エミに案内されて、私はその家を訪れた。門をくぐるとすぐにその声が聞こえてきた。どこへ行っていたの、エミ?まだ若い女の声だ。姿を現わしたのは目の少し鋭い、しかし美しい女性だった。私より七歳くらい年上のようだ。束ねた髪がほつれて、何かに疲れているかのように見える。あなたは?私、プリンセス・レナと申します。ああ、やっぱりあなたなの?御存知でした。レナ、あなたにはあたしがわからないのね。無理もないわ。最後にあなたに会ったのは、もう十四年も前の事だもの。十四年前ですか?その頃は、私まだドールになったばかりでした。そうよ、あの頃はあたしもまだドールだった。エミの言った言葉。母もドールだったんです。そう言えばどこか見覚えのある顔だ。わからないんでしょ、レナ。あなたはいつも陽の当る所に居たもの、あたしのように暗い所へ閉じ込められた人間の事は忘れてしまったでしょう。毒のある言葉。この人がエミのお母さん?どうしても思い出せない。ごめんなさい。おずおずとエミが私の手を握る。母は、いつもはこんな風じゃないんです。
何をしてるのエミ!こっちへ来なさい。レナ、エミにどんな用事があるの?私、エミちゃんをドールに頂きたいと思って。エミをあなたのドールに?エミは誰にも渡さない。レナ、あなたはあたしからエミまで奪おうと言うの。エミはあたしに残された最後の夢よ。激しい口調でそう言う彼女に、私は困惑していた。エミまでもって、私あなたから他に何か奪ったって言うんですか?レナ、あなたはドール、最高に人気のあるドールだったわ。でもそのおかげで、あなたの陰で泣いていた人間には気づかなかったんでしょう。あなたのために人気を失ったドール、やめなければならなかったドールの事を考えたことなんてないでしょう。この声にも聞き覚えがある。そう、彼女だ。
あたしの家は貧しかった。だからあたしは小さな時からドールになったわ。レナ、あなたには考えられないような事でしょう。あたしはそんな理由でドールになったのよ。あたしは可愛いがってもらえるし、両親の生活も楽になる。ドールって言うギルドが存在した事はあたしには、だからとても都合の良いことだったの。時々家へ帰った時の両親の少し気おくれした様子。でも、それなりに幸福だった。あたしはドールとして次第に人気が出てきた。あちこちでちやほやされるようになって野心が芽生えてきた。ドールとして成功したい。そう思うようになったの。そして、それはうまくいったわ。なにもかもが順調だった。レナ、あなたが現われるまでは。もう少しで成功に手が届きそうだった。けど、だめだったの。時間がかかりすぎていた。ドールでいられる期間は短いわ。その間に成功しなければならなかった。あたしはラインフェルト夫人のドールになる事を夢見ていたのだもの。夫人のドールになり、さらに夫人の娘のルナのシスターになるつもりだった。両親は相変らず貧しかったし、ドールの時期を過ぎても成功を手に入れるためにはそれしか思いつかなかった。十二時を過ぎてもカボチャの馬車に乗れるつもりだったのよ。ラインフェルト夫人のドールになるということは最高のドールになるということを意味したから、あたしにはその名声がどうしても必要だった。そこへ、あなたが現われたのよ、レナ。
あたしの夢はすべて崩れ去った。あなたはドールとしてデビューしてすぐに人気者になったわ。信じられないくらい早く、あなたのドールとしての名声はあがった。最初から、あたしはあなたに脅威を感じていたの。それは正しかったわ。ラインフェルト夫人が選んだのはドールとしては成長しすぎていたあたしではなくあなただったのですもの。それだけじゃなく、あなたは夫人の娘のルナのシスターにもなってしまった。あたしが夢の中で居た場所はあなたに奪われてしまったのよ。思い出しました。あなたは、ケイ、シスター・ケイですね。その名前であたしを呼ばないでレナ!でも、どうしてです。ケイ、どうしてそんな事を………。レナ、あたしはそれからあなたを憎んだわ。あなたを憎み、あなたと同じように若くて可愛いドールたちを憎んだわ。嘘です!ケイ、あなたは誰も憎むような人じゃなかった。どうして憎まないわけがあって、あたしは夢を盗まれたのよ。しかも、ドールとしての年齢も限界にきていた。あたしのものになる筈だった安息の日々が奪われたのよ。ケイ、知らなかった私……。そうね、知らなかった、でしょうねあなた。それから失意のドン底であたしはドールを引退した。もう成功するあてはなかったから、なげやりにすごす毎日が始まったわ。そんな時にあるストレンジャーと知り会ったの。彼が絶望からあたしを救ってくれた。でも、その彼もストレンジャー狩りで狩られてからは………。あたしにはエミだけが残った。あたしはあなたを憎みながら今日まで生きてきたのよレナ。私、信じません、そんな事。ケイ、あなたは誰よりも優しかった。あなたはエミまでもあたしから取っていくの?ケイ、私はあなたからエミを取る気はないわ。私、覚えています。あなたが私のシスターになってくれた日のことを。その事は言わないで!いいえ、シスター・ケイ。この名前であなたの事を呼ばせてもらいます。私がドールになって間もなくの頃、あなたは何もわからない私の面倒をよく見てくださいました。ドールの女の子たちは、皆小さい頃から甘やかされて育ったわがままで意地悪で外面だけのいいずるい子ばかりだった中で、ケイ、あなただけが私を助けてくれた。私がドールとして人気がでると、その娘たちにねたみから随分とひどい中傷や意地悪をされた事があったけれど、その時あなただけが私を庇ってくれた。あの時のことは忘れない。それだけじゃなく人気のある年長者のドールとして私を庇護するためにシスターにさえなってくれた。お母さん。エミはケイにギュッとしがみついた。ケイ、あなたは自分に嘘をついてるんですね。あなたには心から人を憎むなんてできない。無理をしてそんなふりをしているだけなんです。有望なドールに打算から恩を売っておくのはよくあることよ。それにしては、あなたは私を利用しようとはしませんでしたね。ラインフェルト夫人のドールならいくらでも利用する方法があったでしょうに。それどころかルナに紹介してくれたのは、ケイあなただった。思うに、ケイ私の事を愛していたんでしょう。何を言いだすかと思えば今度は被愛妄想なの。隠してもダメよ。私、さっき気がついたの。エミが首にかけているルビーは、昔私があなたの誕生日にプレゼントしたやつね。こんなに大切にしていてくれるなんて思わなかった。ケイは怒ったような顔をして真赤になったままそっぽを向いた。十四年前に突然あなたが姿を消したのはそのストレンジャーのため、そして私たちに迷惑がかからないようにだったのね。だから、わざわざ私を憎んでいたなんて言うのも………。認めないわよあたし、いい歳をしてそんなおとぎ噺みたいな事。私はエミに笑いかけた。あなたのお母さんは強情ね。ええ、いつも最後のところはきっちりするくせに、母は何故か荒れた生活のふりをしたがるんてす。エミ、何を言うの。折れなさい、ケイ。どちらにしろ、私十四年ぶりに会った自分のシスターを放っておく気はないわ。私、しつこいから覚悟してね。ルナも私のシスターの事を放ってはおかない筈よ。ルナにも話すつもり?そうよ。………仕方ないわね。そう、レナあたしあなたの事が好きだった。だって、あなたは他のドールとまったく違っていたんだもの。甘やかされて、あつかましく野心だけが育ってしまったような他のドール、甘える事によって相手から利益を引き出す事に慣れてしまった他のドールとは違ってとても素直だったんですもの。その時あなたが憎かったのも本当よ。だってあたしはあなたのようになりたかったんですもの。あなたのようにスタートしたかった。でも過ぎ去った年月は戻らない。なりたくてなれなかった存在、それがあなただった。あたしはエミをあなたのように育てたかった。一般のドールがどんな娘か知っていたあたしはエミをドールにと言う話しを、だからすべて断った。それにこの娘を離したくなかった。でもレナ、どうしてあたしがあなたを本気で憎んでないって思ったの?クスッ。私、面とむかって憎んでるって言われたのはこれで二度目なの。最初に私にそれを言うたのはルナよ。しかもルナの憎しみは本物だった。ルナの憎しみの激しさに比べて、ケイ、あなたは明らかに考えながら話していたわ。まるで自分に言い聞かせるみたいにね。ルナがあなたを憎んでいたと言うの?あんなに仲が良かったのに?もちろん今ではそうじゃないわ。けれど、そういう時期もあったのよ。それよりも、ケイ改めてお願いするわ、エミを私のドールに欲しいの。レナ、あたしにはもうエミしか居ないのよ。それに、かつてストレンジャーの恋人だったあたしは中央ギルドの要注意人物なのだから。そんな事気にしなくていいから。それから私はちょっととまどい、結局それを口にした。私にもストレンジャーの恋人が居るのよ。本当?ええ。それに、あなたにはもうエミしか居ないなんて言わせない。私は、何度も言うようにあなたからエミを取り上げようとなんてしていないのよ。あなたにはエミだけじゃなく私も居ればルナも居るわ。エミ、あなたはどうなの?あたし行ってみたい。でも母を置いては行けません。もちろんよ。ただ母娘がそれぞれ相手のための人生だけを生きているのはどうかしら。私は二人に自分のための人生の一部を、ケイには私とルナとのシスターとしての生活をエミには私のドールとしての生活を提供したいだけなの。ケイが疲れきったように額に手を当てる。いいわ、エミ許可します。レナに甘え過ぎないでね。レナ、あなたは強くなったわね。そうよ、これで目標に達してしまう事ができたでしょう。母親でもないくせにそんなに強くなって。ふん、意地張屋さん、もう抱きついてもいいかしら?シスター・ケイ、私エミを甘やかしてしまうかも知れないけれど、あなたにもうんと甘えさせてもらいたいの。何と言っても十四年分だもの。ケイの瞳から涙がこぼれる。
ポト………ポト……ポトポト………
いやだ、雨が降ってきた。私は急いて階段を駆け上ると家の中へ飛び込んだ。おかしいな、家の中は灯りが消えて真暗。誰も居ないみたい。ルナ、居ないの?ガランとした家の中に私の声が吸い取られていく。人の動く気配。物音とうめき声がして、ここよレナ。ルナの声。そのしわがれた苦しそうな声に私はビックリする。どうしたの、どこか悪いの?手探りで灯りをつける。部屋の片隅に蹲っているルナの姿が浮び上る。ルナ、どうしたの?駆け寄ってルナの肩を抱くと彼女は悪寒を感じたかのように震えている。レナ、………。後はうめき声で言葉にならない。とりあえずベッドへ運ぶわよ、ルナ。苦し気なあえぎの中でルナが小さく領いた。彼女を抱いてベッドへ運ぼうとするが、意外に重くて手間どってしまう。ルナは身長も体つきも私とほとんど変らない筈。彼女、こんなに重かったかなぁ?ドサリとベッドの上にルナの体を投げ出して、私ももう肩で息をしている。額に手をやると少し熱があるみたい。水でも持ってこようか?お願い。水をくみに行きながら医者を呼ぶほどの事じゃなければいいけどと思う。ルナは枕元へ戻ってきた私の手からコップを受け取ると貪るように一気に水を飲み干した。熱があるのに顔は血の気がなく青ざめて見える。苦しい?ええ、でも少し楽になったわ。それからまたグッタリとして瞼を閉じる。どうしたの?うん、それきり答えない。私が彼女の服を緩めにかかった時にポツリと言う。わたし発芽しそう。思わず指を止めて、今何て言ったの?発芽しそうだって言ったのよ。小さな声でルナが言う。私は耳を疑う。ルナが発芽する………。でも考えてみればそれも当然なのだ。ルナにはストレー卜の恋人が居るのだから発芽してあたりまえ。なのに、私はどうしてこうもうろたえてしまうのだろう。私の分身にそんな事が起こったのがピンとこないのだ。ルナに子孫ができるなんて実感がわかない。私はもどかし気にルナの服を脱がせ胸をはだけた。間違いない、ルナは発芽しかかっている。静脈が透けて見えていた部分が今は完全に緑色に変わってその網をのばしつつあり、乳首も緑色に染まり皮下脂肪も葉肉化しつつある。そのために肌が淡い黄緑色になっていた。これでは遠からず足から根が伸び始めるわ。そう言うとルナの頬にほんのりと血の気が戻っている。おめでとうルナ、どこに植えて欲しい?言わないでよレナ、今とても恥ずかしいんだから。他の人にはともかくレナにはとても恥ずかしい。どうしてと言いかけてルナの声の弱々しさにハッとする。黙ってパジャマに着替えさせて脈をとる。少し弱いようだ。お医者を呼ぼうか?ルナは小さく首を横に振る。こんな時、私にはどうしたらいいのかよくわからない。ルナ、あなたが最近いつも沈んだ顔をしていたのはこのせいだったのね。ずっと体調が悪かったんでしょ。私には経験がないのてどうしてあけたらいいのかよくわからない。根が伸び始めたらすぐに植えなけりゃいけないし、そのままで放っておくわけにはいかないわ。でも、今はまだ誰にも知らせないで欲しいの。わたし自身まだ心の準備もできていないんだもの。その様子じゃ彼にも知らせてないのね。ごめん。困った気まぐれお嬢さんだこと。お医者を呼ばないのだったら誰か経験のある人に見てもらわなくちゃ。知らない人に見られるのはやだなあ。そんな事を言ったって、……………。お母さんに来てもらう?いやっ!あの人だけはいやよ。ラインフェルト夫人喜ぶと思うんだけど。そりゃ喜ぶでしょうよ、あの人は。喜んでわたしをどこかの病院に連れ込んでしまいレナや彼から引き離されてしまうに違いないわ。そして、あの人の見栄のためのお祭り騒ぎに引き出される。それがいやなの。わかったわ、そう興奮しないで。さて、すると誰に見てもらえばいいかしら。思いあたる人、ちょっとないのよね。ドール時代の友達なんてあてにならないし。テレパシアターの人なら何人か心あたりがなくもないんだけど。わたしの知らない人でしょ。もうっ、わがままばかり言って!怒らないで。でないと泣いちゃうぞ。私の方が寝込みそうよ。そうなると誰も思いあたる人が居なくな、あ、そうだ。どうして気がつかなかったんだろう。居るわよ、こんなわがまま娘の面倒みてくれそうな人。誰、わたしの知ってる人?よく知ってる人。居るかしら、そんな人。誰だと思う?わかんない。じらさないでよレナ。ふふっ懐かしい人よ。まさかとは思うけどロザリンド夫人だけはよしてよね。違うわよ、バカね。どーせわたしは馬鹿ですよ。枯れて親子心中してレナの枕元へ化けて出てやるから。よかった、少し元気出てきたみたいね。ふふん、だ。それはね、ケイよ。うっそだあっ!興奮しちゃダメでしょ。病人は大人しく寝てるものよ。病人じゃないわよ、わたしは。それで、いつケイに会ったの?どうしてわたしには黙ってたの?ケイ元気だった?今、彼女は何をしてるの?昔、突然居なくなったわけをレナに話した?ね、彼女わたしの事覚えててくれたの?何て言ってた?ルナ、静かにしないとお母さんかロザリンド夫人を呼ぶわよ。うっ、わかった。ケイには、ちょっとした事から偶然今日会う事ができたの。もちろん元気だったわよ。彼女ならルナの世話をうまくしてくれると思う。ケイがルナを植えて、エミが水をやるなんて風になったらいいな。エミって?私の新しいドール。ドールは持たない主義じゃなかったの?ケイの娘よ。ケイの娘。あはは、驚いた。人に興奮するなうて言って、さっきから心臓に悪い話ばっかり。私は、その日の事をルナに語って聞かせた。その時は晴れていた空、エミを追いかけてケイと再会した時の様子、それからここへ来るまでの事。途中で、ルナは一度だけ抗議の声をあげた。ルナが、私を本気で憎んでいたという所。あなたを憎んでいたと言うより、あなたを通してあの人に復讐しているつもりだったのよ。そりゃあの当時はあの人のドールだったあなたが憎かったわ。レナ、あなたのせいであの人がわたしの方を振り向いてくれないと思いこんでたんだもの。でも、それは誰でもよかったのよ。わたしが憎んでいたのは、ドールというギルドのキャラクターそのもの。わたしには、実の子よりも愛情を注がれるドールという存在そのものが許せなかったの。甘えン坊、あなたはそう言って片づけるかも知れないけれど、わたしには本当につらかったのよ。そうね、最初はわたしよくレナに意地悪をしたわ。あなたったらいつも二コニコ笑って平気な顔をしてたので、わたし頭にきちゃった。エスカレートして、いろいろやったけれどあなたの態度は変らない。こっちが疲れてしまって、そのうちあなたの笑顔ばかり見ていたら何だか自分のしていた事がとてもバカバカしくなってやめちゃった。それで、あなたの前であの人の悪口を並べたら、あなたはほとんど首を横に振って否定したけれど、幾つかは真顔で頷いたわよね。その時二人の視線が合って二人共笑い出したっけ。それからはあなたが同意した幾つかの事項についてだけあの人の悪口を言いあうのが二人の秘密になったのよね。それからも思い出話しは続いた。この後ルナはしゃぺり疲れたのかいやに大人しく私の話しを聞いてるなと思っていたのだが、気がつくとスヤスヤと寝息をたてて眠っていた。あまり静かなので乳房の下に耳をあてると規則正しい心音が聞こえてくる。
トクントクントクントクン
この心音が二つになるのよね、ルナ。ルナはどんな花を咲かせるんだろう?立派な実をつけて欲しい。
トクントクノトクントクン
眠っちまったのかいレナ?えっ?いえストレンジャー、あなたの肩は居心地がいいものだから浅い夢を見ちゃった。そのまま眠っててもいいんだよ。ううん、ストレンジャー、もういいの。楽しそうだね。うん、割と幸福な時の事だけ夢の中で見てたから。寝言でルナとエミのことばかりつぶやいてたな。やける。うん、やける。うっ、うっ、うれしいな。さすがにテレパシアターの精優、きみの心はクリアーに包み隠さず流れてきたからね。あなた受信器なしでも送信テレパシーをキャッチできるの?受信器はあるさ、この額にね。見えないけど。アルケミック・パワー・シフターと言ってね。額に埋め込まれてるんだ。聞いたことないわ、そんなもの。そうでなきゃ、こっちが困るさ。オレの秘密兵器だよ。秘密兵器って、あなたまさかストレンジャー狩りをそれで……。心配しなくていいよ、レナ。それより明日の夜オレと付き合ってくれないかな?どこへ行くの?きみを青空公園へ連れて行ってあげたいと思ってね。本気なの?その、何かの冗談じゃなくて本当にそんな所があるの?もちろん。来るかい?いくわ。あなたはいつ来てくれるかわからないんですもの。私、待ってるだけじゃイヤ。わかったよ。明日、きっと迎えに来る。じゃあもうお休み。そのためにもきちんと寝ておかなけりゃ。このままじゃ眠れないわ。眠れるように、おねだりが一つあるの。何だい?ストレンジャー、あなたいつも夜の寝室にやってくるくせに何もしてくれないでしょう。オレはストレートの恋人じゃないからしようがないよ。バカッ!何も襲ってくれとは言ってないわよ。私の気を静めてくれって言ってるだけじゃない。唇がひとつ欲しいのよ。それだけで赤くなるのがレナらしくていいな。いいよ、目をつぶって。んんっ。
さて、そこまでだな、プリンセス・レナ。それまで何も無かった部屋の片隅に長身の男の姿が浮び上る。黒づくめの服装に冷たい美貌を湛えたその男は射辣めるような目てこちらを見た。プリンス・ダーク、どうしてここへ?あなたがつれないもので参上させて頂いた。しかしプリンスでもナイトでもない男が寝室に忍んでいるとは驚きましたね。つまらない嫌味を言うんだなプリンス・ダーク。お互いに知らないわけじゃなし、もう少し挨拶のしかたがあるんじゃないのかい?おやおや、また君かね。ストレンジャー、プリンスでもナイトてもない者にプリンセスへの夜の訪問は許可されていない。ま、君に言っても無駄だろうがね。次のストレンジャー狩りでは君を狩らせてもらう。できるかな?できるさ。君には私のアニマロイドをかわいがってもらった借りもあるしね。ほう、知っていたのか。中央ギルドの名において君達を矯正せねばならんな。それもすぐだ。それに、プリンセス・レナ。この男と付き合っていた事はあなたの名声を考えに入れても大きな失点となりますよ。プリンス・ダーク、余計なお世話です。夜、人の寝室へ許可なく入ってくるような人にそんな事を言われたくないわ。いいえ、私は不法にあなたの寝室へ侵入するような事はしていませんよ。これは、ただの映像ですからね。プリンセス・レナ、私はあなたのためを思って御忠告させて頂いているのです。あなたの悪戯には困ったものだ。あなたがこの男をかまう度に、この男が更生するチャンスが遠ざかるんですよ。君、いい加減で反社会的な態度をとることを止められんかね。そういう態度をとればとる程苦しみが長びくだけだぞ。いや、楽しいね。何の苦しみだって言うんだい?心の苦しみさ、君はどうしてこのギルド社会の素晴らしさがわからないんだい?昔のいかなるヒエラルキー構造の社会とも違ってこのギルド社会は適材適所の自らの機能に合ったギルドを選んで参加できる理想的な社会だというのに、君はどうしてその秩序を乱すんだい?理想的な社会などではないからオレたちが居るんだ。オレたちは、あらかじめ回収可能な枠組の中で順列組合せをやる気はないんだ。ギルドなんてヒエラルキーが細分化されただけさ。オレたちを所属させることができるギルドなんてどこにもない。それは君が強引にそう思い込んでいるだけさ。隠された潜在的な適性なんて誰にでもあるものだ。自らに合った事をするのが当人の幸福というものだ。じゃあオレをあんたのブラザーにしてもらおうかな。ついでに中央ギルドめ構成員にもなりたいね。どうした、顔色が変わったぞ。ギルドは君の言うような個人的な欲望を満足させる場ではない。自らの所属するギルドは欲望によってではなく適性によって決められるのだ。その適性とやらを決めるのは誰なんだ。あらかじめギルドに飼い慣らされた基準以外に何が使えるって言うんだ。プリンス・ダーク、あんたは今欲望と言った。しかし、欲望は抑圧から生まれるものだ。そもそも抑圧されていない者に欲望など存在しない。従ってオレたちストレンジャーはあらゆるギルドを、あらゆる欲望を境界侵犯するさ。レナ、プリンス・ダークはくえない男だ。確かに彼はこの部屋には居ないが、かなりの数の人間がこの家へ向っているのが感じられる。今日のところはこれでサヨナラだレナ。明日迎えに来るからね。笑いなから手を振るストレンジャーの姿がみるみる半透明になる。ストレンジャー、キスを忘れてるわ。プリンセス・レナ!ストレンジャーは投けキッスをよこす。明日ね、また明日。空中に笑いだけを残してストレンジャーの姿は空気と同化してしまった。それから、その笑顔も消える。
それが昨夜の事だった。ストレンジャーの姿が消えたすぐ後に中央ギルドの人達が私の寝室へ踏み込んできて、私はもう少しでヒステリーを起こすところだった。彼等は私の抗議を無視して家探しを始めた。これは一体どういう事なの?私はプリンス・ダークにそう詰めよる。しかし彼は首を横に振って、プリンセス・レナ、これは中央ギルドの意志なのです。だからあなたは黙ってそれに従わなければなりません。その意志ってなあに?私、それが納得いかないわ。レナ、最も人気のあるプリンセスの一人がストレンジャーと付き合っていたというのは充分にスキャンダルなのですよ。そして中央ギルドはその種のスキャンダルを好みません。思い芽は早めに摘みとってしまうに限るのです。それに、ごらんなさい、あの男はあなたをこんな状況の中に置き去りにして自分だけはサッサと逃げだしてしまったではありませんか。目を覚ましなさいレナ、今からでも決して遅くはありませんよ。ストレンジャーは私を見捨てたんじゃないわ。明日迎えに来てくれるのよ。さて、それができるかな。あちらから現われてくれるのなら都合が良い。その時にあの男をストレンジャーとして狩る事にしよう。あの男に中央ギルドの保安庁まであなたを迎えにくる力があればね。どういう事なの?中央ギルドは再教育のためにあなたを保安庁へ拘留することに決定した。今すぐにだ。そんな、ちょっと待って。私には連絡しなけりゃならない人が居るわ。その必要はない。あなたの拘留は公示される。あなたが更正する事を全ギルド構成員が心から願うだろう。再教育はすみやかに行われるだろう。それが中央ギルドの意志だ。
そして私は彼等に保安庁の一室へ連れてこられ、閉じ込められた。プリンス・ダークは再教育だなんて言っていたけど、そんな気配はまったくない。私は一日中殺風景な部屋の中へ放っておかれた。ストレンジャー来て、私を助け出して。そう思う気持がある反面、これはプリンス・ダークの罠だとも考える。とても不安になってくる。来ないで、来ちゃダメよストレンジャー。どうすればいいんだろう。ああほんとに、どうすればいいんだろう。レナ、レナ、今そこへ行くよ。今そこへ行ってあげるよ。何度も、そんな声が頭の中へ響いたような気がした。だんだん私はおかしくなり始めているのだろうか?ルナやエミやケイはどうしているだろう?私がこうなってしまったからケイはルナとエミニ人の面倒を見なけりゃいけない。大丈夫かしら?何故私がこんな目にあうのかしら?わからない。四方を壁で囲まれた部屋の中で私は途方に暮れた。
レナ、レナ。また幻聴が始まった。それが大きくなってくる。レナ、聞こえているか?レナ。しつこい幻聴ね。レナ、聞こえている筈だ。オレは保安庁の外へ来ている。この建物のどこに居るか教えてくれ。ストレンジャー、これは本当?幻覚じゃないのね?もちろんさ。どこに居るんだい。これは罠よ、ストレンジャー逃げて!それもわかってる。心配しなくていい。今日は約束どおりに青空公園へ行くためにきみを迎えに来たんだから。いい子だからどこに居るか教えておくれ。最上階の北側の部屋よ。どうやって気づかれずにここまで上ってくるつもり?大丈夫だよ。オレは今空中に居るんだから。場所の見当はついた。レナ、北側の壁を壊すから反対側へさがっていてくれ。わかった。行くぞ。すると北側の壁に大きな亀裂が入り始めた。壁には無数の線が走り、そして砕けた。もうもうと舞い上った土煙りの向うに空が見えた。ケガはしなかったかいレナ。今度はテレパシーではなく直接聞こえた。声のした方へ頭をめぐらせる。次の瞬間、私は目を丸くした。目の前、何もない空中にストレンジャーは倒立して浮いていたのだ。驚いたかい。ええ、さあ、もう時間がない、おいで。ストレンジャーは私に手をさし伸べた。あわててその手をしっかりとつかむと、ストレンジャーは私を逆様に抱きよせた。めまい。恐い。そっと足をおろしてごらん。言われたとおりにストレンジャーの胸から降りると、何もない空間が私の足を支えていた。頭上の大地へ向かって保安庁のビルが伸びているのはとても奇妙を感じがした。その時、私はストレンジャーが片手に何かの装置を持っているのに気がついた。何、それ?これかい。これ重力子(グラヴィトン)シンセサイザーだ。こいつのADSRを操って重力波を変形させ重力場を自由に操作しているのさ。壁を破ったのもこいつの力だ。
重力子(グラヴィトン)シンセサィザーか。そんな事だろうと思った。オレの眼下、つまり上空なのだが、そこにプリンス・ダークが、これも空中に浮いていた。その程度の技術が中央ギルドにないと思ったのかね。しかし青空公園とやらがこんなものだとはがっかりだね。もう少し意外性が欲しいものだ。つまらぬ手品を見せられたような気分だよ。しつこい男だね、あんたも。そんなにお望みなら本物の青空公園を見せてやるがね。ほう、これが青空公園ではないと言うんだな。青空公園、そこは枯れる事のない見果てぬ夢が実る場所。鳥は歌い、夢は咲き乱れ、微笑みが降り注ぐ場所。思いは甘く香り、澄みきった優しさが果てしなく広がっている場所。幸福が日溜りに包まれてまどろんでいる所、そこが青空公園だ。今日はレナを招待するつもりだったが、あんたもついでに連れていってやろう。ピエロ、用意はいいか、レナとのキスを合図に青空公園を出現させてくれ。ドキン。えっ。でも急にそんな事言われても、私心の準備、んんっ。
柔らかな光に頬ずりして、待ちかねていた眼差しは四方へ飛び立ってゆき、風にしなだれかかった夢が花びらから甘い吐息を洩らす。水晶は弱々しく笑う。水が飲みたいのだ。木片は落下し、遠く、甘く、寒く、眠く、眩く軽やかに縞模様の哀しみを梳いている。頭上では流れがのたうって透きとおった翼を羽織った。でもおじさん、ボクたちはおじさんに目を覚ましてもらわなけれぱならなかったんです。もうここには食べる夢が無いんです。お母さん、あたしレナみたいなプリンセスになりたい
いつか
きっと
待て、、、
こ、ここ、ここは、こ、ここはどこだ、、、
そ。ん。な。こ。と。は。知。ら。な。い。
でね、わたしは葉を広げるの。光をいっぱいに浴びて、わたしの子供が笑ってく。レナ、もし綺麗な女の子になったら、あなたのドールにしてくれるかな。それとも、案外手離せなくて可愛いがっちゃうかも。甘やかしちゃうかなわたし。やっぱりドールに出した方がいいかなんだろう、あの頭上で輝いているものは?ストレンジャー、あれは何?ほら、あの細い帯のような輝き。もっと近づいてみようか、あれは川さ。川なの?生物みたいにうねって見える。目が慣れてくればわかるさ。エミ、こっちよ。ハイッ。ストレンジャー、これからどうするの?どうもしないよ。ここは青空公園なんだから。光は羽撃き始めたぶん私はあなたと一緒ならどこまでも行けるような気がするの
するとエミやルナやケイまで青空公園に連れてきてしまったの?連れて来たんじゃないきみも彼女達も初めからここに居たんだよ。ただそれが見えなくなっていただけさうん覚えてる私の心はいつだってここに居たどうして忘れてたのかしら
そう
きみたちがここに来たんじゃない青空公園はいつもここにあったんだタ陽に吹かれて髪が揺れているあなたの手を握らせて少女は少し苦しそうな表情で肩で扉を押し開けた両腕いっぱいに抱えられた箱エミごくろうさんそこに置いてくるしいくるしいよォレナ大げさねルナふんだあなたは発芽した事がないからこの苦しみがわからないのよくしゃべるわねルナケイまでそんなことを言うのエミが発芽した時にわたしと同じ苦しみを感じたんでしょうがない人ねあたしはそんなにレナを困らせたりはしなかったわかったわよ二人してわたしを虐めてまた二人で笑って何がおかしいの?だってねっふうっ息をついて額に滲んだ汗を手の甲で拭うスカートの挨を払ってからルナにニッコリ微笑むエミ姉さんドールなのによく仕事をするのねルナなんてママに甘やかされてばかり自分でも何もしないくせにわたしにも何もさせてくれないのよママったらその分レナやケイおばさんに押しつけちゃうんだものわたし恥ずかしくってっきり女の子だと思っていたのに男の子だったなんて勝手なことを言ってるわルナ困ったものよねぇもしそうなったらどうしょう?
こんなにぎり返してくるあなたの手が力強くて私は肩を寄せるストレンジャー私エミ大きくなっえねええもうすぐですあたし大きくなったらレナみたいなプリンセスになりたいとずっと思ってたんですストレンジャーあたし来年からはもうプリンセスのギルドに加入でさる年齢なのよでももうあまりこだわってませんギルドに加入してもしなくてもそんな事であたし自身が変わっちゃうんじゃないんだものあたしのなりたかったものって実はもっと身近な日常の中にあるんじゃないかな何でもない日常の小さな事がでも時々きらきらと輝いて感じられる時があるんですそんな時あたしあたしあたし泣くんじゃないエミこんな事はよくある事故なんだ君がこの鳥を殺したわけじゃねいつも遅れてくるのねもう知らないルナそんなに怒らないでくれよしてよあなたが約束の時間守ったことあってだっていつも君が一方的に時間を決めるからどうしても間に合わたいんだよレディ・エミあなたも危険な事に憧れているわけですか?そうよちょっぴり恐くてちょっぴりスリルそんな出来事にときめいてしまう強い照明の光があなたの顔に当てられあなたは目める五色の色彩が乱舞しあなたは何が起こっていたかを悟る虹色の球光に包まれてレナが舞台の中央へ進み出るあなたは軽い驚ろきを感じる皆様今日はようこそ当テレパシアターにお越し下さいました本日の出し物は表題「青空公園」でございました主演精優はプリンセス・レナ提供はストレンジャー・ギルドでした
あなたは
あたしはそうねレナみたいにテレパシアターで精優として働きたいと思った事は何度もあるわしかしんじて私を信じてストレンジャー私きっとためらわないつまてもどこまでもあなたを追いかけてゆくわゆるやかな速さで風景は移り変わってゆく(頭上/眼下)には(川/雲)が流れてゆき(高い/青い/深い)(空/海)が果てしなく広がっている一点の曇もなく光に満ちた(場所/時)月光を浴びて今一人の(少年/少女)が歩んでくる(彼/彼女)は(緑色/銀色)の靴をはき(赤い/青い)服を着ていた(哀し/楽し)そうな表情を浮べ(少年/少女)は歩み続けるどこへ?ずっとずっとずっと信じてたこんな時が来るのを私信じてた今なら言える私きっとあなたとならどこまでも遠くへ行けるってあなたと一緒なら年老いてゆくのももう恐くない重ね合った唇からあなたの温もりが伝わってくる私を離さないで離さないでいつまでもいつまでも離さないで
そこまで語り終えて、老人はロを閉ざした。凍てつくような寒さの中、濡れた舖石から刺すような冷たさがたちのぼる。わずかに残された火に手をかざして少年は老人のロ元を見つめた。しかし、老人はもう語らない。目をつぶったまま石段に身をもたせかけ、ピクリとも動こうとはしなかった。吐く息の白さも少しも見えず、老人はすでにこの世の人ではないのかも知れない。はたして獏たちは、見果てぬ夢の実る場所青空公園へ着くことができたのだろうか?薪がはぜた。パチッ、パチパチ。そして、青空公園でレナの夢はストレンジャーの夢となり、ストレンジャーの夢はレナの夢となったのだろうか?老人は答えない。ただ一陣の木枯しが、ピューッとそれに答えた。
「おいちゃん、寒いよォ」少年は老人の袖ロを引っぱる。折から強風が吹き上げて最後の薪をさらって行った。薪は坂を転り始め、あわててその後を追いかけた少年のかじかんだ足では間に合いそうになかった。薪は河面に落ち、ジュッと言って火が消える。
街は暗闇の中へ沈んだ
(了)
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