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たかしのこと
ちょっとだけ自己紹介のようなことを・・・。
府立高校のホームページへのリンク集
たかしが見つけた府立高校の各ホームページへのリンク集です。
最近のできごと
「日記」です。大阪府立高校教員として、父として、夫として、1人の中年のおっさんとして、たかしの毎日の独り言です。毎日更新することを心がけていますが、いろいろありますのでその辺はご理解ください。
用語解説
久しく更新していませんが、またそのうちに。
過去に書き殴ったもの、現在書き殴りつつあるもの
過去に書き殴ったペーパー、そして現在書き殴りつつあるペーパーをお読みいただけます。
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数カ月前、自転車仲間の目撃談。
サイレンを鳴らした消防車が交差点に入ってくる。それに構わず突進する、1台のワゴン車。
衝突。
ワゴン車から下りてきて、ギャーギャー文句をたれる「いかにもな」容姿の兄ちゃん。
翌朝の新聞に小さな記事。消防車が向かっていた家屋は全焼、と。
復活当選して、いきなり小泉首相に「爪を研いでおきます」と挑戦状を叩きつけた辻元清美氏に、ふとワゴン車の兄ちゃんを思い出した。ギャーギャー喚く前に、挑戦状を叩きつける前に、することはないか。
さて選挙というものは、候補者によっては「負けるとわかっていても、出向かなければならない喧嘩」である。これはかなり辛いはずだが、なかには「負けるとわかっていても、全然オッケー」の候補者もいるはず。その代表がホリエモン氏だろう。
どこで弾かれようとも、どこで転ぼうとも「次への布石、ステップ」と受け止めていそうな彼。
しかし、今の彼に「次」はあるのだろうか。今回の敗戦をステップとして、いったいどこへジャンプするのか。今のホリエモン氏は、クリアした後のRPGを延々とプレイしてるように見える。「次の戦いのため」と、あくなきレベルアップを続けるものの、とっくに最終ボスまで倒してしまってるのだ。マップ上の町や村に足を運べば、住民が声をかけてくる。「ありがとう ホリエモン さん」
さらにレベルを上げて、町や村に。住民は言う。「ありがとう ホリエモン さん」
いっそ「新しいゲーム」の本気プレイをレベル1から始めたほうが吉と思う。大きなお世話は、百も承知。
『月曜に吠えろ!』第252回「自民圧勝296議席(9月11日)〜ふた桁人気を見ずして、百万馬券なし〜」山河拓也
「隠せば出れるは魔法の合言葉」
違う。そりゃただの「ラ」抜き言葉。
校長先生とか教頭先生とか部長先生とか、そんな肩書きを持つ人間が「バレなきゃオッケー」と考えてるのだから、情けないのは情けない。ただ、そこまで追い込んでる高野連も高野連であって、こうなると真面目に語るほうがアホかも。
木は森に隠せ。暴力は暴力に隠せ。野球部がグングン強くなってきた学校は、いっそ「この学園は荒廃しています」と打ち出してはどうか。
「校内で暴れまわる生徒は確かに多いです。喫煙、飲酒、問題は山積しています。それでも教師一同、毎日彼らと真摯に向き合っています。教師だけではありません。真面目な生徒たちは、どうすれば不真面目な生徒たちが心を改めるか、いつも話し合っています。そう、私たちの学校は戦場なのです……」
目的は美談にあらず。
野球部員が暴力事件に関わる。仕方なかったんです、あいつら(不良生徒)と真の友情を築くためには、殴り合うしかなかったんです。……どうですか、否定できますか高野連。
野球部員の喫煙が発覚する。仕方なかったんです、あいつらの煙草を取り上げ、目の前で吸って見せて「こんな不味いモノ、やめちまえ!」と捨てるためだったんです。……どうですか、処分できますか高野連。
『月曜に吠えろ!』第250回「駒大苫小牧の優勝は有効と決定(8月27日)〜芦毛を隠す場所〜」山河拓也
この2通のレポートを提出した後のことだ。京橋電車区の運転士30人ほどが、近くの大衆居酒屋に集まった。この宴の主賓は高見運転士。翌日から始まる彼の日勤教育を前に、その激励会を開いたのだった。 「気を遣ってもらって申し訳ありません。自分の為にこんなに集まってくれて嬉しいです」 そう言って、高見運転士は涙を流したという。 「彼は宴会がはじまると、先輩の運転士に酌をして回りながら『すみませんでした』と詫びて回ってました。そこで1人1人から励まされていました。彼はその度に『はい!頑張ります!』と力強い声で答えてました」(参加者) 文藝春秋7月号『高見運転士「20通の反省文」』より
愛馬フェザーレイが4着に負けた土曜の最終。東京競馬場はガラガラだった。 もし3着だったら3連複の500円券で100万円ぐらいはもうけたのに…と愚痴を言いつつ、京王線府中駅に向かうと、早くも徹夜組が長蛇の列。場内の閑古鳥がうそのようだ。
「JC・JCD同日開催」の果敢な試みは果たして吉と出るか、凶と出るか。 そして翌日、吉と出た。入場人員が前年比45%増の約12万人。ダービー並みだ。やはり興行は中身だ。 一時、4兆円に達したJRAの売り上げは、多分、ことし3兆円を割り込むだろう。最高時の25%ダウン。それでも地方競馬がピーク時の55%ダウンと比べると踏ん張っている。 だが、JCの大盛況は「地方の星」コスモバルクの力に助けられている。 「制度」という高い高いハードル、出走権を獲るために休むことなく走り続け、そして長距離輸送…それを克服して皐月賞、ダービー、菊花賞をすべて走った。 JCでは勝つために五十嵐冬騎手を降ろした。コスモ軍団の総帥・岡田繁幸さんがJCウエルカムパーティーでルメールに「逃げるな」と注文しているのを隣の席で目撃した。 藤沢和の厩舎作戦でマグナーテンが引っ張るのが分かっているから「逃げるな」と説明した。岡田さんの読み通りだった。レース後、マグナーテンの岡部は「いい感じで引っ張ることができたかな」と笑った。岡部は“バルク殺し”の逃げを打ってゼンノロブロイを助けた。 でも、バルクは直線半ば、一度はポリシーメイカーにかわされたが、内から差し返し2着。驚異の精神力。ファンは感動した。ファンはオグリを思い出した。 逃げても控えても、バルクは有馬で勝つ。「地方の星」は負けてばかりのハルウララではない。 有馬に勝って、競馬転換期の名馬・バルクは年度代表馬になるのだ。
『牧太郎のおけら街道トキの声』2004/12/01「勝ってこそ「地方の星」」
コンマ2秒届かなかった皐月賞、まさかの8着に敗れた日本ダービー。しかし、コスモバルクとそのスタッフ(チームコスモバルク)、彼らの夢は終わらない。秋の最大目標を菊花賞G1(京都・10/24)に見据え、まずは地元の重賞、北海優駿(旭川)を制し、夢への歯車は回り始めた。
そして、菊花賞の出走権を得るべく、チームコスモバルクが選択したのはセントライト記念G2(中山)。ライバル視されていた皐月賞馬ダイワメジャー、ダービー3着のハイアーゲームが相次いで出走回避。バルクの実績からすれば当然の、単勝1.3倍という圧倒的1番人気に支持された。
残暑厳しい中山競馬場を取り巻くファンの熱気。そして15時35分、重賞のファンファーレが鳴り響くと、ファンの歓声がG1レースの時のようにスタンドを包み込む。場内のテンションが最高潮に達した瞬間、ゲートが開いた。
13番枠から好スタートをきったバルクは、インに切れ込みながら好位に進出を開始する。しかし、2コーナーを過ぎて向正面に差し掛かった頃、抑えきれない様子で早くも先頭を奪う勢い。誰もが「悪夢のダービー」を思い起こし、歓声はどよめきに変わった。悲壮感が漂うなか、4コーナーを過ぎて直線へ。だが、ここからはダービーとは異なる展開が待っていた。併走していたトゥルーリーズンを抜き去ると、力強い走りで中山の坂を駆けのぼり、猛追してきたホオキパウェーブにヒヤリとさせられたが、これをクビ差しのぎきって優勝。淀への切符を見事に獲得した。また、勝ち時計は従来のタイムを1秒9も更新する2分10秒1のJRAレコードを記録した。
バルクが1着でゴール板を駆け抜けた瞬間、期せずして起こった拍手の渦。ひとつやふたつではない、スタンド全体が波打つように無数の拍手が響きわたる。数多くのレースの中でもこのような光景はめったにない。それは、バルクが勝馬投票券の対象としてではなく、いかにファンから愛されているか、という証拠なのだろう。
次はいよいよ「本番」の菊花賞に挑むことになる。鞍上の五十嵐冬樹騎手は「今日は掛かり気味だったが、行きたいようにさせた。菊花賞でもバルクにとって一番良いパターンで競馬をさせたい。」とコメント。やはり折合い面での課題は残るものの、そこはチームコスモバルクが克服してくれることだろう。
春の雪辱は淀で果たす!ホッカイドウ競馬の・・・いや、地方競馬のスターホースが挑む大舞台。地方馬による中央競馬クラシックレース制覇という、コスモバルクと、日本中のバルクファンの願い。
「夢は見るものではなく叶えるもの」、最高の走りを期待したい。
『地方競馬情報サイト』2004/09/21「夢は菊花の大輪・・・ コスモバルクがセントライト記念を勝利!」
「僕たちを殺したところで何の役にも立たない」と抗議した少年はその場で射殺されたという。逃げようとした子供たちは背後から射殺されたという。犠牲者は500人を超える見通し。
武装集団は人質を人質とすら認識してないのだろう。将棋の駒とか囲碁の捨て石とか、そんな表現を使っても棋士が怒る、我々はもっと駒を石を愛していると。
人質を人質と認識するアタリマエ以前のこともできない集団がどんな理想を抱いていようとも、世界から支持される訳がない。
「色白の○○君は、いかにも勉強ができそうな顔をしてるね。そうか、将来は作家になりたいのか」
「ソバカスの××ちゃんは、へえー、運動が得意なんだ。きっと、夢はバレリーナだね」
ストックホルム症候群、あるいはリマ症候群に発展するかどうかはともかく。子供たちひとりひとりに名前も個性もあれば、これからの人生もある。それを思えば、背後から射殺なんてことできる訳がない。
『月曜に吠えろ!』第199回「ロシア学校占拠事件(9月1日)〜さようなら馬単、こんにちは3連単〜」山河拓也
場所は愛知県の県立高校。3年生の日本史・中間試験、担当の男性教諭が「イラク戦争についてどう思うか」なる記述問題を出した。
出すのはいい。採点するなって。肯定的な解答は0点、否定的な解答は5点ですって。
試験後に配布した模範解答には「他国に軍隊を送るのはいけない」や「自衛隊派遣に反対」などと記載する一方、「自衛隊が違憲なら憲法を変えればいい」や「自衛隊はイラク人のために良いことをしている」などの解答例は「低俗」と指摘していた。
この教師、呼ばれないだろうな。数年後の同窓会に。そーゆー問題じゃないか。
教師がクラスを私物化するなよ、とは言わない。例えばホームルームの時間を教師が私物化して、自分の考えを生徒にぶつける。生徒は生徒で、納得したり反発したり流したりする。そこで何かが生まれたらいい。教師がテストを私物化するのは問題外。
今年の宝塚記念は、杉本清アナが実況する最後の宝塚記念だった。杉本節が杉本節として確立されていくさまにリアルタイムで痺れた、まさに杉本節・直撃世代の筆者としては感慨深くて当然なんだが、しかし。
いざ、ゲートイン。で「さあキヨシ、最後の宝塚記念です!」って。自分で自分を盛り上げてどうしますか。他人の結婚披露宴に乗り込んで「今日は俺の誕生日!」と宣言するくらいに場違いな台詞だった。
宝塚記念の中継があって、杉本実況がある。どんな名アナウンサーも、今まさに始まるG1中継を私物化してはならぬ。
競馬実況はキツい仕事だろう。プロスポーツ選手をも凌駕する、年齢との戦いがあるだろう。よくわかる。けど「さあキヨシ、最後の宝塚記念です!」には参った参りました、少々厳しいことを書く。
道中きちんと出走各馬を紹介して、その上で名台詞が炸裂する。これが杉本節の真骨頂だった。
他でもない、筆者が3連複の軸に据えた馬は、スタートからゴールまでただの一度も名前を呼ばれなかった。
最後方に近い位置から、9着。9番人気で、9着。仕方ないと言えば仕方ないのか、チャクラ。
ただし。まだまだ成長は止まらない、まだまだ強くなる、との予想は断じて覆さず、チャクラ。今年の秋へ、来年の春へ、お楽しみはこれからだ。
もうひとつ、杉本アナのミスを実にいやらしく指摘する。3コーナー、カメラが前方集団に戻った際に「先頭は依然としてタップダンスシチー」と実況。
違うんだ、先頭ローエングリンをタップダンスが交わして、今まさにロングスパートを開始したところなんだ。いちばん大事な場面だったんだ。
いやしかし、チャクラよりも誰よりも「まだまだ強くなってる」タップダンス。7歳で、この充実度。タップダンス、おまえは何者だ。陣営が出した「10歳まで現役続行」宣言も、並の一流馬なら、いや並以上の一流馬でも、おもしろコメント的に受け止められるはず。それがまったく笑いナシ、むしろ「なるほど。どこまで強くなるかな」と夢がふくらんでしまうから、恐ろしい馬である。引退レースのゲートイン直前、自ら「さあタップダンス、最後の1戦です!」と叫ぶのは全然オーケー。主役は馬だ。
春天時に「4歳4強」と謳われた者たちは(欠場ネオユニヴァースを除く)今回、春天以上に「チカラ負け」の印象を残した。されど、この世代を「低レベル」と断じるのは早計。
他でもない、タップダンスは00年クラシック組。いま「03年クラシック世代は近年最弱だよね。ロクな奴がいないよ」とか言う人は胸に手を当てて、自分が「エアシャカール&アグネスフライト世代」をどう評していたかを思い出してみよう。
だけど呼ばれるのかなタップダンス、00年組の同窓会に。
『月曜に吠えろ!』第189回「高校の中間試験で「自衛隊派遣に賛成」は0点(6月25日)〜67歳と10歳のハローワーク〜」山河拓也
朝日杯3歳S(現・朝日杯フューチュリティS)は、ほぼ馬なりで走って1分34秒4のレコード。「第3コーナーを過ぎたら、後ろの馬の足音が聞こえなくなった」と、中野渡清一騎手がレース後のインタビューで脱帽したように、ぶっちぎりの圧勝だった。 もし全力で走っていたら、どれだけのタイムが出ていただろう。しかし、この馬なりで樹立したレコードですら、以後14年も破られなかった。 英三冠馬ニジンスキーの持込馬として生まれたマルゼンスキー。だが、残念なことに、当時の持込馬は外国産馬の扱いを受けていた。 このため同世代の馬を子ども扱いし、抜けた強さを誇りながら、クラシックに出走できなかった。 「賞金なんか貰わなくていい。28頭立ての大外枠でもいい。邪魔なんかしない。頼むから出してくれ。そうすれば、どれが日本一かわかる」 中野渡清一騎手がそう嘆いた言葉を、マスコミは大きく取り上げ、ファンは昭和52(1977)年の日本ダービーを“敗者復活戦”と酷評する始末だった。 日本短波賞(現・ラジオたんぱ賞)でその鬱憤を晴らし、有馬記念をめざしたマルゼンスキー。だが、不運にも脚部不安が悪化。持てる本当の能力をベールに包んだまま、8戦不敗で引退となった。 それでも8戦のうち大差勝ちが2つ。これをタイムから馬身に換算すると、後続につけた着差の合計は、61馬身にもなる。強すぎた。次元が違った。
「さようなら、マルゼンスキー。語り継ごう、おまえの強さを」
昭和53(1978)年1月15日、引退式当日の横断幕にはそう書かれてあった。たしかに、この馬の強さは、伝説となって今も語り継がれている。
『JRA50周年記念サイト|時代を駆け抜けた名馬たち|顕彰馬 マルゼンスキー|語り継ごう、おまえの強さを』
「こういう事件が二度と起こらないように」
犯罪の低年齢化が語られる時、こんなことを言う人が必ずいる。本気で願ってるのか。きっと本気で願ってるのだろう。ただし、漠然と。
「人命の大切さを子供たちに教えなければ」
具体策として、こんなことを言う人もいる。大切であれば大切であるほど、無慈悲に奪いたくなるのが子供という名の人間なのに。
少年法がどうとか被害者の人権がこうとか、ここでゴチャゴチャ言っても始まらない。筆者が肝に銘じるのは、これだけだ。自分は加害者にならない。身内から加害者を出さない。そして自分は被害者にならない。「漠然と」他人に願うよりも、他人に「教える」よりも、まず自分の周辺。目の届かない範囲まで目を届かせようとするのは、愚かなことだ。
安田記念は、スタートからスラスラ流れて、はいオシマイ、というG1ではない。ああ、いつの間にやら勝ってたなあ、なんて芸当は不可能。
山あり谷ありのタフな府中マイルG1。と、これは皆様ご存知。真に強いマイラーでなければ勝てない、むしろ1800mや2000mでも勝ち切るくらいの力量がなければ、と。
ふと考える。それって本当にマイル王を決めるレースなんだろうか。
例えば。カレーが好きで好きで「1週間に10食はカレー」と豪語する人間がここに3名いる。周囲からも「あいつはカレーキングさ」と認められてるような強者。彼らが揃って、近頃大評判の「カレーの最高峰。真のカレー好きのために作られたカレー」というショップに出向く。そして3名とも「美味い! でも辛い! 量も多い!」と完食できず。さあ、この店は本当にカレーの最高峰なんだろうか。
『月曜に吠えろ!』第186回「小6女児、学校内で同級生に首切られ死亡(6月1日)〜真実一路のカレーキング〜」山河拓也
【名馬を襲う悲運】
巨大な馬体を、4本の細い脚で支えるサラブレッド。スピードを追求して進化する過程で脚の故障は宿命ともなったが、競馬関係者にとってもファンにとっても、その瞬間を目の当たりにするのはつらいことだ。記憶に新しいところではライスシャワー、サイレンススズカなどの名馬がファンの目の前でアクシデントに見舞われた。走る馬ほど脚部にかかる負担は大きく、名馬の悲運がいつ現実になるかは分からない。とても残念なことだが、競馬ファンであり続ける限り、その悲しみを乗り越えていかなければならないのだ。
【悲劇の舞台は暮れの阪神大賞典】
昭和40年の日本ダービー馬キーストンも、レース中の故障で生命を終えた馬だ。6歳時に出走した暮れの阪神大賞典。5歳春から6歳夏まで脚部の故障で長期休養を取ったこともあり、関係者は慎重を期して遠征を避け、中山の有馬記念ではなく地元の阪神大賞典を6歳最後のレースに選んだ。僅かに出走頭数は5頭。木枯らしの吹きすさぶ阪神の3100m戦で、キーストンは1番人気の支持を受けた。現調教師の山本正司を背に、軽快なピッチでレースを引っ張ったキーストン。だが、最後の直線に悲劇が用意されていた。
【3本の脚でコース上に佇むキーストン】
キーストンは小柄な逃げ馬だった。ダービーを含め18もの勝ち星を積み重ねた名馬ながら、この馬の走りに“華麗な逃げ脚”といった表現はほとんど見られない。常になにかに追われるように、懸命に逃げ脚を伸ばしていたという。阪神大賞典でも、一度も先頭を譲ることなく最後の直線へと向かったキーストン。しかし、ゴールまであと300メートルのところでキーストンの左前脚が突然悲鳴をあげた。なにが起きたのか分からないまま、鞍上の山本は左右に揺れ、そして落ちた。落馬の衝撃で意識を失った山本。コース上に佇むキーストンの左前脚は、地面から離れ不自然に揺れていた。左第一指関節完全脱臼、左前脚が皮膚だけでつながった状態であり、もはや誰の目にも回復は望めない重傷だった。
【後世に語り継ぎたい人と馬の絆の物語】
激痛に耐えかね、狂ったように暴れてもおかしくない状況だったが、キーストンは残った3本の脚を使い、コース上に横たわる山本の元へ一歩一歩近付いていく。山本の顔を覗き込んだキーストンは、その安否を気遣うように鼻先を山本の顔にすり寄せた。意識が戻った山本は、両手でキーストンの首を撫でた。そのとき、キーストンと山本はなにを伝え合ったのだろう。冬枯れの芝生の上の、あまりに悲しくて、あまりにも美しい光景。現実とは思えない世界から我に戻ったファンの中から、コースに向けて拍手が起きた。そして、キーストンは安楽死の処置によって、その日のうちに旅立って行った。 キーストンがなぜ最後まで冷静だったのかは、誰にも分からない。ただ、山本との深い信頼感が、その助けになったことは間違いないだろう。人と馬との絆を、誰もが信じることができたこのレース。どんなビッグレースよりも、後世に語り継いでいかなければならないはずだ。
『JRA50周年記念サイト|思い出の名レース|NO.3 S42阪神大賞典|キーストン』人と馬の絆を伝えた悲運の名馬 昭和42年阪神大賞典 キーストン
今日の高知競馬場は朝から異様なムード。高知空港から乗ったタクシーが競馬場へ行く一本道のところで検問を受け、「行けるところまで行って、そこでお客さんを下ろしたらすぐにUターンするように」と、警官から注意があったほどで、開門前の時点で駐車場は一杯になっていたそうです。
黒船賞を見に来られたお客さんではありません。105連敗のハルウララがお目当てなのは、マスコミの連日の報道でわかります。勝つことこそが美しいと教わったボクの競馬観からすると、どうしても拭えない違和感はありますが、この盛り上がりを目の当たりにしては覚悟も固まります。ハルウララのレース後は、勝っても負けてもウイニングラン(負けてするのは、なんて言うのでしょうか)をしようと心に決めました。
レースは、スタートで集中できなくて後手を踏み、懸命に追い上げを試みましたが、直線は力尽きてブービーに負けてしまいました。それでも、暖かい拍手の嵐。これが競馬?という思いはありますが、この馬の求心力はやはり大したものだと感心しました。馬の印象ですか? ここまで連敗を続けなければいけないような馬とは思いません。調教や、レースでの乗り方を工夫すれば、もっと早くに芽が出ていたのではないかと感じました。
もう一つ書いておきたいのは、ハルウララの今日のレースの1着賞金が僅かに11万円だったこと。勝ったとしても、騎手の取り分は5500円。仮に5着だったとすると、6000円ですから、騎手は300円にしかなりません。結果がブービーだったので何もらえないのは仕方がありませんが、命をかけて乗るジョッキーにとって、それは酷な見返りではないでしょうか。
メインの黒船賞ですが、ボクのノボトゥルーはよく頑張ったものの、ディバインシルバーの逃げを捕まえきれずに2着に惜敗。年を取って、少し切れ味が鈍ってきたかなとは思いますが、こんなに走ってくれるのですから、本当に偉い馬です。
地方競馬100勝はまたもおあずけ。今日は本当に長い一日でした。
『武豊オフィシャルホームページ|日記』黒船賞とハルウララ騎乗の感想 (2004年3月22日)武豊
弥生賞のグレートジャーニーは、わけがわからないと言うしかない惨敗でした。以前から、いいときと悪いときの落差が大きい馬だなとは感じていましたが、きょうは直線で自分からやめようとしていましたから手の施しようがありませんでした。聞けば、この中間に微熱が上がった日があったそうで、その後遺症が微妙に残っていたのかもしれません。素質の高さは証明済みの馬ですから、早い段階で立ち直ってほしいものです。
高知の黒船賞のJRAからの選出馬が決定しました。ノボトゥルー、ノボジャック、ウインクリューガー、ディバインシルバーの4頭で、ボクはノボトゥルーに騎乗する予定です。
先日の日記で、黒船賞当日のハルウララの騎乗に触れて、「最後のレースと聞いていますので、とにかく無事に」と書いたところ、高知競馬の関係者から「大きな通過点ではありますが、決して引退ではありません」とクレームがついて、そのことについてはボクが一番驚いています。騎乗依頼が来たときに「最後なので是非に」と確かにそう言われてお受けしたのですから。
まあ、引退するかどうかは別に構わないのですが、ハルウララについてはあまりにも異常な騒がれ方で、正直なところ辟易としています。その日、ボクが楽しみにしているのはあくまでも黒船賞のノボトゥルーの騎乗なのです。競馬が、競馬をよく知らない一般の方の話題になって盛り上がることについては大いに歓迎なのですが、生涯で一度も勝ったことがない馬が、GIレースを勝った馬達よりも注目を集める対象になるというのはどうにも理解し難いものがあります。
『武豊オフィシャルホームページ|日記』その日、楽しみにしているのは黒船賞のノボトゥルーの騎乗なのです。(2004年3月8日)武豊
本日、日本中央競馬会から小牧 太、赤木 高太郎両名の平成16年度騎手免許試験での合格が発表されました。(平成16年3月1日付免許)
園田・姫路競馬場において、両騎手のJRAでの活躍を祈念し、セレモニーを予定しております。実施日時等は明日お知らせします。
兵庫県競馬組合大和田開催執務委員長コメント「両騎手にはJRA騎手免許試験にみごと合格されたことを、心からお祝い申し上げます。これまでの経験、努力をバネに、二人が全国の舞台で邁進されることを楽しみにしています。園田・姫路競馬ファンもGIレースで優勝されることを期待していることでしょう。頑張ってください。」
『園田・姫路競馬ニュースリリース』小牧太、赤木高太郎JRA日本中央競馬会騎手免許試験合格!(2004/02/12)
シンザン記念、グレイトジャーニー完勝。逃げ切りと言えば逃げ切りだろうが、最近大人気の「馬5人5」の半強制ロング・スパートとも見えた。 競馬はゴール前が最高。と叫ぶ人がいれば、そうですねと相槌を打つ。何を言うか4コーナーの攻防こそが最高と騒ぐ人がいれば、それもそうですねとやっぱり相槌を打つ。人間として。 しかし競馬者として言うならば、昨今の競馬で絶対見逃せないのは3コーナーの勢い。ここからゴールまで、失速するどころか伸び続けるくらいの「使い減り知らずの末脚」を所有してなければ、少なくても長距離G1で勝負にならないのが02・03年型ホースレースだった。 文字どおり、同じ場所をグルグル回ってる競馬ではあるけれど、レースの中身はどんどん変化している。一流サラブレッドが「武豊やアンカツやペリエの要望に応えるだけのチカラ」を身に付けてきた、これが一番かもしれない。同じロング・スパートでも、ヒシミラクルの場合は事情が少々異なるかもしれない。あはは。 さっき「長距離G1」と書いた。ご存知のとおり、3歳クラシックでそれに該当するのは菊花賞だけ。このままグレイトジャーニーが順調に進軍すれば、その舞台で人気を集める姿さえ早々と想像できる。 けれど。兄がノーリーズンで、鞍上が武豊で、舞台が菊花賞。スタート前にツッコミを入れたくて、笑いたくて仕方ないひとがスタンドに充満してることも容易に想像できるのだった。 『月曜に吠えろ!』第165回「はなわ、嘉門達夫に謝罪(1月9日)〜世界は笑いを求めている〜」山河拓也
そんな有馬記念は見事なまでのタップダンスシチーを潰すだけのレースでした。 天皇賞(秋)で後藤浩輝が競り駆けてきて譲らなかった吉田豊に対して変な憤りを見せたコメントを残していたのがありましたが、今回に関しては無言でそれをやってのけたのが安藤勝己と武幸四郎。馬が止まらなかったのもあるでしょうが、正直止めるつもりもなかった感じ。 JCであれだけの大差をつけられたのはある種の屈辱でしょうから、同じ事を繰り返させたくなかったんだろうなぁ。表向きにはザッツザプレンティの陣営やタップダンスシチーの陣営は口にしていませんし、佐藤哲三騎手も馬の状態がもう一つ上がっていなかったのかな的なコメントを戦後に残していましたが、心の中では絶対違うことを考えていたはず。これも競馬ですから仕方ないのですけど、それにしても私の中では後味が悪い。 レース結果そのものは比較的平穏に終わっていますが、菊花賞馬に対してあの競馬をさせた安藤勝己を糾弾するマスコミは出てこないのかなぁ。はっきり言って天皇賞(秋)の後藤浩輝以上に馬鹿ですよ。応援していた馬が潰れたのが悲しいのではなく、前半1000mを58.5で駆けて行く2500m戦なんてあり得ない。それで結果を伴えたのならともかく、逃げた2頭はブービーと最下位。大きなお金を託されたレースの人気馬にしてはあまりにも酷い。レース後、全
体的に見て凌ぎを削ったとか、駆け引きがあったという印象はありますか?全くないはずです。もちろん勝った馬や4角先頭から勝ちを狙いに行った武豊の乗り方などは賞賛すべきモノですが、私が見た中でもかなり酷いレベルの内容、というかはっきりと糞レースとだったと記憶するだろう、今年の有馬記念でした。
『kousamas horse racing club No.2103 ◆今日の一言』2003/12/29 [kousama]
エイシンプレストンは昨日行なわれた香港カップで7着でした。結果はともかくデビュー戦から引退レースまでずっと手綱を取ってきた福永騎手にとって感慨深いラストランだったに違いありません。一方でペリエ騎手に手綱を『譲り渡した』格好のメイショウボーラーは2着。体が2つあったら……というところかもしれませんが、1頭の馬にずっと乗り続けられるのは、なかなかないこと。あの武豊騎手でさえずっと乗り続けられたG1馬はダンスインザダークぐらいではないでしょうか(他にいたらすみません)。プレストンとともに積んできたさまざまな経験を糧に福永騎手にはさらに偉大な騎手へと成長してほしいものです。
『【競馬道 OnLine 通信】編集後記』2003/12/15(や)
いつの間に私たちは、ここまで来てしまったのだろう。二人の日本人外交官がイラクで無残に殺された現実を前に「ひるむな」「テロに屈するな」と勇ましいことばがあちこちで語られる。自衛隊のイラク派遣計画は、その是非をめぐる十分な議論が行われたとも思えないのに、二人の事件後も「いつ決めるか」「いつ出すか」と時期だけが関心事になっている。「ひるまず進め」というムード作りだけに二人の死が使われるとすれば、異論がある。
亡くなった奥克彦参事官は今年8月、テロで破壊された国連バグダッド事務所を訪れ、「イラク便り」に「残った我々が一層力を合わせてイラクの復興に尽力することが、せめてもの餞(はなむけ)でしょう」と記した。一緒にいた岡本行夫首相補佐官に「これを見て引けますか!」と声をあげた、という。
胸を打つこうしたことばの断片が独り歩きし、「遺志を継ぐ」=「自衛隊派遣」と単純に解釈されてしまうのは怖い。
外交専門誌「外交フォーラム」11月号への寄稿を読むと、奥さんが国連の役割に大きな期待を抱いていたことがわかる。
「(イラクの)重荷を米国と一部の連合参加国だけでは、いずれ背負い切れなくなるでしょう。その時、国連という機関の役割が必ずや大きくなってきます」。米国と国連が相互補完関係に立って協力する必要を説いていた。
奥さんが残したことばを「錦の御旗(みはた)」に掲げ、遺志の解釈争いをするわけではない。しかし「『国際社会とテロとの戦い』という構図をイラク復興の中で確立する」という彼の発想は興味深い。
反米武装勢力の狙いは「反米イスラム対親米有志連合」という対立図式でイラクを戦場化することだろう。世界にイラクの現状をいかに認識させるかのイメージ戦争において、ブッシュ米政権は反米勢力に先手をとられている。外国人や米兵が次々に殺される現状を「民主化のためにやむをえない犠牲」とはだれも受け入れない。
この状況では、国連の復権が対立の構図を変える契機になるのではないか。米英占領当局(CPA)を解散し、国連の暫定統治に切り替え、イラク人政府を育てる。「国際社会とテロとの戦い」という新しい構図はそうでもしないと生まれない。
日本政府は近く自衛隊派遣を閣議で決定するという。いま私たちが考えるべきなのは「自衛隊を年内に出すか」「年明けに出すか」という点ではない。「米国の一極支配に世界の平和と日本の安全を委ねる道」を日本が国家路線として選ぶか否かの選択だろう。
世界にはその道を選んだ国もある。だが、国連の役割を重視し、有志連合に入ろうとしない国もある。自衛隊派遣決定は有志連合の中核に加わり、大きく一線を越えて踏み出す意味がある。その重さをもう一度とらえたい。毎日新聞の世論調査では「可能な限り早く派遣すべきだ」と答えた人は9%だけだった。
気がつけば、違う時代にするすると引きずり込まれていたという事態を避けるために、二人の死に立ちすくみ、考え込む「勇気」を持つ時だ。
『「立ちすくむ」勇気を』毎日新聞2003年12月2日東京朝刊 外信部長・中井良則
カンボジアでは、少女買春を目的とした日本人観光客が増加中だという。
イイ子ちゃんぶるつもりは毛頭ないが、筆者にはさっぱり理解できない。どうなんだ、飛行機に乗ってる時の気持ちは。「よおし、カンボジアに着いたら、12歳の子を抱くぞ!」とか興奮してるのか。どうなんだ、税関を通過する時の気持ちは。「おっと、いけない。入国目的にうっかり『少女買春』と正直に書くところだった」とか苦笑してるのか。
こういうニュースが真に犯罪的なのは、捕まった奴は置いといて、報道する人間のアタマにも、それを見聞きする人間のアタマにも「ベトナム人の少女たち」という非常に漠然としたイメージが浮かんでオシマイになりがちな点だ。
数千円を受け取って身体を売る少女たちひとりひとりに名前があり、ひとりひとりに人生があるのだ。「俺は買うぞ」にしても「買った奴は逮捕された」にしても、すべて「こっち側」の話。「少女にワイセツ行為をしたから」捕まったのは事実だが、それよりも胸の奥にズシンと重く沈むのは「日本人の△△がカンボジアの○○ちゃんにワイセツ行為をした」という真実だ。
いくつもの「火を噴く叩き合い」を見た。いくつもの「信じられない逆転劇」を見た。それでも、今回のジャパンCダートほどインパクトのあるゴール・シーンは見たことない。
アドマイヤドンの騎手が安藤勝己でなければ、しかも実績のあまりない若手騎手だったりしたら、その一身に責任を背負わせる声が噴出して大騒ぎになっていたはず。競馬ファンに限らず、ヒトは「訳のわからないモノ」を目撃した時、何らかの理由を見つけて強引にでも納得したがる。
が。アンカツだろうが若手だろうが、敗れた側のジョッキーの腕がどうとか言って一件落着するような逆転劇ではないだろう、あれは。
もちろん、勝ったフリートストリートダンサーの「あきらめない意志」は素晴らしい。もし彼が日本馬で、ここまでに(オグリキャップ級、ステイゴールド級とは言わないまでも)熱狂を集める競走叙事詩を綴っていたら、間違いなく感動の涙で東京競馬場は水没した。
が。それにしたって、勝った側だけで説明のつく逆転劇ではない。
「日本のアドマイヤドンが最後の最後で力尽きて、アメリカのフリートストリートダンサーが驚異の底力を振り絞って、その瞬間がきっちりゴール板の真ん前で訪れた希有なダートG1」
油断大敵なんぞではない。フリートストリートダンサーは、油断よりも巨大な敵だった。
翌日ジャパンCを逃げ切ったタップダンスシチーも同様。
「カツラギエースの勝ったJCを見て、騎手に憧れた」
佐藤哲三の談話は、この上なく美しかった。
が。カツラギの場合は、日本馬からも外国馬からもややナメられた立場での大逃げだった。後続に詰め寄られるなか、ギリギリ粘り込んだ逃亡劇だった。今回と重ねるのは少々無理がある。
タップダンスシチーはナメられることなく、大逃げですらなく、自身のペースで淡々と先頭を走り、直線で後続を突き放して見せた。その後続には「ポツン1頭の先頭ランナーを捕まえさせたら当代随一」シンボリクリスエスも含まれるのであって、タップダンスシチーとて「油断よりも怖い、真の強者」だったと認めるのが正しい。まだ「あの馬場状態において」と付け加える必要はあるように思うが。
『月曜に吠えろ!』第160回「カンボジアで少女買春の日本人逮捕(11月27日)〜油断よりも大敵〜」山河拓也
これにて3歳ダブルヒロインの対戦成績は、アドマイヤの2勝3敗。 5戦全部、2番人気のほうが勝利している。たまたま、ではないだろう。これはスティルの「全力投球したレースにおける強さ」の証明ではなかろうか。
敗れたのは、三冠挑戦を控えたローズS、達成後の女王杯。 やたら「差して届かず」の敗戦にばかり用いられる競馬慣用句「負けてなお強し」は、今回「すでに大仕事を成し遂げた後の身体で、キモチで差し返した」スティルにこそ捧げるべきと思う。
『月曜に吠えろ!』第158回 「武蔵丸引退でハワイ出身現役力士ゼロに(11月15日)〜曙のK-1グランプリ参戦とスティルの中山グランプリ参戦に物申さない〜」山河拓也
石田純一。羽柴誠三秀吉。エスパー伊東。
絶妙の人選である。
「あっ、秀吉さんよ」
「こっちにはエスパー伊東がいるぜ」
「ううーん、さすが皇族の結婚パーティー。招待客が違うよね」
もし、そんな出席者がいたら。悲しい通告をせねばなるまい。あなた、今後の人生において、まだまだ騙されます。
言うまでもなく、ほとんどの招待客は「有栖川識仁」を名乗った人物じゃなくて「有栖川宮家」の看板に引っ張られて出向いたはずだ。若者には「家」とか「家柄」とかを「クソ食らえ」と一蹴する人も少なくないと思うが、ちょいと視点を変えたら、そんな若者も意外と「家」にとらわれてたりするものだ。
「ヘビメタ以外は聴かない」あるいは「ジャズ以外は聴かない」と主張する音楽ファン。「SF以外は読まない」あるいは「ミステリ以外は読まない」と明言する小説ファン。ホラーに固執する映画ファンでも、阪神タイガースの選手に固執する野球ファンでもいい。彼らはみな、ジャンルという名の「家」に引きこもった人たちだ。
それを悪いとは言わない。ただ、世の中には「ヘビメタ以外は聴かない人」をも感動させる「ヘビメタ以外の音楽」が存在する。 「SF以外は読まない人」をもノックアウトする小説が確実に存在するのだ。それを傑作という。家から出ないなら出ないでいい、全然構わないけど、もったいないなあ、と思う。
例えば、橋口厩舎ファンがいる。いわば「橋口家の人」だ。
種牡馬サンデーサイレンス・ファン、すなわちサンデー家の人もいれば、ダンスインザダーク家の人もいるだろう。また、社台ファーム家の人も。
「9年振りの三冠馬誕生なるか」がメインテーマだった、今年の菊花賞。
もちろん、ファンそれぞれに「橋口厩舎、G1惜敗史にピリオドなるか」や「横山典弘、G1惜敗史にピリオドなるか」とテーマを抱えていたはずだが、そのなかで「社台家の人」はかなり余裕だったのではなかろうか。
4コーナー先頭から押し切ったザッツザプレンティ。奇襲のような正攻法。いかにも挑戦者らしい、王者の競馬。今後も、特に長距離戦では、このスタイルを貫くのだろう。今後は、ライバルのアタックを受け止める側に回るのだろう。
橋口家の人もダンス家の人も大願成就に歓喜した。そして社台家の人にとっては完全勝利だった。が、面白いのはやっぱりここから。クラシックが終わり、ザッツもネオも大人になり、家を出る。大人として、好き勝手な人生設計を描く。当然これまでも「家柄にこだわらないファン」が多くいたことは百も承知だが、その人たちを本格的に増やしていくのはここから。
サンデー系の馬は応援しない。社台の馬は応援しない。そんな「アンチ家の人」をも打ちのめす可能性を、今回の菊花賞、ザッツの競馬は示した。
『月曜に吠えろ!』第155回 「有栖川宮を名乗り結婚披露宴の3人、詐欺容疑で逮捕(10月21日)〜ヒーズ・リーヴィング・ホーム〜」山河拓也
去年までは「阪神優勝の瞬間は、ひょっとしたら泣くかな俺」と思っていた。今年の独走には「もう優勝は決まった。こりゃ泣かないな俺」と思っていた。そのとおり、涙はこぼれなかった。ただ、八木が喜んでるのを見た時は、さすがにグッときた
『月曜に吠えろ!』第150回「阪神タイガース、18年ぶりの優勝(9月15日)〜阪神対PL感覚〜」山河拓也
ところで、全然話は変わりますが最近しみじみ自分の無趣味さに気がついて愕然としています。働いている間は良いのですが、定年後の自分を想像するとちょっと寒気がします。まだ20年も先のことなのですが、ちょっと暗鬱な気分です。 打ち込むモノが欲しいなあ。「打ち込む」という言葉は大げさかも知れませんが「趣味」でもいいし「道楽」でもいいし、何か夢中になれるモノが欲しいなあと思うのです。そう、思いっきり大げさな言い方をすると「ライフワーク」です。死ぬまで夢中になれるモノ、それを見つけたいですねえ。 定年になったらリュック担いで日本中歩いて回ろう。いろんな山を登るのも良いし、山の上の温泉巡りも良いなあ。とは思っているのです。「定年になったらふたりでハワイへ行こう」という約束もしています。(おぼえていますよ、ハイ)「お前は十分趣味も持ち、定年後の自分についても考えているではないか」と言ってくれる人もいるかも知れません。でもね、不安なんです。怖いんですよ。いつか「空っぽな自分」に気がついてうろたえてしまうのではないかと。「自分の人生は何だったのか」と底なしの悔恨に苛まれるのではないかと。 勤めだした頃。I尾でがむしゃらに日々を過ごしていた頃、先輩から「充実した30代・40代になるために、いろんなことを勉強しとけ」と言われました。だからいろんなことを勉強してきたつもりですが、それはいつも「仕事」につながることばかりだったのです。「自分自身」を充実させるための勉強はしてこなかったですね。 教員人生は残り20年、でも自分の人生は残り40年くらいかなあ?最期(ママ)の20年を充実させるために、明日から何を始めましょ?
「老後の『空っぽな自分』への恐怖」2001/08/31(金)たかし
明日を信じて今日の一歩を踏み出そう。
2002/01/17(木)7年目の今日、改めてもういちど
「いままでにいったいどれだけ走ったか 残すはたった42キロ」
2001/09/30(日)世界最高記録を出すレース前に高橋尚子詠める
それから1年ほどして、僕はホットワイアード本社で、はるかに大きく速いマックの前に座り、『ネットスケープ』という言葉がなんと完璧なんだろうと考えていたことを思い出す。 その後もサイバー世界用に考案された無数の名前を聞いたけれど、『ネットスケープ』という名前には詩と大胆さがある。ウェブは単なるディスプレー、ツール、アプリケーション、電子なんとかではなく、ある場所――新しく発見された、地図にはない無限の広がりだということを主張している名前なのだ。 もしこの名が、砂漠か、『スター・トレック』の惑星上の地名のように聞こえたなら、それは君がウェブにまだホーム(ページ)を建てていないからだ。『ネットスケープ』という言葉は、探検や居住のためのフロンティアが開かれていることを告げていた。 僕は、ジム・バークスデール氏がウェブやその土台となるアーキテクチャーを発明したのではないことを知っている。発明したのはティム・バーナーズ・リー氏、ジョン・ポステル氏、ビント・サーフ氏などだった。そして彼らはその過程で百万長者にはならなかった。また僕は、テッド・ネルソン氏やバネバー・ブッシュ氏のような、ハイパーテキストを発明した夢想家の天才たちが、『モザイク』がどんな人の目の前でも光り輝くずっと前に、ウェブの本質的なコンセプトの多くを造り上げたことを知っている。 いまこれを書いている時点では、AOL社がネットスケープ社を買収する可能性があるということが、何を意味するか僕に教えてくれるような、記者会見も、ニュース分析も、情報に基づく記事も、専門家的意見もない。だが率直に言って、ネットスケープが僕にとって単なるビジネス(上手に運営されていたのであれ、不器用に運営されていたのであれ)以上のものだった時代は、終わったといえるだろう。 だが僕の世代――ソフトを分け合うことがその価値を高めるとでもいうように、友人にコピーを配布していた罪のない海賊団――にとって、ネットスケープを使うということは、自分のFM局ができたような、あるいは、自宅の地下室に印刷機が持てたような、あるいは、世界に耳を傾けさせるほど大きな音を出すエレキギターとアンプを手に入れたような、あるいは…… 歴史上かってなかったものを手にしたようなものだった。 ありがとう、『Mozilla』。『ありがとう、Mozilla』 1998年11月23日 0:05am PST Steve Silberman
ええかげんそうな俺でも、しょーもない裏切りとかは嫌いねん
尊敬しあえる相手と ともに成長したいねん
一生一緒にいてくれや
甘ったれたいだけの関係ならいらない
ちゃんと俺に愛さしてくれや
俺を信じなさい
『Lifetime Respect』三木道三
例えば今身を焦がすような恋に出会うようなことがあるなら君は
君自身をノーメイクにしてふれあう勇気を持っていますか?
頭をフル回転/偽りキャンペーン/それも恋の正論なのです
ただひたすら猪突猛進/恋の成就へと精進すべきです
『INNERVISIONS』Porno Graffitti
ところで、ゆうべ東京からメールをもらいました。教員への転職を希望しているOLさんからでした。
まず最初に、アクセスカウントがやっと250になったばかりの、どの検索サイトにも登録していない、テキストばかりで味気ない、こんなページに立ち寄ってくれたことに感謝します。
で、OLさんからの転職ですか。そうですか、きついでしょうね。
私は大阪府の教員採用しか受けず、おまけに一発で合格し、この4月から教員生活14年目に突入という、「ガッコ村」しか知らない世間知らずなのであなたのように真摯に日々を過ごしている人にあれこれ言う資格はまったくありません。でもあえて言わせてもらうと、
現場はあなたを待っています。
今、現場は生徒の急減期に入っており教員が余っています。そのため新規の採用がほとんどなく「若いセンセ」がほとんどいません。(今の24期の担任の中で30代は私だけです。あとは40代、50代ばかりで定年まで残り1年の人や残り2年の人もいます。)その弊害はいろん場面で出てきます。問題生徒への対応が後手になる、クラス経営がおざなりになる、行事でクラスを引っ張れない、本気で生徒を怒れない、などなどです。その現状を打開するために、私なんかもがんばっているつもりですが、「20代の頃ならもっと馬力があったのに」と思うことがよくあります。やはり、生徒の中に入っていって生徒らをかき回すためには若さが必要です。
だからがんばってください。採用が少ないからといって0ではありません。何とかもぐり込んでください。現場はあなたを待ちこがれているのです。あなたのような、若くて、「ガッコ村」以外でいろんな経験をしている人が現場には必要なのです。現場に新風を吹き込んでください。
そして、何年か先に高校生になる子らが、あなたに担任してもらうことを楽しみにしています。
あなたも、いつか彼らの笑顔に出会う日を楽しみに毎日を過ごしてください。
生徒らの笑顔があなたを待っています。
今日はつらいでしょう、明日もつらいでしょう。でもいつか彼らの笑顔と出会えます。その日を信じて、がんばってください。
つらいことがあればまたメールください。どんなことでも相談にのります。
今日から私はあなたの応援団長!
『教員を目指すすべての若者へ』1997/04/12(土)たかし
「いいか 十市」/「静を信じてやれ これからも ずっと」/「弟のことであいつはきっと苦しむだろうから 支えになってやれ」/「忘れるな おれたちの育ったあの島を」/「くじけそうになったら あの日のことを思い出すんだ」/「わかったな」
『YASHA』吉田秋生
川奈さん/どうしてピアノやめちゃったんですか/おれ 川奈さんのショパン大好きだったんですよ
『ラヴァーズ・キス』吉田秋生
21世紀最初の、今年の夏は、 ハワイに行くより、 グァムに行くより、 沖縄に行くより、 西海岸に行くより、
タイに行くより、 軽井沢に行くより、 バリに行くより、 香港に行くより、 イタリアに行くより、
みんなで参議院選挙に行こう。
この国には、まだ掃除しきれていない20世紀が、いっぱいあると思う。 宝島社
2001/01/03(水)朝刊に掲載された宝島社による全面広告
シュビムワーゲンは大戦中の3年間に約1万4千台も製造された。しかし模型界は、この水陸両用車の登場を25年間も待たされたのである。待望のシュビムワーゲンを発売したのは日本のタミヤ。待ったのは決してムダではなかった。「珠玉のような」という形容がぴったりの、すばらしい模型である。タミヤはこのキットに3体の人形を加えている。いかにもドイツ兵らしい顔つきをしている。工作もとても楽だ。説明図が非常にわかりやすく、親切なものだからである。さらにこの説明図にはナチの国防軍や親衛隊の制服、記章類などについても詳しい説明があり、人形の塗装にも役立つ。デカールが豊富なのもマニアにとってはうれしいことだ。このキットは2ドルという値段以上の価値を十分に持っている。
アメリカ「スケールモデラー」誌 1970年12月号より
友よ、夜明け前の闇の中で
友よ、戦いの炎を燃やせ
夜明けは近い、夜明けは近い
友よ、この闇の向こうには
友よ、輝く明日がある
友よ、君の涙・君の汗が
友よ、報われるその日が来る
夜明けは近い、夜明けは近い
友よ、この闇の向こうには
友よ、輝く明日がある
友よ、昇り来る朝日の中で
友よ、喜びをわかちあおう
夜明けは近い、夜明けは近い
友よ、この闇の向こうには
友よ、輝く明日がある
友よ、夜明け前の闇の中で
友よ、戦いの炎を燃やせ
夜明けは近い、夜明けは近い
『友よ』高石友也/岡林信康
教科書「を」教えるのではなく、教科書「で」教える。
日本国民は,正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し,われらとわれらの子孫のために,諸国民との協和による成果と,わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し,政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し,ここに主権が国民に存することを宣言し,この憲法を確定する。そもそも国政は,国民の厳粛な信託によるものであつて,その権威は国民に由来し,その権力は国民の代表者がこれを行使し,その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり,この憲法は,かかる原理に基くものである。われらは,これに反する一切の憲法,法令及び詔勅を排除する。 日本国民は,恒久の平和を念願し,人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて,平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは,平和を維持し,専制と隷従,圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において,名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは,全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免かれ,平和のうちに生存する権利を有することを確認する。 われらは,いづれの国家も,自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて,政治道徳の法則は,普遍的なものであり,この法則に従ふことは,自国の主権を維持し,他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。 日本国民は,国家の名誉にかけ,全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。
『日本国憲法前文』
「満足と妥協は進歩を止める」
八月になるたびに
"広島ーヒロシマ"の名のもとに
平和を唱えるこの国
アジアに何を償ってきた
おれ達が組み立てた車が
アジアのどこかの街角で
焼かれるニュースを見た
きょうもHard rain is fallin'
心にHard rain is fallin'
子供等の肩をうつ
飢えてゆく すさんでゆく
明日への希望など持てないまま
『八月の歌』浜田省吾
今日、1時間目7組で授業だったのですがN木がいなかったのです。終わってからいたたまれなくなり、チャリで家まで迎えに行きました。/2時間目の途中に学校に着き、教室へ行かせました。/「どうしてもっと早くこうしなかったんだろう?」という後悔の念で胸が張りさけそうです。
『1986/02/22(土)』たかし
ここにいう「タイガース」とは、1985年のあの目も眩むようなアナーキズムを生きたチームであり、その後、わたしにとっては、たとえわずか一試合であれ、あるいは、たったひとつのプレーといえど、あの奇跡的な解放感を髣髴させるその一勝その動きはすべて、極端にいえば、各球団やセ・パの差も、日米も、あるいは競技の種類さえこえた「タイガース」的な僥倖としてある。それがどのような解放感であるかについては、個々のゲームやプレーに添えてこの後おいおい具体的に説明することになろうが、たとえば、89年、90年の仰木近鉄はまぎれもなく「タイガース」的であった。これにたいし、選手主体の「三無」主義を貫いた監督姿勢としては最大級の賞賛に値する権藤に率いられた昨年の横浜は、一点しかし、佐々木に繋げば必勝という安心感の導入において、必ずしも「タイガース」的ではなかったといえば、心有るスポーツファンには通じようか。
『ベースボールの天敵/野村阪神徹底レポート 第1回 嫉妬と怨恨は「タイガース」の敵である』渡部直巳
朝は目覚めても昨日の疲れひきずったまま
様にならない制服着て表へ出るよ
そしてぞろぞろと駅へ歩く人たちに
まぎれ込んで俺も歩いてゆくよ
満員電車に押し込まれ言葉さえなくしたStrange boy
何がどうなろうと誰にもどうにも出来ないみたいさ
セーラー服のlittle girl小さな躰もみくちゃにされ
それでも夢見てるの失う事ばかりなのに
Rock'n Roll 踊ろうよ
Rock'n Roll くさらずに
Rock'n Roll 手を伸ばせば自由はあと少しさ
これから半日は退屈な授業で費やすだけで
身も心も疲れはて魂さえもKnock Knock down
こっそり抜け出し小さなコーヒーショップのSmoking time
ジュークボックスにいかしたRock'n roll
俺らに聞かせて欲しいのさ
ちょっと!こんなラッシュアワーに死ぬまでもまれたくないよ
何がどうして誰のために縛られなくちゃならないの
逃れられない流れの中で
必死にあがいてる俺が見えるよ
Rock'n Roll 踊ろうよ
Rock'n Roll くさらずに
Rock'n Roll 手を伸ばせば自由はあと少しさ
『ハイスクールRock'n'Roll』尾崎豊
なれあいは好きじゃないから 誤解されてもしょうがない
それでも僕は君のことを いつだって思い出すだろう
『終わらない歌』THE BLUE HEARTS
全てのボクのようなロクデナシのために
この星はグルグルと回る
劣等生でじゅうぶんだ はみだし者でかまわない
誰かのサイズに合わせて自分を変えることはない
自分を殺すことはない ありのままでいいじゃないか
『ロクデナシ』THE BLUE HEARTS
人にやさしくしてもらえないんだね
僕が言ってやる でっかい声で言ってやる
ガンバレって言ってやる
聞こえるかい ガンバレ
『人にやさしく』THE BLUE HEARTS
世界中に定められたどんな記念日なんかより
あなたが生きている今日はどんなに素晴らしいだろう
世界中に立てられてるどんな記念碑なんかより
あなたが生きている今日はどんなに意味があるだろう
『TRAIN-TRAIN』THE BLUE HEARTS
恋に落ちたら/愛にたどり着くまで/抱きしめて 離さないで
『恋に落ちたら』浜田省吾
人生そうそう自分の思い通りにいくもんやない。そやから人生は面白いねん。
女たちよ
まだ見ぬ恋人、まだ見ぬ妻たちよ
しなやかなからだと、透きとおった声を持ち
したたかで心やさしい女たちよ
われわれ心弱き男たち
きみたちの指し示す彼方、ただ憧憬をもって
ながめやるばかりである
われわれにとってきみたちは
永遠にふれることのできぬ翼を持つ
天使のごとき生きものなのだ
きみたちはどこへ行くのだろう
黎明の果て
異次元の彼方だろうか
それともはるかな楽園だろうか
『はるかな天使たちの群れ パート2』吉田秋生
どうかアンディーがあそこにいますように。
どうかうまく国境を越えられますように。
どうか親友に再会して、やつと握手ができますように。
どうか太平洋が夢の中と同じような濃いブルーでありますように。
それがおれの希望だ。
『刑務所のリタ・ヘイワース』スティーブン・キング・朝倉久志訳(新潮文庫)
明日を信じて今日の一歩を踏み出そう。
連帯を求めて孤立をおそれず。
We shall over come.
We shall over come.
We shall over come someday.
Deep in my heart, I do believe
We shall over come someday.
勝利の日まで
勝利の日まで
戦い抜くぞ
みんなの力で
We shall over come someday.
『We shall Over come』(ほんとはジョン・バエズですが私にとっては)高石友也
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