シリンクス音楽フォーラム 25
Review/Performance
井上 建夫

叙情的アニヴァーサリー

ドイツリートの夕べ
1997年6月7日
いずみホール
指導:林達次、主催:樹声会

 シューベルト生誕200年、ブラームス没後100年を記念して2人のリートを集めた演奏会が開かれました。プログラムは大変盛りだくさんなものですが、以下に書き写しておきます。

 まず、シューベルトです。春の信仰(D.686b)、ます(D.550e)、ただあこがれを知る者のみ(D.877)、君よ知るや南の国(D.321)、憩え戦士よ(エレンの歌T)(D.837)、眠れよ狩人(エレンの歌U)(D.838)、アヴェマリア(エレンの歌V)(D.839)、月に寄せて(D.259)、菩提樹(D.911e)、湖上にて(D.543b)、秘密(D.719)、憩いなき愛(D.138)、愛は欺いた(D.751)、至福(D.432)、流れの上で(D.943)。演奏者は大西津也子、八木蓉子、萬田一樹、野村恵子、森田佳子(「流れの上で」のオブリガートホルンは川島裕)。

 ブラームスは、風琴に寄せて(Op.19-5)、古き恋(Op.72-1)、おとめの歌(Op.107-5)、死は冷たい夜(Op.96-1)、たより(Op.47-1)、郷愁U(Op.63-8)、教会の庭で(Op.105-4)、サラマンダー(Op.107-2)、永遠の愛について(Op.43-1)、君が青き瞳よ(Op.59-8)、二人はさまよった(Op.96-2)、歌の調べのように(Op.105-1)、我がまどろみはいよいよ浅く(Op.105-2)、そして、混声四重唱曲が、踊りと恋と(Op.31-1)、からかいあい(Op.31-2)、ああ美しい夜(Op.92-1)。演奏者は中林節子、中井晟雅、岩本敏子で、ヴォーカル・クワルテットは野村恵子、岡本明美、宮本佳計、萬田一樹。ピアノ伴奏は全曲!中村展子。

 さて、大勢の歌手が数曲づつ歌うのですが、一人の指導者のもとにあるためでしょう、やはり一貫したものを感じ取ることができます。特に、繊細な感情表現に優れていて、叙情性という点である洗練さに到達していると感じられます。私たちがシューベルトやブラームスなどのドイツリートに抱いているイメージ − 自然との交感や感情の微妙な揺れをインティメートに表現する芸術 − をそのまま実現していて、充分、心地よさを感じることができます。

 反面、選曲にもよるのですが、劇的表現はどちらかというと避けられ、各曲とも叙情的な表情が連続することになります。また、例えば、「至福」のような18世紀のロココ風の感覚を持った作品も、他の曲と同様に初期ロマン派的、いかにもシューベルト風の表現の中で歌われます。

 今回は、シューベルトとブラームスに限られていたので、叙情性を強く印象づけられたのかも知れません。ヴォルフ、リヒャルト・シュトラウス、ベルク、シェーンベルクなど、もう少し時代を下がったドイツリートではどうなのか、聴いてみたい気がします。

 歌手の中では大西津也子さんと岩本敏子さんが劇的な感覚に優れていたでしょう。8人のソリストと1組のクァルテットを一人で伴奏するというタフな伴奏者は、大変達者で安定した表現を示すとともに、演奏会の音楽的な一貫性を保つという点にも貢献していました。ただ、こうしたよく響くホールではペダルを使い過ぎでしょう。

 なお、最後にアンコール風に軽くブラームスの四重唱曲3曲が歌われました。1曲目の「踊りと恋と」は、ソプラノとテノール、アルトとバスが2組の恋人同士となり、田舎風にした「愛の歌」といった雰囲気をつくり、2曲目の「からかいあい」は女声2人と男声2人に分かれて、求愛の掛け合いを繰り広げます。最後の「ああ美しい夜」は単純ながら夢のように美しい曲で、長時間の演奏会にもかかわらず、この時間がもう少し続いて欲しいと思わせるものでした。

 3つの四重唱曲はビーダーマイヤー風の幾分軽いものですが、独唱のリートとはまた違った楽しい世界を聞かせてくれます。そう言えばシューベルトにも素晴らしい男声四重唱曲が多数ありました。これらの重唱曲があちこちでもっと演奏されることを望みたいと思います。