シリンクス音楽フォーラム 21
Essay

民法学者のピアノ

門永 るみ子



♪CD録音の夢

 大正生まれの民法学者であるH氏は子どもの頃からピアノを楽しんできたが、2年後の喜寿の年には一つの「夢」を果たそうと考えていた。それは、自分の演奏したピアノ曲のCDを作ることだった。曲目も決めて、練習をしていた。 しかし、H氏は、ある事情でその夢を1年早く実現することになった。その事情とは、平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災で神戸の自宅が損壊してしまったことだった。

 75歳になっていたH氏の体にとって、自宅からの脱出、長かったホテル生活、東京への転居など、すべて大きな負担となったようである。3月末には東京で入院することになってしまった。家族は、H氏の病状を考えてCD録音を1年早めることを決め、急いで録音スタジオの予約などの手配をした。

♪思い出の曲

 H氏は、自宅のグランドピアノも失い、思うように練習もできていなかったが、体の調子の良い時に録音をすることになった。タイトルは「想い出の曲」とした。演奏した曲目は、次のとおりである。「汽車は走るよ」は、長女と連弾をした。

  「アヴェ・マリア」(グノー)
  「プレリュード」(バッハ)
  「イタリアの歌」(チャイコフスキー)
  「汽車は走るよ」(中田喜直)
  「ヴェニスの舟歌」(メンデルスゾーン)
  「雨だれ」(ショパン)
  「マズルカ 作品7の1」(ショパン)
  「ノクターン 作品37の1」(ショパン)
  「月光 第1楽章」(ベートーヴェン)
  「悲愴 第2楽章」(ベートーヴェン)

 その後、H氏は勲2等を授与されることになり、CDは勲章の受賞記念となったが、完成から数か月後に亡くなられた。

♪心の内側に向かう演奏

 H氏は私の大学時代の民法の恩師であり、長女は偶然にも小学校の同級生であった。阪神・淡路大震災から1年以上経た先日、彼女からそのCDが送られてきた。教授は静かにしかも自分の心の内側に向かって、気高くピアノを弾いていた、教授が語っているのではないかと思うような澄んだ音で、スタインウェイが響いている。京大の法学部4番教室で教授が講義をしている風景まで浮かんでくる。

 あの教室で、若い頃には「法学」を選ぼうか、「洋楽」を選ぼうかと悩んだという冗談を聞いたような記憶がある。ショパン、ベートーヴェンなども、長年弾いてこられたのであろう、ほとんどミスタッチもなくなめらかに、しかも旧き良き時代を思わせる品格のある演奏ぶりだった。病んでおられたうえに、死が間近に迫っていたはずであるが、間の取り方が絶妙だった。

 教授は、70年以上も音楽を愛してきていた。お姉さんの練習を聴き、独習で始めたピアノだったらしい。プロが絶対に近寄れない、最高の喜びをもったアマチュアの演奏家だった。

♪もう一度、美しい音風景を

 CDのジャケット写真には、窓辺のグランドピアノの前に座る教授がいた。私が子供のころから知っているなつかしい応接間であり、ゼミの学生が家に集まると教授が娘と連弾をした場所だったが、震災で壊れてしまった。私の友人である長女の手紙によると、父親の強い希望で、ほとんど練習もせずに連弾に引き込まれる羽目になったという。

 教授は、民法学者としての功績も多く、司法試験委員なども務めたが、旧制高等学校、大学を通じて、当時は珍しかったピアノを楽しみ、晩年は京大交響楽団部長にもなられた。CDを聴いていると、長女と連弾をしている教授の相好をくずした顔が感じられる。

 友人の手紙には、「震災以降、本当にすべてが時間との戦いの日々でしたが、両親と芝浦のスタジオに録音に行った時のことを想いだすとほのぼのとした気分になります。」と結ばれていた。震災ですっかり変わり果てた神戸の町に、教授が味わっていたような心地よい音風景を取り戻したというのが、震災からの復興にかける私の願いである。

(平成8年4月)