「物理学者の目」 
 第8回「プルトニウムは本当に毒なのか?」


最近、1997年の7月のことですが、CN系(シアン系)の固体で
ダイアモンドよりも固い物質が出来たという報告が、若手物理屋の
メーリングリスト(young-phys@etl.go.jp)でありました。

この報告をきっかけに、毒についてちょっとした議論が起こりました。
その際に、プルトニウムPuの毒性についても議論が及びました。

そこで、その毒性について情報交換をして見ると、意外にも、
プルトニウムが猛毒であるという話しには根拠がなさそうだ、
ということがわかってきたのです。

毒とは、chemicalな性質のことです。しかしPuが危険な理由は、
その毒によるものではない、ということらしいのです。

Puは危険なのですが、しかしその原因は、chemicalな性質によるの
ではないらしく、その放射線による、というのがおそらく正しい
ようです。

なお、Puが危険な理由がchemicalな毒によるものである、ということを
記した文献が、もしあれば、教えてください。
なお、高度情報科学技術研究機構による原子力百科辞典には
こういう資料もあります。

以下には、その議論の経緯をメモします。

***

MOさん:
> ようするに、水に溶けないといっても微量は水に溶けるのでしょうから、その
> 微量が影響するということではないでしょうか?

プルトニウムは放射性物質であるだけでなく、非常に致死量の少ない毒
であるとの話を聞きましたが、この場合もそれが原因なのでしょうか?


=======================

水野:

プルトニウムの場合、確かに、ちまたには
「それは恐ろしい猛毒であり、致死量は1マイクログラム
(つまり1グラムで、100万人が死ぬ!)」
というようないい方がされていると思います。
(だから、再処理とか増殖炉なんて、絶対いけない、とか)。

それで気になってちょっと調べてみたことがあります。
すると、これはどうも(おそらく意図的な)大嘘らしいのですよ。

あれは、chemicalな毒ではありません。

α崩壊の半減期が、ちょうどいやらしいくらいの(中途半端の)長さ
(つまり、非常に崩壊が早いとすぐ崩壊してしまって危険ではない、非常に
崩壊が遅いと、ちっとも崩壊をしないので、やっぱり危険ではない、
という意味で、中途半端が一番扱いが いや なのですが)であることが、
その「毒」なる噂の正体らしいのです(つまり放射線による発ガン性が高い)。
(高木仁三朗さんの岩波新書「プルトニウムの話し」(だったかな?)
を立ち読みしました)。

だれですかね、こんな噂を広めたのは!

***

。。。といいながら、理化学辞典で確認をすると、
なんと、これ、ひょっとして(私のさらなる)誤解かもしれません。

というのは、半減期が非常に違うウランも、毒だと書いてあるのです。
(chemicalには同族ですから、chemicalな毒の可能性もありますね)。

いま、中毒情報センターの友人に確認をしたところ、「混同されている
ようなので今年の夏にそういう勉強会を予定している」というような
ことでした。アメリカの中毒データベースで調べてくれるというので、
わかったら、報告をしましょう。

どなたか、ご存知の方があれば、教えて下さい。



=======================

Kさん:

先日、化学の人とその話題になったんですが、彼はプルトニウムは放射能とは別
にchemicalに猛毒なのだ、と言ってました。しかし、それも思い込みなのか。


=======================


水野:

例えば、どういう化合物が、猛毒なのでしょうか? という質問は
意味があるとおもうのです。
(どれもこれも、だったら、おかしいのでは???)

どうも、そういうことが書いていない、というのが、気になる。


以下は、妄想のたぐいですが:
ちなみに、ウランの放射能の大部分(半分くらい)は、自然にはたったの
0.0055%しか含まれていない、234U が担っています。こいつの半減期
(25万年)は、かなりいやらしい仲間です。
(であるから、プルトニウムはもっといやらしい{2万4千年}という
ことと、話しの辻褄はあいます。)

#天然ウランは、99.3%が238で、0.7%が235ですね。
#でも、それらは、半減期が長い。それぞれ、45億年と、7億年です。


=======================


A さん:

気になっていくつかのハンドブックを調べてみたのですが、
Puおよびその化合物は全て大変危険な物質であるとありました。
危険性は化学的毒性および放射性であるためだそうです。
ただし、定量的なデータが記載されていないので、どちらがどれだけ
危険なのかは不明でした。
ものによって放射性の方が危険だったり逆だったりで、よくわかりません。
ただPuは骨の表面等に濃縮されるため、危険率が高く、そのため
他の放射性物質と比較して許容量が極めて低く設定されています。

=======================

水野です。  プルトニウムの毒性の件です。

>>気になっていくつかのハンドブックを調べてみたのですが、
>>Puおよびその化合物は全て大変危険な物質であるとありました。
>>危険性は化学的毒性および放射性であるためだそうです。

なるほど、ですね。(だから、混乱しているのかも)。

>>ただし、定量的なデータが記載されていないので、どちらがどれだけ
>>危険なのかは不明でした。
>>ものによって放射性の方が危険だったり逆だったりで、よくわかりません。

中毒情報センターの友人からの情報(全部で、14ページにわたる詳細な
ものでした)の中には、こういう記述もあります:

There are no reports about the chemical toxicity of plutonium;
the radiologic toxicity of plutonium involves bone necrosis,
bone and lung cancer; also  ....

あるいは、
Extreme health-hazard of plutonium is caused by its tendency to
concentrate and accumulate in the blood forming tissues of the bones.


>>ただPuは骨の表面等に濃縮されるため、危険率が高く、そのため
>>他の放射性物質と比較して許容量が極めて低く設定されています。

です。(ところで、表面ですか? 骨髄だったのでは?)
(これは、ウランでも同じです。放射線取扱主任者の試験にもよく出ます)。

。。。と調べてみると、こういうのを、bone seeker
といって、成長の盛んな部分(骨端部など)に沈着しやすい。
(そこから、骨髄を照射して、がんになる)。

同じようなbone seeker には、他にも、
P,Ca,Ni,Sr,Y,Zr,Nb,Sn,Sb,Ba,Ce,Pm,Sm,Eu,Gd,Tb,Tm,Rb,Ac,Th,Ra,
U,Np,Pu,Am,Cm,Bk,Cf などがあるようです。

それから、例のマンハッタン計画でプルトニウムに関与した労働者は
17、000人(延べ17万人でしたから、全体の1割ですね)。

1973年までに大気中に放出されたプルトニウムの総量は
約4.2トンという数字を私は(ある雑誌で読んで)知っていたのですが、
これの出典にも出会いました。
”Handook on the Toxicity of Inorganic Compounds”
1988年の本だそうです。
(Chernobyl では、2.5 - 5 kg と推定されているそうです)。

これらは、もし人体にそのまま入って内部被曝を起こしたとすると、
恐ろしい量です。(ということは、逆に、あまり入らない、ということ
でもあります)。

実際にそういう記述もあります。
(逆に、fall out の直撃?は避けねば、という感じです)。

他方で、ウランについては、chemicalに毒である、という記述もあります。
(わけがわかりません、どうなっているんだか)。

Uranium is a highly toxic element on an acute basis. The permission
levels for soluble compounds are based on chemical toxicity, while
the permissible body level for insoluble compounds is based on
radiotoxicity. High chemical toxicity of uranium and its salts is
largely shown in kidney damage which may not be reversible.

そして、さらに戻って、プルトニウムは、人体では骨に65%、
肝臓leverに23%、というふうに、分布するそうです。
(ですから、プルトニウム「もまた」、chemicalに毒である、という
成分もある、というふうに、私には、読めます)。



=======================

MUさん:

> というのは、半減期が非常に違うウランも、毒だと書いてあるのです。
> (chemicalには同族ですから、chemicalな毒の可能性もありますね)。
>

本当のことは知りませんが、インチキ科学的理解では、
s,p,d,f,g と電子の殻が上がってくると原子の中心から遠く外れた所を
電子が回っているので、電子がウロツキ回っている感じですね.

また,ウランなどの多くの酸化数をとる元素は電子の伝達(受容供給)の
能力がよくて、電子の移動を伴う化学反応の触媒になると考えられるのでは?
d殻で、既に遷移金属という対称性や軌道エネルギーなどの点で独特の
化学触媒作用をいろいろ持つ面白い原子に御目にかかるわけですから
fとかgとかhだとなおさらいろいろあるでしょう。

# 怪しい説明でしょう。

ツリウムだったか、セリウムとかも猛毒じゃなかったですか?
アガサクリスティーの青い馬だったかな?



=======================

Iさん:

> s,p,d,f,g と電子の殻が上がってくると原子の中心から遠く外れた所を
> 電子が回っているので、電子がウロツキ回っている感じですね.

これはマッチベターには1s, 2s,...ですね。

> また,ウランなどの多くの酸化数をとる元素は電子の伝達(受容供給)の
> 能力がよくて、電子の移動を伴う化学反応の触媒になると考えられるのでは?

Acは基本的にこういう意味で化学的に反応性が高く、
人体には限られないけど吸着されやすい。
しかも、重金属なので、排泄されにくい...
#ビタミン類のように、うまく金属がカプセル化されるのなら
#危険度は比較的低いんでしょうけど。

> d殻で、既に遷移金属という対称性や軌道エネルギーなどの点で独特の
> 化学触媒作用をいろいろ持つ面白い原子に御目にかかるわけですから

3dが埋まる前に4s,4p,5sなんてところに電子がいたりするのがいけないんでしょう。
#ごめんなさい。周期律表覚えてないんです。

> fとかgとかhだとなおさらいろいろあるでしょう。

f電子が化学反応にかかわるというのは、あまり知りませんが...
#g,hならなおのこと。
#4fは原子の内側に局在して磁性を担い、
#5fになると局在しきれなくなって伝導帯に一部滲みだす。
##と、記憶している。

えっと、どなたか、まともな説明のできる方よろしく(^^


=======================


毒云々の話とは直接関係ありませんが、科学者の見地から
元素自身の特性を調べたい場合は、

   http://www.shef.ac.uk/‾chem/web-elements/

がお手頃です。勿論、書物等でこの類は数多く出版されて
いると思いますけど。



=======================



水野です。

>>毒云々の話とは直接関係ありませんが、科学者の見地から
>>元素自身の特性を調べたい場合は、
>>   http://www.shef.ac.uk/‾chem/web-elements/

これは、以前から知ってはいましたが、随分と調べやすくなっていますね。
ご紹介、ありがとうございました。

なお、ブルーバックスにも、plutonium に関する本が出ていることが
わかりましたが、それをざっと眺めた限りでも、どうも、化学的な毒
である、というのは、根拠がないようでした。

上の、WEBでも、

Hazards and Risks

Plutonium does not occur to any significant extent
in the biosphere and so normally should not present a risk.
However, it is now found in small quantities in some areas within
the biosphere as a result of fallout from atomic bombs and from
radiation leaks from nuclear facilities. It constitutes an extreme
radiation hazard when even small quantities are assembled in one
place. Because of the high rate of emission of a particles and the
element specifically being absorbed by bone marrow, plutonium is
an extreme radiological poison which must be handled only be
properly trained expert personnel using very special equipment
and precautions. Such personnel and equipment exist in very few
locations around the world. Permitted levels of exposure to
plutonium are the lowest of any element.

というように、radiation hazard とか、radiological poison という
言葉が使われています。
これは、CHEMICAL な poison ではないですね(おそらく)。
なお、上で、emission of a particles というのは、アルファ崩壊
のことです(例の、中途半端な半減期2万年、という)。

ただ、時代は、危険であることがわからなければ安全である、
という判断から、安全であることがわからなければ危険である、
という判断に移りつつあるそうですから、まだ、判断は、早計
でしょう。




[ Back to Welcome-page ] 
Comments to: ymizuno@yo.rim.or.jp