インタビュー 1973年、新宿。

 これは今まで未発表のもので、かつて阿部薫とつきあいのあった阿部真郎さんからいただいたものです。

 今となっては貴重なこの対談は、1973年新宿のある喫茶店で行われました。

 そもそもは、この2人を含む3〜4人で本を出版するのが目的で行ったそうで、続けて対談を2〜3回行う予定が、この後、継続することができなかったそうです。

 対談のすべてを公開したかったのですが、諸般の事情により抜粋と言う形にせざるを得ませんでした。

 また、この貴重なやり取りは傍らに置かれていたレコーダーによりテープに記録されたそうです。いつかその一部でも紹介できる日が来ることを願っています。

 25年の歳月を経てようやく日の目を見ることになったこの対談によりさらなる阿部薫の理解に役立てていただけたなら幸いに思います。

(ホームページ掲載に関する一切の責任は当ホームページを作成した奥野にあります。
 阿部真郎さんならびに諸関係者の方々には資料の御提供ならびに御協力に厚く御礼申し上げます。)


 注記:斜体が阿部真郎さんによる質問です。はじめは冗談から進められていきます

 ピアノは誰に習ったの?有名な人?

有名な人。ピアノすごく評判がいいから。女の子がオイオイ泣くんだよ

 サックス吹けなくなったら何の仕事するの?

先生だね。

 なんで?

僕、先生するの好きなの。

 どういう死に方したい?

死に方?死ぬスタイル?まあ、自然死だね。

 具体的には?

まあ、老衰みたいなの。そろそろ歳でしょ。僕のホントの歳、知らないでしょ。

 24だろ?週刊誌で読んだよ。

知らないんだ。ホントの僕の歳はね、70近いんじゃない。

 最後に何吹きたい?死ぬ間際に。

そういうこと一切ね、迷惑だよ。死ぬ間際だとかなんだとかさ、冗談抜きにして言えばさ、サックス吹けなくなったらどうするかとか以外はさ、考えちゃいないし。死ぬ間際にどういうことやりたいかではまるっきりなくてさ。絶えず、死ぬかもしれないって面、あるじゃない?そういう質問自体おかしいんだよ。

 よくスピードって言うじゃない?自分が出すスピードって、今のところ満足してる?

満足してるしてないってことじゃなくて、速くやれば速くなるほどいいわけじゃない?もっと速くやることはできるわけじゃない?そういう意味では満足していない。

 たとえばソプラノの他に、楽器でも何でもいいんだけどスピードという点で憧れることある?

だから結局さ、スピードってどういうことかっていうと、なにもオートバイ飛ばしてブンブンやることじゃないんだよ。もっと別の言い方で言えばさ、ダイレクトなんだと思う。今いろんな意味でダイレクトじゃないでしょ。鼓膜が振動してさ、空気が動いて、悲しいとか嬉しいとか、こういう感じだとかあるわけでしょ。そういうの突き抜けて届くってのが・・・

 例えば絵とか?

ないない。絵なんて破れる。

 小説とか?

まるっきりだめ。

 詩とか?

だめだめ。

 じゃ結局サックスなわけだ、今んとこ。ハーモニカってのはさ、スピードと関係ある?

これさ、テープちょっと切ってあとでやろう。話がさ、まるっきりあちこちに行って・・・

 それじゃ、たとえばセシル・テイラーとか、集団即興演奏ってあるでしょう。コルトレーンの「アセンション」とか。ああいうの、俺はすごいスピード感じるわけ。

それはさ、指使いのスピードだよね。音のスピードじゃなくて。音と音は遅いんだよ。チンタラチンタラしてる。

 今日みたいな柔らかい音、メロディを出す時と、高音で抜けるような連続音出す時ってあるでしょ。そういうの、何らかの心的なもの、感情的なものってあるの?

ない。たださ、肉体的制約ってあるでしょ。肉体的制約によって限定づけられてるってのはあるけど、それは微々たる問題だよ。高音でスパッスパッって音、アルトならいくらでも出せる。

 アルト使えば出せる?

っていうか、アルトはそういう音しか出せない。

 たとえばメロディックなものを吹いてて、自分でブッ壊しちゃうでしょ?イライラって感じで。あれはどういうこと。次に移るためのなんかなわけ?

メロディを壊すということ?壊すってことじゃなくて、まず言えることはさ、僕は、やってる時に全く考えていないってことだね。たとえば一つのモードがあって、このモードを使おうとか思うんじゃなくて、機械的にやってるわけだよ。楽器の操作そのものは訓練だから。いちいちこのコードにあてはまる音出さなきゃいけないとかさ、そういうこと全くないわけで。いま君、メロディラインって言ったけどさ、メロディラインって全く自動的に作られるわけ。で、ブッ壊すということなんだけど、僕らの耳にはある一つのメロディの流れから流れってのがあるわけでしょ。で、別な系列に移行するのが、壊れたと感じるんじゃないかと思う。それは意識的にやってるんじゃなくてさ、習慣的というか自動的にやってるわけ。

 例えばパーカーにしてもドルフィーにしても、自分の他のバンドと絶対合いそうもないような演奏する人、一つのサークルの中では演奏できないような、ちょっとはずれているような演奏する人間にとって、そういう人間が一つのグループの中に入っていって、自分で関係なくやっていけたというのが、君の場合、どうして当てはまらないんだろう?

今までさ、僕のトーンが交じると、音色そのものがさ、全然違うんだよね。なぜできないかって言われるとさ、他の人をけなしてるわけじゃなくて、僕がまず考えるのは音出すってことしかないわけ。いかにして音を出すかの手だてがさ、それだけやりゃいいんだよね。それ以外やることないわけで。他の連中って音出す以外のことを求めるんだよね。そこに違いがあるわけでしょ。ガタガタ言わないで音だけ出しゃいいわけでね。で、タイコがいてベースがいてって、もっといろんなこと出来るってのもあるかも知れないけどさ、僕もタイコ欲しいしさ、望んではいるけどもね。

 俺は今までにいろいろ聴いちゃってるから・・・

逆にさ、君が聴いていてさ、気にくわないところが絶対あるはずなんだよ。だから気にくわない点を訊いたっていいし、抵抗を感じる場合があるはずなんだよね。だからなるべく音のことを訊いて。音しか責任持てないから。

 柔らかい音ってのがあるでしょ、メロディが。あの音が、聴いてるうちにヤになってくるわけ。ステージの頭の時が多いんだよね。立って、演奏の時。

アルトのとき?柔らかいトーンのこと?

 トーンじゃなくてメロディ。

メロディックであるということ?

 3年前にもやってて、俺も確かにのめり込んでいったわけ。

3年前ってのは、メロディを転調してって、リズムを変えてって、あとわけわかんなくグチャッというような・・・

 そうそう。

メロディックて言えばさ、どんどん音を出していって音が連続していけばメロディになるわけだからさ、今全然メロディは吹いていないはずだよ。だからさ、俺はそのつもりでやってんだけど、君が聴いているからさ。そのように聞こえるんだったらしょうがないわけで、僕がどうこう言う筋合いはないわけだよ。かなりさ、3年か4年前にやってた形ってあるじゃない。やり方として、最初にメロディ出してアドリブやってってのがジャズのやり方だし、僕のやり方もそれに近かったわけだよ。でもね、そんなんじゃダメなわけだよ。そんなの必要ないわけでさ、一種の準備体操みたいなもんで、すぐにモロにつっこめばいいのに、つっこむ前の準備体操してるような気がするからさ。時折、気抜いているときとか過度に疲労してる時とか、そういうやり方が一番簡単だから、みんなやってるわけだけど。

 ソプラニーノ吹いた場合、意識して・・・

ソプラニーノとアルトサックスは違うわけだよ、絶対に。僕はアルト以外は楽器と認めていないわけ。あんなのオモチャみたいなもんで、どうでもいいわけよ、極端に言えば。

 クラリネットはこの頃吹いたのを聴いたことがないんだけど、どうして?

吹いていないことはないけど、アルト以外はどうでもいいわけ。

 バスクラは?

バスクラもどうでもいいんだよ。バスクラが面白いってのは、いろんなガラクタがあるなかでちょっと面白いなってだけで・・・

 ドルフィーの「ラストレコーディング」の中にバスクラのソロがあるでしょ。

バスクラは「ラストレコーディング」じゃないや。あれは「Vol.3」。

 あ、そうかそうか。あのバスクラ、すごい好きなんだけど。あの吹き方。で、悪いけどさ、君があれと同じようにやったときってすごく好きなわけ。これ個人的なアレだけど。

だからさ、バスクラってのはドルフィーが一番使ってるし、バスクラってのはさ、昔はただブーッブーッブーってやるだけだっただけ。それじゃなくてメロディックに使う場合って、ドルフィーと同じ感じになっちゃうんだよ。それがイヤでやめたんだけど。ドルフィーのバスクラのソロがどうかっていうと、僕はどうってことないわけだよ、はっきり言って。

 アルトですごい高音出すでしょ。高音のかたちでメロディ刻む場合。あれ難しいの?すごく歯切れ良くいくでしょ。あれ訓練必要なの?

あれ、ものすごいハイテクニック。

 なんかね、ずいぶん話してるじゃない、今まで。悪いことしちゃったなと思うけど、改めて・・・

今の話って話になってなくて、こんなのしょうがないわけだよ。もっとさ、客観的に見て言っていいよ。僕が「音」って言う場合の音の概念って、君は分かってるけど他の奴には分かんないわけじゃない。だから、まず僕がああだこうだって大層なこと言って始めるより、全く僕のことを初めて話をする人間だと思って始めればいいじゃない。

 じゃ、俺流に訊いて行くからね。絵ってくだらない、破っちゃえばおしまいだ、って言ったけど、音だって同じでそれっきりなわけでしょ?

音は破れない。

 あ、なるほど(笑)

だからこそスピードがある。

 それが君にとってのスピードなわけ。ある人にしてみれば、絵の視覚的なスピードってものもあるわけじゃない?

視覚的なスピードというか、見えるものを全部相手にして絵を描いてるわけじゃないじゃない。俺はさ、全部、(テーブル叩く)こういう音もひっくるめて音と言ってるわけだよ。

 それ、個人的なもんじゃないの?絵描く人にしても・・・

だからさ、僕がその辺で甘えと言うのはさ、観念とか想念とかの虜になっちゃってわめくだけでしょ。そんなもん、表歩けばいくらでもあるっての。

 音だって同じでしょ。表歩けばいくらでもあるわけでしょ?

あるけどさ、(絵描く人間は)その辺度外視した上でもって抽出してさ、ペンキがどうだこうだって・・・。そうじゃなくて僕はさ、全部の音っての、一応相手にしてるよ。自動車の音がブッコラブッコラいってるときなんか、物凄い敏感になってる時はそれが何サイクルか気になってしょうがない時ってあるわけよ。絵描きができる最大のことって、ただ見ることしかできないんだよね。僕が現実を見る時って、世界を敵にまわして世界に打ち勝つことができるかっていう一つの闘争なんだよね。闘争って言ったらおかしいけれど。

 じゃ、絵描く人間が、想念とかそういうの抜きにして絵描いたとするよね、

僕、絵で一番好きなのはジャコメッティなんだ。あれは観念だ想念だってのが最も少ない絵だからね。

 たとえば俺流に言えば、それは言葉だと思うわけ。いろんな形で。色だとか音だとかさ。

色とか音とかが言葉だって、行動言語学の奴とかそういうふうに言うわけ。メッセージは言葉だって。そういう学説もあるわけだよ。サインだと言うわけ。でも絵なり何なり言葉だって言ってたら埒があかなくなる。

 じゃ、そいつが生きてた環境の中で、いろんな内的なものが分かってくる場合があるわけでしょ。環境によって植え付けられた教訓みたいなものが。それを呼び起こす方法が、例えば音だったらメロディってのがそれだと思うわけ。

ちょっとさ、なんか、拡散しちゃってわかんないんだなあ。もっと具体的にさあ、リアリスティックに言ってもらいたいわけよ。

 その人間が生きてた環境ってのがあるでしょ。それによって植え付けられるわけじゃない。環境がそいつの行動になったり、思想になったり、生き方になったり。

だからさ、もっとそのものズバリのこと言えよ。

 その環境を、昔の自分の思い出を呼び起こすような音とさ、それを超える音・・・

音は音でしかないっての!音についてああだこうだとか、悲しいとか、楽しいとか、昔のことを思い出すとか、あん時のことを思い出すとか、生きる勇気を与えるとか、もう音は徹底的に音でしかない。それでいいんだよ。音だけが本能。そういう意味で、音は徹底的に音であるという形によって初めて観念のかたまりになりうるから。

 それなら君はなんで舞台でやるわけ?聴く人によっては、君の出してる音をいろんな形で聴いてると思うけど、俺の場合は昔のことを思い出すってことで勝手に惹かれたわけ。

それは勝手なんだけど。僕の出しちゃった音ってのは僕のもんじゃないから。僕に言わせれば、ああだこうだって勝手にくっつけんなよって。そんなもんじゃないっての。だからね、だめなんだよ。ただただ、音だけなんだよ。ほかは何もない。

 音を選ぶわけでしょ、君の場合?

選ぶってかさあ、また話が抽象的になってくるけどさ、僕が言ってるのは、音を選ぶ時にもっと具体的な、なまの形の、自分がその中に生きてる現場があるでしょ。生きてる音。それが音だからさ。だからね、僕は一応さ、音楽という広いベースがあるけどさ、音っていうふうに限定しちゃったからさ、僕は音楽をやるんじゃなくて、音出すだけだって限定しちゃってるからさ、それだけやるって感じ。人それぞれさ、個人個人やることがあるわけでしょ、選んだ音の。だったら選んだ音をしのごの言わずにとっととやりゃあいいんだよ。ガタガタ言い過ぎんだ、みんな。

 いい?これくらいで。これ以上話しても・・・

今話したことってさ、音どうのこうの言ったってしょうがないんじゃない?じゃなかったら、徹頭徹尾、賛美するとかさ(笑)。

 その予定だったんだよ(笑)。

だからさ、今みたいな形で絵の例持ち出してきたじゃない?絵描きを馬鹿にしてるってより、絵なんて全部つまんないと思う。音なんて最もそのものズバリだからね。一発勝負だから。だって音を出すか出さないかどっちかしかないじゃん。時間も限定されてるしさ、出さなきゃいけないんだもの、どんな状況に置かれても。

 君が暇つぶしってよく言うでしょ。絵も暇つぶしなわけ?

そうなんだろね。みんなやることないからさ。

 君がそれ選ばなかっただけじゃない?画家だって色を選ぶじゃない。色を選んでキャンバスに描いてくでしょ。スピードって考えるかどうかは知らないけど?

絵と音って絶対違うよ。

 音ってのがそいつにとって興味なかったら、君がやってることも暇つぶしになっちゃうんじゃない?

ああ、逆の側から言ったら?うーん、そういうこと言い歩いてたら殺すからね、俺。ぶっ殺すからさ。それでさあ、決着つけるしかないじゃないの。

 なるほど。

なんだかんださ、絵描きがいてよ、お互い、てめえ暇つぶしだってとかさ、殺しゃあいいじゃない。殺されたほうがましだよ。

 ほめたたえたほうが楽だったなあ。


--1998.10.15 公開--  


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