少女革命ウッテーナ

 

「卵の殻を破らねば、雛鳥は生まれずに死んでしまう。」

冬芽・樹璃・幹・西園寺の生徒会メンバー4人が現れた。

「世界の果てからの手紙が届いた。」冬芽が告げる。

 

 

「学園祭?」着替えの途中のウテナが振り返る。

「ええ、そうですウテナ様。」アンシーが微笑む。

「しかし学園祭はいいけど、何なんだよその模擬店って?」

「今度私も模擬店を出してみることになったんですが。ウテナ様もどうですか?」

「いや、君が模擬店を出す分は別にどうでもいいけど。僕はパスするよ。そういうのは向いてないし。」

「そうですか。それならウテナ様はお客さんとして、楽しまれたらよろしいんではないですか。」

「ああ、そうさせてもらうよ。」ウテナが軽く伸びをする。

 

 

「しかし模擬店とは、また唐突だな。」

樹璃が怪訝そうな顔をする。

「だが、世界の果てからの手紙だ。何かの意味があるのだろう。」

冬芽が考え込む。

「必ずしもそうとは限らないかもな。」と西園寺。

「だけど、世界の果てからの指示である以上、僕たちは早速模擬店の準備を始めましょう。」幹が明るく言う。

冬芽が幹の方に向き直る。

「やはりこの際我々生徒会で何か一つの出し物にした方がいいだろうな。」

「そうですね。その方が効率的です。」

「俺は遠慮させてもらう。」西園寺が立ち上がる。

「しかし西園寺。世界の果てからの指示は絶対だぞ。」冬芽が西園寺に声をかける。

「だから、俺は俺のやり方でやらせてもらう。お前達とつるむつもりはない。」

西園寺はそのままみんなに背中を向けると立ち去ってしまう。

「まあ、副会長は何か考えがあるようですから、僕たちは僕たちで計画を進めましょう。」

幹が西園寺の去っていった後を、ちらとながめてから提案する。

「しかし、何がいい?できれば上品でスマートなものがよいが。」

「私は質素で実用的なものでよいが。」樹璃が口を挟む。

「それなら、僕に考えがあります。」

「なら、すべて幹に任せるとするか。」

「承知しました。」幹がカチリとストップウオッチを止める。表示が10:00:00になったのを見てにやりと微笑む。

 

 

「はあっ」

幹の右手が突き出される。幹の額から汗が飛び散る。

「ふっ」

樹璃の右腕が華麗に回転する。金属同士が接触する甲高い音が響く。

「幹、また腕を上げたな。」

「いえ、まだ有栖川先輩にはとてもかないません。」

二人は向かい合って汗を拭う。

 

「玉子の殻を破らねば…。」

「たこ焼きはつくれない…ってな、冬芽!もっとキリキリ玉子を割れ!」

バケツの中の粉を溶きながら西園寺が、玉子を持った冬芽に怒鳴る。

「しかし、これが本当に上品でスマートな企画なのか?」

冬芽が、樹璃と二人でたこ焼きを焼いている幹に文句を言う。

「だけど、模擬店と言えばたこ焼きは定番ですし、収益性もいいんです。」

幹が目の前の鉄板の上のたこ焼きを、手早く回転させる。千枚通しが鉄板に当たって、甲高い金属音が上がる。

「哀れなものだな。見てくれだけの派手さにとらわれるものは…。」

額の汗を拭いながら、樹璃がつぶやく。

「だけど有栖川先輩。そう言いながら、キャビア焼きやらフォアグラ焼きなんて変なものは作らないで下さい…。」

幹がジト目になる。樹璃は無表情で冷や汗を流す。

「ああ、副会長。あまり溶き過ぎるとドロドロになっちゃうから、もういいですよ。」

幹がカチリとストップウォッチを止める。9:59:99の表示を見て少し悔しそうな表情をする。

 

「やあ、ミッキー。かなり繁盛してるようだね。」

「天上先輩。」幹が顔を上げる。

「やあ、来てくれたんだね。どうだい1皿食べていかないか。」

「お前のようなオトコオンナに食わせるたこ焼はないぞ!」

冬芽からは流し目が、西園寺からはガンが、ウテナに対して同時に飛んでくる。

「さすがに生徒会による出店となると、女の子達のお客が多いね。」

ウテナが感心したようにあたりを見回す。

「冷やかしなら、さっさと帰れ!」西園寺が噛み付く。

「今日の副会長、またえらく機嫌が悪いね。」ウテナが幹に尋ねる。

「実は…。」幹が声をひそめる。「副会長は自分の出店許可が、学園祭実行委員会からおりなかったもんだから、機嫌が悪いんですよ。」

「へえー、一体何を出店するつもりだったの?」

「実は同人誌売るつもりだったみたいんです。」

「同人誌?!」ウテナが思わず素っ頓狂な大声を上げる。

「そうなんですよ…。…でしょ。 それも内容がアレだったらしくて、学園祭実行委員会の方から販売禁止処分受けちゃったらしいんです。」幹が更に声をひそめる。

「学園祭実行委員会の馬鹿どもには、俺の芸術は理解できないんだ!」西園寺が粉をかき混ぜながらぶつぶつ言う。「アンシー…、お前だけは俺の芸術を理解してくれた…。お前はいつも俺の作品を面白いと言って見てくれた…。」西園寺が半分いじけながら粉を溶いている。

「まったく何を考えているんだか…。どうだ1皿食べていかないか。」樹璃がたこ焼を10個ほどすくいあげて皿に盛ると、ウテナに差し出す。

「ありがとうございます。」ウテナがそれを受け取る。「だけどさっきから、こっちに向かっていちいち千枚通し突き出すのは、危ないから止めてもらえませんか。」

「すまん。ついフェンシング部の習性でな…。」樹璃がすっと目をそらす。

「ところで七実はいないんだね。」

一人で奈落の底に沈んでいく西園寺を横目でちらりと見てから、ウテナは幹に話題をふる。

「七実さんはなんかステージがあるらしくて、実は僕も伴奏を頼まれたんですけど、これがあるからお断りしたんですよ。」

「七実だったら、今ごろ野外ステージのはずだ。」玉子を手にして冬芽が歩いてくる。「なんか、日本の心に西洋のエッセンスを導入したステージにするとか言って、すごく張り切っていたが…。私はこの通り手を放せないんで、よかったら私の代わりに見てきてやってくれないかい。」

「ええ、どうせ暇だから後で寄っていきます。」ウテナがたこ焼を1つ口に放り込む。

 

 

「私こそ、この学園の女王よ!」七実がステージで叫ぶ。

「そうですわ。七実様こそこの学園の女王様。」七実の後ろで、親衛隊の3人がはもる。

「じゃあ、次の曲いくわよ。みんな、感謝して聴きなさい。次の曲は「ロック・オン・ザ・ブルーマウンテンズ!」

 

「何なんだ?」会場内のドヨーンとした雰囲気に、ウテナがつぶやく。座席こそほとんど埋まっているが、見渡したところ、ステージの方を見ているものはほとんどいない。それどころか後ろの方の席では完全に寝ているものさえいる。

 そこに七実の歌が聞こえてくる。その曲は、ロック調にアレンジした「青い山脈」というとんでもない代物だ。しかもバックで流れている男声コーラスが、その違和感に拍車をかける。

「こりゃたまらないな。」ウテナが思わず会場から出ようとした時、前の方の席でステージにかじりついている石蕗を見つける。

「やあ、石蕗君。」

「あっ、天上先輩。」

「もしかして、このステージはずっとこの調子なのかい?」ウテナが石蕗に近づいて尋ねる。

「ええ、七実さんの歌と自作の詩の朗読が2時間ほど…。」

「詩って、もしかして、七実のことだから…。」

「ええ、生徒会長のことを詩ったものが多いですね。<お兄様はすばらしい>とか<お兄様は素敵>とか。」石蕗が何事でもないかのようにさらりと答える。

「げっ」その光景を思い浮かべて、ウテナはゾッとする。

「ところで石蕗君…。」ウテナが石蕗の目を正面から見つめる。

「はい?」石蕗が怪訝そうな表情を浮かべる。

「君、本当にこのステージおもしろい?」

 七実の歌は次の曲に移っていた。今度はヘビメタ調の「与作」である。背後に控えた100人の津軽三味線がこれまたすさまじい。

「…、…、…、いや…、お、おもしろいですよ…。そうですよ、そうなんだ、そう、おもしろいんだ。僕はそう思わないといけないんだ!」

「ふーん。」ウテナが気の毒そうな目つきで石蕗を眺めてから口を開く。

「もう少し自分の気持ちに素直になった方がいいと思うけどな…。ところで。」

「なんですか?」

「まさかここのホールの観客みんな、君が動員かけたなんてことは…。」

「…」返事がない。

「君も苦労してるんだね…。」

 

 

「ウテナ様、どうでしたか? 学園祭は楽しめました?」寮への帰り道、アンシーがウテナに話し掛ける。

「まあね。七実の歌にはまいったけど…。ああ、生徒会のたこ焼屋、かなり繁盛していたようだったよ。」

「そうですか。それなら私も、生徒会で模擬店出すように、生徒会長に手紙でお願いした甲斐がありましたわ。」

「ふーん、そうなの。」

 

 

「いや、今日はさすがの私も疲れたな。」たこ焼屋の片づけが終わった冬芽がそのまま座り込む。

「ええ。でもおかげでかなり収益があがりました。」お金の勘定をしながら幹が答える。

「しかし、今日の模擬店に一体どういう意味があったんだ?」樹璃が千枚通しを右手でもてあそびながらつぶやく。

「おい、本当に世界の果てからの手紙に間違いがなかったんだろうな!」西園寺が立ち上がる。

「…」冬芽が沈黙する。

3人の視線が一斉に冬芽に集中する。

 

 

「ところで、アンシー。」ベッドに横たわりながらウテナが声をかけた。

「はい、何ですかウテナ様。」

「君の模擬店はどうだったの?」

「おかげで、大盛況でした。」

「そう、よかった。ところで何の模擬店を出したの?」

「カレー屋です。」

ウテナは思わずベッドから落ちそうになる。

「カ、カレーって…。」

「はあい。」

アンシーはにっこりと微笑んだ。

 

 翌日の鳳学園では、男子生徒が女生徒と入れ替わったり、先生が犬になってしまったりの怪奇現象で大混乱に陥った。この混乱が完全に収拾されるのには、実にその後3ヶ月を要することになるのである。

 

 

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