「おれさあ、ここんとこちょっとおかしいんだよ」
 ぼくの友人で、お寺の息子の村尾が、相談にのってくれ、とやって来た。
「おれ前からキリスト教のこと毛嫌いしてただろ。それが、このごろ変わったんだよ」
「変わったって云うと?」
「こう、なんて云うかな、尼さん見るとさ、おれダメなんだよ」
「ダメって」
「だからさ、あの、その…ダメなんだよ、どうしたら良いだろう」
「うーん」ぼくは考え込でしまった。キリスト教を毛嫌いしていた筈のお守の息子が、修道尼を見ると欲情するなんて、一体どうしたことなんだ?

 三日後には、十字架を見るともうダメだ、と云ってきた。顔面蒼白である。街を歩いていても、クロスのペンダントをしている女の子を見ると、あっ、と叫んで目をそむける。それでいてちらりちらりと流し目を送り、よだれをたらしてニヤリと笑うのだ。ところが。その異常な事態を、相手の女の子はうっとりとした目付きで眺めている。横で見ているぼくは気分が悪くなって逃げだした。

 そのころ天国では、神様が腕を組んで考え込んでいた。
「うーん、仏さまがあんなに良いとはなあー」



ルシフェル1号掲載 昭和51年6月11日発行







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