10戦士激突!主役争奪バトル(後編)

 

第三戦 美奈子VSほたる

 

「第三戦はアイドル対決」衛が紙を読み上げる。

「アイドル対決?」うさぎが素っ頓狂な声を上げる。

「やっぱりヒロインとなるとアイドル性も大切と言うことね。」レイが納得したようにうなづく。

「アイドルだったら、私に任せて」美奈子がすぐに飛び出す。レイが声をかけようとしたがその時には早くも美奈子はステージにしゃしゃり出ていた。

「私が行こうと思ってたのに・・」

「えっ、レイちゃん、何か言った?」

「い、いやーね。何も言ってないわよ、亜美ちゃん」レイが密かに舌打ちをする。そこにはかなり悔しげな表情が浮かんだのだが、だれもそれには気づかなかった。

 

「アイドル対決ね・・・」はるかが呟く。

「誰が出たら良いかしら、はるかと私はもう出たし・・」みちるが小首をかしげる。

「そうだな・・」はるかが一同を見回す。ちびうさははるかの目をまともに見詰めていたし、ほたるは少しうつむいていた。せつなは何か少し考えているようだった。はるかはもう一度一同を見回す。その時せつなが立ち上がりかけるのが視界の端に見えた。とっさにはるかが声を出す。

「ほたるちゃん、行ってもらえるかな。」

「えっ、私ですか?」ほたるが驚いて辺りを見回す。「でも、私なんか・・」

「いいえ、あなたしかいないわ。あなたなら大丈夫よ。」みちるがほたるの顔を見ながら穏やかな声で言う。

「そうだよ。ほたるちゃん行きなよ。」ちびうさがほたるの肩をたたく。

「そうかな・・・」ほたるの表情が少し明るくなる。

「そうですよ。まさか私が出るわけにもいきませんし。」そう言うせつなの顔が若干引きつるのをはるかは見て取ったが、それには気がつかなかったふりをしてほたるに声をかける。

「というわけで、頼んだよほたるちゃん。」

「はい。」ほたるがうなづく。

 

 ステージ上に美奈子とほたるが並んだ。自信満々の美奈子に対して、ほたるはややうつむき気味である。

「それでは」衛がルールの説明を始める。「二人には二回に分けて争ってもらいます。前半は二人に自己紹介と特技を披露してもらいます。後半は水着審査になります。なお審査員はここ秋葉原の通行人の男性100人にお願いします。」

「うおーっ」客席がどよめく。既に100人の男達が客席に入っている。

「それでは二人ともまず前半戦の準備をしてください。」

 二人はいったん楽屋に戻る。

 

「美奈子ちゃん、大丈夫?」楽屋でうさぎが美奈子に声をかける。

「まかしといてよ。アイドルと言えばこの愛野美奈子におまかせよ。」美奈子は右手で髪をとかしながら、左手でVサインをする。

「美奈子ちゃん、たのんだよ。」まことも声をかける。

「美奈子ちゃんなら、こういうのも慣れているから大丈夫よ。」

「そうそう、亜美ちゃん。よくわかってるじゃない。」美奈子がかなり上機嫌な様子で答える。

「絶対、私の方が良いと思うんだけど・・」レイは誰にも聞えないように小声で呟く。

 

「それでは前半戦です。最初の方どうぞ」衛の司会に促されて、美奈子がステージに登場する。スポットライトが当たって、美奈子のドレスが輝く。美奈子は満面の笑顔を浮かべて客席に手を振る。

「おーっ」客席が湧く。美奈子はステージの真ん中に出てマイクの前に立つ。

「こんにちわ、愛野美奈子です。ちょっと緊張してますけど、みなさんに会えてうれしいです。」

「うおーっ」客席がさらに盛り上がる。

 

「やっぱり美奈子ちゃん慣れてるわね。」亜美が感心する。

「なかなかああは出来ないよな。」

「そうそう」まこととうさぎが顔を見合わせてうなづき合っている。

「そうかしら?・・・」ただ一人レイだけが少し離れた位置に座って、小声で呟いている。

 

 ステージの上では美奈子の歌が始まっていた。美奈子はもう完璧になりきってしまっていた。客席も盛り上がって声援も飛んでいる。軽やかなステップを刻んでいた美奈子の動きが止まって、最後のポーズをつける。演奏が終わってスポットライトが消える。

「よし、完璧だわ・・。」美奈子が心の中でほくそえむ。美奈子はかなりの感触を得ていた。客席の男どものハートはこれでがっちりわしづかみである。後は相手次第だがこの感触だとまず負けることはないと確信していた。

 

「では次の方。」

「は、はい。」

 ほたるがステージの中央にオズオズと現れた。

「勝ったわね・・」ほたるの姿を見た美奈子は勝利を確信する。ほたるはかなり緊張しているのがはっきり現れている。表情は暗いし、よく見ると小さく震えているようで、声も上ずっている。しかも対策のようなものは何も考えていないのは、いきなり学校の制服のまま出てきたことからだけでも明らかだった。

「あ、あの・・・土萌ほたるです・・」場内が静まり返る。「あ、あの・・これから詩の朗読をします。」

 これを聞いた途端、美奈子はこれで完全に勝ったも同然だと感じた。今時、特技の披露で詩の朗読をするなんて、根暗だと言わんばかりである。これではうけるわけもない。しかもほたるの声はかなり震えていて自信なげてある。その時

「ゴホッゴホッゴホッ」突然ほたるが咳き込んだ。胸を押さえて前かがみになる。「・・ごめんなさい・・」やっと落ち着いたほたるは小さく頭を下げて、さらに朗読を続ける。

「そう言えば、彼女は病弱だったわね・・。」美奈子が思い出す。不健康というのはこれもアイドルとしてはかなり減点である。美奈子は今まで何度か受けたオーディションの経験から、やはりアイドルは健全なお色気というのがポイントだと思っている。その点美奈子は健康では人には負けない。これで勝負は見えたと確信する。

 

「さあ二人の特技発表が終わりました。審査員のみなさん投票を願います。」衛が客席に向かって声をかける。美奈子とほたるはステージの中央に並んで立っていた。その二人の後ろに電光掲示板が用意されカウントが入っていく。

「どうやら結果が出たようです。前半戦は70対30で」

 勝利を確信した美奈子が会場の喝采を浴びるために両手を挙げようとする。

「土萌ほたるさんです。」

 ほたるにスポットライトが当たる。

「えっ?」美奈子は両手を挙げかけた動作の途中で硬直する。私が負けた?・・事態が飲み込めない美奈子はそのまま呆然としている。

「それでは二人とも後半戦もよろしくお願いします。」衛の挨拶があり、いったん幕が下りる。

 

「美奈子ちゃん、美奈子ちゃん、美・奈・子・ちゃ・ん」

「えっ、あ、あ、うさぎちゃん」

「何、ボケーとしちゃってるの。これから後半戦だよ。」

「あ、あ、そうね。」うさぎに声をかけられてやっと我に帰った美奈子がとぼとぼ歩き出す。どうやら美奈子は数分の間、ステージ上でフリーズしたままだったようである。完全に勝利を確信していた美奈子は、まだ一体何が起こったのか理解できていない。

「だけど、おっかしーな。どう考えても美奈子ちゃんの方が勝ってたと思ったのにな。」まことが首をかしげる。

「そ、そ、そ、そう思うでしょ!!」自分が感じていた疑問とそのまま同じことを言われた美奈子が突然勢い込む。

「そうね。確かにあの勝負はどう見ても美奈子ちゃんがリードしてたわ。」レイもまことに同意する。

「そうね・・・」亜美が考え込む。「だとしたら、審査員の嗜好がかなり偏っているとしか・・。あっ!!」突然何かに気づいたのか亜美の声が大きくなる。

「確か審査員は秋葉原の通行人の男性100人と言ってたわよね!!」

「確かにそうだけど・・・あっ!!」レイも何かに気づいたのか大声を上げる。

「えっ、一体何のこと?」まだよく分からないまことが亜美にたずねる。

「だから、秋葉原っていうと、日本では大阪の日本橋に並んでいわゆるオタクと呼ばれる人達の多い地域だわ。」

「そうね、これに勝てるのと言えば、盆と年末の有明ぐらいね。ましてや、特に用もないのに秋葉原の街角をうろついている連中なんて、十中八九、オタクと見ていいわ。」レイが亜美の言葉を引き継ぐ。

「そうよ。レイちゃんの言う通り、今日の審査員はほとんどがいわゆるオタクと考えて間違いないわ。・・・そして制服の病弱美少女と言えば・・」

「そう、見事なまでにオタクのツボを押さえているわ。」レイがはっきりと言いきる。

「そんなあ!」うさぎが大声をあげる。

「そうねえ、だけど仕方ないわね。審査員が原宿か渋谷辺りで選ばれてたら良かったのにね。」

「レイちゃん、なんか少しうれしそうじゃない?・・・」

「まっ、まさか・・そんなことあるわけないじゃない。」うさぎのツッコミにレイは密かに冷や汗を流す。

 

「ふっふっふっふっ・・・そうね。そうなのね・・・。」突然美奈子があげた笑い声にみんなが一斉にふりむく。

「そうよね。私が負けたわけじゃなかったのね。そう、普通なら私が負けるわけないのよ。」美奈子の瞳が怪しい輝きを放つ。その表情に自信がよみがえってくる。

「とにかく!」美奈子が立ち上がる。握り締めた右こぶしを突き上げる。「オタクであろうが、何であろうが、ようは審査員のハートをゲットすればいいんでしょ。審査員はみんな男なんだから、次の水着審査で私がしっかりハートをゲットしてやるわ。」

「そうだよ、その意気だよ。」

「まかしといて、うさぎちゃん。私の健康的お色気には誰も勝てないわ。」きっぱりと宣言する美奈子。もはや完全に立ち直っていた。

 

「それでは第二部の審査を始めます。最初の方どうぞ。」

「おーっ!!」場内がどよめく。美奈子が入場してくる。美奈子はワンピース型の水着を着ている。オーソドックスなように見えるが、実はよく見れば結構大胆なハイレグである。しかし決して下品に見えないようには計算ずくである。美奈子は会場からの熱い視線を体中に感じる。

「審査員はみんな、私の虜ね。」美奈子は心の中でほくそえむ。「私のこのナイスボディで悩殺よ・・・まあ、胸に関してはまこちゃんには負けてるかもしれないけど・・。だけどほたるちゃんには楽勝ね。」

 美奈子がステージの中央でピタリとポーズを決める。場内が盛り上がる。「今度こそは勝ちよ」美奈子は今度こそは勝利を確信する。

 

「では、次の方どうぞ。」

 ほたるが入場する。

「おおおおお!!!!!」場内が異常に盛り上がる。まさに割れんばかりの歓声が上がる。席から立ち上がる者も数人いる。

「な、な、な、何が起こったの?」美奈子が慌ててほたるの方を振り返る、そしてほたるの姿を見た美奈子はそのまま絶句した。

 

「負けたわね・・・。」

「ええ、これは完全に負けね。」亜美とレイが力なくささやき合う。

「私にはよく分からないんだけど・・・」うさぎが首をひねる。

「うさぎちゃん、これはオタクに対しては最終兵器よ。」

「そう、亜美ちゃんの言う通り、これを出された以上、美奈子ちゃんの負けは確定ね。」 レイがポツリとこぼす。

 場内は既に異常な盛り上がりを示していた。そしてステージの中央には、スクール水着を着たほたるがぽつんと立っていた。

 

 審査の結果は亜美とレイの予想通り、95対5という大差でほたるが圧勝した。審査終了後、壁に向かって呆然としながら「負けた・・・私が負けた・・」と一人ただ繰り返している美奈子の姿が少々痛々しかった。

 

 

第四戦 レイ対せつな

 

「第四戦は霊感対決」第4戦の競技内容が衛から発表される。

「体力、知力、ルックスと来て、次は直感力ね。ここはこのレイちゃんしかいないわね。」レイが立ちあがるとステージに出て行く。

「レイちゃん、しっかり。」うさぎが声援を送る。

「霊感対決なら、相手が誰でもレイちゃんが有利だわ。」亜美がコンピュータを叩きながら、冷静に分析をする。

「・・・・・」美奈子はまださっきのショックから立ち直っていないのか、目が虚ろである。

「レイちゃん、ここでもう一度リードを取ってくれよ。」まことがレイに大声で声援する。

「このレイちゃんにかかれば軽いものよ。」レイがVサインを出す。

 

「セーラーマーズか・・追いついたは良いが強敵だな。」

「そうね。彼女に対抗するには・・・。」はるかとみちるが顔を見合わせる。

「ここは私にまかせてください。」せつなが立ち上がる。

「せつな、大丈夫なのか?」

「私は時空の門の番人、当然時間軸上の事件なら透視ぐらいはできます。」

「そうか。」せつなの説明にはるかが納得する。「じゃあ、この勝負は任せた。」

「わかりました。」

「せつなさん、がんばってね。」ちびうさがせつなの背中に声援を送る。

「はい。」せつなはちびうさの方を少し振り返ると、ステージに上がっていく。

 

 ステージの上ではレイとせつなが静かに向かい合った。二人はもう既に変身している。「まず第一戦は、この箱の中に入っているものを当ててもらいます。」衛がルールの説明をする。ステージ上にはアシスタントによって2つの箱が出される。

「それではまず、セーラーマーズからどうぞ。」

「臨、兵、闘、者・・・」レイが精神を集中する、レイの脳裏に一つのビジョンが浮かびあがってくる。レイがにやりと笑みを浮かべる。

「箱の中は、スイカですね。」レイが答える。箱が開けられる。

「正解、箱の中身はスイカでした。セーラーマーズ1ポイント」

 

「やったー。さすがレイちゃん。」うさぎが飛び上がる。レイは余裕の笑みをもらす。

 

「では次はセーラープルート。」

 せつなが精神を集中する。せつなの頭の中で時間が逆回しになる。そして箱のふたを開けるシーンが浮かぶ、箱の中から風鈴が出てくる。

「箱の中は風鈴です。」

「正解、セーラープルート1ポイント。」

 

「せつなさん、すごい。」ちびうさが大喜びする。

 

「それではこのカードには何が描かれているか。」

「赤い星。」

「この中にあるボールの数は。」

「21個。」

「さいころが入っているコップは。」

「3番。」

 両者とも次々と正解を重ねていく。ポイントには全く差が出ない。

 

「うーん、用意していた問題がもうありませんね。」衛が考える。「これは両者引き分けということで・・・。」

「ちょっと待って!」レイが衛の言葉を遮る。「ここまでやった以上、決着はつけたいわ。」

「そうです、それは私も同じです。」せつなも同意する。レイとせつなが顔を見合わせてうなづく。

「しかし、もう問題は・・・。」

「それなら、」レイが精神を集中する。「衛さん、あなた昨日、ゼミで遅くなるからとうさぎを誤魔化して、実は後輩の女の子達と飲みに行ってたわね。」

「えっ!」衛の顔が引き攣る。

「そういうことなら、」今度はせつなが精神を集中する。「衛さん、あなたが先週の週末、うさぎさんとのデートの約束を忘れたのを、急にバイトが入ったからといって誤魔化しましたね。」

「いっ!」衛の顔が青ざめる。」

 

「ま・・も・・ちゃ・・ん・・!!!」うさぎの目が血走る。

「いや、いゃ、ち、ち、違う、うさこ、誤解だ。」衛が慌てて否定する。「駄目!駄目!駄目! 俺のことを透視するのは駄目! それは禁止!」

 

「なら、」レイがかすかな笑いを浮かべる。「せつなさん、あなたはここ一週間、便秘で苦しんでいて、毎日牛乳飲んでるわね。」

「おおっ、そうだったのか。」場内がどよめく。

「うっ、」せつなの顔に青筋が浮かぶ。「そういうあなたは・・・。セーラーマーズ、あなたは先週、古くなったケーキにあたって3日間下痢で苦しみましたね。」

「あっ、それで先週、レイちゃんはプールに誘った時に断ったのか。」うさぎが声を上げる。

「ひっ」レイの顔が赤くなる。「そっちがそう来るなら・・・。せつなさん、あなた、ちびうさちゃんが大事にしていたブローチを壊しちゃって、猫のせいに見せかけたわね。」「ひっどーい、あれせつなさんだったの?!」ちびうさが怒る。

「それなら・・セーラーマーズ、あなたはうさぎさんが遊びに来た時に、間違って古いお菓子を出したのに、そのことを黙って誤魔化しましたね。」

「なんてことするのよ!レイちゃん!」今度はうさぎが怒る。

「いいじゃないの! 結局あなたはお腹も壊さなかったんだから! それなら・・せつなさん、あなた、ほたるちゃんの写真を勝手に使って、自分の名前で少年雑誌で文通相手を募集したわね。」

「セーラーマーズ、あなたはうさぎさんから借りた写真集を汚しちゃって、それを美奈子さんのせいにしましたね。」

「せつなさん、あなた、研究費稼ぎのためにはるかさんとみちるさんをモデルにしたポルノ小説を書いて、こっそり出版社に売ったわね。」

「セーラーマーズ、あなたこそ、小遣い稼ぎに18禁のまこ×亜美本を作ってコミケで売りましたね。」

「せつなさん、あなたは・・・・」

 気がつけば、レイとせつなの二人は、お互いの悪事の暴き合いになってしまっていた。白熱した二人の口からは数々の悪事が暴露されていった。

 

「さすがね、せつなさん。」

「あなたもね、セーラーマーズ」二人とも肩で大きく息をしていた。

「それなら、次は・・・うっ!」レイの動きが止まる。

「これは・・・」せつなの表情も引き締まった。

「この邪悪な妖気は・・・・」レイの顔に冷や汗が流れる。レイは危険を感じていた。回りから包み込むような強烈な妖気を感じた。そしてその妖気は強烈な殺気を帯びていた。レイは思わずせつなの顔を見つめる。するとせつなも同様の気配を感じたらしく、レイの顔を見つめ返す。

「ここは・・・・。」レイが口篭もる。せつなもかすかに肯く。

「逃げるが勝ち!」レイとせつなはそう叫ぶと同時に、ステージから飛び降りると一気に場外めがけて走り出した。

「逃げるな、この野郎!」逃げ出す二人の背中にめがけて、ステージの椅子やら小道具やらありとあらゆるものが投げつけられたのは言うまでもない。

 

 

第五戦 うさぎ対ちびうさ

 

「ちびうさ、勝負ね。」

「うさぎなんかに負けないわよ。」

 うさぎとちびうさの視線がぶつかり火花を散らす。現在のところカウントは1対1。勝敗の行方は二人の対決の結果に委ねられることとなった。

 

「どうやら最終戦は両チームのキャプテン対決になったようです。」衛が高らかに宣言する。「では、最終戦の種目は・・・。」

「地場君、ちょっと。」いきなりここで生原監督が衛に声をかける。試合開始宣言の腰を折られた形の衛は、一瞬いぶかしげな表情を浮かべたが、すぐに生原監督のところに走っていく。生原監督が衛の耳元で何かささやいて、衛が肯いている。

 二人の打ち合わせが30秒ほど続いてから、衛がステージに向き直る。

「それでは最終戦の種目は生原監督から直接発表していただきます。」

 生原監督が立ち上がり、全員の方を見渡す。

「はい、えーっと、本日は映画のヒロインにふさわしい人物を決定するという趣旨の元、私がヒロインにとって必要と考える条件に従ってオーディションをいたしました。」

 ここで生原監督が軽く咳払いすると、うさぎとちびうさの方をちらりと見る。

「今まで、体力、知力、直感力などヒロインに必要だと思われる資質を見る対決をしていただきましたが、最終戦はどうやらはからずしも、両チームのキャプテン対決になったようです。」

 生原監督はここで再び少し間をとる。

「当然のことながら、リーダーたるものは優れた統率力、冷静な判断力等の秀でた能力が要求されます。」

 全員の視線が生原監督に集中する。

「よって、私は当初の予定を変更しまして、この最終戦は特別競技を行います。」

 ここで全員の顔に緊張の表情が浮かぶ。全員生原監督の一言も聞き逃すまいとの真剣な目付きになる。

「では、最終戦の競技は・・・。」

 緊張感が盛り上がる。誰かが唾を飲みこんだ音がする。

「3分間でここのジュースの空缶を高く積み上げたほうが勝ちとします。」

 

ドンガラガラガラガッシャーン!!!! うさぎとちびうさと監督の3人をのぞくその場の全員が一斉に顔面から床にダイブする。

 

「な、な、なんなのよ! 空缶積みとリーダーの資質に何の関係があるのよ!」美奈子が鼻をさすりながら起き上がる。

「確かに・・」まことも起き上がってからだの土を払う。「なんだか、うさぎちゃんとちびうさちゃんのレベルに合わせて競技を変えたって気も・・・・。」

「さすが生原監督・・・人物を見極める目が確かだわ・・・。」

「亜美ちゃん、それシャレになってないよ・・・。」

 まことにつっこまれた亜美が思わず赤い顔になる。

 

「ちびうさ、映画に出るのは私よ。」

「絶対うさぎなんかに負けないよ。」

 場内総コケ状態の中でうさぎとちびうさだけは真剣な表情でにらみ合っていた。その二人の前にアシスタントによって手早く数十個の空缶が並べられた。

「そ、それでは最終戦です。」衛がやっと起き上がって司会を開始した。どうやら彼は先ほど地面にダイブした時もマイクだけはしっかりかばっていたようである。

「最終戦、競技開始!」

 うさぎとちびうさが同時に空缶に飛び掛かる。

 

「なかなかこれが・・うまくいかないのよね・・。」うさぎが空缶と苦戦していた。不器用がたたって、どうしても4つほど積み上げたところで崩れてしまう。そして今何度目か失敗の後、やっと4つ目の缶を積み上げたところだった。「だけど身長のことを考えても、絶対この勝負私が有利よ。」

 5つ目の缶を取ろうとしたうさぎは中央に用意した空缶の山に手を伸ばす。その時ちびうさの姿が目に入る。

「えっ!」うさぎがそこで絶句する。ちびうさははしごを使って、既に器用にも8つの空缶を積み上げており、今9つめを積み上げようとしていたところであった。

「ちびうさ・・・」驚いたうさぎの空缶を握り締める手に力が入る。

「あっ!」無意識に力を入れすぎたせいでうさぎの手から空缶が飛び出す。

ガラガラガッシャーン! 飛んでいった空缶がちびうさが積み上げていた空缶の山を直撃し、それを完全に崩してしまう。

「何するのよ!!うさぎ!!!!」ちびうさがすごい表情でうさぎをにらみつける。

「いや、ご、ごめん。わざとじゃないのよ。」うさぎが言い訳をする。

「うさぎ、自分が不器用だからって、私の邪魔しないでよ!」

「だからわざとじゃないって言ってるでしょ!」それだけ言い捨てると、うさぎはさっさと自分の場所に逃げ帰ってしまった。その後ろ姿をちびうさが厳しい目つきでにらみつける。

「うさぎ、おぼえてなさいよ・・・」

 

「えーっと、もうちょっとこっちかな・・」うさぎは5個目の缶を積み上げるのに苦労していた。手元がグラグラしていて、今にもひっくり返しそうである。

「えい、思い切って。」

ガラガラガラガッシャーン! しかしうさぎの缶の山は、うさぎが5個目を積み上げるよりも先に、横から飛んできた缶によって崩された。

「えっ!!」驚いたうさぎがふり返ると、空缶をほり投げた姿勢のちびうさが目に入った。

「何するのよ! ちびうさ!」

「ごめん、わざとじゃないよ。」

「わざとじゃないって、あんた今こっちに向かって、缶をほり投げたでしょうが!」

「わざとじゃないって言ってるでしょ!」ちびうさはそう言い捨てると、ふり返って舌を出した。

「おのれ・・・」今度はちびうさの後ろ姿をうさぎがすごい形相でにらみつける。

 

「えーっと」ちびうさが4個目の缶を積み上げようして前に乗り出す。そして4個目の缶を乗せて、手を放そうとした時、

「あ、痛てっ!」いきなりちびうさの頭を缶が直撃して、ちびうさはそのまま空缶の山に突っ込む。

「痛たたたた。」空缶の山の中から顔を上げたちびうさの目にうさぎの姿が映る。

「あーら、ごめんあそばせ。わざとではなくってよ。」うさぎは立ちあがったままわざとらしい笑い声をあげると、さっさとちびうさに背を向けて自分の場所に帰っていくと、次の缶を積み上げようとする。

「うさぎ・・・・!!!」ちびうさが完全にぶち切れる。

 

「よいしょっと。」うさぎが次の缶を積み上げようとする。しかしそのうさぎの背中に突然ちびうさが飛び蹴りをする。

ドンガラガラガラガッシャーン!!! うさぎはそのまま空缶の山に顔面から突っ込む。

「あーら、わざとじゃないのよ。」ちびうさが意地の悪い笑顔を浮かべる。

「わざとじゃないって、あんた! 今飛び蹴りしたでしょうが!!!」空缶の山の中から起き上がったうさぎが怒りの声をあげる。その顔面にはしっかりと空缶の型がついている。

「わざとじゃないって、言ってるじゃないの!!」

「わざとじゃなくて、どうして飛び蹴りができるのよ!」

「そういううさぎの方こそ、さっきわざと空缶ぶつけたでしょう!」

「先に空缶投げたのはちびうさでしょ。」

「一番最初に投げて来たのはうさぎじゃない!」

「だからあれはわざとじゃないって!」

「ふん、どうだか。」

「何よ、私がわざとやったと言いたいの?」

「不器用なうさぎじゃ、私に勝ち目ないもんね。」

「どういう意味よ!」

「文句あるの!?」

 うさぎが手元の空缶を拾い上げるとちびうさに向かって放り投げる。その缶はまともにちびうさの頭を直撃する。ひっくり返ったちびうさは、起き上がると缶を二つ拾い上げてうさぎに投げ返す。その缶は見事に二つともうさぎの顔面を直撃する。こうしてステージ上はうさぎとちびうさの缶投げ合戦になってしまった。

 

「ちょっと待て、二人とも! 止めるんだ。」衛が二人の間に割って入ろうとする。しかし

「邪魔しないで!!!」衛の両側から同時に空缶が衛めがけて飛んでくる。衛はその空缶を見事に頭に食らう。

「もう二人とも勝手にしろ!」怒った衛は、マイクを投げ捨てるとさっさとステージを後にしてしまった。ステージ上ではまだうさぎとちびうさの缶投げ合戦が継続されていた。

 

「あーあ、結局こうなっちゃったよ。」まことが頭を押さえる。

「今まで私たち一体何をやってたのかな・・・。」美奈子が天井を見上げる。

「もう、私は映画なんてどうでもよくなってきたわ・・。」亜美が呟く。

 まことと美奈子の二人も軽く肯く。

 

「おいおい、これじゃ勝負はどうなるんだよ。」

「そうね、はるか。ところで私、いい加減馬鹿らしくなってきたんだけど・・。」

「同感だな。」はるかとみちるの二人は目で合図し合うとさっさとステージに背を向けて立ち去っていった。

「ちびうさちゃん・・」ほたるは一瞬心配そうな視線をステージの方に送ったが、そのままはるかとみちるを追いかけていった。

 

 この後、会場からは一人去り二人去りで、最終的にはうさぎとちびうさの二人だけになってしまった。そしてこの二人はステージの上で延々と取っ組み合いをしているのだった。

 

 

エピローグ

 

 結局オーディションの話はうやむやのまま終わってしまった。誰もいない会場で30分ほど取っ組み合いをしていたうさぎとちびうさの二人も、ヘトヘトになったところで、場内に誰も居なくなっていることに気づいてスゴスゴと帰ってきた。

 そして一週間が経過し、誰も映画のことはもう話題にしなくなった。また衛はあの後しばらくは不機嫌だったのだが、うさぎとちびうさの二人が平謝りして、なんとか機嫌も戻った。

 なお、あの後しばらく行方をくらましていたレイとせつなの二人も、3日後に二人揃って何もなかったかのような顔をして帰ってきた。ただあのことはすべて水に流してとはいかなかったようで、二人が全員から厳しく責められたのは言うまでもない。

 また2日前に、まことはより一層技に磨きをかけるといってある大学の空手部に同行して、山に修行に行ってしまった。しかしまことがその空手部の部長を見た時に、目を輝かせながら「先輩」と言っていたのを亜美も美奈子も知っていた。

 美奈子はあの一件以来「すべての人に愛される国民的アイドルを目指す」と宣言して、何やら研究に余念がないようだった。ちなみに亜美が書店で、美奈子がアニメージュを買っていく姿を見かけたという証言があることから、美奈子がどういったことを研究しているかはおおよその推測がついた。

 はるかとみちるは相変わらずふたり揃って車を乗り回しているようだし、亜美は勉強に忙しい毎日を送っていた。またせつなは大学の研究室に戻って研究に明け暮れ、ほたるは時々ちびうさのところに遊びに来ていた。

 こうして今までと変わりのない平和な日常が繰り返されるのだった。

 

 ちなみにあのオーディションの後、セーラームーンの映画化を断念した生原監督は、次の年の夏に、薔薇の花がクルクル回るチャンバラ映画を製作して大好評を博したとのことである。

 

 

 

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