シリンクス音楽フォーラム 24
Review/Performance
井上 建夫

神秘のオルガン

青少年のためのパイプオルガン入門(レクチャーコンサート Part 3)
津田能人(オルガン)、平松晶子(ヴァイオリン)、アマデウス合奏団
1997年3月23日
京都コンサートホール大ホール

 リストの『バッハの名前による前奏曲とフーガ』の壮麗なオルガンの大音響に包まれていると、確かにこういう響きに浸される機会が日常的であれば、神秘的、超越的な思考も生まれてくるだろうな、という気がしてきます。宮澤賢治は「農民芸術概論綱要」の中で「神秘主義は絶えず新たに起るであろう」と書きましたが、日本の多くの都市では、神秘主義が生まれる契機になりそうな自然、あるいはそれに代わるような深さあるいは高さを持つものを見つけることは容易でありません。パイプオルガンは都市に必要な装置なのかもしれません。

 パイプオルガンは多くの西洋音楽のファンにとっても、そして筆者にとっても実際のところはほとんど未知の楽器ですが、近年京都コンサートホールのようにこの楽器を備えたホールがけっこう数多く整備されてきていて、パイプオルガンに親しめる機会が増えていることは大いに好ましいことです。多彩な音色と壮大な雪崩のような音響は、確かに近代の室内楽の楽器とは異なる世界であることを今回、実感したところです。

 さて、京都コンサートホールで行われたオルガンを中心にしたこのコンサートのプログラムは、まずパッヘルベルの『シャコンヌ へ短調』とバッハの『パッサカリア ハ短調』がオルガンで演奏された後、オルガンの伴奏のヴァイオリンでヴィターリの『シャコンヌ』とサンサーンスの『序奏とロンドカプリチオーソ』、休憩を挟んで、弦楽合奏によるアルビノーニの『アダージョ』とヴィヴァルディの『協奏曲 イ短調』(ヴァイオリン・ソロは平松晶子と北村浩二)。そして、その同じ曲のバッハのオルガン編曲版、さらに始めにあげたリストの作品で締めくくりとなります。

 レクチャーコンサートとあるように、各曲の演奏の前にオルガニストの解説が入りますが、メインはレクチャーでなくコンサートの方です。となるとやはり曲の途中に話が入るとせっかく盛り上がった感興が殺がれてしまいます。レクチャーは最初にまとめてやってもらった方が良かったという気がします。

 プログラムはずいぶん多彩で、バロックからロマン派までのオルガンの諸相を見せようという趣向なのでしょう。特に、リストの『バッハの名前による前奏曲とフーガ』のようなロマン派のオルガン音楽は聴く機会の少ない耳新しいものであり、音楽史の空白の一つであることを感じたところです。

 ヴァイオリンの平松晶子さんは以前(94年)、アルティでのリサイタルを聴いていますが、今回の方がはるかに安定して音色も澄んでいます。ヴィターリもサン・サーンスもともに非常に技巧的な作品ですが、余裕のある清潔な演奏です。アンコールの『タイスの瞑想曲』では最も豊かな響きとなりました。しかし、全体に遠慮がちに思えるほどの慎重さも感じられたので、思い切って一歩踏み込んだ表現がこれからの課題でしょうか。