内海誠二、入江幸男、水野義之編著

「ボランティア論を学ぶ人のために」(世界思想社、1998年)

収載論文「情報化社会における情報ボランティア論」(原稿)



       「情報化社会における情報ボランティア論」

            水野義之(大阪大学)

はじめに
 情報化社会はいかにボランティアを変えるのか。インターネットなどの情報通信ネット
ワークの普及が始まったは1990年代であるが、これに伴ってボランティア活動も変わ
りつつある。「情報ボランティア」と呼ぶべき活動も定着しつつある。「情報ボランティ
ア」の誕生は1995年、阪神淡路大震災の時に行われた情報流通や情報支援のボラン
ティア活動が契機である。情報ボランティアはインターネットなどの情報通信技術が持
つ社会的特徴を生かそうとするが、その意味では比較的新しいタイプの社会活動である。
またその意味で情報ボランティアは、情報化社会の進展に伴って幅広い社会性と一般性を
持つことになる可能性がある。
 インターネットの特徴には技術的側面と社会的側面の両者がある。そのどちらも「ボラ
ンティアの」社会的特徴と関係している点に注目しよう。インターネットを使っていて繋
がっていると感じるのは、コンピュータが繋がっているというよりは、それを使う人間同
士である。その人々が持つ社会的・人的ネットワークが、インターネットによって繋がれ
る。すなわち既存の社会的関係が必要に応じて自由に横の関係で繋がれる。またインター
ネット利用の特徴は、自由度の大きさにあるが、同時に自己責任や主体性が要求される。
一方、ボランティア精神の特徴にも、自由度の大きさがあり、同時に自己責任や主体性の
尊重がある。そう考えると、広い意味での「ボランティア精神」を持つ人にはインター
ネットが有効に活用出来ることが予想される。
 そこで本稿ではまず情報技術の社会的意味について整理し、インターネットとボランテ
ィアの相似性を議論する。次に情報ボランティア活動の代表的事例を調べ、問題点を整理
する。最後に、情報化された現代社会における「情報ボランティア論」について考える。

社会情報への問題意識
 ボランティア活動の背景には、社会問題に対する問題意識がある。大災害時には、社会
のあらゆる問題が一挙に問題となる。それは既存の社会関係の全てが、災害により一挙に
崩壊するからである。それは我々自身が試される場に他ならない。野田正彰「災害救援」
(岩波新書)の終章「私たちはどんな社会をもとめるのか」において「災害救援は一
つの文化である」と指摘される通りである。現代社会の在り方を考える時、災害を「プ
ローブ(探針)」として我々はこの社会を観察している。大災害とは、我々が自分自身の
問題点を学ぶための機会である。
 現代社会の問題を「情報」の流れの問題として捉えることにしよう。そういう見方をす
ると、情報ボランティアは特異な存在である。彼等は、個人として、社会的情報を社会的
な時空間の中で取り扱っている。このことは、どういう社会問題の解決に対応するのであ
ろうか。それは何を意味するのだろうか。

情報技術と社会ネットワーク
 情報技術とは何か。それは最も単純には人間の思考過程をサポートする技術である。現
代の社会組織は、人格的結合よりはむしろ機能的関係を基礎として構成される。機能がネ
ットワーク化されている。従ってそれとは独立な人的ネットワークも存在する。個人は複
数のコミュニティに属し、それらが重層的に重なっている。そのようなネットワークに流
れるのは広い意味での情報である。その情報は結節点から様々な方向へ広がる。それがさ
らに動的に人的ネットワークを広げる要因となり、その結果その両者(情報と人的関係)
も全体として変化する。このような意味の機能と人間と情報とが複雑にネットワーク化さ
れた社会における情報技術の意味は、個人の思考サポートに留まらず、社会的な知識生産
や産業、あるいは情報流通過程にも影響し、社会の在り方を変える。情報通信技術は、社
会組織同士の相互作用を促し、それが個々の人間を変化させ、それがまた社会を変えると
いった動的特徴を持つに至る。
 情報ボランティア活動は、機能的にネットワーク化された現代社会の問題解決のため
に、社会的情報に問題意識を持つ個人による先導的試行と見ることが出来る。「情報ボラ
ンティア」を敢えて定義すると、インターネット活用などの情報通信技術とボランティア
精神を併せ持つ人が、その技術的能力と、情報に対する問題意識から生まれる社会的判断
力とを生かして行う、技術系の社会的なボランティア活動であると、ひとまず言うことが
出来るだろう。そこで次に、インターネット等の情報通信技術が持つ技術的特徴と社会的
特徴とを、以下に簡単にまとめておきたい。

インターネットの技術的特徴
 インターネットはもともと大災害や核戦争にも強い。回線切断時にも利用可能とするた
め、動的なルーティング制御と分散通信方式をとる。インターネットのメディアとしての
技術的特徴は、次のようにまとめることが出来る。

**************************************
(表)メディアとしてのインターネットの技術的特徴とその他のメディアとの比較
--------------------------------------------------------------------------
メディア: 
    インターネット  パソコン通信  ラジオ  TV  ビデオ  電話  FAX  新聞
特性:
広域性      ◎    ◎    ◎  ◎  ×  ◎ ◎  ◎
同報性      ◎    ◎    ◎  ◎  ×  × △  ◎
即時性      ◎    ◯    ◎  ◎  ×  ◎ ◎  ×
記録性、蓄積性  ◎    ◎    ×  ×  ◎  × ◎  ◎
検索性      ◎    ◯    ×  ×  ×  × ×  ×
双方向性     ◎    ◎    ×  ×  ×  ◎ ◎  ×
マルチメディア  ◎    ×    ×  ◎  ◎  × ×  ×
利用技術の難易  難    難    易  易  易? 易 易  易
**************************************

 インターネットの「同報性」とは、WWWやメーリングリストのように同時に多数にも伝達
可能である点を指す。インターネット等の情報技術は、他のメディアと比較した場合、多
くの特徴を持つと言えるだろう。しかし情報技術者にとっても、このようなインターネッ
トが持つ可能性はまだ未開発なのである。
 1995年当時、90年代初頭以来の全国光ファイバー網計画などが情報化社会への期
待を煽っていた。当時120兆円とも言われた巨大な経済効果予測が新聞雑誌を賑わせ、
マルチメディアブームがあった。しかし、誰の目にも見えていなかったのは、これを生か
す人間の組織であった。そのような意味の社会組織は当時まだなかったのである。そこへ
1995年1月の阪神淡路大震災で、被災地から情報の大規模なブラックアウトが発生し
た。ここに至って初めて、既存の情報流通の問題点やマスメディアの限界が誰の目にも明
白となった。それを解決すべく情報ボランティアも自然に発生した。すなわち、このよう
な事態を察知した情報技術者や情報技術利用者らは、その事態を「ほっておけなかった」
のであると思われる。

インターネットの社会的特徴
 インターネットによる情報交換の社会的特徴は、コミュニケーションが国籍・人種の壁
を超えること、また組織・職業の壁、時間・空間の壁、世代・年齢の壁も超え、一人一人
が自由に情報発信できる点にある。これによって可能となるコミュニケーションの社会的
特徴は、オープン・フラット・シームレス・グローバルなコミュニケーションにより様々
な社会組織を横に繋ぐ点にあり、それが人々に新しい出会いの場を作り、社会関係の組み
替えを促す。自由参加であり、年齢制限はなく、今まで困難だった世代交流も可能とな
る。
 インターネット上の情報資源の欠点は、情報過多で未編集情報や「ゴミ」情報が多い
(玉石混交である)こと、従って検索などの利用技術の向上が必要となっていることであ
る。他にも様々な批判が出ている。例えば「ネット中毒」の指摘がある(ネットワークは
若者に時間を浪費させる傾向がある、など)。また、インターネット利用者=性善説への
批判、殺人方法のホームページなど社会悪の拡大の懸念、ベンチャービジネスのアナー
キーな草刈り場になりつつある、アメリカ文化を押し付ける等の指摘がある。今後も批判
は出続けるだろう。的確な批判も多い。しかしこれらの指摘も、おそらくどんな大衆文化
にも存在する問題である。例えば昔ながらの「紙の文化」(書籍文化)でも同様の問題が
ある。インターネットの社会的特徴の多くは長所であり、その欠点を補って余りあるだろ
う。
 我々が新しい魅力を持つメディア技術に出会う時、我々はその可能性を試し、広く使う
ことによって、その特徴を社会的に理解しようとするだろう。広く使われるためには、ま
ず情報の内容が面白いこと、あるいは情報へのニーズのあることが必要である。またそれ
を使おうとする人々は、そこにもし、技術的、社会的な問題があればそれを指摘し、解決
し、その技術を極限まで生かそうとするだろう。
 1995年の阪神淡路大震災における情報ボランティア達は、当時まだ未熟だったイン
ターネット利用における社会的経験を先取りすることとなった。そして具体的な、大災害
時における情報流通という問題解決への努力を通じて初めて、その技術的、社会的な可能
性と問題点に、気付くこととなったのである。

インターネット利用とボランティア精神
 ボランティアというと通常は福祉や介護、災害救援等の活動現場を思い浮かべるだろう
。従って、インターネットを使ってボランティアが出来ると思わないのが普通であるかも
しれない。しかし「ボランティア活動」と「インターネット利用」とは次の点で似てい
る。両者に共通する点を列挙すると、1)活動に価格がつけられない、2)自ら発言して
初めて意味を持つ、3)活動の結果、新たな人間関係が作られる、4)活動が社会性、公
共性を持つ(私的な活動に留まらない)。一見相異なるものが、このような共通点を持
つ。その理由は、インターネット等の情報通信技術によって繋がれるものが、ボランティ
アの場合と同じであって、それが人間関係(社会的関係)であるからだ。ボランティア精
神とは、自らの思うところに従って新たな人間関係を作ろうとする社会的な意欲のことで
ある。それによって自らが、相手から学ぶことができる。インターネット利用の基本もそ
こにある。
 ボランティア精神とインターネット利用の共通点は、情報技術の発展史からも理解され
る。実際、インターネット上のUNIX等のソフトウェア開発もボランティアにより行われて
きた。パソコン上のソフト開発には、フリーウェアとかシェアウェアと呼ばれ、ボラン
ティアレベルで商品より優れたものが次々に開発され、公開されている。インターネッ
ト・プロトコル(IP)と呼ばれる通信方式の発展も、それ自体が当初から「ボランティア
技術者」により行われた。このような情報技術の発展史と現状を理解すると、インター
ネット利用者や情報技術者には、高い技術力を持つ人間たちのボランティア精神が大きな
価値をもたらすことを、理解する者が多かったことがわかる。インターネットとボラン
ティアとは、それらが持つ社会性を共通項として、非常に親和性が高い。「情報ボラン
ティア」なる活動が生まれた背景には、このような特徴を持つネットワーク技術の現状が
あった。
 インターネット利用者は、国や地方行政、企業活動や民間非営利団体、一般市民等で
も、また大学教育などでも急増している。初等中等教育でも増え始めようとしている。今
後インターネット利用も文字通り当り前の技術になっていく。
 インターネット技術の基礎には、自由の精神がある。自らが持つ情報を相互に出しあ
い、そこに動的な相互作用と新たな発見がある。それは良質のサロンに自主参加する権利
が万人に開かれているようなものだ。それによって多くの人が文化的に実に多くのことを
学んでいる。既存の組織には、当然ながら明確な設置目的がある。このような自由度は難
しいし、それが当然である。1990年代を通じてインターネット利用が急増したのは、
このような種類の自由な知的満足を多くの人々が求めていたためだろう。
 インターネットは分散処理を基本としている。繋がり方が階層構造でなくフラットで中
心がなく、文字通りの網の目構造を持つ。アメーバのような自己増殖性も持つ。インター
ネットは参加者のボランティア精神が相互に発揮されやすい利用環境を作る。しかしネッ
ト上では、情報を出さなければそこに人がいることはわからない。参加者はそこに参加す
ることによって多くのものを学ぶが、その理由は、情報を出すことを基本としているから
である。それによって情報が動的に変化するからである。
 インターネットの分散性は(中央集中型の大型計算機ではなく)パソコン誕生の思想的
背景とも共通点がある。パソコンを発明したとされるリー・フェルゼンシュタインの発想
には、イヴァン・イリイチによる産業社会批判から産み出された「コンヴィヴィアティ」
という概念が、その基礎にあったとされる。「コンヴィヴィアリティ」とは、自立共生の
意であり、それはボランティア精神そのものと言える。このようにインターネット情報技
術の特徴は、ボランティア精神との親和性が極めて高いといえるのである。

大災害における情報ボランティア
 情報ボランティア活動は、大災害などの緊急時に威力を発揮する。大災害時に必要とさ
れるのはまず「情報」である。まず全体状況の定量的把握が必要である。次に、必要とさ
れる情報に対する評価、伝達対象、伝達方法(何を、誰に、どうやって伝えるか)に対す
る判断が要求される。情報ボランティアは、この問題をどう解決しようとしたか。ここで
は3つの事例を取り上げながら考えてみよう。事例1)1995年1月の阪神淡路大震
災、事例2)同年5月のサハリン大震災、事例3)96年のO-157災害。これを、活用され
た情報システム、活動内容、まとめ、という順番に見てみよう。

事例1)1995年1月の阪神淡路大震災でのインターネット利用
*)活用された情報システム
 阪神淡路大震災の発災当初、インターネット上での情報交換は既存のメーリングリスト
(ML)で開始された。専用MLも作成され、各分野の実務者レベルの横の連絡も試行され
た。並行して筆者らと大阪大学大型計算機センターの下條真司氏らとの協力があり、これ
を基礎にWNN (World NGO Network) と呼ばれる情報ボランティアグループも誕生した(他
にも多くの活動があったが、それらは参考書に挙げた既刊書を参照されたい)。
*)活動内容
 インターネットのネットニュース上で当時、実際に議論された問題を整理してみると、
情報ボランティアがどんな情報を扱ったかが理解できる。これらを時間の順に列挙する。
1)生命の確保:発災後3日まで(被害状況、消防、自衛隊、救急医療、政府対応、安否
情報、電話、交通など)、2)生活の確保:1ヵ月まで(電気、ガス、水などライフライ
ン復旧、物流、救援物資、マスコミ報道批判、地図 [被災、復旧、復興]、風呂、トイレ、
避難所運営、個人ボランティア、ボランティア団体、各種問い合せ、行政とボランティ
ア、海外対応など)、3)社会の復旧:3ヵ月まで(地域社会、学校、受験、社会的弱
者、高齢者、障害者、外国人、子供ら、アスベスト等健康問題、こころのケア、ペット、
義援金、見舞金、保険金、避難所解消、仮設住宅、支援の考え方など)、4)社会の復
興:6ヵ月まで(法律相談、住居の再建、都市計画、交通復旧、経済再建、再就職、文化
財、専門家の対応、学術調査、仮設住宅での共同体形成)、5)社会の整備:2年まで
(仮設住宅の解消、公的支援、教訓整理と行政インフラ整備など)。
*)活動の分類
 グループ単位の活動も多く行われた。これらは地域性と専門性によって分類すると分か
りやすい。ここで言う地域性とは、被災現地と支援者の距離感覚の違いである。また専門
性とはこの場合、支援者側の技術的専門性である。この2つの条件(地域性と専門性)に
応じて、発想が自然に異なる。これらを以下に4つに分類し、列挙してみよう。
(1)被災現地(例:神戸大学、NTTのボランティア、NIFTY-Serve利用者など):バイク
とパソコン通信を駆使した情報支援、情報ファイル配達など、直接的支援等。
(2)被災地の周縁(例:大阪大学、大阪府立大学、姫路工業大学など):被害は少ない
が身近に問題を感じ、種々の情報支援、ボランティア団体の情報化支援等。
(3)東京地区など(例:慶応大学、東京大学、筑波大学、民間技術者など):WEB上の被
災地図、情報整理編集、情報共有システム構築(InterVnet)提案等。
(4)行政の動き(郵政省、通産省、兵庫県、企業、民間の協力など):郵政省の安否情
報システム、「兵庫県震災ネット」で避難所のパソコン通信活用サポート体制作り等。
*)まとめ
 この中で特に神戸大学、大阪大学、慶応大学、徳島大学等における情報ボランティア活
動は、今後のモデルとなりうる。これらの活動のポイントをまとめてみよう。
 (1)被災地の内部では、大災害後もインターネットは生きている可能性が高い。現地
の大学人は社会的責任を感じ、情報技術者や理工系研究者らは情報支援活動を行うだろ
う。被災地の大学は全国の情報ボランティア活動の拠点となりうる。大学は組織内部に多
くの専門家を擁するため、全国的議論と多分野のアイデア集約に適する。
 (2)中間地点では、情報ボランティアとして後方支援に回る余裕がある。他方、その
地域から被災現地に乗り込むNGO/NPO団体(救援ボランティアのプロ集団)が多く出現する
が、情報技術を活用する時間的、精神的な余裕がないことが多い。中間地点からはNGO/
NPO団体の情報技術面の支援が有効であり、救援活動の効率を上げられる。連絡にMLを駆使
し、情報の編集整理と広報にはWWW(ホームページ)を使うとよい。
 (3)遠方の情報ボランティアのモデルは、阪神淡路における慶応大学、徳島大学、筑
波大学等の活動である。遠方にいると、どうしても災害救援のタイミングが遅れがちであ
る。また現地とも疎遠になるため、長期的な活動と関連させるとよい。遠方であるため、
却って全体を見渡せる。被害を実感しにくいため平常活動の一環として考える。

事例2)1995年5月のサハリン大震災でのインターネット利用
 1995年5月末、まだ阪神淡路大震災への救援活動のさなかに、サハリン大震災が
発生した。海外からロシアの被災現地に入れたのは救急医療NGOのAMDA(岡山が本部の
「アジア医師連絡協議会」)だけであった。この時、情報ボランティアグループ
WNNはAMDAに連絡し、後方支援を申し出た。WNNは阪神淡路大震災の情報支援によって
ノウハウを蓄積していたため、今度こそ「実戦」に最初から役立てようと考えた。
*)活用された情報システム
 AMDAの医師はインマルサット衛星を通じFAXで現地情報や不足医薬品等の要請を本部に通
信、本部は国内プレス発表を行い、同時に電子メールでWNNに連絡した。WNNメンバーは関
連する多数のMLに同報し、余裕のあるメンバーが英語に翻訳、日本語も同時にWWWで広報し
た。これらの現地情報はどのメディア情報より詳しく、また早く届き、従って同時にマス
メディアへの情報提供にもなった。
*)活動内容
 情報ボランティアが医療NGOの専門家に認知された。また有効な支援活動が実際に可能な
ことを示した。産官学民の幅広い協力が有効であり、WNNでも幅広い関連分野をつないでい
る。その結果どんな要求にも対応出来た。例えば西宮YMCAと神戸にある「地元NGO救援連絡
会議」から岡山のAMDA経由で救援物資が短時日に輸送できた。ロシア大使館との情報連
絡、ロシア語文書翻訳、北海道の民間研究所との連携、離島研究者との連携、フランス
MSF(国境なき医師団)やイギリスIRC(国際救援隊)など海外支援団体と連携なども行わ
れた。
*)まとめ
 阪神淡路大震災では、情報ボランティアのグループ形成に時間が掛かった。そのため対
応が後手に回った。サハリン大震災はその数ヵ月後であり、蓄積したノウハウが有効に発
揮された。WNNでは情報連絡をすべて電子メールのメーリングリストで行い、WWWも有効に
活用した。従ってこの経過を、多くのNGO/NPO関係者が見ており、彼等はインターネットの
威力を初めて実感した。まさに情報共有の威力の一つである。

事例3)1996年8月のO-157でのインターネット利用
 1996年夏、大阪府などに病原大腸菌O-157による集団食中毒が発生、数千人の患者
と死者も出る事態となった。この事態は、医療関係者から見ると多数の患者が同時に発生
する事態であり、その点で「大災害と同じ」問題を伴う大変な事態であると認識された。
 当時すでに医療関係者の間でもメーリングリストとWWWの活用が始まっていた。O-157発
災当時はCCN(Critical Care Network)と愛媛大学救急医学の越智先生らのEML(Emergency 
ML)などで議論があり、宮崎大学救急医学の氏家先生らにより緊急の専用MLも作られた。治
療内容や病院情報の交換がそこで行われた。また15以上の大学医学部、関連研究所で専
門家の有志が一種の情報ボランティアとして緊急活動を行い、専門的情報提供や各種質問
の答えるためのWWWを立ち上げた。これらは心配を募らせる国民への専門家からの直接的な
情報提供として非常に新鮮であり、また詳しくわかって有用であった。

情報ボランティア誕生の社会的背景
 情報ボランティアのような活動がなぜ生まれたのか。その社会的背景について考えてみ
よう。
 情報通信技術を利用しない「情報ボランティア」も可能である。例えば歩いて調べた情
報をミニコミに編集し配布する活動、ボランティア団体が新聞切り抜きを整理し電話相談
に応じる活動等を挙げることが出来る。しかし本稿では「技術系ボランティア」の一種と
考えている。震災時のインターネット利用による情報ボランティアの誕生も、たまたま
1995年当時に新しかった情報技術を活用したに過ぎない。どの時代にもその時代の平
均的な通信技術があり、それに比べて未熟な新技術が存在する。このような新技術を社会
的情報伝達に生かそうとする人々を「情報ボランティア」と呼んでもよい。
 「情報ボランティア」を準備した技術的背景として、デジタル通信技術の発展、特に1
980年代の大学・研究所におけるBITNET、DECnet、EARN、JANET等電子メール・FTP等の
利用、90年代日本の大学におけるJUNET等の通信ネットワーク実験とfj(ネットニュー
ス)等の試み、70年代末のパソコン登場、80年代中期からのパソコン通信の発達、そ
して1989年、高エネルギー物理学の国際研究機関CERN(欧州素粒子物理研究所)によ
るWWW発明などがあった。
 より広い視点に立てば、その背景にはさらに経済・文化活動の国際化、グローバル化が
ある。また1991年の冷戦終結に伴ってグローバルな環境問題が次世代の国際問題とさ
れたことなど、国境を超えた問題意識の成長も関連がある。これらは社会の構成員が、地
域や時代を超えた想像力を当り前と考えるようになる点で重要である。
 個人と時代の関係は、1970年代の技術批判などの流れにもみられる。60年代末か
ら激化した公害問題やベトナム戦争、大学紛争等の社会問題に対応しようとした技術者・
科学者に見られるのは、同時代の社会問題への想像力である(中山茂「科学技術の戦後
史」岩波新書)。技術者による直接的な社会貢献の機会がそこにあるという強烈な意識
が、情報ボランティアの背景にもあるという見方が、ここで出来る。

情報ボランティア論とは何か
 「情報ボランティア」なる言葉を初めて聞いた人も多かっただろう。この言葉は「情報
」と「ボランティア」という2つの異質の言葉の組み合わせが面白い。これによって「情
報」についても「ボランティア」についても、同時に理解が深まる。金子郁容が指摘する
ように、ボランティアとは人と人との新しい相互作用であり、その結果、双方が持つ情報
が同時に動的に変化する。この関係性は「動的情報」と呼ばれる社会的な脈絡形成プロセ
スの一つである。
 海外には「情報ボランティア」に対応する言葉も概念も知られていない。いずれにせよ
日本発の概念である「情報ボランティア」の歴史はまだ浅い。社会の情報化が進めば「情
報ボランティア」など必要なくなるかもしれない。
 しかし情報化社会の意味も、実は文明論や文明の史的展開の中で初めて理解出来る。
「ボランティア精神」も文明論や民主主義論の中で意味が明確になる。「情報ボランティ
ア」への考察も、情報化社会や科学技術社会への考察を通じて文明論につながっている。
これを「論」として学ぶためには、近代科学技術文明の史的展開や学術研究の現状、高等
教育の在り方、初等中等教育の在り方等に関する幅広い議論も必要となるだろう。
 そこで最後に、現代社会における情報ボランティアなる活動が持つ意味について考察
し、それが今後の社会で果たしうる役割について議論する。

「専門家ボランティア」としての情報ボランティア
 現代社会におけるボランティア論は、現代社会における民主主義論と結び付けるとわか
りやすい。つまり「ボランティア」とは、そこに民主主義の自己決定の原理を内包してい
るために、自己責任と自己決定を直接的、感覚的に感じさせてくれる社会的仕組の一つで
ある、と考える。情報化社会におけるそれが「情報ボランティア」であると考える。
 情報活用は個人のためだけにあるのではない。人的、社会的ネットワークや情報ネット
ワークを通して、社会問題を解決するための一つの手段であり、活動である。従って、情
報技術の変化、社会の変化、社会情報の出方の変化、そして社会問題そのものの変化をど
う理解し、それにどう関わるか、ということが課題とならざるを得ない。それが誰の目に
もわかる形で「出てしまう」のが、大災害時の情報の在り方である。それはさらにマスメ
ディアの大規模報道により、自然な社会的経験として蓄積される。
 大衆的なマスメディアは、そのような世論形成において重要であるが、しかしそこに自
分が欲しい情報があるとは限らない。しかも、情報を欲している側の方が、その情報に関
てメディア関係者よりも専門性が高いことがある。あるいは専門業者より高い技術を持つ
アマチュアの存在もある。このような個人の存在が、情報ボランティアだと言える。
 今後も、情報公開の流れと大衆的なインターネット発達の結果、問題意識さえあれば、
どんな情報でも自由に取れる社会になっていくだろう。多様なメディアを人々が必要とし
ており、情報ボランティアが収集し編集し公開する情報も、その一つである。
 情報ボランティアは「専門性の細分化の問題」に対する問題意識にも関係がある。現代
文明社会を支える科学技術が日本に入って来た19世紀の末には、すでに西欧の近代「科
学」(分科の学)は専門分科を始めていた。20世紀になってもこの傾向はますます進行
している。例えば日本の全「学協会」の総数は、1997年末で約1200団体を超えて
いる。おそらく、専門分野なるものの総数は何万種類にもなる。その全貌がだれにも見え
ない。それが現代社会における学問の現状である。そういう学問の在り方が大学や学校シ
ステムの在り方を規定し、それが社会への人材供給を行っている。現代社会の多くの問題
が、このような学問研究の「専門性の細分化の問題」とも関係がある。
 これに対する一つの回答が「情報ボランティア」であると考えることが出来る。つまり
情報ボランティアとは、必要な情報を、分野を超えて繋げられる広い視野と関係性に対す
る感覚を持ち、同時に自分の専門性を持つ。その意味で、「専門性を持ったジェネラリス
ト」と呼べるだろう。「情報ボランティア」とは、社会の様々な問題に対して、そういう
活動の必要性を直観的に感じ、そのような活動の意味を理解している人達である。そのよ
うな人々の存在は、現代社会に生起する困難な諸問題への一つの視座、あるいは「専門
家」の一つの在り方、を示唆している。

「専門性の細分化問題」と情報ボランティアの役割
 現代科学研究や工学分野に典型的に見られる「専門性の細分化」という問題について、
情報ボランティアの活動が一定の役割を果たしうることを、筆者は主張している。この点
は、大月、水野、干川、石山、共著「情報ボランティア」(NECクリエイティブ、1998
年)の第7章を参照されたい。
 以下にその論点を簡単に紹介したい。専門性は細分化の一途を辿り、技術はますますブ
ラックボックス化し、科学はますます専門化する。現実問題として科学・技術は、社会の
期待に応えられていない。それにもかかわらず、あらゆる社会問題は現実にジェネラルな
知識と広い専門性を要求している。この困難な問題解決の方策の一つとして、研究活動を
支える「学会」に注目する。
 日本の場合、全分野の科学研究者(自然科学、人文科学、社会科学を含む)が所属する
学協会は、日本学術会議に属する。もう一つ、政府には科学技術会議という組織があり、
国の科学技術政策の総合的な調整を行う。しかし、これらの社会的構造もうまく回転して
いない。例えば日本学術会議では、次のように問題を分析している:
(日本学術会議第17期活動方針より、一部を引用)
 問題とすべき学術の状況とは、各領域での科学者の真摯な努力にもかかわらず、領域を
超えて全体として生起してくるものである。それは研究領域の細分化、領域間の関連軽視
、領域進展の独立性による学術全体としての不均質な展開、学術の応用における領域知識
の孤立的適用などがある。一方(中略)、また基礎研究への人々の期待を研究者に届かせ
る社会的装置の欠如などもある。
 このような学術の状況は大学・研究機関等の経営に影響し、研究の社会的体制に影響し
、またそれらを通じて社会の状況に影響し、現在に特徴的な問題を生起させる要因となっ
ている。これらの問題は個々の学問領域の努力では解決できず、学術全体の状況の変化が
あって初めて解決されるものであるから、多くの領域の協力が不可欠である。
(引用終わり)

 しかし専門家自身による「情報ボランティア」的活動は、多くの領域の協力を必然的に
促す結果となる。従ってこのような困難な問題にも対応出来る可能性があると筆者は考え
る。情報ボランティア的な専門家活動の例として、ここでは愛媛大学救急医学教室の越智
元郎氏らにより運営される救急医療関係者のメーリングリスト(EML)とWWW運営の例を挙げ
ておきたい。詳しくは省略するが、ここでは非常に有益な異分野相互の情報交流が始まっ
ている。
 もちろん救急医学関係者の努力は特殊な例であって、一般にはこのような分野を超えた
交流の時代にはほど遠いであろう。では逆に、社会における学問の現状は、なぜこのよう
に分かりにくいものとなってしまったのか。その原因は、実は学問の歴史的展開の姿その
ものに中にあることが分かっている。学問の専門分科とは、学問の内容が要求するもので
あり、内在的なものである。現代に至るまで科学は、分科に分科を重ねている。この傾向
を止めることは、今後もしばらく出来ないだろう。
 このような問題と並行して現在、人類史上いまだかつてなかった高いレベルで社会の高
学歴化と高齢化が同時進行し、国民の教育年限は長期化を続けている。その中で大学、地
域社会、ボランティアの役割も増大するだろう。即ち、生涯学習や社会教育の課題ととも
に、まさに一人一人の「思い」を生かすことが出来るという意味の「ボランティア」なる
社会的メカニズムの中に、21世紀の民主社会の在り方を垣間見ることが出来る。
 複雑化する現代社会の諸問題に対処するためには、1つの専門分野で対応することは、
もはや出来ない。分野を問わずあらゆる専門情報のジェネラルな理解と対応が必要とされ
る。それら専門情報を扱う者たちによって行われる直接的な社会貢献活動の一例として、
本稿で議論した情報ボランティア的な活動、すなわち分野を超えた情報活動の存在を理解
することが出来るであろう。今後の展開を期待したい。
                                     以上




■http://www.yo.rim.or.jp/~ymizuno/index-for-book.html 
情報ボランティアに関して筆者(水野)による論考を集めたページ。
例えば、水野義之「インターネットと情報ボランティア −これまでとこれから」
(季刊「兵庫経済」、1996年1月)、水野義之「大学や地域ネットワークにおけ
るボランティアの役割」(文部省「教育と情報」、1996年12月)など。

■大月一弘、水野義之、干川剛史、石山文彦、「情報ボランティア」、NECクリエイティ
ブ、1998年
阪神淡路大震災後3年を経た社会の中で、情報技術の役割やボランティアと行政の関係
などが見直され始めた。ネットワークのレイヤー理論を社会分析にも適用し、情報ボラン
ティアの役割と今後の課題を提言する。

■田中克己編著、「震災とインターネット −神戸からの提言」、NECクリエイティブ、
1996年
神戸大学のネットワーク技術者らが中心となり、震災とインターネットについて詳し
い技術的分析と現状報告を行い、防災情報通信システムに関する提言に結び付ける。

■金子郁容、VCOM編集チーム、「つながりの大研究 −電子ネットワーカーたちの阪神
淡路大震災」、NHK出版、1996年
InterVnetの活動成果の一つである「電子会議室+ネットニュース」という広大なコ
ミュニケーション空間を活用し、大震災当時に情報ボランティアとして活動した人達
に当時を振り返ってもらい、インタビューを含めてそれらの議論をまとめたもの。

■本間正明、出口正之、「ボランティア革命 −大震災での経験を市民活動へ」、東洋
経済新報社、1996年
社会運動としての市民ボランティア活動を大震災支援での経験を生かす形で総合的
に整理し、論点をまとめたもの。同書の第3章と第8章に情報ボランティアに関する
議論がある。

■高野孟、「GO QUAKE −パソコンネットが伝えた阪神大震災の真実」、祥伝社、
1995年
阪神淡路大震災におけるNIFTY-Serve 震災ボランティアフォーラムのログ(議論の
記録)の編集を中心に、インタビューも交えながら、当時のインターネット情報ボラ
ンティアの活躍までを跡づけた実録。

■今井賢一、金子郁容、「ネットワーク組織論」、岩波書店、1988年;金子郁容、
「ボランティア もう一つの情報社会」(岩波新書)、岩波書店、1992年
前者では、「情報」の持つ性質を静的なものと動的情報とにわけ、その変化の中にネット
ワークと組織の在り方を位置付ける。後者では、「動的情報」が持つ危うさ
(vulnerability)と、「ボランティア」が持つ性質の共通点に着目して議論を展開する。

■古川俊之編集、「科学研究の大航海時代」、学会センター関西、1997年
日本の自然科学、社会科学、人文科学の全てを含む今後の学問の在り方を考えるため、
日本学術会議の中心的メンバーらによって行われた講演と討論会の記録。

■大山博、須藤春夫、「ふれあいのネットワーク −メディアと結びあう高齢者」
(NHKブックス)、NHK出版、1997年
福祉の問題をコミュニケーションやメディアの観点から考察し、高齢者による情報メ
ディア活用について現状を紹介し新たな動きを議論する。

■森本佳樹、「地域福祉情報論序説 −情報化福祉の展開と方策」、川島書店、
1996年); 岡本民夫、高橋紘士、森本佳樹、生田正幸、「福祉情報化入門」、有
斐閣、1997年
福祉情報システムなど、従来型の福祉活動におけるOA化やネットワーク化など新情報
技術活用に関して、理論的考察、事例調査、課題と展望などがていねいに議論される。