23期担任日記

人物はすべて実在しますのでアルファベットで表します。


1996/03/15(金)午前くもり、午後激しい雨の後シトシトと小雨


昨日第2回担任会議が開かれた。修学旅行については保留と、Aが言っていた。また、昨日転勤者の内示があり、Bが確実に出るらしい。この年度末の転勤者は数学:B、社会:C、国語:Dの3名。Bが転勤ということでIがその代打として新1年担任に入ることがほぼ確実な情勢となった。新担任決定の職会は3月25日に開かれる。この間の職会で新年度前期の職会議長に選ばれてしまったのでうっとうしいことの重なる職会になる。

ここで23期の担任団名簿の発表!
  国語:E、F
  社会:G
  数学:H、B
  理科:A(学年主任)
  家庭:J
  英語:K
8クラスで学年主任もこの期から担任を持つことになったので以上の8名だけ。8人は少なく感じる。修学旅行がなぜ保留になったのかというと、Kが***座を主張して紛糾、だろうと思う。Iも***座はイヤじゃ。生理的に好かん。
明日入試。朝の集合時の点呼誘導に当たっとる。その後第1限国語の監督、第3限社会、第6限ヒアリングの監督をやってから採点。その後来年の持ち時間の教科会議。うっとうしく長く疲れる1日になることでしょう。
結婚してこのかた日記というものを書いていなかったのだが、2巡目の担任になりそうなのでうっとうしいことを中心に記録を残していこうと思う。不定期な書き込みになると思うが3年間続けていきたいものだ。


1996/03/18(月)くもりのち初春の日差し


16日は採点が終わったのが6時頃、その後教科会議になったのだがまだ不確定要素(Bのかわりの1年担任が誰になるか)があるので持ち時間数は25日の職会後に決めることになった。やはり案を考えてきたのはIとLとMだけ。しかしMの案は以前の教科会議の申し合わせ(1年βは2×8で組むのではなく1クラス2展開するので2×16で組む)を無視してあったためボツ。まともな案はI、Lだけ。Lの案は副担で4科目の人が出るのでダメ。Iの案は3科目に抑えてあるのだが3年理系の数Vを展開するということを聞いていなかったのでダメ。今日合格判定会議の後、案を作り直したのだがM、Lが4科目になる。そのかわり時間数は15時間に抑えた。とにかく、25日の職会後の教科会で決定。
合格判定会議では20段階の*(伏せ字)がボーダーとなり「学検*(伏せ字)、総評*(伏せ字)」が1人落ちた。*(伏せ字)で落ちる学校に勤めているとは知りませんでした。すごいですねえ。
いろんな仕事を終えて学校を2:00頃出たのだが新2、3年はクラス分けをしていた。新1年は学年会、修学旅行について不毛な議論をしていたのだろう。
ところで、Bのかわりに新1年に入るとして現在Bは分掌は保健!Aに聞いたところでは「新しく入る人はそのまま自動的に保健をやってもらわないかん。」とのこと。保健ですかあ・・。教務か生指がいいんですけどねえ。とはいえ今年1年生指をやって思ったのは「生指という立場ではなんか動きにくいなあ」というもの。生指以外の分掌にいながら生指みたいなことをする、というところでボクの持ち味が出るのではないだろうか。とはいえ保健とはねえ。ベストは教務なのですがね。現在教務はJらしい。やりたいなあ・・・。
明日は学校に行かない予定。次学校へ行くのは21日、合格者登校日。


1996/03/19(火)晴れ時々くもり


今日は学校へ行かずいろんなところへ行って来た。
ここで23期担任団のうっとうしさをまとめておく。


1996/03/21(木)小春日和の一日


調整募集があり、不合格者の答案を調整募集校に回付するため点検に学校へ行った。ところが、いっこうに召集の放送も連絡もない。教頭に聞くと「すでに済んでいる。」とのこと「ちゃんと連絡してくださいね。」とひとこと言っておく。
今日、新1年は物品購入、その場で芸術選択をカードに記入させて午後クラス分け。ちゃんとミスなくできたのだろうか?


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