適格年金制度の概要

公的年金を補完する第2の制度である「企業年金」について解説します。
企業年金とは、「企業がお金を拠出して従業員の年金を積立てる制度」ということができます。現在の日本には「適格年金」と「厚生年金基金」が代表的な企業年金制度ですので、まずは「適格年金」からです。

目次

1)基本的な設計
2)導入の意義
3)給付条件と内容
4)退職金との関係
5)従業員の受給権
6)制度の管理・運営

1)基本的な設計

適格年金制度は正式には「適格退職年金制度」といいます。あるいは「税制適格年金」ともいいます。要するに、法人税法の優遇を受けられる条件を満たした退職年金制度ということですね。

具体的には次のような要件を満たすことが求められます。
・企業が、生保や信託銀行等と契約を締結して運営する。
・適正な年金数理計算(・・・用語解説参照)に基づいて計画的積立を行う。
・個々の従業員について不当差別は禁止。
・一旦積立てた年金資産は原則として企業への返還を禁止。

昭和37年にできた制度ですが、比較的簡単に導入できるため中小企業にもかなり普及しており、現在9万件近い契約が存在します。既存の退職一時金制度を原資として、退職金の一部または全部を年金制度から給付するパターンが一般的となっています。

2)導入の意義

今までの退職一時金制度から適格年金制度に移行する企業が多かったのはなぜでしょうか?もちろん、契約をもらう生保・信託銀行の営業活動も大きな力でしたが、企業や従業員に次のようなメリットがあったからです。

@企業にとってのメリット

・より充実した福利厚生制度の提供により、良質な労働力の確保につながる。
・法人税法で定められた要件を満たすことで、掛け金を全額損金算入できる。つまり節税効果がある。
・資産運用を外部の専門金融機関に委託することで、効率的な資金準備ができる。
・原資を計画的に積み立てるため、毎年の支払いが安定する。

尤も、最近の低金利、不況の中では、上記の一番目以外はメリットになっていないのが現実です。
つまり「企業が赤字であれば税金はそもそもゼロであり、節税のしようがない」ですし、「運用利回りが想定より低いので効率的では言いきれないし、生じた不足の穴埋めで掛け金が安定しない」わけですね。


A従業員にとってのメリット

・退職金を年金で受け取れるため、老後の生活資金を充実できる。通常、年金で受け取る場合は相応の利息がつくため、トータルの受け取り額は退職一時金として受け取る場合より多い。
・積立金が企業の外部で管理されるため、安心感がある。
 
こちらも、大企業・大金融機関があっけなく倒産する時代では2番目のメリットはちょっと怪しいですね。

なお、こうした点は厚生年金基金にもほとんど共通しています。

3)給付条件と内容

適格年金の制度設計は、法人税法で定めた諸条件を満たすよう設計されています。最近この諸条件は見なおしがされましたが、現状の制度は以前の基準にそってできており、以下のような特徴があります。

○制度への加入資格
通常は入社と同時に加入する制度が多いですが、ターンオーバーの激しい会社などでは実務の煩雑さに配慮して一定の勤続を条件(例えば三年以上)としていることもあります。
   
○年金の受給資格
一般に、一定の年齢・勤続年数を条件としています。「勤続20年以上の定年退職者」といった条件が最も多いと思います。会社によっては定年扱いの年齢(55歳以上など)まで拡大していることもあります。
なお、これを満たさない場合は一時金が支払われる制度が一般的です。
すなわち、退職金そのものを年金制度から払うということになります。
上の条件を満たさない場合というのは年金の原資になる退職金がわずかであり年金払いするとコストが割高であること、年金の趣旨から若年者に払う必要が無いこと、などがその理由です。
   
○年金額の決め方
原資である退職一時金を基礎として、一定の利率を付与して決定します。
言い換えれば、退職一時金を年○%で会社が運用したうえで、従業員に分割払いするということです。
一般にこの利率は年5.5%が大半でした。一部の企業では「利子補給」と称してさらに1〜2%の利率上乗せをすることもありました。しかし、長引く低金利によって、企業としてもそんなに高い利率を付与することができなくなっており、利率の引き下げが行われつつあります。

4)退職金との関係

企業年金は退職金を原資にしているものがほとんどです。
制度が導入された当時、すでに退職一時金制度が普及しており、企業としては新たに年金制度の負担を増やすことには反対でした。このため、適格年金制度の導入に際しては既存の退職一時金制度を一部廃止し、その分を年金に移行するパターンがほとんどとなりました。
もっとも、年金制度ではありながら一時金での受け取りも可能であり、その場合には今までの退職一時金制度と同じ受け取り額になります。諸事情(税制優遇措置やローン返済など)からこうした選択をするケースも実際には多くなっていて、「適格退職一時金制度」と揶揄する声もあります。
具体的な移行のパターンには次のようなものがあります。

○全面移行
名前の通り、退職一時金の全額を廃止して年金制度に移行するパターンです。
管理上は最もシンプルといえます


○一部移行(一律型)
退職一時金の50%移行などが典型です。
この場合は年金制度から半分、退職一時金制度から半分の給付がされます。
社内ローンを退職金で相殺することを想定している場合はこの設計にしておく必要があります(年金化部分を社内ローンの残債と相殺するのは仕組上難しい)。


○一部移行(年齢条件型)
定年退職金のみを年金化するパターンです。
企業にとっては税制メリットを最大に生かせる設計であり、結構多いです。


○一部移行(その他)
上記の組み合わせです。

○退職金の上乗せ型(外枠)
退職金とは別に年金制度を用意するというパターンです。
導入時、企業に余力があるとか、もともとの退職金水準が著しく低いなどの背景があることが多いです。

5)従業員の受給権

従業員は、就業規則の一部である年金規約に定められたルールに従って年金や一時金の給付を受ける権利を有します。ただし、以下のケースでは不都合が生じうるため、本当の意味の「権利」というには不確実性が残っているといえます。

○転職する場合
一般に、自己都合退職として扱われますので、勤続年数に応じた一時金が支払われます。
ただし通常は自己都合退職の給付額は会社都合や定年に比べかなり少ないです(これは年金制度というより退職金制度の問題ですが)。サラリーマン生活を40年間過ごした人でも、転職を繰り返した場合はそうでない人に比べ退職金の総受け取り額はかなり少なくなります。

○懲戒解雇の場合
退職金を支給しないとしている場合が多いです。退職金が賃金の後払いであるという立場に立てば、従業員に非があるとはいえ、「過去の給料を返せ」というのに等しい扱いになっています。

○制度廃止の場合
その時点で残っている積立金を従業員に分配することになります。従って、規程どおりの金額に不足する場合が多いです。
差額については企業が何らかの方法で補填する場合もありますが、従業員に不利になる場合が多いと思われます。
また、退職金の場合は所得控除が大きいため非課税となる場合が多いのですが、制度廃止に伴う分配金は税務上退職金とはならず、課税が生じてしまい不利になります。

○年金受給者の給付
既に年金の受給を受けている人についても、会社が倒産したようなケースでは年金が保証されない場合がありえます。

実は、もう一つの企業年金である「厚生年金基金」についてはこうした不備が多少なりとも改善されています。
また、現在「企業年金法」が検討されていますが、これはこうした「受給権」の問題を整理解決し、厚生年金基金と適格年金で差が生じないように配慮しようというのが大きな目的となっています。
ちなみに海外ではアメリカが1974年に「エリサ法」を導入しておりお手本となっています。同じく企業年金の発達しているイギリスでも、同様の法律が既に出来上がっています。
日本の場合は、年金や退職金だけではありませんが、労働者の権利保護がまだまだ遅れているのが実態です。

6)制度の管理・運営

企業が適格年金制度を導入した場合、運営するための日々の業務が必要になります。これらは企業がすべて自前で行うのではなく、外部の金融機関に委託することとされています。
実務を時系列順に見ていきましょう。


○加入者データ管理
適格年金制度への加入条件はあらかじめ一定ルールで定められていますが、この条件を満たした従業員は加入させなければなりません。社長の好き嫌いで特定個人を加入させないなんてのは論外ですが、事務の怠慢で加入処理がもれてもいけないことになっています。そこで、こうしたデータ管理は企業の申し出に基づいて金融機関が行っています。通常、加入させる時期は年1回なので、金融機関から企業に対してデータ更新の案内を出しています。

○掛け金の収納
上記で管理している加入者数と掛け金率をかけた額を金融機関が企業へ案内します。データの異動等がなければ企業はその額を運用機関に払い込みます。

○積立金の運用
運用機関は、払い込まれたお金を運用します。
運用会社毎に複数のファンドがあるので、企業から事前に指定されたファンド(あるいはファンドの組み合わせ)で運用します。
また、運用機関からは運用状況の報告が定期的に行われます。
通常、企業は数社の運用機関を採用していますので、年金制度全体の積立金を各社へ配分します。この配分比をシェア(委託割合)といい、事前に定められています。

○給付金の支払い
退職者が出た場合、企業はその旨を金融機関に申し出ます。
金融機関ではその人のデータを確認して、いくら支払うかを企業と確認します。
支払いは積立金を取り崩して行いますが、複数の運用機関を採用している場合、一般にはそれぞれの運用機関が「シェア」に応じて資産を取り崩します。

○財政決算
年金資産の積立状況と責任準備金(将来の支払を滞りなく行うために現時点で必要が額)を対比して、計画どおりに年金財政が運営されているかを確認する作業です。
責任準備金計算には複雑な年金数理計算が必要なため、金融機関に提示されている加入者データに基づいて金融機関のアクチュアリー(年金数理人)が計算を行います。結果は企業に報告され、状況を確認することになります。


ということで、ほとんどの部分は金融機関・運用機関が業務を行っています。企業としては人事部門の担当者が金融機関へのデータ送付や退職者の連絡を行う程度で、年金業務専従者がいることは少ないのが実態です。
もっとも、年金の財政が厳しい昨今では、財務部門や経営陣からのチェックも厳しくなっており、社内PTを作ったり体制を拡充している企業も多いです。

なお、これらのルールは法人税法で義務付けられているため、「自社に運用のプロがいる」とか「個人のデータを外に出さずに自社で給付の支払いを指図したい」というのはできません。これは「税金を不当に免れる」とか「企業が積立金を使いこむ」などの不正行為を防止することが趣旨です。
また、資産運用を委託できる先としては生保・信託銀行・投資顧問会社とされ、資産運用以外の業務は生保と信託銀行のみに限定されています。
後述する厚生年金基金ではより自由化が進んでおり、適格年金についてもいずれ規制緩和が進むと思われます。

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