■概説「オマケ現象」
一般に「オマケ運動」と呼ばれるブームがSF研に吹き荒れたのは、1977年(昭和52年)のことであった。この「オマケ運動」に関しては、後述する「週刊オマケ」に詳しい。そこでは関係者の行動を中心とした「運動」の全容が明らかにされている。そこで拙論では、それとはまた違った側面、すなわちこのムーブメントをSF研という閉ざされた環境の中で発生した一種の「現象」ととらえ、発生の経緯、環境に与えた影響などに考察を加えていきたいと思う。
さて、この運動もしくは現象に関する現存する最も古い記録は、資料7「回覧版NOTE3」に記されたものであることが調査の結果わかった。記事の日付は1977年5月31日〜6月1日。まあ、深夜に書いたという事だろう。「オズ3号」を印刷作業中の三吉健一の記述である。以下は、その抜粋。
| (オズ3号の印刷に)今日刷(り)に来てくれんかった伊佐さんアッカンベェー。もうオマケさんと仲良しにさせたげないからねェだ。 |
| オマケさんとの会話 | |
| 「オマケさん、えい画行きませんか」 | |
| 「なんのですか?」 | |
| 「ポルノ」 | |
| 「なんですかそれ?」 | |
| 「おもしろいエイガのことです」 | |
| 「いきます」 | |
| ・・・・・(ぜんぜんおもしろくない) |
| (前略)今日はオマケさんその他(伊佐さん、堀越さん)とサテンに行った。伊佐さんのとなりに座ったぼくはオマケさんと真正面から向かいあうようになってしまった。恥ずかしい…こう書いていると興味シンシンだが、オマケさんに話しかけるのは伊佐さんと堀越さんで、ぼくは一人シコシコとお茶ヅケの味をかみしめていた。結局ぼくはつまはじきだった。グスン。(後略) |
| 6月28日おまけさんと話をした。 | |
| 6月29日おまけさんと話をするだろう。 | |
| 6月30日おまけさんと話をするにちがいない。 | |
| 7月1日おまけさんと話をする可能性がある。 | |
| 7月2日おまけさんと話をするような気がする。 | |
| 7月3日おまけさんと話をするつもりだ。 | |
| 7月4日おまけさんと話をしようと思う。 | |
| 7月5日おまけさんと話がしたい。 | |
| 7月6日おまけさんと話すべきだ。ぐぶぐぶ…。 |
| 7月7日おまけさんと話しすぎて舌が痛くなった。(K.I.) | |
| 7月8日おまけさんと話したいが意地でもそれができないワタクシ…○○死ねぇーッ(ネモ) |
| 産大競馬サラ競特別おまけ賞8頭立て | |||
|---|---|---|---|
| 枠 | 馬名 | きゅう舎 | 寸評 |
| 1 | ミヤジマレンゴ | 可愛島 | 家庭不和がなければ案外…? |
| ミヨシコークス | 京大前 | 色つや良いが信頼度薄し。 | |
| 2 | スネカズオー | 不死身荘 | とてもむり。出走するだけムダ |
| 3 | ホリコシホマレ | あやめ池 | 体力知力気力全ていうことなし。圧倒的本命。ただしライオンが気がかり。 |
| 4 | ナカハラボテ | 宝塚 | 最近腹が地面にこすれる。 |
| トヨチチシボリ | 富士見荘 | かまいたち。上野の五倍! | |
| 5 | コシクダケ | 伊佐宅 | 気力充実なるも体力伴わず。見えないスイングが鍵か? |
| 6 | ヤセツダキング | 西宮 | 馬体の衰えが気になる。かいばに問題があるのでは? |
| (ペンネーム)拓馬るい(本名・山元るり子) | |
| 京都生まれの京都育ち。京都産業大学外国語学部英米語学科。昭和33年1月28日生まれの水瓶座・金星六白・戌年。 | |
| 身長156センチ体重50キロぐらい(にしておく)。上から順に57センチ、1.0と1.5、23.5〜23.0センチ。 |
| オマケさんブーム!! | |
| 最近SF研部員間で異常な動きが見られる。 | |
| 調査によるとこの中心はマン研の2回生女子部員でオマケさんというニックネームで親しまれている山元るり子さんである事が判った。 | |
| 中には年も忘れて熱狂するOBや、立場を忘れて騒いでいる人間もいる。各々が、あわよくば…と暗躍しているが、この点、色の黒さで定評のあるM氏が有力であるとされている。これに対してI氏は暑い日中、ガードマンをして色を黒くするなどの努力をしているという。 | |
| さっそく、このブームに目をつけた東芝EMIでは"オマケ、その世界"と銘うったLPを8月中旬に発売するし、又、ネモフィルムセンターはオマケさんパネルをまず3種発売する事に決定しているという。 | |
| この夏のポストタワダはオマケさんだとH氏は豪語するのも当然かもしれない。 |
| 新入会員紹介 | |
| 多和田暁美さん/法学二回生 | |
| ★堀越さん、彼女には好きな人がいるそうです。 |
昭和52年7月5日、オマケブームはその頂点に達する。「週刊オマケ」の創刊である。発行人はダブルケンイチこと、伊佐研一と三吉健一。「オマケさん公認」というのがうたい文句である。
そのわずか1週間後、「週刊オマケ」2号が発行された。「続オマケさんに10の質問」「オマケさんのある一日(イラスト付)」「京都チョコパフェ食べある記」。創刊号に掲載された予告編どおりである。ただし予告にあった付録の「ジャンボピンナップ」はない。その他、「オマケバッジプレゼント」や「オマケスト度テスト」などの記事がある。ここでオマケとして「オマケスト度テスト」を転載しておく。往年のオマケスト諸君は試されるとよい。|
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| (問題1)オマケさんのもうひとつのあだ名を、知っていますか? | |
| 1:おさげコンコン | |
| 2:恐怖のおしり | |
| 3:チョメ子ちゃん | |
| (問題2)オマケさんのお父さんのお仕事は? | |
| 1:必殺電気工事人 | |
| 2:道路のガードマン | |
| 3:地方公務員 | |
| (問題3)外人に「京都ロイヤルホテルはどこですか」 と聞かれた時、オマケさんはどうしました。 |
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| 1:英語でペラペラと答えた。 | |
| 2:泣いて走り帰った。 | |
| 3:隣の友達がスラリと答えた。 | |
| (問題4)オマケさんが、マン研に入った時、どう感じたでしょう。 | |
| 1:完全なアホの集団 | |
| 2:完全なバケモノ集団 | |
| 3:かしこそうな人達のあつまり | |
| (問題5)オマケさんの必殺技は? | |
| 1:必殺オサゲ・パンチ | |
| 2:チョメチョメ・キック | |
| 3:オマケ・ウインク | |
| 正解:2・1・3・3・1 | |
| 評価:正解数0〜2問の人、あなたはもうニイストに転向する以外、 道はありません。 |
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| 3〜4問の人、もう一息の努力です。ツイストでも踊って がんばれ! |
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| 全問正解の人、スバラシイ、でもあなたホントのテストの方、 だいじょうぶですか? |
| 「ああ、あれねえ。古い話だねえ。まあ、三吉君がオマケさんにちょっかいを出して、オマケさんは当時アイドルみたいな存在で、別に惚れてたとかいう話じゃないけども、ぬけがけされるとまあおもしろくないというか。あんまりよく覚えてないし、よく考えれば思い出すかもしれないけど、別に考えたくもないわけで。まあ、逆の立場なら俺もそうしたかなあと、いまでは思えるんであって…それより和也、仕事してんのか?」(大きなお世話だ) |
| 「週刊オマケ」しょせん「MEZ」の敵ではない。 | |
| 中道革新のやることはまあこの程度だろう。 | |
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乗りおくれの和也 |
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(自分のペンで書いたのじゃ、わーいわーい。) |
| (前略)ところで、上の文を書いた当時、オマケ旋風なるものが、起こりはじめていたのには、おどろいた。信じられない気持である。のちに"週刊オマケ"なるものが発行されたのも、今になるまでまったく、知らされていなかった。もうSF研では古いいにしえの事件なんだろう。そういえば、夏休み前になんか「オマケさん、オマケさん」って口々に口走っていたなあ。それにしてもSF研、っていうのは、籠の中の小鳥なみだなあ。(中略)でも、SF研の人達も暇をもてあましてたんでしょう。 |
| 前の部分読んだ感想。「な〜にが、おまけさんだ!!誰が何と言おうと我最愛の妻の方がよいのじゃ!!」これ以上書いたら除名されるのでもうやめる。 |
| オマケ運動関連 | 社会の動向 |
| 76年5月/村上喜啓氏「オマケさんが一番かわいい」発言 | 76年5月8日/歌手の克美茂逮捕 |
| 77年5月20日/「第一回オマケさんとお茶を飲む会」開催。その後、「連れ込み下宿の怪」「第二回オマ茶会」「54番を追え・タクシー事件」「37番を追え・続タクシー事件」「河原町の乱痴」「河原町の乱痴パート2」等の関連事件が続発 | 77年5月/鴨川つばめ「マカロニほうれん荘」連載 |
| 6月20日/「中原則彦泣く事件」オマケ運動SF研制覇 | 6月21日/キャンディーズ「暑中お見舞い申し上げます」発売 |
| 7月5日/「週刊オマケ」創刊 | 7月17日/キャンディーズ引退宣言 |
| 12月2日/アンチオマケ運動発言 | 12月5日/ピンクレディ「UFO」発売 |
| 78年5月3日/オマケ運動関連最後の記事 | 78年5月11日/歌手の安西マリア失踪 |
<了>