シリンクス音楽フォーラム 21
Review CD
北岸 恵子


極彩色のシューベルト


魔王〜大作曲家によるシューベルト名歌曲集
ヘルマン・プライ(バリトン)
ベルティーニ指揮ミュンヘンフィル/ウィーン響
(RCA BVCC−8903/04)


 シューベルトのピアノソナタは美しいが平坦で長い。ピアノソナタを弾くときの難しさは、平坦さが退屈につながらないように、しかも作意のない音楽を作り出すことにある。彼の交響曲第7番が天国的な長さと言われるのも、これと似たところがあるように思う。ピアノソナタは、彼は本当は交響曲を作曲したかったのだがピアノがそこにあったのでピアノ譜にしたような、ピアノではどう弾いたらよいのか時には当惑する、単純な繰り返しがしばしば見られる。

 シューベルトの短い生涯で、最も偉大な業績である歌曲、リートの分野では、ピアノソナタで抱くそのような気持ちを持ったことはなかった。それほど彼の歌曲は完全な音楽であり、詩とメロディーと人間の声とピアノの調和から成り立っている。彼の歌曲の伴奏ピアノは、その当時も全く新しいものであったであろうが、それから200年以上経った今も、彼以上の歌曲のピアノパートを書いた人を私は知らない。確かに、その後のめぼしい歌曲作曲家として、シューマン、ブラームス、リヒァルト・シュトラウス、ヴォルフ、フォーレ、ドビュッシーなどが挙げられるが、彼を越えたと言える人はいないのではないだろうか。

 そのくらい、シューベルトの歌曲のピアノパートに最高のものを見いだしていたのであるが、近所の本屋のCDコーナーでふと目にして興味半分で買ったこのCDを聴いて思ったのは、歌曲のピアノパートさえ、シューベルトはオーケストラ伴奏の代替としてピアノ譜にしたのでは、ということだ。この2枚組のCDは、シューベルトの約20曲の歌曲がオーケストラ伴奏で歌われている。リスト、ブラームス、レーガー、ベルリオーズなど有名な作曲家による編曲である。

 1枚目はゲーテの詞による歌曲が多く、ゲーテの劇的な詞とオーケストラ伴奏はいかにも似合う。そこに、熱っぽいヘルマン・プライの歌声がマッチして、シューベルトの歌曲の別の面を伺うことができる。魔王 D.328は、リスト、ベルリオーズ両者の別の編曲によるものが収められ、聴き比べも面白い。魔王、御者クロノスに D.369(ブラームス編曲)、タルタルスの群れ(シラー詞) D.583(レーガー編曲)、プロメテウス D.674(レーガー編曲)の技術的にきわめて難しいピアノパートが、鮮やかにオーケストラで奏でられる。編曲した大作曲家達の創造力、いや想像力に感動する。インテンポで弾きこなし、歌に合わせる快感のみで満足していた自分を恥じてしまう。

 しかし、ピアノの表現力をオーケストラと比べて卑下することはないように思う。極彩色の油絵に比べて、水墨画は表現力に劣るといえるだろうか。ピアノは、電気の力を借りない精巧な”手作りメカニックの結晶”で、それ自身が芸術である。また、オーケストラ編曲の名演を聴くことは、シューベルトの歌曲の底の深さを知り、ピアノ伴奏の最高の参考書を学ぶことである。2枚目のCDに収められている、音楽に寄す(ショーバー詞)D.547(レーガー編曲)、ます(ショーバルト詞) D.550(ブリテン編曲)、涙の雨(美しき水車小屋の娘より、ミュラー詞) D.795(ウェーベルン編曲)などを聴くと、逆にひっそりと歌に寄りそうピアノ伴奏の素晴らしさを懐かしく思える。

 (このCDに収められている演奏の録音は、1977年と1978年に行われている。)

(1996.3.20)