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橋本質店
「質屋の風景」

09.12.31 記     質屋の可能性を構造主義から探る

先月、新聞がレヴィ = ストロースの死を報じていた。
その追悼記事にある構造主義の短い解説を読んでいて、私が質屋として長い間だ腑に落ちなかったことの答えがここにあると思った。
それは今から30数年前の自分がまだ若いときに思ったこと、−−これから世の中が進み、経済が発展し、社会が豊になっていくと、質屋という古い業態を利用するお客様はいなくなるのではないかという−−。
しかし、実際はその後も質屋のお客様はそれなりにありつづけた。
そのなくなっていくと思った速度と、その後もあり続けた現実の減少速度との間のズレ感が、私には長い間だ説明つかないものとしてあった。

新聞の解説では、構造主義によると社会はAからB、BからCへと発展しない。そのように発展すると考えるのは、それは今属する社会の歴史観である。社会には深層の構造がある、・・と考えると書いてある。
構造主義という名前は昔から知っていたが、何か取っ付きにくくて内容はよく知らなかった。
それで構造主義の本を探すと、
「寝ながら学べる構造主義」内田樹著(文春新書)が見つかった。
・・私たちはつねにある時代、ある地域、ある社会集団に属しており、その条件が私たちのものの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している。・・私たちは、歴史の流れを「今・ここ・私」に向けて一直線に「進化」してきた過程としてとらえたがる傾向がある・・と本に書いてある。

そうすると私が30数年前に将来質屋のお客様はなくなっていくと考えたのは、構造主義で解説すると当時の「歴史観」ということになるだろうか。
確かに私が質屋の商売に入った昭和46年ごろ、古物市場で会う先輩の質屋は、質屋という商売はこの先すたれていくと考えている人が多かった。当時40才前のその人達は小学生の時に終戦を迎え、戦後の質屋を内から見てきた人達であった。昭和30年前後の質屋の全盛期を見、店を継ぐようになって昭和46年になるともうお客様はだいぶ減っていたと思われる。万博を過ぎ、世の中が進み、経済が発展し、この豊かさの中で古い業態の質屋を利用するお客様が、これから先も居続けると思えなかったのだろう。
また質屋自身ばかりでなく世間も、その後の昭和50年代を通して、今の時代に質屋さんなんて・・まだあるんですか、と考える人もいる、そういう時代であった。世間も含めたそうした周りの状況のなかで、私もまた質屋はこれから先すたれていくと考えていたのだろう。

しかしその後、質屋は予測したようにはなくならなかった。
もちろん少しずつ質屋のお客様が減り質屋の軒数が減っていったのは確かである。私が初めて古物市場へ行った昭和45年ころは、振り手が「冠替わり!どこどこの○○さん!」と売り手が替わったことを帳場へ叫ぶのだが、この「冠替わり」の声が夜遅くまで続いたものである。それが少しずつ売る質屋の軒数が減ってあまり冠が替わらなくなった。しかし反面大きな質屋の荷物は増えて、その後も不思議と市場は出来ていた。頑張っている店は、時代が進んでも、お客様があったということだろう。
そうすると、この無くなっていくという予測と、無くなっていかない現実の間のズレの原因を考えることは、質屋の可能性を探る有効な方法であると言える。
それで「寝ながら学べる構造主義」という本を頑張って座って読んだ。寝ながらでも学べるというだけあって、分かりやすい解説で、最後まで読んだ。読んでいる時は一応文章はよく分かったつもりである。良い本である。

それとこの本を読んでよかったと思うことは、構造主義の解説は文化人類学のレヴィ = ストロースだけでなく言語学(ソシュール、他にフーコ、バルト、ラカン)の解説に及ぶが、「質屋」というこの言葉について、私が前から考えていたことが当たっていたように思えることである。
それは近年の質屋が目指してきた方向(昔の質屋の暗く貧しいイメージをなくして、明るく豪華なイメージを質屋に持たせようとすること)が、一方では「質屋」という、この言葉の力を弱めたのではないかという自分の考えがである。
構造主義の本が言葉について述べているのを読むと、「言葉」には分節された固有の幅と奥行きがある、あるいはまた、語には含まれている意味の厚みや奥行きがある、とある。質屋のイメージを良くしょうと、質屋が例えば「清く正しく美しく」と自己規制することが、一方で「質屋」という語の幅や厚みや奥行きを狭めてやせ細らせることになったのではないか。そう前から思っていたことと合うのである。

もうだいぶ前であるが中学生が二人自転車に乗って店の前に差し掛かると、質屋や!と言って走って行くことが時々あった。しかし最近は中学生のこの「質屋や!」を聞かなくなった。昔は店の「質」の看板を見て、中学生の心に一瞬にして立ち上がるものがあったのだろう。「質」の喚起力。それは明るいものでも豪華なものでもない。「清く正しく美しい」ものでもない。ムワーッと強烈に立ち上がったもの。しかしそれを質屋は嫌って今まで必死になって消してきた。

また数年前朝日新聞に万博のころの東京の質屋の様子を伝えた当時の紙面が載っていた。その紙面の隅に質屋を話題にした当時のサザエさんの4コマ漫画があった。内容は、サラリーマンが夏休みに子供を海水浴に連れて行きたい、ついでに子供の喜ぶ写真も撮ってやりたい、と同僚に嘘をついてカメラを借りる。しかし借りたカメラはそのまま質屋に持って行く。後日カメラを同僚に返す時に日焼けしてないので海水浴に行っていないのがバレル、そういう笑いであった。しかし今はこれが笑いになるかな? この漫画は同僚から借りたカメラが偶然あったので質入れしたというのではない。金が要りようだから子供をダシに同僚をだまし、カメラを質入れしたのである。そうして利用される先の質屋は、モラル的に問題のある行為だからある種の暗い影を纏うことになった。時代が進むと笑いが笑いにならないのだから、これまで質屋はこの種の影を振り払ってきた。

しかしそうした質屋の思いもまたその時代の意識ではなかったか。もともと物を質に取って金を貸す。それが暗くない筈はない。(もっとも暗いと思うのも、この時代、この社会の固有の意識かも知れませんが)。しかし質屋の暗さは、例えば寺の本堂で仏像の裏へ回ったときのあの空間の暗さと何となく通じるものがある。大仏殿の正面の世界と大仏の後ろにある世界は違うようにみえる。明と暗。「表みせ 裏をみせつつ散るもみじ」 表と裏で一葉。在るということはそういうことだから。しかも担保行為が何せ原初からの形だから深層に根を張っている。だから質屋は地でいく方が力を取り戻せるのではないかと、最近店が暇につけ思うのである。

まあそんなことを思いつつ、一つ手紙を書いてみる。この種のことを毛嫌いする人、マユをひそめる人、無視する人。これを可とするか不可とするか。しかし中には優でないとしても良であると考える人がいるのではないか。人の考えはいろいろであるのだし、と。

設定、 父親60才(定年のあと家にいる)
     息子25才(家出をし行方知れず)
ある日突然、家出した息子が帰ってきた。真っ先に仏壇の前に座り、亡きお婆さんの命日に仏様にお線香をと殊勝なことを言う。見ているとお婆さんの好物だった果物をお供えし、仏壇の下の引き出しからマッチと線香を取り出して火を点け、チンと鳴らして、神妙に手を合わせている。母親は喜んで風呂を立てるご飯を炊くとバタバタするが、父親は妙なことがあるものだと半信半疑でいる。それが席を外したわずかの間に息子は掻き消すように居なくなった。母親は残念がってへたり込んでしまう、父親は一体何しに来たのか解せないでいる。するとそれから3日ほどして息子から一通の手紙が来た。

・・手紙はまたその内に書いて載せます。

09.08.16 記     真夏の朝のできごと

8月に入って朝から蒸し暑い。
しかし店では朝9時に開店して10時まではクーラーを我慢している。
省エネのためもあるし、
また一日中店に居る仕事だからクーラー漬けになるのを避けるためもある。
先日その暑い店に買い物車を引いたお婆さんが、
「きのう売った反物を返して」と言って、朝一番に入ってきた。

確かに昨日、このお婆さんから古い反物3本を5000円で買い取った。
何十年も前に購入して、いつか着物に仕立てようと思って、
そのままタンスにしまい込んでしまった正絹の反物である。
私の付けた5000円の値が安すぎるとため息ばかりつくので、
売っても5000円だから持って帰った方がいいと再び風呂敷に包んで返すが、
土間の椅子に長い時間座って考えた末に、
結局、安いやなんのと不満云をいつつ売って帰った人である。

それを今朝来て、やはり売るのをやめるから売った金額で反物を返してと云う。
しかし一応、取引票に売りますと書いて、
代金の5000円を受け取って帰ったのだから、
返すとしても元値というわけにはいきません。
1000円つけて6000円ならお売りしますと言うが、
昨日の今日でそれはあくどい、売ったことをやめるのだから、
売った金額のままで返して、クーリングオフや、
書いた取引票も返して、破るからと云うが、
取引したことを今からなかったことにはできない。
きのう5000円で買った品物をきょう取りに来て1万円というのなら、
それはあくどいか知れんが、
手間も掛かることだから1000円はもらいたいと云った。

昨日は暑い中を反物下げてきて、5000円はめちゃくちゃ安いと思ったが、
また持って帰るのは重くてしんどいし、買い物車はないし、
それにもう体がしんどうて考えられなかったと。
しかし夜中に思い返すと、反物をボロのように言われて、
それに自分のことをボロカスに言われて腹が立ってと言う。
しかし私はきのう反物をボロのように言ったわけではない。
こうした古い反物は多くの家庭にあるが、
これを着物に仕立てるには、まだ胴裏と八掛と縫い賃が必要で、
今さらこれを着物に仕立てたところでこの古い柄の着物を誰が着るのかとなって、
こうした反物の使い道は難しく結局は引っ越しとか、
家の立て替えの時に整理されてちり紙交換に出たりして、
その場合は金額がただに近いわけで、
相場としてなかなか難しいですと説明したことが、
その意味が伝わる人ではなかったということである。

またお婆さんをボロカスに言ったと思い違いをしているのは、
私が付けた値段が安いの何のとため息ばかりつかないで、
安いと思うのなら、売るのを止めて持って帰ったらいいのだから、
しかし売るのならこれは取引やから、もう少し気持ちよくしましょう。
これから老人ホームへ入るので品物を整理していると云われるが、
何でも自分の思い通りにならないからといって、
そう不満げに、ハー、ハーとため息ばかりついていたら、
これからホームの皆さんと上手くいきませんよと言った。
そうしたら、いらんお世話やと返されたが、
そのあたりのことを言っているのだろう。

お婆さんは5000円で返せ返せと云うし、
私はアカンもんはアカンと突っぱねるし、
警察でも消費者センターでも行って聞いてもらいと言うが、
この店はクーラーもつけてないんかと暑いから文句たらたらで、
土間の椅子に座って動かないし、
出て行って下さいと土間へ下りて袖を引っぱると扉にしがみついて、
暴力や暴力やと叫ぶし、
クーラーをつけてないから風通しに店の入り口は開けたままだし、
世間体は悪いし、しかたがないから反物と買取引票をもって、
これからポリボックスへ行ってお巡りさんに話を聞いてもらうから、
お婆さんも一緒についといでと云った。
しかし座ったままで動こうとしない。困ったなと思うが、
家人がここで起こったことだからここへ来てもらったらと云うので、
それもそうだと思って警察へ電話すると、
住所と電話番号をきいて直ぐやらせますと言われた。

この時点でまだ私の意識には、
なんぼお婆さんでもアカンものは横になってもアカンねん。
昨日あれだけ安いとため息ばかりついて、私にしたら面白くもない、
売らないで持って帰ったらと薦めたものを、あなたが売って帰ったのではないか。
その挙げ句に、やっぱり売るのを止めるから元値で返せと云うが、
そう何でも自分の思い通りになるものか。
それでは商売人はどこで食べていくねん。
腹が立つからこの人に道理を分からしてやろうという気持ちと、
もうじき警察の人が来る、こんなことになって、
お巡りさんの手を煩わすことになるわ、
少しは懲りてちっとは心を入れ替え、性格を改めたらどうかと、
お婆さんを教育したるという気持ちとがあった。

直ぐに若いお巡りさんがバイクで来た。
入ってきたお巡りさんに呼んだ私より先にお婆さんが話しかけた。
それでお巡りさんは先ずお婆さんの話を聞き、次に私から経緯を聞いた。
そしてまたお婆さんの言い分を腰をかがめて聞いた。
その内に座っているお婆さんの横にしゃがんで、
以前、自分がバイクを売った時のことなども話しながら丁寧に聞いた。
相づちを打ちつつ時々話す内容はこの場に即した自分の頭で考えた良い言葉だ。
そうするとお婆さんの言うのは、当方にもう少し優しい対応をして欲しかった、
昨日も売ろうか止めようか考えているあいだ、ほったらかしにして店の奥へ入ったが、
そのままカウンターの前で待っていて欲しかった、・・等々と。
しかしそう言われても、・・・私も他にせんならん用事もあるのだし、
3本で5000の古い反物を買うためにお婆さんが判断するまで、
カウンターの前でじっと待ってられへん・・。

こんな応酬があって、
私は一応お巡りさんに来てもらった目的は果たせたと思ったので、
1000円は結構です、元値で反物をお返ししますと言った。
そしたら今度はお婆さんが1000円は払うから私に謝って欲しいと言い出した。
間に立つお巡りさんがそんなことを言い出したら終わらない・・と。
家人が横から私に「あやまって返したら」とメモに書いて渡す。・・そんなアホな。
結局、私が3本の反物を新しい紙に巻いて差しだすと、
お巡りさんに話を聞いてもらったお婆さんは、「すいませんでした」と言って、
持ってきた風呂敷につつんで買い物車に入れおとなしく帰っていった。

お婆さんと一緒に店を出て見送ったお巡りさんが直ぐに戻ってきて、
カウンターの上で私の住所、名前、電話番号を聞いてノートの隅にボールペンを走らせ、
簡単な報告の元になるものだろう、次にお歳はと聞いて、私が60才ですと答えた時、
心なしか一瞬ペン先が紙の上で止まったように思えた。
私がありがとうございましたと頭を下げるのと同時に出て行かれたが、
すぐにこの争いは私の方が悪いと思った。
お婆さんは昭和6年生まれの78才。私は60才。
とても60才の質屋の主人が78才のお婆さんと、もめる内容ではない。
レベルが低すぎる。
若いお巡りさんのボールペンが一瞬止まった時、それに気が付いた。
ああ我、60才にして未完なり。

09.05.13 記     預かり直し

当店ではこの頃よく入質品の預かり直しをしている。
利入れによる継続で取引が長くなった場合、
一旦受け出し処理にして、
新たに少し元金を減らした質札を発行するのである。
そうすると僅かでも元金が減り利息も安くなって、
お客様は受け出しやすくなるからである。
しかしその時、実際は何ヶ月分かの利息をまけることになる。

質屋では3ヶ月経つと流れるが、
一般にお客様は流れる間際になって流れないように利入れに来られるから、
この時点で元金を減らすには、
一旦受け出し処理にして預かり直すため3〜4ヶ月分の利息がいる。
しかし普通お客様にそこまでの余裕がないから、
またその内にとなって、
いつまでも元金が最初のまま貼りついて利入れだけが続くことがある。
しかしその状態が質屋としていいとは私には思えないから、
当店では仕方がないから利息分を棚上げして(実際はまけて)、
一旦受け出しにして、今日利息として用意された一ヶ月分の金額を元金返に回して、
わずかでも元金の減った、新しい質札を発行することがあるのである。
そのように打ち切り線を引いて、預かりを少し動かしてやると、
じゅんじ元金が減って受け出しになることが多いからである。
またそのことは同時に、これまでの実質利率を下げることになる。
具体例で言えば、2年前に預かって20ヶ月分の利息をもらっていた場合、
4ヶ月分まけたら2割まけたことになる。
例えば5分で預かったとしたら2割まけるということは1分まけることになるから、
今までの利率はおよそ4分換算になる。

質屋の利息もお客様が1年も2年も利息を払い続ける人が多いのなら、
3分でも2分でもいいのだが、1ヶ月、2ヶ月で返されるお客様が多いし、
中には流してしまうお客様も多い。
だから普通のところの質預かりは最初5分欲しいとなるのだが、
長い場合は預かり直しにして今までの利率を実質下げるというのも、
質屋としていいのではないかと思っている。

本来質屋の利用は短期のお金を借りるのが通常で、
長く継続した借り入れは本筋ではないが、
何といってもお金に困った人が利用されるのだから、
元金まで返すのはしんどい場合があるのは現実だろう。
もちろんそういう場合は品物を流したら終わりだから流せばいいのだが、
しかし長い間だ利入れされているということは、
お客様は完済して品物を取り戻したいと強く思っているということが、
形としてそこに出ているわけだから、
やはり質屋としても実現するように手助けする必要があるのではないかと思う。

08.11.21 記     思考停止にしないで

これまで質屋は貸金というものが帯びる原罪性の前で黙してきました。貸金による利息とは要約すると今の貨幣の価値と将来のある時点における貨幣の価値との差です。経済活動による利潤とは物を作るにしろ動かすにしろ、あるいは労働力を買ってそれをするにしろ、つまりはその前と後との価値の差のことですが、ただ利息は時間という神の専権事項を人が利用する(神の手の中のものを盗む)ところにキリスト教の一神教社会がこれを原罪視する始めだと思います。しかし実際は金融というものは経済発展にどうしても必要なものですから「ベニスの商人」にあるようにヨーロッパ・キリスト教社会では一時期、共同体内部の部外者(ユダヤ人)にさせて資本主義を発展させてきたのだと思います。
(イスラム教も貸金を禁じています。それは同じ理由によるのか、あるいは貸金は財貨である貨幣が利子を生む行為なので一般に貧富の差を拡大させますが、そのことがイスラムの教理に反するからなのかは知りません。)

日本は仏教国です。仏教は一神教と違い人の縁やお陰を大事にしますから、貸借のことである貸金を悪く言う考えは本来ないと思います。
(この文章を書くのに仏教を勉強している知人に、仏教では貸金や利息のことはどう説いているのかお尋ねしました。お答えは、物欲についてはと前置きされて、なにごとも、それを自戒しながらを自覚していればいいのです。仏教ではこの自覚ということを大事にします・・でした。ですから・・つまり、貸金や利息のことを特にどうこういう教えはないようです。)
もともと仏教と質屋は歴史的に縁が深く、質屋のこうした仕組みは遣唐使が仏典と一緒に中国から持ち帰ったと言われています。またその中国へは仏教と一緒にインドから入ったとも言われています。

質に取るということは裏返せば人は信用できないということです。この世に確かなものはない。だから人は確かに信用できる神や仏を想い、もう片方で質という担保を取る保証の仕組みをつくりました。
人類の長い歴史の中で「質」とはほとんどの期間、おそらく人質のことではなかったでしょうか。近くの部族の間で子供を人質に出してお互いに戦いを避ける。しかし不幸にして戦いになった時は、人質の子供を森へ連れて行ってきっと殺したのです。そして将来、部族の子供が大きくなった時に一緒に遊んでいた5才の時の友達が突然いなくなった訳を知ります。同時に自分の兄弟も向こうの部族で殺されたのを知るのです。そしてまた自分も同じことをしていきます。このようにして人類は何千年もの間、きっと安全を担保してきたのです。

しかしそのことは「質」という行為には本来的に悲しさや業があるということになります。そしてこの頃、どうしても質屋にある暗さのことを思います。それで昔に考えたこんなことを思い出します。

今から35年ほど前の昭和50年頃のことです。当時は店が京都府にありましたので私は京都の古物市場や質屋組合へ行ってました。京都の業界で一番若い私が顔を会わす年上の質屋の主人が、この頃お客さんが減って店が暇や暇やとこぼすのです。そんなある日、京都新聞を読むと京都の高島屋の来店率(年に一回以上来店する人数を対象人口で割ったもの)が、確かな数字は忘れましたが20%ほどで、それを5%ほど増やす計画の記事がありました。それで思ったのは京都の質屋(当時120軒ほど)を年に一回以上利用する人(京都市の人口は140万人)は、質屋の来店率は何パーセントだろうかと。概算で私は1パーセントないと考えました。しかしそれを仮に1パーセントだと考えたとして、例えば高島屋が20%を25%にするのは難しい。しかし質屋が1%を2%にするのは数字の上ではわずかだからそれほど難しいことでない。消費者金融は伸び盛りでお金を借りたいという人は多い。ただ何も質屋にまで行かなくてもと思う人が多くて利用をためらわせているのだろう。だからもう少し質屋の暗さや貧しさの悪いイメージを変えられれば、1%を2%にすることは簡単にできる。それでも残りの98%の人は来ないが、1%が2%になるということは質屋にすればお客様が今の倍になるのだからそれでいい。それにはこれからの質屋はこの方向・・と当時考えて、明るくハッピーな店作りを心がけることにして、暗い面は否定して、そこで思考停止しました。

そのようにして来ましたが、しかしそこには無理がありました。質屋は人の貧しさや悲しさや業といった暗いものとやはり無縁ではありません。それでこのごろ思うのは、これからは思考停止にしないでそれに向き直って自覚しよう、と。

08.11.05 記     再び美について

例の消費者金融に対する過払い訴訟において、裁判所が返還請求を認める判決をすることが、どうも私には長いあいだよく分かりませんでした。
なぜ裁判所が、お金を借りる人が了解して法律の範囲内の金利で借りて約束どおりの利息を払ったものを、払い過ぎだから受け取った方は返しなさいと言うのか。それでは嘘はつかない、約束は守る、借りたものは返すといったモラルはどうなるんだろう。第一貸した方からすれば、それなら最初から貸さなかったのにと思うのは当然ではないか。だからどうもこの話はよく分からない、そういう疑問でした。

特に数年前、法律が改正されて上限金利が29%に下がりましたが、その後でも裁判所は過払い利息の返還請求を認める判断をしていきます。しかしその時点で29%の法律はすぐ前の国会で決まった、つまり直近の民意でした。利息制限法は貸金業法より上といっても、「日本国民は正当に選挙された代表者を通じて・・」というのは憲法ですからこれは一番上です。国会という国権の最高機関で、それも戦後の混乱期にできた法律ではなく、少し前の選挙で国民が選んだ議員が国会で決めた法律内の利息を、裁判所がもらい過ぎだから返しなさいというのはどう考えてもおかしいのではないか。それでは国会はその法律に基づく契約は守らなくてもいいという法律を作ったのかということにもなります。それは法による支配という司法がもっとも大事にするものを自ら壊してしまうことにもなってしまう。それなのにどうしてだろう。

こうしたことが仮に政治の世界なら、自己破産者の急増などを新聞が書き立て、マスコミが煽り、政治家が人気取りに、いわば魔女狩りのようにして法案を通すということはあるかも知れません。しかし司法の世界が道理に合わない魔女裁判のようなことをするとはとても思えません。また一般に司法というものは性格上、保守的というか現状を後追いするもので、先駆けや前倒しはしないものだと昔習いましたが、立法府で貸金の金利が109%から利息制限法へと向かう方向が出ている状況で、司法が過払いの返還請求を次々と認める判断をしていくことがどうも分かりませんでした。
そして長いあいだおかしいなと思っていたのですが、ある日ふと自分なりに理解できました。

それはこう考えたのが突破口でした。世界には様々な国があります。中にイスラム国家、例えばサウジアラビアなどの中東の国々があります。そうした国では、国家としての憲法の上にイスラム法があります。別にイスラム法廷もあり、そのイスラム法が社会をデザインし、例えば貸金を禁じています。日本では憲法が一番上でその上に法はありません。しかし最高裁の判事が判決を通して日本の社会をデザインしょうとするときに、そのないはずの憲法の上をみることがあるのではないでしょうか。普通そういうものを、真善美といいます。文学でも哲学でも真善美に照らして、というような言い方をします。その中でも特にデザインは美というものに重きをおきます。それは美しいことであるか。それは美しい行いであるか、を重視します。そうすると消費者金融というものは美しくない。美しい行いであるとは言えない。そうした意思が裁判所が過払いの返還請求を認める背景にあると考えると合点がいきました。

そうすると質屋のことですが、もし最高裁の判事が質屋の利息に利息制限法の適用があるかどうかを考えるとしたら、それは「質屋は美しいか」が要点になります。
質屋は貸金でないかと問われると貸金です。質屋の金利は高くないかと問われると高いです。では質屋は美しいかと問われると、確かに質屋には美しいところがあります。だからその質屋の美しいところを、質屋の言葉で語ってみようとするのが前作の「質屋に於ける美とは」の主旨です。

元より美は一様ではありません。質屋が語る美と、裁判官が考える美と、世間が見る美は少し違うかも知れません。しかしそれは例えば立派な寺の庭を見て、いいお庭ですね、という美と、路地のプランタンに咲くパンジーを見て、いいご町内ですね、という美と、どちらがより美しいと見るかの違いとおなじです。そして社会をデザインするのにどちらがより好ましいかは、また議論があります。

08.08.19 記     質屋に於ける美とは

手紙にはいつも無印の小型の便箋を使っている。書きすぎないからこの大きさがちょうどよく、先日も切らしたので夜に店を閉めてから買いにいった。遅い時間だから広い店内に客はまばらで、すぐに買い物をしてレジに行くと、ちょうど前の人が終わるところだった。私も続けてカゴを出してレジを終えた。すると急に後ろから「私は前からここに立っているんです」と若い女性の大声がした。レジが空くのを停止線で待っていたというのだ。
店員は謝り、私はカウウンターへカゴを出したのが悪かったと言ったのだが、女性の怒りが収まらない。店員が何度も謝り、その言葉の中で「眼に入らなかった」と言ったのがまた火をつけたことになって、「ここに立っていて何故眼に入らないのですか」と、今度は体をよじって抗議する。

もうえいやないか。俺が悪かったんや。カゴを出したから自然と受けてしもたんやろと言うが、「あなたに言っているのではありません」と、とりつくしまもない。レジカウンターの前に引いてある停止線が、レジが三つあるうちの二つまで休止中の時にしては離れすぎていて、確かにそのあたりに女性がいたようにおもうがレジを待っているようには思わなかった。
しかしそれにしてもこの執拗な抗議はなんだろう。第一、レジを待っていたのなら私がカゴを出したときに、後ろから自分が先ですと言えばいいではないか。このように些細なことに激しく怒り、消費者の立場で弱い店員を執拗に困らせる。また店員はマニュアルどおりの謝罪を繰り返す。不毛と言うか、実がないと言うか、とにかく美しくない。

しかし質屋では普通こんなことは起こらない。私の店ではお客様が多少失礼に思われることがあっても抗議するということはまずない。それは一つには、質屋で抗議していても、あまり格好よくないと思うことと、二つには相手が弱い立場の店員ではなく店主だから、あまりのことを言うと、何を言ってるんですかと逆に怒られるからである。先の例で言えば、自分が先ですと何故言わないのですか、というように。

この数年に限れば私の店で対応が悪いと抗議したお客様は、10万円金貨を入質に来て10万円以上にならないかと言うので、10万円のお金が10万円以上になったら世の中みんな金持ちになるやないですか。朝に銀行に並んでそんなに簡単に金儲けできたらだれが働きますねんと言ったら、あなたの言い方は大変失礼だと怒った人があるくらいだ。確かにこれはお客様に対して口のきき方に失礼がありました。
それとこれはもうだいぶ昔の話になるが、酔っぱらい(継続的に酔っている人)が安価な時計を入質にきて、断るとしばらくしてビデオを持ってきた。しかしビデオは預かってないと断ると「お前とこは何を持ってきたら預かってくれるねん」と言うので、「そんなことよりも風呂へでも入って酔いさましたら」と言ったら、この「風呂へ入ったら・・」という言葉が、自分が汚れている、汚いと言われていると受け取って激怒した人があった。怒鳴り散らす、げんこつでカウンターを叩きたおす、もう収まらなくなった。警察に聞いてもらうと言いだして、電話かせとなって、自分で110番した。「この質屋、俺に風呂へ入りと言いよんねん。俺は今朝、有馬温泉から帰ってきたのに・・」。途中で警察が電話を替わってと言っているというので、替わって状況を説明した。

以上ような例を書いたのは、だから質屋には「実」があり、これはちょっと難しいのですが、だから美しいと、何とかそのようなことを書きたいと思うからです。書くということは日ごろ漠然と思っていることに道筋をつけて普遍化することですが、文章にしていったん普遍の風にさらして耐えられるかどうかを試してみたい。もしその文章に耐える強さがないのなら、それは考えが間違っているかあるいは書く私の力不足かです。そうした試験です。
そしてどちらにしても質屋をしているということは一応、その実の中に美がある、と信じているということですので、続けて次に店頭で取引時に押してもらう指印のことについて書いてみます。

当店では質で預かる場合も買い取る場合も身分証明書を確認し、取引票に住所、名前、生年月日を書いてもらい、指印を押してもらう。お客様の中には「これは印鑑でなく、指紋ですか」と驚かれる人もあるが、原則、これは指印なんですと了解してもらっています。
(この指印については、お客様の指もよごれるし、第一おしゃれでないのですが、取引票に指紋をもらうことが、一つには犯罪の防止になる。二つには泥棒が他で手に入れた証明書の人物になりすまして盗品を持って来た場合、来店した人物が後日この証明書の人物でない証明になります。)
ただし指印をもらう原則には幾つかの例外があります。当店ではまずお婆さんの場合と、母親についてきた小学校の女の子がいる場合のお母さんとは印鑑でもいいことにしています。

08.06.24 記     古風に怒る

今年のまだ寒い時期だった。
休日の夕方に散髪をして高架の横の道を歩いて帰ってくると、
複合ビルと高架に囲まれた公園の隅で若い男の子がリンチにあっていた。
顔面が朱を散らしたように赤い。すでに抵抗する様子がない。
手を引っぱって起こそうとされるが、立ち上がるとまた殴られるので、
自分から寝ころぼうとしている、ちょうどそういう場面に見えた。
全員が15歳から、18歳ぐらい。
ビルの壁際に倒れている者を5人の若者が囲んでいた。

そんなことしたらあかんと言って私が近づいていくと、
こいつは仲間や、俺らは承知でやってんねんから、
おっさんはほっとき、と囲んでいる者が言う。
しかし承知というても、5人に囲まれて倒れている者をほっとくわけにはいかん。
承知でも何でもあかんねんと言った。
おっさんあっちへ行けというが行かないので二人が間近に寄ってくる。
二人ともまだ若く細い。160p 45sぐらいか。
しかし不意に手を出されたらよろけて後ろに倒れるだろう。
しかたないから携帯で110番した。

もうじき警察が来るから全員ここにおれ、と大きな声で言った。
しかし先ほど近づいてきた二人は残ったが、
倒れていた者も囲んでいた者も一緒に仲良く逃げていく。
逃げるなー、ここにおれー、こらー、お前らー、おらんかーと叫ぶが、
声はビルの壁にむなしく響くだけで、行きかう人は誰も足を止めない。
ポリが来るから急に威張りやがってと、残った方が皮肉なことを言う。

少しするとお巡りさんが一人自転車で来た。
私が110番した橋本です。状況を説明して住所を言った。
しかし、殴られてた者も逃げるというのはおかしいですねと言われる。
それは仲間だから事件になると、後でまた仕返しされるので、
それで一緒に逃げたんでしょう。
そうしたら、そういうこともあるでしょうね、と。
次に残った若い子に聞かれるが、
俺は見ていただけで、殴った者は知っているが名前は言えないという。
しかし恰幅のいいお巡りさんは、特に若者を怒るという様子はない。

そのうちにパトカーが来た。
こういう場合、現場では当事者と通報者を離して事情を聞くようだ。
若い子の方を調べていた若いお巡りさんが、
110番してから警察が来るまでに私が言ったことを、
若い子が私に謝って欲しいと言ってますと言いに来る。
これではまるで私とこの若者とのトラブルを処理に来ているようだ。
腹が立つから若い子にひと言いってやろうと、
行きかけると「ご主人!」と、お巡りさんに止められた。
それで、私は58歳だが、あなたは失礼だがお幾つですかと聞くと35歳だと言われる。
この場所では通報者の58歳の私も、35歳のお巡りさんも、
16や17歳と同格なのかと思ったが、そういうことではなくて、
いま私が行って怒ると収拾が付かなくなるおそれがあるから止められたようだ。

しばらくして、一応この2人を署に連れていきます。
また何かあれば電話します。それではどうぞと、先ほどのお巡りさんが言う。
つまり、私に何か若い子に言いたいことがあればどうぞ、と言うことだ。
それで若い子に向かって、年いった者にそんな口のきき方をしたらあかん。
学校でも先生にもそんな口のきき方をしているのかと言うと、
学校へは行ってないと言う。しかしその後、私に言葉が続かない。
それで、ではもういいですかという雰囲気になってパトカーに乗せられて行った。
この話はこれで終わり。

上のことは店の外でのはなし。次は私の店でのはなし。

先月、25歳の男の子がグッチのバッグを売りに来た。
中を見るとグッチの直営店の白いカードが入っていて、余白の部分に、
「このバッグを売りにいったらすぐケイサツにTELください・定子」
とボールペンで書いてある。
それで、このバッグは誰のもんや、と聞くと、お母さんのものだと答える。
お母さんの了解を得たのかと聞くと、黙っている。
定子さんて誰やと聞くと、お母さんやと答える。
お母さんが警察に電話くださいと書いたはるやないか。
こんなことを何回もやってんねんやろ。
バッグは預かっておくから親に来てもらい、と言ってバッグを取り上げた。
そしたら、そんなことはありですかと言う。
所有権とか何とか、法律的に問題じゃないかと言いたいらしい。

ばかもん!  法律的に問題があると思うのなら警察へ言うて行け。
お母さんのバッグだまって持ち出したら、質屋のおっさんに見破られて取り上げられたと。
法律が何のと、一人前な口きくな! と怒ったら、だまって出ていった。
1時間ほどしてお父さんから電話が掛かってきて、後で取りに来られた。

これは私の店でのはなし。
つまり何が言いたいかというと、
この頃お巡りさんは怒らなくなったが、
質屋は今でも古風に怒る店があるということです。

08.04.15 記     流しなはれ、流しなはれ、

お金が必要なことができて、取りあえず品物を質に入れる。すぐに受け出すつもりが、なかなか金が用意できない。質屋では3ヶ月を経ると品物が流れる。それで3ヶ月目にともかく1ヶ月分の利入れをして流期を延長する。お客様にとってそういう場合がある。

しかしそうして延長した場合でも来月になるとまた次の流期がくる。そこで、今度は頑張って受け出すお客様と、もうあきらめて流すお客様と、それでも流したくないのでまた利入れをする客様がある。しかし続けて利入れをするお客様にしても毎月の利入れが次第にとびとびになり、だんだん利息がたまっていく。そうして結局まとまったお金ができて受け出される場合もあるが、途中でそのままになって流れてしまう場合もある。その場合、質屋からすると品物は十数ヶ月分の未収利息を抱えて流れていくことがある。

このごろ全般に流れることが多い。流れると質屋では最低でも3ヶ月分、多いものではちょっと言えないほどの未収で終わる。結果、質屋にすると貸出残高あたりの実効利率は大変低いものになる。

質屋の現場の実感からすると、質屋の利息が利息制限法の適用を単純に受けない一番の理由は、質屋の取引は金銭貸借だけでなく、品物の売り渡し、それも最低でも3ヶ月先までの、判断猶予付き売買契約を含んでいるからだと思える。
利入れ(延期)は売り渡しの判断の延期でもあり、またお客様が受け出しの元利金を払うということは、結局はそこまで来て売り渡ししなかったということでもある。そのように形態的にも実体的にも質屋では複線というか、平行して走る二本線の、お客様は任意の地点で金銭貸借から売買契約へと、いつでもポイントを切り換えられるのである。

ただその質屋の利点を上手く使えないお客様があることも残念ながら事実である。毎月ほど流すのを待ってと電話を掛けてくるお客様がある。たまに来店して1ヶ月分の利入れをされる。5口も質入れして、どれもこれも流したくないと言われる。しかしそれでは利息がたまっていく一方です。この際どうしても要る物と、それほど要らない物とを整理して、売る物は売る、あきらめる物は思い切ってあきらめて流すのも方法です。流せば未納利息も何も要らないですから。人には良い時もあれば悪い時もある。良い時に買った品物はもう質に入れて既にお金に変わっているのだし、しんどい時はいつまでも追っかけないで。流しなはれ、流しなはれ、と私は言うのだが。

08.03.21 記    法理と情理


 質置主  ○○○○ 様
 代理人弁護士 □□□□ 先生    
                                       橋本質店

先般、先生よりご通知がありました質置主○○○○様と当質店との質契約に関し,取引履歴と利息制限法による計算書を送付下さいとのことですが、以下のとおり回答申し上げます。

当店は質屋営業法第2条1項にもとづき、公安委員会の許可を得て質屋を営業し、同法にもとづく契約上の規制を遵守して質置主と取引を行って参りました。質屋営業法は貸金業法と異なり、以下の特徴を有することは周知の事実です。
(省略)
1、) 法律上の根拠(省略)
2、) 上記の諸根拠にもとづき,質屋営業法は,同法36条以内の約定金利内の利息である限り,利息制限法の適用を予定しておりません。
このことは,質屋営業法の解釈上も明らかのみならず,関連確定判例も存在します。
(大阪地裁・平成10年9月18日判決・平成8年(ワ)第10099号)
「質屋営業法にもとづく質屋の貸金の場合,利息制限法超過金利の清算は予定されていないと解すべきである。仮に被告主張のように解すると,質屋は約定利息及び元金の返済を受けて取引が終了後も常に利息制限法による不当利得返還請求を受ける危険性を負担することになるが,このような結論は明らかに不当である。」
3、)
(以下省略)
                                    以上

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【 別記 】
 
 代理人弁護士 □□□□ 先生
 この手紙をお客様の○○○○様へお願いします。

 ○○○○ 様

前略、毎度ありがとうございます。
弁護士さんより自己破産の通知書を頂きびっくりしております。
先日、電話でお問い合わせの時はそれほど難儀な状況だとは思いませんでした。受け出しする場合の金額をお尋ねでしたので、帳面を見て利息は昨年の0月0日に頂いたのが最後ですし、流質期限はずいぶん過ぎていますが品物は流さずに置いてあります、今お出しの場合は幾らですと計算通りお答えしました。
もちろん実際に受けだしに来られた場合は利息を幾らかおまけするつもりでしたが、それほど難儀な状態でしたら利息のことは仕方ありません。元金の5万円だけで結構です。
また現在は入質時より貴金属が高くなっていますので、もし受けだしされた品物を売却されるのでしたら、今は(3/21)下記の金額で買取できます。

  プラチナネックレス        ¥47.000 (グラム 4.700)
  エメラルド・ファッションリング  ¥30.000
  真珠ネックレス           ¥5.000 (これは安くなっています)
  18金ネックレス           ¥21.000 (グラム 2.100)

○○様が体調が良くないようでしたら、先日、最初に電話を掛けてこられた姪ごさんが質札とご自分の身分証明書をお持ちになられたら、対応させていただきます。お金は差し引きしたらいいのですから、売られるものによっては別に元金分ほどをお渡しできます。この機会に整理されるのも賢明かと思いますが、お考えください。
三寒四温の時期、体調をこわされる方が多いです。○○様は何よりお身体大切にご自愛くださいませ。   草々
                                2008.03.21
                                  橋本質店 橋本洋介

08.01.28 記

眼を閉じてまぶたの裏を見つめる
暗闇の向こうに星雲が見える
視力が闇の先を見ようと
意識が虚空に分け入る
手足から力が抜け
五体が無重力の中を漂う
細胞が微かにジィーンと鳴って
意識が肉体の呪縛から解き放たれる
瞑想 思考 詩想 詞藻

お客様がない、電話も鳴らない。
そんな時は店のイスに座って瞑想する。
悲しみについて。この世の意味について。
眼を閉じて静かに息をして思索を深めていく。
ダイバーが海に潜るように意識の底へ下りていく。
深みで言葉を掴もうとする瞬間。
脳細胞が全解放へ向かう。
そして今日もまた何も掴まずに浮き上がってきた。
瞑想 思考 休憩 居眠り

 

07.08.12 記

この歳で会社勤めなら、今ごろ店頭に出ていることはまずない。
普通は部下の若い者が店に出てお客様に応対してくれている。
しかし質屋は何歳になっても自分が店に出んならん。
だから少しも外出できない。
 
毎日、品物に値を付けて預かったり買ったり。
質札を書いて、お金を渡して、流期を説明して、
特徴を控えて、蔵になおして、台帳を書いて。
ぜんぶ自分でする。毎日そんなことの繰り返し。
 
お盆が近づくと毎年炎天下の路上で自分の影を見る。
すると無音の中にジィーという蝉の声のようなものが聞こえる。
ある時は焦っているような、
ある時は何かに急かされているような。
 
親も長姉もこの音を聞いて生き急いだろう。
しかし私はこれでいい。
今まで何枚質札を書いただろう。
これから何枚書くだろうか。

 

07.05.28 記

       店の前の道

雨降りの日は、店はたいがい暇である。そんな日はよく事務室の窓から外の景色を見ている。この季節、店のガレージやその先の近所の家の木々の緑が美しい。店は静かで美しい環境の中にある。これで普段からもう少しお客様が多いと言うことないのだが、しかしそれにはもっと賑やかな所がいいのかも知れない。では、騒がしくてもお客様が多い方がよいか、静かで美しい環境の方がよいかと言ったら、今の気分としては静かで美しい方がいい。

以前はよく、若い女の子がブランドバッグを見に来た。「キャー、ルーピング!」「キャー、・・・」。騒がしいばっかりで買わないのだが、いつも数人で決まって朝10時前に来た。最初は何かの仕事をしている仲間かと思っていたが、皆さん主婦で子供を保育所へ預けた帰りに車に分乗して来るようだった。ブランド雑誌を持ってブランド品を売っている質屋を見て回る。またある女性はいつも子供をガレージで遊ばしておいて店内のバッグを見ていた。ある時、小さな子供一人で放っておくと危ないからと注意すると切れてしまって、ガレージの砕石(砂利)を靴の踵で蹴飛ばしたおして帰っていった。

ガレージには砕石を敷きつめているが、雨の日などこの砕石が静かに濡れてしとっと美しく、もうこのままガレージに車が入って来なければいいとさえ思うことがある。ガレージに砕石を入れたのはこれで3度目で、前の道との間に溝がありグレーチングを並べているのだが、そのグレーチングの目の間からいつしか砕石が溝に落ちて減ってしまうのである。最初は店を建てる時に工務店の人が石ばかりのA級砕石より土の混ざったB級砕石の方がよく締まって車の出入りに良いからと入れた。しかしこれは雨の日に土がお客様の靴に付いて店に上がって困った。二度目は近くの家の建て替え工事の時に、ガレージを使わせてもらったお礼にと工事の人が入れた。しかしこれは粒が大き過ぎたのか落ちつきが悪く車が出入りすると上面がよく波打った。三度目は知り合いの植木屋さんに頼んで入れてもらったが、さすが庭師だけにこの砕石はよかった。大きさがよく自然と落ちついて、特に雨の後など少し黒ずんで見ている者の心まで落ちつく。

その砕石を時々、塾通いの小学生がザーザーと靴の先で蹴飛ばして歩いて行く。何かを蹴飛ばしたいのだろう。その度にまた何個か溝に落ちる。また昼間、小さな子供を連れた奥さんが道で会って立ち話をする。車を避け溝のグレーチングの上で話がはずむ。その足もとで子供が小さな両手で砕石をいっぱいすくって競って溝へ落としている。石を溝へ落とすのが面白いのだろう。その作業を通じて子供同士が仲良しになる。見ている私も面白いような、堪忍してくれと出て行きたいような。しかし、たかが砂利で出て行くのは、「ロレックスの時計、キャラ石のダイヤ。思いっ切り高い値段付けさせてもらいます」と、太っ腹を売り物にしている質屋の主人にしては、あまりにみっともない。だから止めた。そうしたことや車の出入りやいろいろなことがあって、何年かすると砕石が少しずつ溝に落ちて減る。そしてまたガレージの砕石が溝の縁からうすくなってきた。
     08.04.撮影

店の前1
店の前2
 

07.05.05 記

       花水木

店のガレージの端に一本の花水木がある。20年前、この地で商売を始める時にブロック塀ばかりではガレージが殺風景だと知人が苗木を植えてくれた。毎年4月の中旬、他の家の桜が終わった頃にピンクの花を咲かせる。

植えた当初、若木の花水木は立ち姿がよく四方に枝を広げ、道路の近く目線の高さに愛らしい花を付けた。店の窓から見ていると、歩いて来た人が花を見て一様に何か楽しそうな嬉しそうな様子をした。ちょうど難しい顔をして歩いている老人が乳母車の幼児を見て、とたんに嬉しそうに近づくように、当時この木には何か見る者の心を喜ばせる強い力があった。

そうした花水木のすぐ横に、木斛(もっこく)が頭を払われて蹲っていた。それはある時、植木屋さんに頼んでガレージにジャリ(砕石)を入れてもらう折り、ジャリを積んだトラックに姿のいい木斛が一本積んであった。折角のものだから貰っておきたいが、ガレージは広く空けておきたいので、どこにも降ろし場所がない。それで結局は花水木のふちに植えてもらった。ところが後日、知人から異議が出た。近すぎて先で木が大きくなって喧嘩すると言うのだ。花水木は親切で植えて下さったものだが、木斛は植木屋さんに金を払ったのだから私の自由にできる。ここは切らねばならない。それで、地上50センチのところで切った。枯れる様子はないが花水木の横で哀れであった。

  4月道 華と哀れが 右左

その後、花水木は幹が太くなりアイドル性がなくなった。もう昔のように花の咲く頃に見る者の心を華やかせる強いものがない。3年前には大量に毛虫が付いた。また園芸の心得のない私がむやみに枝を切るので樹形が崩れた。その代わり落ち着きがよくなった。また夏には葉っぱをいっぱいに付けて道を通る少しの風にも枝をゆらしている。冬には鉄サビ色の葉っぱを数枚付けて、何となく大人の雰囲気も出てきた。

一方、50センチのところで幹を切られた木斛はその後、元気なく蹲っていたが、ここ数年樹勢がもり返し盛んに枝を伸ばす。数年前から下の方の枝は丸く刈り込むが上に伸びる2本の枝は切らずにそのままにしている。その2本が勢いよく真っ直ぐ伸び、今、花水木の横で一風変わったモダン刈りの姿で立っている。
     08.04.撮影

ハナミズキ
 

07.04.23 記

       信号が黄色に変わったら

質屋はお客様が持ってこられた品物は、そのお客様のものであると考える。
あるいは仮にお客様のものでない場合にしても、そのお客様に処分権限があるものだと、
面前で特に不審がなければ、質屋はそう考えて問題ない。
そして運転免許証などで住所・お名前を確認し、
手続きを経て、取引としては青信号を確認してからスタートする。
しかしごくたまに、そのお客様に品物について完全に処分権があるかどうか、
取引を重ねる内に、青であった信号が黄色に変わることがある。
では取引において信号が黄色に変わったら質屋としてはどうするか。
 
一般に質屋の考え方としては車の運転と同じで、
黄色の信号は注意の信号だから進むには特に注意して、
そのお客様に品物について処分権限があるかどうかを調べて、
OKであればその記録を残し取引を続ければ良いとする。
しかし他方、これまで質屋の組合は黄色の信号についてもう一つの方法、
「交差点に入って信号が黄色に変わったら」、の場合。
むかし自動車の教習所で習ったその答え、「すみやかに交差点から出る」、
を組合員に薦めてきたように思う。
この違いは個々の質屋は一般に取引を続けたいと行動するものだが、
一方組合は業界団体として特別金利をお願いする以上、
あくまで襟を正す必要があると考えたからだと思う。
こうした組合の立場と、個々の質屋の商売との間の、
いわば内なる矛盾は昔から本質的にあったと思う。
 
昨年、質預かりにおける即時取得の成否をめぐって質屋を相手に民事訴訟が起こされた。
判決は、「質屋に過失があるとまでは言えない」として、
原告の請求が棄却され質屋の全面勝訴であった。
過日この裁判例を参考にして弁護士さんの講習会があった。
それに基づいて組合が勝訴に繋がった質取引の調査と記録の仕方を薦めるが、
どこにも降りる、つまり取引を止める話は出てこない。
確かに市場経済下の質屋組合の立つ位置はもう昔とは違うとする考えはある。
しかし組合が、片方で特別金利をお願いして、
もう片方で、優秀な弁護士さんを雇って、こうしておくと訴えられても負けないと、
欧米流の市場経済の方法を薦めると、今度は外との間に矛盾が生まれる。

 
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