雲っこ仙人


ふるーい話に、高いたかい山があった。
あんまり高いもんで、いつも、山の中ほどに、おおきな雲がとりついとった。
そんな、山のふもとに、小っこい村があった。


村のもんは、よう働きよったが、いっこうに富むことなく、貧しかった。
朝の早ようから、夜のふけるまで、よう働いて米づくりしょっても、食べるの が精いっぱいじゃった。
すこしでも楽したかったら、人手がいる。人手が増えれば食いぶちも増える− −の、いたちごっこ。
それでも、貧しいながら、明るく、楽しく暮らしとった。
そんな村に、なにをさせても、動作がにぶく、歩くのも、ノソ、ノソしとるも んで、村のもんから、”ノソ”と、あだなされとる男がおった。
けどもその男、なんせ、お人よしなもんで、人からたのみごとされると、いや 」よう言わん
じゃもんで
「おれんとこの田、手伝え」
「屋根ふきに、来てくれ」とか、
「荷、運んでくれ」
と、何でもかでも使うもんで、かんじんの、自分の田作りが、おろそかになっ て、村一番の貧乏もんやった。
そやのに、なーんの文句もいわんと、よう、村のもんの手助けしちょった。

ある日のことノソがあぜ道を歩いているとき、急に黒い雲が広がり、雨が降り 出した。
あんまり大粒の雨なもんで、雨やみを待つ場所を、探しとったら、うしろでボ スーンと大きな音がして、「わーん」と、子どもの泣き声がした。

みると、ちっこい子どもが、尻もちついて泣いとる。
いったい、どうした」
「おっこちた、おっこちた」
と、言う。
「どっから、おっこちたのか」
「上じゃ、上じゃ、雲の上からじゃ」
「ひえー、そいじゃ、おめえ、雲っ子か」
「そうじゃ、おいら、雲っ子じゃ」
「こりゃ、たまげたぞ、話に聞くが、眼ん前に現れるとは、思わんかったわ」
雲っ子は、ノソに命令するように
「つれて行け、おいらを、雲までつれて行け」
といった。
「つれて行けって、空の上の、雲のことか。
そりゃ困ったわ、いくらなんでも、聞けんわ」
「はよつれて行け! おいらを、雲までつれて行け」
そう言って、大きな声で泣き出した。

ノソは、腕組みして考えた。
「そうじゃ、あの山があったわ。いつも雲が中ほどに取りついとった、あの高 い山なら、くもの上にいかれるわ」
ノソは、雲っ子を背負うと、ドンドン、山の方へ歩き出した。

山があんまり高いもんで、汗かきかき、なん日も登りつづけた。

ようよう、山に取りついた雲の下までたどり着いたが、あんまり、雲が厚いも んで、先がなんにも見えん。
「こりゃ、困ったぞ先が真っ暗で、歩けんわ」
「心配いらん、おいらが知ってるで、言うとおり進めや」
「ほい、おお助かりじゃ

ノソは、目かくしされたような雲ん中を上っていった。
一汗も、ふた汗かいてから、ようよう頭の方が明るくなってきた。
やっと、二人が雲の上に出ることができた。
山の頂きは、まだまだ先じゃった。でも、空は、なんのさえ切るものもなく、 青く青く広がっていた。
「こりゃ、たまげた景色だわ」
すっかり感心していると、雲っ子は、背からするりと降りて、ひょいと雲に乗 っかった。

「さて、そいじゃおいらも帰るとするか。だども、困ったぞ」
「ノソは、なにが困ったか]
「雲が厚いで、さっぱり帰りの道分がからんわ」
「心配するな、おいらが降らす雨を追っていけ」
「ほい、そりゃおお助かりじゃ」
ノソは、何日も雨に連れられ、山を下っていった。

ようやく村に着いて、家ん中入ろうとしたら、うしろでぼすーんと大きな音が した。
見ると、雲っ子が尻もちついて泣いている。
「あれま、どうしたんか?」
「おっこちた、おっこちた」
「なんで、また落ちたか」
「お前さんに、さよなら言おうと思おて、身出しすぎておっこちた。
はよつれて行け、雲の上まで連れて行け」
ノソは、頼まれてしもうたもんで、また、雲っ子背負って山、登っていきよっ た。
雲の上につくと
「もう、さよならせんでええからな。だども、困ったぞ。また、帰る道分から んわ」
「おいらが雨についてゆけ」
「ほい、そりや大助かりじゃ」
ノソは、雨の中を、何日も歩いて山を下った。
やっと、わが屋にたどり着き、入ろうとすると、うしろでボスーンと音がして 「わーん」と雲っ子のの泣き声がした。
「ほい、またか、こんどはどうして落っこちた」
「お前さんが家ん中はいるの見たくて落っこちた」
「もう見んでいいからな」
ノソは、また、雲っ子背負って山、登って行きよった。
雲の上に着いたが、また、帰り道分からなんだ。
そんで、また、雲っ子の雨に連れられ村に帰ったが、また、雲っ子が落ちてき ょった。
そんなこと、何十ぺんもしているあいだ、村のもん、ノソに手伝いしてもらえ んもんやから、
「自分の田あるで、もう捨て置おけ、すておけ」
と、言う。
その通りで、ノソの田、荒れて草がいっぱいじゃった。
村のもん、あれほどノソに手助けしてもらっていても、知らんぷり。
ノソも、自分の田のこと、心配じゃったが、雲っ子の事も心配じゃから、あい 変わらず雲っ子背負っては、山登って行きよった。
あんまり、なんべんも登ったり降りたりしたもんで、雲っ子背負って、雲の上 に着いたとき、
「もう、道案内いらんぞ、すっかり道おぼえたで、目隠しされても、心配ない わ」
「そうか、そいじゃ、もう、おいらとお別れじゃ・・・・
そうじゃ、いいこと、教えてやろう。この、雲の上のもの、みんなお前にやろ う。好きなものもってかえれ」
そう言うと、雲っ子は、ノソの足もとにに広がる、雲の中に消えてしもおた。

「せっかくじゃから、足もとの石っころでも、しるしにもらっていくか」
お人好しのノソは、変わった色した小っこい石一つふところに入れて、村に帰 りよった。
村のもん、ノソから石見せてもらい、びっくりしょった。
「金じゃ、金じゃ、金の塊じゃ」
石っころみて、村は大騒ぎになりよった。

「さあ、どこにあるのか、教えろ」
とか
「おれにも、わけろ」
とか
「さ、今からそこえ連れて行け」
言うて、あんまり責めるもんで、とうとう、そのもんと、一緒に山へ登ってい きよった。
なん日も、なんにちも、汗かきかき登っていきよった。
やっと、山に取りついた、ぶ厚い雲を抜け出よった。
そこで、ノソは驚いた。
一緒に登ってきた村のもん一人も見当たらん。
「おおーい、おおーい」
いくら呼んでも返事が無い。
急いで村に戻ったが、見つからなんだ。
するろ、ほかのもんが
「ひもでむすべば、はぐれまい。さあ、金のあり場へ、連れて行け」
言うもんで、腰と腰、ひもで結んで山を登っていきよった。
何日もかかって、やっと、山の上についたが、ひもで結んでいた村のもん、ひ もから外れて、いんようになってしもとった。
「おおーい、おおーい」呼びながら村へ帰ったが、見つからなんだ。
「そうじゃ、背負えば、はぐれまい。おいらを背負って連れて行け」
そう言うもんで、重たい村のもん背負ってノソは、また、山登りよった。
雲の上、ついてヒョイと、背中見ると村のもん、いつのまにか、木の株に変わ ってしもとった。

「ひえー、これじゃ、村のもんみんな消えてしまうわ。田もあれたとるし、山 には、いっぱい食べもんあるし、登ったついでに、この山に住まわしてもらうか 」
とうとう、ノソは、雲の上のやまに住むようになりよった。
でも、村のこと忘れんで、そっと、村に帰っては、金の塊置いてきょった。
村は、だんだん富み栄えるようになった。
いつか、村のもん、ノソのこと、”雲っ子仙人”と、言うようになった。