総合福祉センター:リューゴースセンター


リューゴースセンターはコペンハーゲンに隣接するゲントフテ市にあります。
老人ホームやデイセンター、訪問看護婦ステーション(派遣センター)が併設された総合福祉センターをご案内しましょう。


ヘンリエッタ・ラッシュ所長(右)とプライエムに住むメスマンさん。左は社会保健ヘルパーのマリー。プライエム所長のバックグランドとしては、看護婦の資格と経営学の知識が必要とされる。女性所長が多いのがいかにもデンマーク的。


1980年に建てられたリューゴースセンター。デンマークにはこのころ、プライエム(日本の特別養護老人ホーム)の建設ラッシュがありました。約20年前の施設です。


エントランスホールには陽光があふれ、喫茶コーナーとなっている。

 

 

「プライエムは人生の最後の生活の場(The Last Station of Life)です。ここでお年寄り達はとても幸せに暮らしています。」
ゲントフテ市リューゴースセンターの所長ヘンリエッタ・ラッシュさんは、ここに住むお年寄り達の長い人生に対する敬愛の念をこめて紹介してくださいました。
プライエムは(直訳すると介護ホーム)は日本の特別養護老人ホームにあたるもの。
デンマークでは「できるだけ長く自分の家で」という方針に従って、多くのお年寄りが自宅や高齢者住宅で、がんばって逞しく生活しています。ですからプライエムは、身体的・精神的な障害が非常に重くなり、どうしても一人では生活できなくなったお年寄りのための「最後の生活の場」ということになるわけです。
このリューゴースセンターには、プライエム(32個室)を中心として、64戸のケア付き住宅(保護住宅)と地域の老人活動センター(デイセンター)、在宅ケアセンター(訪問看護婦の派遣センター)が併設されています。

<プライエム>

懐かしい家具に囲まれた個室は
まるで「自宅」の感覚。


 

 

 

リューゴースセンターでヘンリエッタがまず案内してくれたのは、85歳になるヘアマンさんの部屋。8畳は優にある個室には、自宅で使っていた家具が置かれ、家族やお孫さん達の写真が飾られて、まさに自宅のリビングのイメージです。
「お年寄りにとっては住居を変えるということが一番負担になります。今まで住み慣れた環境を変えるとそれだけで老化が一気にすすんでしまう。」とヘンリエッタが説明してくれました。デンマークの福祉3原則のひとつに「継続性の維持」というテーマがありますが、それは「住み慣れた環境をできるだけ継続する」ということです。自宅の家具を持ち込んで安心して今まで通りに住める環境をつくるのはこのためです。
そして、介護スタッフはカジュアルな私服を着てまるで家族のようです。「ここは病院ではないので、看護婦の制服を着る必要はないの。このほうがお年寄りもリラックスできるはず。ここはホーム(家庭)なのよ。」と説明し、「このプライエムにいるお年寄りの60%以上が何らかの形で痴呆症をわずらっているから、安心して過ごせる環境づくりが非常に大切なテーマなの。」ともつけ加えてくれました。

手をかけないことも大切なケア。
今ある能力を最大限引き出す。

 このプライエムでは、32人を2グループにわけて、3人の看護婦と各グループ4〜5人ずつの介護士がお世話にあっています。
生活スケジュールは、何時に寝て何時に起きようと、全くの自由。決まりもスケジュールもないけれど、音楽を聞いてエキササイズをするとか、理学療法を受けるとか、ひとりひとりのために生活のリズムを作るように気をつけているそうです。
椅子にすわっている時間があまりに長いと、今日は天気がいいから外に出ましょうと散歩に連れ出したり、チボリ公園に遊びに行くこともあります。お誕生日会など、2週に1回はみんなでパーティをしているし、年に4回くらい家族を呼んで盛大なパーティもしているのだそうです。
 デンマークでの高齢者ケアのスローガンは「自立の支援」です。「残存能力の活性化」を積極的にはかり、「助けない」ことで「自立を促す」という考え方をします。つまり、スタッフ(社会保健ヘルパー)は一緒に食事をしますが、どんなに食べにくそうにしていてもほとんど手を貸しません。食べ物がボロボロと落ちていてもです。「もう少し助けてあげてもいいのに」という場面を度々見ますが、「手厚すぎるケアは、今ある能力を低下させてしまう」という点を介護士としての教育段階で徹底的に学ぶそうです。そして実習段階では「ケアは十分なものであったか?」というよりも「行き過ぎてはいなかったか?」という点について議論が沸騰するそうです。

美容院が大好きなお婆ちゃん。
「自己決定」を支えるスタッフの努力。

「最近では椅子に座っている時間も長くなったけれど、しっかりしているわよ。」と紹介されたのが、このプライエム最高齢のヘッダお婆ちゃん。今年101歳です。プライエムの個室はプライベートな家であり、ドアから一歩外へ出るとそこは公共の場所ですから、寝間着のままで部屋を出ることはできません。椅子にすわって一日を過ごす時間が長いとは言っても、朝はちゃんと着替えて身だしなみを整えます。驚くべきは101歳になっても、月1回はパーマをかけておしゃれしていること。そういえば、プライエムには必ず美容院がついていて、きれいな白髪にパーマをかけてもらっている姿をよく見かけます。おしゃれだって、立派な「自己決定」であり、今まで自分が生きてきたのと同じように生きる「継続性の維持」なのです。
こんな話も聞きました。タバコが好きなお年寄りがおられて、手の自由がきかないために灰が落ちてしまう。タバコを吸っている間付き添っていることもできないので、何かいいアイデアはないものかと考えた結果、防炎仕様のエプロンを考え出したのです。プライエムに入ったからと言って酒・やタバコをやめる必要は全くなく、それどころかお年寄りが「したいこと」をするために、スタッフは四苦八苦して知恵を出し合い一生懸命解決策を考えるのです。

 

お金持ちは逆に損。
貯金がなくても安心して老後が送れる。

このプライエムの場合、収入によって異なりますが、入居者が支払う月々の費用は年金のみの生活者だと月々1200クローナ(約2万4千円)。食費・光熱費・暖房費が別途で約1000クローナですので、合わせても5万円を超えません(もちろん入居時にまとまったお金を支払う必要もありません)。
67歳以上のお年寄りに支払われる基礎年金(月額約7500クローネ)で十分にまかなえる金額です。全てを支払った後、お小遣いとして、平均1000〜2000クローナが残る。「貯蓄などの利子収入があると毎月の費用が高くなるので、お金持ちは損。」ヘンリエッタが笑って説明してくれました。ここは、貯蓄がなくても(貯蓄がないほうが?)不安のない老後が送れる国なのです。


入居には判定委員会の認可が必要。
しかし、プライエムには誰でも入れるわけではありません。医師(ホームドクター)・市の職員・訪問看護婦などで構成される判定委員会(インビタシオン)が「精神面でも肉体面でもプライエムでの介護が必要」と認めた人にだけ入居が許されます。ADLについてのチェック項目は決めていますが、非常に単純なものであまり重視していないようです。それよりもずっとその人をみてきたホームドクターや訪問看護婦の意見が重視されるので、精神的な面までひとりひとりについて配慮できるのです。そして入居決定は、本人のいる前で本人に言い渡されます。
同時に本人の意思も尊重されるので、本人が「プライエムに入るのはイヤ」と言えば、誰も強制することはできません。これも「自己決定」の原則です。
「プライエムには多くの人がウェイティングしているから、なかなか入れない。」という声もよく聞きますが、ヘンリエッタのプライエムの場合、判定委員会が認めてから約3〜5ヶ月で入居できるとのことです。デンマーク全体では、平均1年くらい。
ここで注目したいのは「プライエムに入ることができる=空きが出来る」ということは「プライエムにいたお年寄りが亡くなられた」ということになります。プライエムでの平均入居期間は1年半〜3年と言われ、2〜3年もすれば顔ぶれのほとんどが変わってしまうらしいです。少し淋しい話ですが、プライエムはまちがいなく「人生の最後の生活の場」なのです。

 

<保護住宅>

台所もついている保護住宅は、
独立したケア付き住居。

保護住宅はいわば「ケア付住宅」。プライエムに入るほどではないが、かといって一人暮らしは不安であるお年寄りのためのものです。日中はスタッフによるケア、夜間はアラーム対応になります。プライエムと同じ建物に設けることでスタッフを兼任させ、マンパワーをより有効に活用しています。
リューゴースセンターの保護住宅に住むソフス・ビンターさんは、今年72歳。「船の無線技師をしていたのさ。日本にも行ったことがあるよ。」とうれしそうに話してくださいました。プライエムと異なる点は、少し広くて(55m2)リビングの片隅には小さな台所もついている点です。
「保護住宅は普通の住宅と同じ。部屋には表札があるし、建物の入り口にはそれぞれのポストボックスもあります。」なるほど、廊下にはちゃんと住所表示までついていました。ここでは、64人を2つのグループに分け、各グループを6人の社会保健ヘルパーが介護にあたっています。

 

<デイセンター>

デイセンター(高齢者活動センター)は
地域のお年寄りのコミュニケーション広場

 

朝9時ちかくなると、送迎バスに乗って毎日60名近くのお年寄りたちがデイセンター(高齢者活動センター)にやって来ます。2台の車椅子送迎バスも、フル稼働です。
約20種類のアクティビティが用意され、お年寄りたちは午後2時まで趣味・食事・おしゃべりをたっぷり楽しんでいきます。人気のあるコースは織物・染め物・刺繍・銀細工など。その他に、理学療法士や作業療士によるリハビリテーションも行われています。週に1回来る人、2回来る人さまざまですが、ここの保護住宅に住む人たちも市内各所からやってきた人々と一緒に遊びます。ビールを飲む人あり、ワイン飲む人あり。デンマーク人はとにかくビールが好きです。いつもの仲間が集まって、とめどないおしゃべりが続きます。男の方はビリヤードを楽しみます。
こうした活動センターがゲントフテ市だけで10カ所あり、市全体として1日300人に魅力的なアクティビティを提供しています。
「私は織物をしにやってきているけど、ここで友達といっしょにお茶を飲んでおしゃべりすのが楽しみ。あっと言う間に一日が終わるわよ。」この活動センターに週2回来ているマリーさんが嬉しそうに説明してくれました。
日本では、みんなでゲームをしたりしているようですが、デンマークは各自が好きなことを好きなように楽しみます。おしゃべりしにやってきている人は、一日中しゃべっている。そんな人もいるわけです。

<在宅ケアセンター>

訪問看護婦とホームヘルパーが
ここから毎日元気に出勤。

 

「ここには約200人の職員が働いています。100人がプライエムの職員で、100人が在宅ケア職員。この施設全体の予算が13億円で、そのうち約5億が施設職員の人件費。6億円が在宅ケア職員の人件費。これでもまだまだマンパワーが足りないわね。」
ゲントフテ市は5つの福祉地区に分かれていますが、このリューゴースセンターにはゲントフテ市第4福祉地区の在宅ケアセンターがあり、10人の訪問看護婦(投薬・注射などを担当)と88名のホームヘルパー(家事・買い物・入浴などをヘルプ)が働いています。
朝8時、在宅ケアセンターはにわかに活気づき、訪問看護婦とホームヘルパーが簡単なミーティングをして、一斉に自宅で暮らすお年寄りの家へと出かけていきます。お昼にはここに戻って簡単なケア・コンファランスをし、午後再びエリアを巡回。「出来るだけ長く自分の家で」を支える在宅ケアは、昼間のケアに重点をおきながらも完全24時間体制が組まれています。

現在デンマークには907のプライエムがあり、収容人数は35,000人。デンマークでは個室が原則ですので、35,000個室あるということになります。デンマークの全人口527万に対して65歳以上高齢者が79万人であるので、完全個室・24時間ケアのプライエムが100人のお年寄り(65歳以上)に対して4.4人分用意されている(ざっと20人に1個室)ことになります。
さらに、デイセンターは608施設あり、デンマーク全体として1日48,000人に魅力あるアクティビティを提供しています。1300人のお年寄りに対して1施設という割合になります。
デンマークでは1967〜1970年にプライエムの建設ラッシュがありました。しかし現在は「出来るだけ長く自宅で」の政策の下、ご紹介したようなプライエムは新規建設されていないのが実情です。その分、多様なニーズに対応できる高齢者住宅の建設、在宅ケアの充実に力が注がれており、最後の受け皿としてプライエムがポジショニングされています。さらに、最近では古いプライエムの2部屋をひとつの住宅としてより自立性の高い生活を支援しようという「プライエボーリ」への変更もすすんでいるようです。(プライエボーリについては、神戸新聞連載記事第1回目をご覧ください。)

ゲントフテ市はお金持ちの町?!
ゲントフテ市はコペンハーゲンの隣りにある人口67000の市(コミューン)です。
65歳以上のお年寄りは13600人。
20.3%という老齢化率はデンマークの平均15.0%を大きく上回っています。海沿いの地域はデンマークでも有数の高級住宅地として知られ、お金持ちの住む街として、さらには高福祉の街としてつとに有名です。
この市にプライエムは11施設あり、632個室が用意されています。高齢者100人に対して4.65部屋の割合です。


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