水野義之「ネットワーク型学習社会と大学の役割」
(読売新聞「論点」、1997年5月)
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「ネットワーク型学習社会と大学の役割」

水野 義之

日本社会にインターネットが認知 されたのは1995年,阪神淡路 大震災の年であった。それ以降, 社会的にインターネットが広く利 用され,その使い方が試されてい る。これは時期的には,ちょうど 教育改革の進展の時期と重なって いる。インターネット利用は,今 後の教育や社会の在り方を考える 上でも重要である。

最近のインターネット利用者の増 加率は毎年2倍強となっているが, このまま増え続ければ今世紀中に 全人口を越える計算となる。従っ て意外に早く利用者数は一定にな るはずであり,数字の上ではあと 4年で情報ネットワーク社会が到 来することになる。しかしここ数 年はネット利用者の大部分が初心 者であるということになる。逆に インターネットの利用や教育の先 進的,組織的経験を持つのは,大 学理工系の教育・研究機関に多く, 大学は情報化社会のモデルの一つ といえる。従ってこれが大学の社 会貢献の機会の一つとなりうるの である。

メディアとしてのインターネット の特徴は,広域性,即時性,同報 性,記録性,双方向性等の高さに ある。マルチメディア利用にも適 している。このようなメディアが 普及すれば,社会の様々な限界, 例えば組織,年齢,時間的制約, 地理的条件などの壁を越え,既存 の社会関係を広げることが出来る。 利用者の実感としても,インター ネットで繋がれるものは,コンピュ ータというよりは,むしろ社会的 な人間関係の方である。オープン で自主的な社会的ネットワークの 特徴は,大学の研究・教育の在り 方にも共通している。

「大学」の本来の役割は、学術研 究、教育、そして成果の普及とい う3点にある。広義の「普及活動」 の重要性は、「科学技術基本法」 や第15期中央教育審議会答申, 「科学技術と社会に関する懇談会」 報告書(科学技術庁)等でも強調 されている。このような普及活動 にもインターネットは有用であり, その特徴と役割は,マスメディア とは相補的である。

インターネットの面白い使い方の 一つとして,電子メールの「メー リングリスト」を紹介したい。こ れは登録した参加者全員への電子 メールの同報システムである。意 見交換と情報共有が瞬時に行なわ れ、これにより参加者の知恵の最 高のものが見いだされ,それが参 加者全員にも共有される。

このようなメーリングリストは, 既存の社会の「繋がり方」として は,学会,サークル、同窓会,研 究会,協議会等に近い。逆に既存 の組織がメーリングリストを運用 すれば、会員相互の情報交換は質 的も量的も大幅に向上する。メー リングリストでは参加者が「特定」 多数であり,信頼関係が形成され やすい。また電子ネット上では情 報を出す所に情報が集まる傾向が あるが、そこには人も集まり,従っ て人間関係の広がり方も加速され ることになる。メーリングリスト とWWW(ホームページ)の組み 合せは,先の大震災や重油災害へ の対応でも,有効に活用された。

しかしネットワークの活用能力の 向上には時間がかかる。また新た な社会経験であるから試行錯誤は 避けられない。その意味でも大学 や研究所でネットに慣れた若手職 員有志はネット利用の先達である。 最近は専門家として国民との直接 的な知的交流を行う人々も増えて いる。それは大学の文化を直接的 に国民と共有する,新しい道を開 いていると言える。

大学と社会との関わり方は,今後 ますます多様化しようとしている。

日本では1983年から放送大学 が始まり,最近では衛星通信利用 の遠隔教育実験も始まった。大学 院大学化によって社会人入学枠も 大幅に増加した。米国では衛星を 企業向け大学院教育にも活用して いる。日本の大学通信教育へのマ ルチメディア利用はこれからであ るが,最近はこれらにもメーリン グリストが活用され始めている。 この他にも,社会と大学の関わり の観点から重要な試みには,文部 省・通産省共同の小中高校インタ ーネット利用開発「100校プロ ジェクト」,大震災後に兵庫県と 県内4モデル市町に設置された通 産省仕様の「災害対応総合情報 ネットワークシステム」,郵政省 での最近の「高齢者・障害者の情 報通信の利活用」に関する調査研 究等があり,注目されている。

今後の社会でWWWとメーリングリ スト利用が広く普及すれば,従来 の社会形態では解決困難な問題, 例えば地域社会の学校と父親の交 流、世代を超えた知恵の交換(子 供ネットとシニアネットの交流) など、家庭や地域社会の教育力の 回復の問題、あるいは行政と市民 の対話の発展等にも,新たなメディ アを提供する契機になるだろう。

もちろんネット社会にも色々な問 題があることは分かっているが, その多くはメディアとの付き合い 方の問題に帰着する。情報が知的 ・文化的に面白ければ,そのネッ トは人々に必要なものの一つとし て活用されるだろう。情報ネット ワークの利用で興味深いのは,ネ ットワーク型の学習社会とでも言 うべきものが形成される点である。 大学は期せずして,このようなイ ンターネット利用やその支援にも 適した組織であると言えるかもし れない。今後の展開に期待したい。

略暦 欧州素粒子物理学研究所(CERN)を 経て大阪大学助教授。編著書に 「カラー閉じ込めとハドロン」等。 43歳。

見出しに出す現職:大阪大学助教授,  専門:物理学  名前:水野 義之(みずの よしゆき) 現住所:567 大阪府茨木市美穂ケ丘     19−D−1107  電話:0726−21−6945(自宅)     06−879−8943(研究室) FAX:上記は両者とも電話FAX兼用.