シリンクス音楽フォーラム 25
Syrinx room-music

シリンクス ルームミュージック No.1 に出演して

北岸 恵子


 去る4月20日(日)、シリンクスルームミュージックNo.1“歌とピアノによるヨーロッパ紀行”に出演しました。今まで私が出演した中で、最も楽しかったこのコンサートの企画から当日までの軌跡の一部を紹介します。

 サロンコンサート風のリサイタルを渡仏前にしてから10年以上、長時間演奏する音楽会から遠ざかっていました。主な理由は、仕事や家族のことで音楽会を企画、開催する時間が見つけられなかったことですが、それに加えて、音楽を生業にしていないので集客力に自信がありませんでした。

 昨年1年、アマチュアの弾ける機会、伴奏の機会など、できるだけ多くの機会にピアノを公開の場で弾くことを心がけました。それを続ける中で、ストーリー性のあるまとまったプログラムを弾きたいという、願望が自分の中に生まれました。

 最初は、小さなホールで、レコーディングを目的にした無料公開コンサートを開こうか、と考えていました。今回のコンサートのプロデューサー、井上建夫さんと話し合いながら、年3回のシリンクス例会とは別の、公開コンサートをやってみようということになりました。

 第1回のコンサートですので、井上さんとの間で、いくつかの決め事をしました。ほとんどが井上さんの提案によるものですが、大きく2項目に絞れます。

 第1は企画に関することです。ストーリー性のあるプログラムで、2人以上の出演者、2種以上の楽器編成のコンサートにしようと決めました。“...リサイタル”“...ジョイントリサイタル”などの、個人名、団体名をメインに謳わず、コンサートの内容、すなわちプログラムのストーリーを簡潔にコンサートのタイトルにします。

 今回は、友人のソプラノ、大西津也子さんを誘って歌とピアノのコンサートにすることになり、19世紀のドイツリートと20世紀のフランスピアノ曲のプログラムとなりました。選曲も、コンサートのイメージとストーリー性を活かすように、聴いて下さる方が楽しめるように考えたつもりです。

 第2は資金面です。“赤字を前提にしたコンサートは正常ではない。”という井上さんの意見に納得したものの、チケットを売る作業は精神的に重荷です。この問題は、チケットやチラシは作らずに経費を節減し、案内は葉書を作って知人等に送る、原則として無料招待はしない、赤字になったならば、赤字分は演奏者で負担する、ということで、井上さん、大西さんと3人で合意に達しました。

 試算では入場料を1500円として約70名の有料入場者があることが損益分岐点でした。結局、3人で 200枚弱の案内の葉書を配り、高校生以下の無料入場者を含めると、狭い会場に約60人の方に来ていただけたことになり、演奏者にはやりがいのあるコンサートでした。若干の赤字にはなりましたが、それ以上に得るものが多かったと言えましょう。また、企画、案内の葉書の作成、プログラムの作成などを井上さんが担当して下さったので、出演者にとっては練習に専念できて幸いでした。

 第2の資金面の取り決めは、出演者によって、会場によって、違ってもよいと思いますが、始めに決めておくべきことでしょう。逆に、第1の点は、シリンクスルームミュージックの原則となるべきものでしょう。

 コンサートの約1か月前に、私の家で、プログラムを通して演奏しました。その時は、井上さんと森田ピアノ工房の森田さんに聴いていただいて、アドバイスや感想をいただきました。その後、本番まで2回、森田ピアノ工房2階でリハーサルをしました。シチュエーションを変えたこれらの練習が、本番へのよいプロセスを作ってくれました。

 特に、私は、1つの音楽会で、独奏と伴奏を半分ずつすることが始めての経験でしたので、各曲の性格づけやペース配分を考えるうえで、通し練習は大変有益でした。本番を何とかやり終えることができたのは、これら3回の練習で得た感触のおかげだと思います。本番は、体力、知力ともに予想以上にきつく、独奏だけによるリサイタルより消耗は大きいものでした。しかし、一人で全て背負うという悲壮感のない、何人かでコンサートを作るという喜びは、疲れを補って余りあるものでした。

 どのようないい企画、プログラムのコンサートも、演奏者がいて始めて成立します。シリンクスルームミュージックを続けるためには、趣旨に賛同して下さる出演者が必要です。興味を持たれた方は、どうか気軽に井上さんにお申し出下さい。演奏者として、あるいは企画担当見習いとして、ルームミュージックシリーズが雑誌“音楽フォーラム”とともに、シリンクスの活動の一環として継続されることを切望します。

(1997.6.17)