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作者はミステリ研がなかったので、しかたなくSF研に入ったという人。「SFなんかどないでもええねん」と豪語した4年間でした。太田裕美のファンのくせに。
核戦争後の様式美(?)を達者にまとめたこの作品は、「オズ」創刊号に掲載されました。「ダールの『廃虚にて』の雰囲気を狙った。締切に追いかけられて書いた作品」(本人談)。




「サバイバル」

堀越一郎・作

「一番最初のやつは何時だった?」
 髪の長い方が尋ねた。
「確か…一九四五年、ヒロシマ…そいつが最初だろう。」
 もう一人の男がゆっくりと答えた。ぼさぼさに乱れた髪は埃で灰色に変り、日に焼けた顔は、ほとんどが髯でおおわれている。その髯面から、目だけが異様に光っていた。
「ちがう、この前の戦争じゃない。今度の戦争での最初のやつだ。」
「五十二年前…、ピッツバーグ。」
 そう答えてのろのろ立ち上がる。
 二人の男が座っていた場所は、かつての都市であった。乱立していたビルディングは、今では見る影もない。立ち上がった男は、大きな石ころに足をとられながら水溜まりに向っていった。水は澄んでいた。が、見えない汚れが水溜まりを満たしている。男は跪き、水をすくって飲んだ。
「いいのか、検査しなくても。」座ったまま髪の長い男が言う。
「今更水質検査もないだろう。どこの水も同じさ。」
 水を飲み終えると、陽に焼けた腕で唇をぬぐいながら、座っていた場所に戻ってきた。髯に水滴が光っている。

 太陽が憎悪に満ちた光を二人に投げかける。その日射を遮るための木陰も、回りにはない。
「あれが最後だったな。」
 また髪の長い男が口を切った。
「ああ、しかし最後の奴が、一番ひどかった。」
「五十二年前か…。」
「親父の時代だからな。昔の話だ。」髯面の男が、側に置いてある鞄をひき寄せた。
「食事にするか。」熱のない声で言う。
「麻酔はあるのか。」
「まだ、三、四回分はある。」日に焼けた顔を、うす笑いで歪めながら、男は注射器を取り出した。
「今度は俺の番だろう。」髪の長い男が言う。
「いや、俺の方が、おまえより2本ばかし多いからな。今度で同じになる。」
 髯面の男は、残った四本の腕を広げて答えた。
 太陽は相変わらず怒っている。

<了>






6

「オズ」創刊号に掲載。新入生のデビュー作にして、上級生を唸らせた有名な作品。当時の読書会の批評では、とくに書き出しのファンタスティックなムードと青のグラデーションのイメージに高い評価がつけられました。「青」は作者の基調色であり、ブリーフも常に青を ベースとし、「ハデパンの吉久」と後ろ指を差されました。
なおこの時点では、のちのペンネーム「睦久淑騎」はまだ使われていません。




「青い最終列車」

吉久義則・作

 エホバを愛し、
 彼に見捨てられた犠牲者を
 翼の下で眺めている
 髪の長い少女に。

 人けのないプラットホームのずっと先の方に、信号燈の赤や黄色や緑の光が静かに浮いている。幾本ものレールにそれらは冷たく反射し、深夜の駅の静寂をよりいっそう強調していた。そのしじまの中に遠く汽笛が聞こえ、しばらくして、少しづつ大きくなっていくレールの響きと共に、数両の黒くすすけた客車を引いたディーゼル機関車が俺の立っているプラットホームへ滑り込んできた。駅員のアナウンスにせかされるようにして乗客達が降りてしまうと、俺は列車に乗り込み、中ほどにある座席に腰を下ろして、窓の外をぼんやりと眺めていた。その車両には他に乗客は誰もいなかった。

 ちぇっ、家に着くのは12時か…と俺は帰りが遅くなるのをいまいましく思った。大学の研究室に残って卒論の資料整理をしていたのだが、ほんの一足ちがいで10時の列車に乗り遅れてしまったのだ。その次の列車は11時過ぎの最終。これだからローカル線はいやになる。ここからほんの一駅乗れば、もうそこからちょっと歩いて家に帰れるのに…。ほとんどの列車は俺の通っている大学のあるこの町で終着になり、いつも長い間待たされる。おまけにさっきよせばいいのにパチンコに行って、結局1000円をすっかりスッちまったのだから、おもしろくないのは当然である。

列車が「ガタン」と揺れ、動き出した。手持ちぶさたなので歌でも…と思い歌い出したが、誰もいない客車にうつろに響くだけ。なんだか馬鹿みたいなのですぐにやめた。「ふうっ」と大きな溜息が一つ。

うとうとしていたのはほんの一分くらいだろうか、ごく浅い眠りから覚めた俺の眼に入ったものは、前にある二本の足だった。むろん俺のではない。もっと細く、しなやかな二つの足が、フレアのついたロングスカートの裾から、青い小さな靴をはいて、はずかしそうにのぞいている。女か…ムフッ…ひょっとすると…俺は期待に胸を大きくふくらませて、視線を少しづつ、少しづつ上の方に…よくしまったウエスト、暖かいふくらみの感じられるバスト。それらは深いブルーのワンピースにつつまれて、静かに息づいている。そしてその顔に視線を向けた瞬間、俺はあわてて目をそらした。彼女がブスだったのでも、ましてや「BEM」などというオバケだったというのでもない。彼女は私の期待通り、いや、期待していた以上の美少女だったのだ。

 あはっ。目が、視線が合ってしまった…。どうしよう。肩までのびた長く黒い、しなやかな髪の中にあるその顔は、この上もなく美しかった、少し長めの睫に、潤んだような黒い大きな瞳。かわいい鼻と唇。あまりにも完璧だった。しかも、あの美人特有の冷たさというようなもののひとかけらも見当らない。でも、こんなきれいな娘がいつのまに…。それよりも、よりによってこの俺の前になんか…。ム?ひょっとするとこの娘、俺に気があんのかな?だとすると、ちょっと話なんかしちゃって、そのうち彼女がはずかしそうに「あのう…わたし、まえからあなたのこと、ステキな人だなあって思っていたんです。それで、よろしかったらおつき合いを…。」なーんて。ムフフフ…というように、いつもは想像をたくましくする俺だが、今日は違った。彼女には犯してはならない神聖なものが、溢れるように感じられる。これまでに出会った女性とはまったく異なった、変なたとえだが、まさに聖母マリアに対する「畏敬」のような、劣情の入るすきのない雰囲気があった。
 俺はこれでもクリスチャンであり、今までバイブルの教えに疑いを持ったことはなかったが、神が今俺が彼女に対して持っている純粋な好意をも劣情と決めつけ、それを下劣な罪だとするならば、俺は神に背を向けてしまうだろう。

 宇宙は、人間は、唯一絶対神エホバの創造物だという。しかし、この少女もその神がお創りになったものだろうか。はたして神に、これだけの美的感覚と創造力があるだろうか。今までに考えたこともない疑いがしだいに頭をもたげてきて、俺は神に対して不忠な自分を責めた。だが、彼女を前にしてその美しさに見とれていると、神の存在など、まったく無意味なことのように思われてくる。そこには信仰というものを超越した、真の美の結晶があった。もし彼女が邪悪なサタンの下僕であったとしても、俺は彼女を憎むことはできないだろう。それほど、俺はこの少女の魅力にまいってしまっていた。
 横の窓ガラスに映ったその姿を見ていると、胸の奥がしめつけられて苦しくなっていくのがありありと感じられる。俺は動くこともできずに、体を固くしたまま、窓に映った彼女に見とれていた。何を考えているのか、じっと窓の外を見つめ、時々かわいいまばたきをしている。細身の体に青いマキシのワンピースが実によく似合っている。その青色をバックに無数の星々がきらめいて…。
 俺はその時はじめて気がついた。よく見ると、窓の外は銀色や赤、青、橙などさまざまな色に輝く星の群れでいっぱいだった。上下四方すべてが、暗黒と星の光とに囲まれているのだ。まさに宇宙空間そのものである。こんなばかな…俺は驚いて、彼女を、こんどはまともに見つめたが、その黒い瞳には小さな星の光がきらめいているだけで、何の驚きも見せてはいなかった。まったくあいた口がふさがらない。しかし、驚きよりもむしろ、その星々の美しさと神秘さへの興味の方がはるかに強かった。列車はすでにレールのうっとうしい響きなど忘れて、滑るように暗黒と光の空間を走っていた。

 前の方に、ブルーに輝く一つの恒星が見えたかと思うと、それはみるみるうちに大きさを増し、その光で車内は青い光の渦で満たされていく。やがて列車は速度を落とすと、そのブルーの星の真横で停車し、透き通った青い汽笛を高らかに鳴らした。
 前にいた少女は、俺が気づいた時にはもう列車を降り、前の青い巨大な星に向かって歩き始めていた。何もない暗黒の深淵をただ一人、いったいどこへ行くのだろうか。突然彼女は立ち止まり、こちらをふり返る。潤んだ黒い大きな瞳が俺を見つめていた。黒く光った長い髪がしなやかに揺れていた。微笑ともつかない不思議な表情を少し残して、彼女はまた歩き出した。それと同時に列車も動き始めた。少女の青い服がブルーの星の光に溶け込んで、しだいに後方へ遠ざかって行く。一瞬、長い黒髪が揺れたかと思うと、それも小さくなっていく星の中へと消えていった。
 星が青い小さな球となり、やがて一つの小さな点となって、ついには見えなくなってしまった後も、俺は動くこともできずに、まだそこをじっと見つめていた。

 いつしか列車はいつものもの憂げなレールの響きを取りもどし、スピードが落ち、そして、くすんだ蛍光灯の下に俺の住む町の駅の名前を読み取ることができた。先ほどの不可解な、それでいて、素直に真実として受け取ることのできる出来事に感動の余韻を残しながら、さびしいプラットホームに立ってさっきの方向に目をやると、そこには青緑色の光がポツンと輝いていたが…それも、遠くに聞こえた「ガチャン」という音と共に消えて赤い光に変わった。信号燈だった。
 あれは夜の幻影だったのか…。しかし、俺はそう思いたくはない。あの少女の容姿が今でもありありと頭の奥底に焼き付いている。俺はなぜか、またいつかあの少女に会えるような気がした。

改札口をぬけて歩きながら頭上を見上げると、空は珍しく晴れわたって、満点に星が輝いていた。きれいだ。あの青い星はどれなのかわからなかったが、この星の渦のどこかにあるのかもしれない。ちぇっ。やけにセンチメンタルな気分になって、星がにじんでいやがる。
 旧約聖書の冒頭には、神がこの宇宙を創造したと記してある。俺は疑う。この宇宙の深淵、この無数にきらめく星々は、はたして本当に神が創りたもうたものだろうかと…。

<了>