プラハ (チェコ共和国)
いよいよ最後のプラハへ。 こうしてウィーン・ブダペスト・プラハと三つの町を訪ねてみると
ブダペスト・ウィーンは近世的な町であるのに対して プラハはドイツ的な色が濃いかな??
プラハは17世紀以降、ハプスブルクと戦う事も無く、又第二次世界大戦でもナチス、ドイツの侵略に抵抗しなかったため
カール四世の神聖ローマ帝国時代の建物が残ったのだった。
橋・建物・屋根・・・と至ことろに中世がのこっている。 まさにプラハは中世都市だった。

プラハ城
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| プラハの街 | モルダウとプラハ城 | 王宮 |
プラハの有名建築ウォッチング 世界遺産に登録されている歴史地区を中心にゴシック・ルネッサンス・ロココ・バロック・アールヌーボーと 様々な建築物が並んでいて、散策するのに楽しい町である。 |
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| 聖イージー教会 | 壁・屋根には独特の建築様式が・・・・ | |
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| ヴィシェフラド 新市街の南にあるプラハ発祥の地。 現在は城門や立派な城壁のみを残す。 |
火薬塔(ゴシック建築) 旧市街地の出入り口の門として建て られたのだが、1757年ロシア軍に 包囲され、塔は戦闘用の火薬庫として 使われたことから「火薬塔」と呼ばれる |
市民会館 「プラハの春」音楽祭はここから始まる。 華麗なアールヌーボー様式(内部)の建築で コンサートホール・展示会・レストランがある文化施設。 毎年恒例の国際音楽祭「プラハの春」はこの ホールでスメタナの「我が祖国」で幕を開ける。 |
| ヴィシェフラド散策後、ここに眠る偉大な音楽家、スメタナやドヴォルザークのお墓を訪ねる |