたくない」ということでもあります。
さてこの退職金は退職したときに一度にもらって終わりです。あとはどう使おうと個人の勝手。老後の生活費に充てるとは限らないようで、むしろ在職時に借りた住宅ローンの返済や、子供の結婚資金に回すなんて事も多いようです。
人間は弱いですからまとまったお金があるとつい浪費しますよね。

(2)企業年金制度の普及

日本の場合は退職金制度が先にあって、年金制度はあとでできたという歴史があります。戦後、人は長生きになり、年金制度の充実が必要になったのですが、企業は「退職金に加えて年金もやるほど余裕はない」という状況でした。
そこで、「退職金の一部を年金として受取れる」企業年金制度ができたのです。
でも、退職金を単に分割払いされるだけなら、受取るほうはあまりうれしくありませんよね。それより、一時金で受け取って自分で銀行に預けておけば、利息が付いて総受取額は多くなるはずです。
そこで企業は年金を受取る人には金利をつけてあげる制度にしました。この金利を「年金給付利率」といいます。当時は金利が高く、この金利は5%台もしくはそれ以上で設定されました。
さて、企業が年金資金を準備する場合、従業員の退職まで時間があるなら、その間に計画的に積立てることも考えられます。その際にたまっている積立金を銀行で預けておけば利息が付きます。そうすると、企業自身が支払うお金は(銀行で稼げた利息の分だけ)少なくてすみます。このように、事前の積立て計画に織り込まれている金利のことを「予定利率」といいます。

 企業に対して法人税のメリットが与えられたことから、企業年金制度は普及していきます。ただ、実際に年金で受け取る人は必ずしも多くありません。
理由は次の2つです。
  @個人が受け取る際の税金は、一時金で受け取ったほうが優遇される、
  A「年金換算利率」が預金金利と比べてさほど高くない(最近は別ですが)
年金制度といいながら実態は一時金積み立て制度であり、実は企業にとって節税効果の高い資金運用手段となっていたのですね。

 そんなわけで、企業年金制度ができた昭和37年から平成に入るまでの間は、(多少の起伏はあったものの)高度成長・高金利に支えられて年金制度は計画どおりに運営されていたといえます。つまり
  「企業が稼ぐべき利息 ≦ 実際に企業が稼げる利息」、すなわち
  「事前の計画に織込んでいる金利=年金を選択した人につけてあげる金利
≦実際に預金等で確実に稼げる利息」
という関係がおおむね成り立っていたわけで、問題なく運営されてきたのです。

(3)バブル崩壊の影響〜株価低迷と低金利による財政問題

80年代後半は株高、株式発行の増加などを受けて企業年金の資産運用は変わりました。従来の貸付金・債券を中心とした運用から株式組入比率を次第に高めていったのです。
しかしバブルは崩壊し、株価は大きく値下がりしました。尤も、平成初期は年金資産の評価は購入した時の価格(帳簿価格=簿価)で評価していましたから、表立って問題になるケースはありませんでしたが、実際の価値は下がっていますから、いざ株式を売って現金に替えるという時に「あれ?お金が足りない!」ということになるわけです。一部の基金が解散してお金を分配する時にまさにこうした状況が起こったという事例もあって、財政問題は白日のもとにさらされたのです。これがいわゆる「含み損」の問題です。
一方で制度設計上5.5%の利息を従業員につけなければならない点は従来と変わらないため、「積立てが不足している」という話になってきたわけですね。
こうした状況から「株は怖い。やっぱり確定利回りの商品で運用しよう」との考えが出るのは自然です。しかし歴史的な低金利が続くなかで、5.5%なんていう利回りを確実にとれる資産運用なんてありえませんよね。そんなわけで「やむなく株式を組み入れて高い利回りを目指す」という年金も多いわけです。

(4)バブル崩壊の影響〜企業業績の悪化、リストラ

さて従業員としては「積立不足や含み損は企業の財務戦略の失敗ではないか?企業で埋めるべきじゃないか」と思いますよね?でも企業も景気悪化で余裕がなくなっています。埋め合わすお金がない場合も多いのです。少なくとも、「今までの分は埋め合わせができても今後の分はそうもいかない」ということでしょう。
結局、企業はできるだけ出費抑制のスタンスをとります。いわゆるリストラは賃金を抑制する策になりえますし、その次は年金や退職金のリストラを考えるわけです。

(5)競争激化と能力主義への傾斜

しかし、「リストラ」の意味は本来は「再構築」であり、「人減らし」ではありません。単に人を減らすのではなく、限られたお金を効率的に配分し、能力ある人には十分な給与や年金原資をあげて更にがんばって欲しいわけです。
そんなわけで、退職金や年金にも能力主義の色が強くなってきました。企業が退職金制度を用意する目的は、前回お話した「長く勤めた人にごくろうさん」ということではなくなり、「にんじんを下げてがんばってもらう」という目的に変わってきています。

(6)企業年金・退職金制度の大変化

@年金給付利率の引き下げ
最近最も多く見られるパターンといってよいでしょう。
前回説明した通り、企業年金制度は「退職金の分割払い」なのですが、その際には通常は実勢金利プラスアルファの金利をつけてあげるようになっています。
ところが最近の低金利で、企業がつけてあげる金利が実勢金利を大きく上回っており、その差は企業が負担してきたのですが、さすがに負担しきれなくなってきたわけです。すなわち、年金選択者につける金利を実勢金利に少しでも近づけて、企業としての負担を適正化するというものです。もちろん、退職金として一時金受け取りする場合は額に変化はありません。また通常は既に年金の受け取りを始めている人については変更しない場合が多いです。
とはいえ、就業規則等にあらかじめ定めている年金額を下げるわけですから、労使合意が必須とはなりますが。

Aポイント制退職金への移行
従来の退職金が退職時の給与(すなわち退職時の能力)に比例して決まるのに対し、ポイント制退職金の場合は「ある1年の職能点」や「ある1年の勤続点」を毎年末に積算し、退職時の累積持ち点によって退職金を計算する制度です。
10年以上前からある制度であり、相応の数の企業が導入しているようです。
次の点が特徴です。
○勤めていた全期間の貢献度が退職金に反映でき、結果として従業員のインセンティブを高める効果がある。
○持ち点がはっきりしており、わかりやすい。
○退職金を実際の賃金から切り離すことができるため、給与のベースアップによる退職金の自然増を抑えられる。

B退職金前払い制度
最近いくつか導入例が聞かれます。
名前の通り、退職金をあらかじめ給与に上増しして支払ってしまい、実際の退職時には退職金はないという制度です。
この制度にはいくつか留意すべき点を感じます。

○個人がかなりしっかりした人生設計・資金計画をもっている必要がある
・・・先にもらっちゃうとどうしても使ってしまい、いざ老後というときに困る可能性がある

○企業にとっては転職されやすくなる
・・・定年までいなくても退職金相当がもらえるわけですから、企業としてよっぽど魅力がないと社員は残ってくれないかもしれませんね。

○税金が退職金に比べて不利
・・・退職金はほとんど所得税が課税されませんが、給与で受け取ると所得税の対象になります。税金の増える分まで給与の上増しをしてくれる会社もあるようですけど。

Cカフェテリアプラン
アメリカでは結構導入されているようです。
これは退職金だけではなく、福利厚生制度全般を対象とするものです。
1年間に与えられる持ち点の範囲で退職金、健康保険、生命保険、社宅などの福利厚生制度を各人のニーズに応じて「購入する」というものです。あたかもカフェテリアで各自が好きな料理をいくつか選び取るような制度であることからこの名前がついています。
日本でも検討の動きはありますが、今のところ具体化している例は少ないようです。

D確定拠出型年金の導入
ご存知、「日本版401K」です。これについては改めて詳しく説明します。

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