堀内 京子


<小国町>

☆先進地視察におけるテーマ

・小国町の一つ一つの成功は、やはり意識の違いということを知らされ考えさせられた。ただみんなで話して意見を出して終わるだけでなく、それを実際に実行できるまでの過程をとれるということに感動です。地域の一人一人にその意識を持たせ、「ここに住みたい」と思わせるようにしていくには、どのようにしたらよいか?
 まちの自治体と考える人たちとまちの人たちのつながりを、小国へ行って考えてみたい。

☆テーマに対する答え

 すべての答えが町民プランニングシステムから、このまちが、今あるのだと思います。町の住民単位というのではなく、昔の村、大字単位に自分たちがしてもらいたいことを計画させ、それに順番をつけて実行しています。誰でもいったものに対して責任が生じます。特にみんなのお金を、自分たちのしたいこと、欲しいものに利用するのですから。だからその施設を利用していけるようなプラン、環境的なプラン、また、こだわったもの、地域に根付いてものが町に表れていました。
 一万人のまちですから、出来たことかもしれませんが、小国の人も五條の今を話すと、うちの6〜7年前だと言っています。そして、4〜5年前から、なぜか分かりませんが、急にうまくいきだしたとおっしゃってました。

☆視察を終わっての感想その他

 視察の日、また一つの美術館が誕生した日でした。私たちが訪れたときはもうオープニングイベントが終わっていました。稲穂で造った迷路や、子供(町内の)たちのスケッチ展など地元の人がこの美術館の誕生をサポートしていました。そしてその後かたづけが、五條だったら市職員とかJCの人とか若い人が多いのに、ここは老人たちから若い人までみんなでニコニコして行っていました。この美術館も、古い農家を買って2億円で立てたとか。近くの立派な神社や木々たちも、これから色んな人に見てもらえることでしょう。みんなカリカリせず、ゆったりと楽しそうにしていました。きっと自分たちで言い出して出来た美術館だからでしょう。

<山鹿市>

☆先進地視察におけるテーマ

・八千代座を囲む古い街並みの雰囲気はどんなものか?
・八千代座の賑わいはどんなものか?常に平均して客が入るのか?八千代座自体に集客力はあるのか?
・桜湯がプラザファイブになったように、古いものを取り壊し、目先の新しいものに変えることで、そのまちの象徴とも言えるものが失われてしまうことは、住民としても不本意だと思う。しかし、古いものばかりではまちの活性化にはつながらないこともあるだろう。そのギャップをうまくいかした世話人の人たちの苦労話を、同じまちづくり・人づくりを考える者として、ぜひ聞いてみたい。

☆テーマに対する答え

 八千代座は新町より少し広い幅の脇の小道の中程にあります。街道が新しい国道のため、その華やかさを失い、無人の家やいかにも不似合いな家が混じる中、八千代座だけが威風堂々たる威厳を放っています。古い者が残っているというのは、そのものの持っている魅力が、時代を超えて続いているということです。だから今、八千代座そのものが人を集め、そこで演じる人を高め、良い形で今そこに在りました。逆にプラザファイブは不幸にも都市の再開発という名の下に古いものを捨てざるを得ない状態の場所として、立派に生きていました。テナントビルの中に温泉・プール・市民会館、そして住宅までもが入った。このプラザファイブが出来てから20年という流れの中、「これから」という大きな問題の岐路にあります。八千代座と同様、まちのランドマークであるが故に、問題も大きそうです。

☆視察を終わっての感想その他

 先人が残した八千代座とプラザファイブ。問題なども大きいですが、まちの中のものとして見たとき、これほどまでに立派なもの、巨大なプランを実行した山鹿市の先人たちに尊敬を抱きます。今、八千代座を通して人が育っています。また八千代座を見に来る人も多いみたいです。ごじょうにも後の人がありがたがるような、五條のランドマーク的な、今の五條人も使える何かが出来ればいいなって思いました。