10戦士激突!主役争奪バトル(前編)

 

プロローグ

 

「映画ぁ?」うさぎが驚きと興奮の入り混じった声を上げる。

「そう、セーラー戦士を主役にした映画。」衛が説明をする。

「だけど生原国彦監督って言えば、今アニメ界で注目されてる若手の大物じゃないですか。本当なんですか?」レイがやや興奮を抑えながら衛に念をおす。さすがにレイはこちらの世界には詳しいようで、衛の口から出てきた大物監督の名前にやや信じ難い気持ちがあるようだ。

「それに、映画といっても、まさか私たちの正体を一般にばらすわけにいかないんじゃ・・。」美奈子が極めて当然の疑問を出す。

「その点については、実は心配ないんだ。」衛がニヤリと笑う。「実は生原監督はシルバーミレニアムの関係者なんだ。実は監督の前世は王宮付の芸術家で、その頃の記憶を断片的に持ってるんだ。だから君たちの正体についてももう知っている。当然その点は配慮すると言ってたよ。」

「だけどそんな大物監督がどうして衛さんの知り合いなんですか?」亜美が首をかしげる。

「実は生原監督はうちの大学のアニメ同好会の先輩なんだ。」

「えー!!」みんながいっせいに驚きの声を上げる。

「だけどまもちゃん、いつのまにアニメ同好会なんか入ってたの?」うさぎが衛にたずねる。

「えっ!・・・」衛の額に冷や汗が一つ流れる。しまった・・つい口を滑らした・・言えない、あのことだけ絶対に言えない・・・。衛の頭の中に、去年のコミケで女装のコスプレをした挙げ句に、18禁本を売ったという記憶がよみがえる。

「いや・・、実は俺じゃなくて、俺の友人がアニメ同好会に入ってて、そいつを通して監督と知り合ったんだ・・。ハッ、ハッ、ハハハ。」衛が苦しい言い訳をする。

「ふーん。」うさぎはあっさりと信用するが、レイと亜美の二人からは疑いのまなざしが突き刺さってくるのを衛は感じている。

「それと・・」衛はここで話をそらす。「実は監督が言うには、ストーリー構成上の理由で出来れば主役は5人以内にしたいってことなんだ。」

「さすが、生原監督ね・・。登場人物が多くなりすぎてドラマが散漫になるのを防ぐつもりね。やっぱり天才と言われているだけのことはあるわ。」レイが妙なところで感心する。

「なーんだ、5人だったら全然問題ないじゃない。私と亜美ちゃんとレイちゃんとまこちゃんと美奈子ちゃんでちょうど5人じゃない。」うさぎが片手の指を折って数える。

「ちょっと待ってよ!私はどうなるのよ!」さっきからずっと横で話を聞いていたちびうさが突然大声を上げる。

「なーんだ、ちびうさいたの?」ここでうさぎが少し意地の悪い笑みを浮かべる。「半人前のあんたは出番がないのに決まってるじゃないの。」

「そんなの不公平よ!!」ちびうさが不満の声をあげる。

「だけど5人と言えば、私たち5人が主役に決まってるじゃないの。」うさぎがちびうさをにらみつける。

 

「そうとは限らないんじゃないかな。」

 突然に部屋の入り口からした声の方にみんなが一斉に振り返る。

「はるかさん!」

 部屋の入り口にははるかが立っていた。

「そうよ、セーラー戦士と言えば、私たちもれっきとしたセーラー戦士よ。」はるかの後ろからはみちるも顔を覗かせる。

「みなさんが集まっていると聞いたから来てみましたが、そういう話だったんですか。」みちるの後ろからせつなも現れる。そしてその横にはほたるもいる。

 

「だけど5人と言えば、やっぱり私たちしかいないと思いますけど。」レイがはるかに向かって言う。

「いや、外伝という作り方もあるな」

「そうね。小さなプリンセスとそれを助ける外惑星のセーラー戦士、この設定だとストーリーとしてもきれいにまとまるんじゃなくって。」はるかとみちるが顔をあわせながら、互いに肯く。

「ちょっと待ってよ!」まことが大声を上げる。「それじゃ、私たちは出番がないじゃない。」

「そうですね。ジュピター達は敵に捕らえられて、私たちがちびムーンといっしょにそれを助けに行くというストーリー展開も考えられますが。」せつなが静かに説明する。

「あっ、それいいな。」ちびうさが即座に賛成する。

「ちょっと! それじゃ私達は脇役になっちゃうじゃないですか。」せつなに対して、美奈子が非難の声をあげる。

「確かにそういう構成にすると全員が出演することも可能だけど、ストーリーの中核が希薄になるんじゃ・・。」亜美がやや遠まわしに反対する。

「そうですか? 結構よくあるパターンだと思いますが。宇宙人に兄弟達が全員捕らえられて、一番下の弟がそれを助けに行くとか。」

「それって、かなり古くないですか?」妙に自信たっぷりに言い切るせつなに対して、レイがツッコミを入れる。「古い」という言葉に、一瞬せつなの眉の辺りが引きつったが、それに気付いた者は誰もいなかった。

 レイが更に一言付け加えようとした時、

「だけど私、一度でいいから映画に出てみたいな・・・。」ほたるが静かだが妙に切実なつぶやきをする。

「・・・。」

 ほたるのつぶやきのあまりの切実さに一同が一瞬沈黙する。

「な、なんか、私達だけ映画に出たことでもあるような気がして来たわね・・・。」

「・・・そんなはずはないんだけど・・・。」美奈子とレイが小さな声で言葉をかわす。

 

「とにかく!」一同の沈黙をうち破って、うさぎが声を上げる。「どう考えても、ヒロインにふさわしいのは私達よ。」そう言うと、うさぎは胸を叩く。

「ドジでおマヌケなうさぎのどこがヒロインなのよ!」ちびうさがまた怒りの声を上げる。

「あんたの方がよっぽどドジでおマヌケじゃないのよ!」

「うさぎなんかに言われたくはないわよ!」

「何よ!」

「そっちこそ何よ!」

 うさぎとちびうさが激しいにらみ合いをする。今にもとっつかみ合いを始めそうな雰囲気になる。

 二人のにらみ合いをきっかけにあちこちで激しい議論が起こり始める。レイとせつなは、80年代における特撮の演出パターンがどうだとかのかなり濃い議論をしており、その横では美奈子とほたるがポカンとしながらそれを聞いている。一方亜美とみちるは、シナリオ構成のためにはストーリー中の人物配置がどうとかの理論的な話を声高にしており、その横でまこととはるかが小さくなりながら、ただうなづいている。そして部屋の真ん中では、うさぎとちびうさのとっくみ合いのケンカが始まっていた。もはや室内は喧喧諤諤の大騒ぎになって、収拾のつかない状態になっていた。

「みんな・・ちょっと・・」衛はその周囲でただオロオロしているだけだった。「うさこ、少し落ち着け!」とりあえず、部屋の真ん中でとっくみ合いをしているうさぎとちびうさを引き離そうと衛は二人に近づく。しかしその衛の顔面にいきなりうさぎの蹴りがとんでくる。

「痛っ!」まともに顔面に蹴りを食らった衛はその場に尻もちをつくが、うさぎを始め誰もそのことに気付いていない。

「・・・・・」衛の顔面がだんだん紅潮してくる。

「いい加減にしろ!!!!」衛の怒りが爆発し、大声が上がる。あまりの大声にさすがの一同も急に静かになる。

「こうなったら、生原監督に自分で選んでもらうしかないな。」

「どうやって?」衛の提案に対して、全員から同時に疑問の声が上がる。

「・・・」周辺から突き刺さる10人分の鋭い視線に衛は一瞬ひるむ。が、それを誤魔化すのに咳払いを一つしてから、「ここの10人をうさこのチームとちびうさチームの2つに分けて、生原監督にどっちのチームがヒロインにふさわしいかをテストで選んでもらう。」きっぱりと言い切る。

「テスト?」全員が文句を言いかけるが、

「文句はないな!」衛が全員の機先を制して決定してしまう。「よしテストは来週、生原監督には俺から連絡をとっておく。」

 衛の口調はもはや有無をも言わせないものだった。結局は全員しぶしぶながら承認せざるおえなくなっていた。

 

 

「なんか本格的だね」会場を見回したうさぎが驚きの声を上げる。

 あれから一週間後、生原監督のコネで都内の某箇所のホールを借り切って、うさぎチーム対ちびうさチームの映画出演権をかけての、対抗オーディションが行われることとなったのだ。うさぎチームはレイ、亜美、まこと、美奈子の5人。対するちびうさチームは、はるか、みちる、せつな、ほたるの外惑星戦士達である。

「ひっーろーい」ちびうさの声がステージ脇から聞こえる。ちびうさの後には外惑星戦士4人が続く。

「ちびうさ、やめるなら今のうちよ!」

「なによ、あんたこそ!」

 うさぎとちびうさが早くもにらみ合いを始める。

 

「あっ、生原監督が入ってきたわ。」レイが客席のほうを見て声を上げる。客席のほうに、衛に続いて生原監督が入場してきた。

「どれどれ、あっ、あの茶髪のお兄さんが監督さん?」

「あら、アニメの監督って言うから、もっとむさくるしい人かと思ってたら、意外とカッコイイ人じゃない・・。」

「しーっ、聞こえるわよ。」

 好奇心むき出しのまことと美奈子を亜美がたしなめる。

 

「どうも、僕が監督の生原です。」生原監督がみんなに挨拶する。ステージ上の全員が反射的に頭を下げる。

「大体の事情は、地場君から聞かせてもらいました。今日はヒロインの選考と言うことで、僕がヒロインにとって必要だと考える条件に従った対決をしてもらいます。そして勝ったチームが合格と言うことになります。」

「・・・」一同が息を飲む。心なしか緊張の表情も浮かぶ。

「では、進行は地場君にお願いします。」

「わかりました。」衛は生原監督から何やら紙切れを受け取ると、ステージの上に上がる。両チームはそれぞれ反対側の袖に引き上げていく。

 こうしてセーラー10戦士による歴史的戦いの幕は切られることとなったのである。

 

 

第一戦 まことvsはるか

 

「第一戦は格闘対決」衛の発表がなされた。

「へー、いきなりまともな種目できたわね。」レイがつぶやく。

「ヒロインの条件としては、まずは強さ。妥当なところね。」美奈子がうなづく。

「まこちゃん、お願いね。」うさぎがまことの方を振り返る。

「まかせときな。」まことが指を組みながら立ちあがる。

 

「ここは僕の出番のようだな。」ちびうさ陣営のほうでははるかが立ちあがった。

「セーラージュピターか、相手にとって不足はないな。」はるかがまことの方に軽く視線を飛ばす。

「たとえはるかさんが相手でも負けないよ。」まことははるかの視線を真正面から受け止める。

 

 両者がステージ中央に向かい会って立つ。まさに火花が散りそうなほどのにらみ合いである。はるかにすれば、自分の実力的に見てまことが相手だと、勝つ自信がある。一方のまことの方はと言うと、正直なところ自信があるわけではないが、はるかは勝てない相手ではないとも思っていた。

 

「ジュピタースターパワーメイクアップ!」

「ウラヌスプラネットパワーメイクアップ!」

 二人とも同時に変身する。まばゆい光が場内に満ちる。

 それを見たうさぎが、隣に座っていた亜美にたずねる。

「ねえねえ、二人ともこんなところで派手に変身しちゃってもいいわけ?」

「うーん、ここにいるのはみんな内輪ばっかりだし、生原監督は私たちの正体を知っているし、いいんじゃないかな。」亜美が即座に答える。

「ふーん、そうかな・・」

「うさぎちゃん、もう始まるわよ。」亜美が真剣な目つきでステージのほうを見つめる。

 

「始め!」衛のかけ声がかかる。

 まことが一気に速攻に出る。左のジャブから右のストレート、続いて上段回し蹴りと流れるような連続攻撃を繰り出す。しかしはるかはそれを間一髪のところでかわしながら、逆に足払いをかける。

「うっ」よろめきかけたまことにむかって、はるかの連続蹴りが襲いかかる。

「何?」はるかとしては見事にカウンターを決めたつもりの蹴りだったのだが、まことのすばやいバックステップにより、紙一重で空を切る。

「セーラージュピター、腕をあげたな・・」はるかがつぶやく。

「私だって、はるかさんを目標にしてトレーニングをしてきたんだから、いつまでも負けてないよ。」まことが言い切る。

「なら、これならどうだ!」はるかの火の出るような連続攻撃が炸裂する。

 

「おーっ、二人の技が全然見えないよ。」二人の対決を遠くから眺めているうさぎが場に不似合いなマヌケな声を上げる。

「まこちゃん、一段と腕を上げたみたいね。」

「ええ、そのようね。今のところ技術は全く互角。恐らく勝負は一撃で決まるわ。」

 美奈子とレイが顔をあわせてうなづく。

「まこちゃん・・・。」亜美が両手を合わす。

 

「やるな、セーラージュピター。」はるかが軽く肩で息をしている。

「はるかさんもさすがだね。」まことも少し息が切れている。

「しかし」はるかが大きくステップを踏み出す。「これで決まりだ!」パンチでフェイントをかけてから大きな回し蹴りが炸裂する。

「見切ったよ!」まことはその蹴りを間一髪でしゃがみ込んでかわす。

「何!」はるかのバランスが崩れる。そこにまことの正拳突きが襲いいかかる。

「うっ!」はるかが後ろに飛ばされる。

 

「はるか!」

「はるかさん!」

 みちるとちびうさが同時に声を上げる。

 

「これで、とどめだ!」まことがはるかに突進する。はるかは何とか立ちあがったが、まだ防御の姿勢が取れていない。まこととはるかの間合いが一気につまる。そこにまことの必殺の攻撃が、勝負があったと思われたその寸前にはるかが叫ぶ。

「あっ、あんな所にカッコイイ男が!」

「どこ、どこ、どこ、先輩〜〜。」

 まことの足が止まって、辺りをキョロキョロ見回す。

「いまだ!」はるかの蹴りをまともに食らって、まことが後方に飛ばされる。

 

「痛っ!」まことが立ちあがるが、さすがに回し蹴りをまともに食らったダメージは隠せない。

「戦闘中に雑念に惑わされるとは、まだまだ未熟だなセーラージュピター。悪いがこれでトドメだ!!」はるかが一気に踏み込んでくる。

 

「まこちゃん!」亜美が悲鳴を上げる。

 まことはもう抵抗する力がないのか棒立ち状態である。そこにはるかのパンチがまともに決まる・・と思えた瞬間、今度はまことが叫ぶ。

「あっ、あんな所に、すっごくかわいい女の子!!」

「何、どこだ、どこだ!」

ズバーン!! 動きの止まったはるかに対して、まことの上段回し蹴りがまともに命中する。

「しまった・・・。」はるかがそのまま後方にふっとぶ。

 

「なんか突然、マヌケな戦いになっちゃったみたいなんだけど・・・。」美奈子が呆れたようにつぶやく。

「いえ、お互いの心理的弱点をついた高度な駆け引きよ。」亜美が言い切る。

「ホント?」うさぎが亜美の顔を覗き込む。

「多分・・・」亜美がすっと視線をそらす。「とにかく、これでまこちゃんがまた有利になったわ。」亜美が大声を上げながらステージの方を指さす。しかし話をそらしたのはミエミエである。

「まあ、とにかく勝てればいいか・・」レイもそう言ってステージに目をやる。

 

「うっ・・・」まことの必殺の一撃をまともに食らったはるかのダメージはかなりのものだった。攻撃に出たところをまともにカウンターを食らってしまったので、どうやら立っているのがやっとである。次の一撃が繰り出さればもはやかわすことは不可能であることを、はるかはわかっていた。

 まことがゆっくりと歩いてくる。まことの様子にはダメージは見られたものの、まだいくらかの余裕があるようだった。

「もはやここまでか・・・」はるかが顔を上げる。

「はるかさん、今度こそ勝負を決めるよ!」まことがはるかに接近してくる。

「この技だけは使いたくなかったが・・。」はるかがつぶやく。

 間合いを詰めたまことが一気に突っ込んでくる。渾身の力を込めた右ストレート。しかしそれがはるかに決まる直前、はるかはまことの方に顔を向けると、ニッコリと笑顔を浮かべる。

「うっ、」まことの動作が止まる。

「もう止めにしないか・・・僕は君とは戦いたくないんだ。」はるかがささやく、そして満面の笑顔を浮かべる。

「はるかさん・・」まことの体から力が抜ける。まことの頬が赤らむ。

 今まで無数の女性を撃沈させたというはるかの眼力である。もうすでにまことには抵抗の意志はなくなっている。

「おいで・・」

「はい・・」

 はるかの手がまことの腰に回る。そしてまこともはるかの背中に手を回す。

 もうすでに場内には先ほどまでの戦闘の空気は全くなくなっていた。すでに花が咲き乱れ、画面にはボカシかかかり始めていた。そしてスポットライトが二人の姿を照らし出す。

「まこちゃん・・・」

「はるかさん・・・」

 ステージ中央で見詰め合う二人。二人の顔が接近する。そして両手はもつれ合い・・・。おっと、このまま18禁展開に突入か!

 しかし二つの巨大な気が、その雰囲気をぶち破る。

「ま・・こ・・ちゃ・・ん・・!!!」

「はるか!一体どういうことか説明してくださる!」

 ステージの真ん中で抱きあっていた二人の横に、般若の如き表情を浮かべた、亜美とみちるが立ちはだかる。

「い、いゃ、これは別にそんな意味じゃ・・」

「いや、だから・・これは作戦の一つとして・・」

 まこととはるかが同時に弁解をする。二人とも顔面がひきつり、冷や汗を流している。

「まこちゃん!はるかさんは女の人なのよ!」亜美が大声を上げる。

「これのどこが作戦だって言うの・・・?」みちるが冷ややかな視線ではるかを見下ろす。

「・・・・・・」まこととはるかの冷や汗の量が倍になる。

「問答無用!!!」亜美とみちるが完全にハモル。

 まこととはるかの顔面から完全に血の気が失せる。

「まこちゃんの不潔!!!」

「はるかの浮気者!!!!」

 この後に発生した惨劇により、結局第一試合は両者競技続行不能となり、ノーゲームとなってしまった。

 

 

第二試合 亜美vsみちる 

 

「第二試合はクイズ対決」衛の発表がある。

「体力の次は知性か・・」美奈子が感心する。

「今度は亜美ちゃんお願いね。」

「わかったわ。」うさぎに呼ばれて亜美が立ちあがる。「まこちゃん、カタキはとるわ。」亜美がまことの方にむかって笑顔を送る。

「うん、お願い。」まことがうなずく・・包帯でグルグル巻きになった姿が痛々しい。「・・・ホントはほとんど亜美ちゃんにやられたんだけどな・・・」亜美の背中を見送りながら、まことは心の中で苦笑いする。

 

「ここは私に任せてもらえる。」ちびうさ陣営からはみちるが立ちあがる。

「ああ、君が行ってくれるのなら心強いな。」はるかがみちるを見上げる。やはりはるかも包帯姿が痛々しい。またその顔面には無数の引っ掻き傷がついていた。

「ええ、はるか。あなたの犠牲は無駄にしないわ。」

「う、うん。」はるかの表情がややこわばる。こういう時は何も言わないに限ることを身に染みて知っていたはるかは、そのまま沈黙する。

 

 生原監督配下のアシスタントによって完全に片づけられたステージ上には、今度はクイズの解答席が2つ組み立てられていた。その解答席に亜美とみちるが座る。向かい合う位置に配置された解答席についた二人は互いに視線を交わす。

「みちるさん、正々堂々と勝負しましょうね。」

「ええ、お互い全力をつくしましょう。」

 言葉は穏やかなのだが、二人とも表情には笑顔が無い。その瞳は内面の激情を物語るかの様に燃えているのだが、二人ともあくまで外観は冷静を装っている。

 

「な、なんか、すごい火花が散ってるわね・・」美奈子が息を呑む。

「亜美ちゃん、自分の知識に対しては自信を持ってるし、意外と負けず嫌いだから完全に本気よ。」

「亜美ちゃん、がんばってー。」やや気押されているレイに対して、うさぎは相変わらずの脳天気である。

 

「みちるさんと亜美さんなら、二人とも頭の良い人達ですから、かなりレベルの高い勝負になりそうですよ。」せつながちびうさとほたるに説明する。

「みちるさん、がんばってー!」

「みちるさん・・・」

 ちびうさは大声で、ほたるはやや控えめに、みちるに声援を送る。

 

 

「それでは第一問です。化学元素の性質に一定の周期性があることを発見し、周期律表を作った化学者は。」

ポーン!亜美の解答席のランプが点く。

「メンデレーエフ。」

「正解です。」

オーッ!場内がどよめく。

「さすが、なかなかやるわね・・」みちるがつぶやく。

 

「では第二問。1860年オーストリアに生まれ、生前は指揮者として、現在は作曲家としてその10曲の交響曲で有名な人物は。」

ポーン!今度はみちるの解答席のランプが点く。

「グスタフ・マーラー。」

「正解です。」

ウーン、今度は場内が静まる。

「みちるさん、やっぱりあなどれない相手ね・・」亜美の表情が引き締まる。

 

「おーっ、一体どこの世界の話なのよ。」

 うさぎがポカンとした表情で二人の勝負を眺めている。ステージの方では「相対性理論」とか「マルクス・アウレニウス・アントニウス」とか「シュレーディンガーの猫」とかの解答が飛び交っている。当然のことながら、うさぎにとっては何かの呪文のようにしか聞こえない。

「あんたのオッペケペーな頭なら、そりゃ理解できないわね。」レイがうさぎに嫌味を言う。

「それなら、レイちゃんは分かるの?」

「うっ・・・・」

 うさぎに切り返されてしまったレイの表情がひきつる。話をそらそうとしてレイはまことの方をふりむくが、まことは完全に眠っている。そこでレイは美奈子の方に視線を送るが、美奈子はその視線をすっと避ける。

「あ、あんたよりは分かるわよ・・・」レイが苦し紛れに言い捨てる。

「ホントかな・・・・」

「あっ、二人の得点が並んだわ!」

 うさぎのツッコミをレイは大声をあげて誤魔化す。うさぎは不審げな表情を浮かべたが、一応ステージの方に視線を戻す。

 

「それでは次の問題です。聖徳太子が国の基本として定めた法律は、」

ポーン!亜美の解答ランプがつく。

「十七条憲法」亜美が答える。

「・・・ですが、その第一条の条文は。」

「うっ、ひっかけ問題!?」亜美の顔がひきつる。

「残念でしたセーラーマーキュリーさん。おてつきで減点です。」

「やられたわ・・・私としたことが、こんな初歩的な策略に・・」亜美が唇をかむ。

「ちょっと待って!」みちるが突然大声をあげると解答席から立ち上がる。そして立ち上がったみちるは厳しい表情で衛を睨み付けて、きっぱりと言いきる。「これは卑怯だわ!」

「!?」みちるのあまりの剣幕に、出題をしていた衛がポカンとした表情を浮かべる。

「これは私と彼女の1対1の正々堂々の戦いよ。私はこんな卑怯な手段で勝利を得たくないわ。」

「だけどみちるさん、これは明らかに私の不注意です。」亜美が口を挟む。

「いえ、セーラーマーキュリー。私はあなたと正々堂々の勝負で雌雄を決したいの。」

「みちるさん・・。」

「つくづく私もこだわるたちね・・・。」

 みちるがかすかな笑顔を浮かべる。それを見た亜美にもわずかな笑顔が浮かぶ。

「さすがはみちるさん。私、絶対に負けません。」

「ええ、私もよ。」

 

「ライバル同士の間で結ばれる友情、なんて美しいの・・・。」美奈子が両手を胸に当てる。目が輝いている。どうやら本気で感動しているらしい。

「そ、そうかな・・。」美奈子の様子に完全に圧倒されたまことがわずかに同意する。

「ホントかな?」

「そ、そうね・・」うさぎとレイがお互いにめくばせをする。

 

「あ、あの・・とりあえずこの問題はノーカウントということで、後を続けてもよろしいでしょうか?」解答者同士でかってに盛りあがってしまって、完全に蚊帳の外に置かれてしまった衛がオズオズと口を挟む。

「ええ、よろしくってよ。」みちるがさらっと言う。

「はい、では次の問題を行かせていただきます。」衛は完全に主導権を握られてしまった。なんとも存在感の薄いことである・・。

 

「それでは次は音楽の問題です。次の曲を歌っている歌手をお答えください。」気を取り直した衛が出題を続行する。場内に軽やかな音楽が流れる。

「あっ、これ!」うさぎと美奈子が同時に声をあげる「宅間俊彦の新曲じゃない。」どうやら人気アイドルの曲のようである。難問の連続で、今まで死んだようになっていたうさぎと美奈子の二人が突然息を吹き返す。

「それはいいとして、亜美ちゃんこういうの知ってるの?」レイが言いかけた時である。

ポーン!亜美の解答ランプが点く。「宅間俊彦」「正解です!」

「おーっ」場内がどよめく。

「やるわね亜美ちゃん。彼女、あんなの聞いてたっけ・・。」

「あっ、あれ。あれはうさぎちゃんと美奈子ちゃんのおかげ。」レイの疑問にまことが即座に答える。

「うさぎと美奈子ちゃんの?」

「そう。だってあの二人、いつもあの手のでギャーギャー言ってるだろ。亜美ちゃん記憶力いいから、みんな覚えてるよ。」

へっ、レイがポカンと口を開ける。

「ふっふーん。私たちも結構いいことをしてるもんね。」うさぎが胸をはる。

「そうよ!私たちのおかげで亜美ちゃんがこれで有利になったわ!」美奈子も自慢げに胸をはる。

「・・・なんか少し違うような気がする・・・・・」まことが小声でつぶやく。

 

「では2曲目です。」次もまた軽いのりの曲がかかる。

「今度はSCAPの新曲だ!」うさぎと美奈子がハモる。

ポーン!今度はみちるの解答ランプが点灯する。「SCAP」「正解です!」

「おーっ」またも場内がどよめく。みちるが口元に余裕の笑みを浮かべる。

 

「さすが、みちるさん!」ちびうさが大喜びで手をたたく。

「だけどみちるさんは、あんな曲を聞きましたか?」せつなが首をかしげながら、はるかに向かってたずねる。

「いや、みちるはあの手の曲を聞くというより・・・なんて言うか・・・男のアイドルのチェックは結構・・・。」はるかが口篭もる。

「そうですか。」すべてを察したせつなが口元に笑いを浮かべる。

 

 この後はまた二人の激闘が続いた。やはり全く互角である。アイドル系グループの新曲を二人とも次々と解答していった。

「さて一進一退の攻防が続いているようですが、これからはどうでしょうか。さて次の曲をお答えください。」

 場内に音楽が流れる。何やら感傷的なメロディーに安っぽい伴奏が入る。

「うっ、これは・・・・」みちるの顔が引き攣る。

 

「な、何、これ?」うさぎがポカンとする。

「こ、これは・・・」レイがまことの方を振り返る。

「うん・・・・演歌だね。」

「こんなもの誰も分かるわけないじゃない!」美奈子が叫ぶ。

 

ポーン!亜美の解答ランプがつく。「細川たかしの矢切りの渡し。」「正解です!」

「えーっ」場内がどよめく。

「ちょっ、ちょっと、なんで亜美ちゃんがあんなの知ってるのよ?」

「あれは私たちは聞いてないわよ。」うさぎと美奈子が大騒ぎする。

 

 この後はひたすら亜美の快進撃が続いた。場内に流れる単調なギターの調べや、「男の・・」などという唸り節の数々を次々と正解していった。そして結局、その分のリードでこの勝負は亜美の勝利となった。

「ふっ・・完敗ね。あれは私にとっては弱点だったわ。あなたの勝ちよ。」みちるが片手を差し出す。

「母がああいうのが好きなもんで・・。いい勝負でした。ありがとうございますみちるさん。」亜美が笑顔でみちるの手を握る。みちると亜美は握手をしながら、お互いの目をまっすぐ見つめていた。

「でも、次の機会があったら、負けないわ。」

「ええ、また勝負したいですね。」

 みちるはそのまま背を向けると去っていった。亜美はその背中を見つめながら、無意識に腰に吊るしたマスコットを握り締めると小さく呟いた。

「ありがとう・・さぶちゃん。」

 その妙に鼻の穴の大きなマスコットの胸には「キタジマ」と書いてあった。

 

 なおこの勝負に敗北したみちるは、よほどこのことが悔しかったらしく、この後弱点補強の特訓に励んだようである。これ以来、美しい男?女を乗せた赤いスポーツカーが大音量で演歌をかけながら突っ走っていく光景が、十番街周辺で見られたとの目撃証言もある。 

 

後編に続く

 

次回予告

 

1対0でうさぎチームリードのまま迎えた後半戦、幾多の激闘が繰り広げられる。

 

ほたる「えっ、私ですか?」

美奈子「この勝負、私の勝ちね・・・。」

 

レイ「さすがね。せつなさん。」

せつな「あなたもね。セーラーマーズ・・・。」

 

そして勝負はいよいよキャプテン対決に・・。

うさぎ「ちびうさ、これで勝負を決めるわよ。」

ちびうさ「うさぎなんかに負けないわよ!」

 

果して勝負の行方は、映画の出演権はどちらのチームに・・。

 

執筆順調、飛び交う原稿、過労で血を吐いて倒れる作者(オイオイ)。

緊迫の後編は、近日公開予定、こうご期待。

 

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