喘息
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(99/11/30 update)
長男には喘息があります。母親であるアママの遺伝と思われます。


赤ちゃん時代
やっぱり、ちょっとした風邪なんかでも、すぐに喉がゼロゼロしてましたね。昼間は元気なのに、夜になると咳をして、ついでによく吐いてました。シーツが汚れると大変なので、洗面器が間に合わない時は、手で受け止めたりして...(笑)。
で、翌朝、病院へ連れて行くと、たいてい
「喉が真っ赤です」
と言われて、抗生物質と咳の薬をもらっておしまい。絶対に「喘息です」とは言われませんでした。気管の弱い赤ちゃんにはよくあることだから、そう簡単に「喘息」の診断はしないらしい。夜は、ヒューヒューしてるのに、昼間はなんともないから、それもしかたがないのかもしれない。

オランダへ
長介が3才の時、我が家はオランダに引っ越すことになりました。そこで、心配なのがやはり長介の健康のこと。外国で病院にかかるのは大変だ。とりあえず、アトピーもあることだし、アレルゲンの検査をしておくことにしました。その結果、ダニとハウスダストのアレルギーであることが判明。やっぱりね。
しかし、向こうでは空気が身体に合ったのか、アレルゲンとなる種類のダニがいなかったからか、長介はあまり病気をすることもなく、元気だったのです。
そして、6才の時、帰国。

診断
帰国後、とりあえず住むところがないので、部屋を借りて引っ越すまでの2週間を、夫の職場の官舎に入りました。これが、築30年はたとうという老朽アパートで、しかも、前の住人が出てから3ヶ月程空室だったため、湿気はあるしカビ臭い。布団は一応、帰国前に打ち直しをしてもらってあったのですが、とにかくヤバイ感じなのです。
予感は大当たり。長介は、入居したその日から昼も夜もゼイゼイ、ゲホゲホ、涙目でもう大変です。私も喘息の発作は出るし、アレルギー性鼻炎でくしゃみ鼻水だし、とにかく二人してひどい状態になってしまったのでした。
そこで、さっそく病院へ。ここは、目の前に大きなS国立病院があるので、ここの小児科へ連れて行くと、医者は、長介を診察するなり、
喘息です!
この日、やっと診断がついたのでした。

治療
医者曰く、
「入院してもいいけど、どうしますか?」
入院した方が環境がいいのは明らかなんだけど、長介はかなり精神的に不安定になっていました。

   私 「病院にお泊りすれば、苦しいのはすぐによくなるんだって。どうする?」
   長 「ママも一緒に泊まるの?」
   私 「ママは一緒には泊まれない」
   長 「やだぁ(ワンワン大泣き)」

それを見ていた医者が、
「じゃ、おうちでがんばってみようか
というわけで、いいのか悪いのか、入院はしないことになったのでした。

引越し
薬を飲みながら、どうにかこうにか2週間を過ごし、やっと新居へ引っ越しました。今、住んでいるところです。
ここは、築10年のマンションなのですが、リフォームしてあるので内装はきれいです。
そして、引っ越したその日から、長介の喘息はピタッとおさまりました。やっぱり、官舎の部屋がいけなかったのです。
ちなみに、その官舎はその後まもなく取り壊されたのでした(笑)。

悪環境再び
その後、しばらく調子がよかったのですが、2ヶ月程した8月25日。突然、私の母が亡くなりました。心筋梗塞で本当に突然でした。というわけで、通夜&葬式もろもろで1週間ばかり実家に泊まっていたのですが、これがよくなかった。姉の一家もいて、古い布団に雑魚寝です。年の近い従兄達もいるとあって、バタバタ暴れまわって遊んでいても、こっちは忙しくてほったらかし。長介は毎晩2〜3度喘息の発作を起こし、あまりにひどい時は、オランダへ行く前に念のためもらっておいた吸入式の気管支拡張剤でしのぎました。
自宅へ帰ってくれば、少しはよくなるのですが、しばらくは彼岸だ49日だと実家に行く機会が多く、季節は秋だったこともあって体調不良の日々が続いていたような気がします。
そんな頃、 血管性紫斑病で入院することになってしまったのでした。

入院そして退院
病院では環境がいいので喘息はおきません。第一、紫斑病の方が重症なのでそれどころではなく、このS市民病院は初めてということもあって、喘息の治療は特にありませんでした。ところが、一度退院して自宅へ戻るとゼイゼイしてしまい、これを機にこの病院でも喘息&アレルギーの治療が始まりました。
この頃、アレルギーの検査を受けました。3才の時の検査と同様、ダニとハウスダストでしたが、ここでネコアレルギーもあることが判明しました。ネコを飼ったことはないのに、とよくよく考えてみると、オランダで住んでいた家の前の住人がネコを飼っていたのです。部屋の中にネコの毛があったのだと納得。
退院後は、紫斑病後の尿検査のために通院するのですが、しだいに喘息&アトピーの方がメインになって行ったのでした。

小学校入学
そんなこんなでいろいろ大変でしたが、長介も無事小学校へ入学しました。新しい生活。お友達もできました。喘息やアトピーは出ていましたが、風邪をひくこともなく、病院からもらう薬でなんとかコントロールしながら、1学期は休まず通学することができたのです。
とは言っても、夏休みの直前にはかなり頻繁に発作を起こしていて、病院で吸入や点滴を受けることもありました。
そして夏休み。お盆や母の1周忌で後半は遊べないので、7月に1週間ほど夫の実家へ長介と次郎を預けることにしました。入院などで心配かけたし、夫の両親も楽しみにしてくれています。長介は夫の実家に泊まってもゼイゼイするのですが、薬もあるしなんとかなるだろうと考えたのでした。

大発作
なんとかなりました。田舎に滞在中は、薬もきちんと飲みゼイゼイすることもなかったそうです。おそらく、親から離れて子供達だけの滞在に緊張していたんだろうと思うのです。喘息は緊張すると出ません。これは、私が経験的に知っていることです。ところが、帰宅すると出ました。発作です。
発作止めの薬は30分位で効いてきて、6時間位効果があります。それまでは、ゼイゼイするのは夜なので寝る前に発作止めを服用すると朝まで効いて、昼は元気に過ごせたのですが、この時は薬の効き目が切れるとすぐにゼイゼイしてしまうのです。そのうち、薬も効かなくなったので病院へ連れて行きました。病院ではまず吸入をして、それでおさまらないと点滴です。

1998年8月3日(月)
通常の通院日だったので、吸入をして薬をもらって帰る。夜、発作止めを飲ませる。
1998年 8月4日(火)
朝になってもゼイゼイしている。再び発作止めを飲ませて様子をみるが、おさまらないので病院へ連れて行く。吸入をして帰宅。夕方、またゼイゼイする。発作止めを飲ませる。夜、再びゼイゼイする。かなりひどい。再び、病院に連れて行く。今度は点滴である。時間がかかるので、私が付添って夫と次郎は一時帰宅する。点滴は、結局2本で終わったのは深夜3時である。
この頃になると、私も夫もかなり疲れてきた。
1998年8月5日(水)
午前中にまたもやゼイゼイする。点滴をしたばかりなので、発作止めで様子をみるがおさまらない。長介も点滴がいやなので病院へ行きたがらない。しかし、どうにもならないので午後、再び病院へ。看護婦さんに
「どうして、もっと早く連れてこないの」
と怒られた。そんなことを言われても、明け方まで点滴してたんだし...(泣)。
そして診察。
「入院してちゃんと治療した方がいいな。お母さんも疲れるでしょう。」
はい、疲れます。長介だって苦しいし、ここは入院してもらった方がみんなのためだ。

入院
というわけで病棟へ。入院手続きも3回目ですが、喘息でというのは初めてです。でも、こういっちゃなんだけど、紫斑病で不安いっぱいだった時と対照的に私は安心感でホッとしていたのです。というのも、入院となればさっそく点滴だし、点滴すれば苦しいのはすぐにおさまるし、病院にいる間はとりあえず発作は出ないはずだし...。入院期間も、だいたい1週間と決まってます。前回の入院の時に、喘息で入院してくる子をたくさん見ているのでわかるのです。3〜4日で点滴がはずれて2〜3日様子を見て退院。これで退院できない子は、かなり重症な子達なのです。
入院中の長介は超元気でした。点滴をひきずりながら歩き回りじっとしていません。点滴がはずれると病棟の廊下を走り回って、お医者さんや看護婦さんによく注意されていたくらいです。しかし、このことが後に「自業自得」という言葉となって返ってこようとは私も長介も思いもしなかったのでした。

検査
この入院で、お決まりの採血があり、再びアレルギーの検査をしました。結果は最悪。特に、ネコの数値が最高の99.9です。で、よくよく考えてみると、家も近くて仲良しのY君の家に毎日のように遊びに行っていた長介。そう、Y君の家ではネコを飼っているのです。しかし、ここまでひどくなっていたとは...。
前回の検査でネコが出ているので、心配はしていたのです。が、やっぱりお友達と自由に遊ばせてやりたいし、様子を見ていたのです。夏休みの直前に、発作を頻繁に起こしていたのも、あとから思えばこれが原因だったようです。そういえば、一度はY君の家で発作が出て、その後病院へ連れて行き点滴になったこともありました。

退院そして再入院
入院中、「引っ越して1年の間に部屋も汚れてきたんだなぁ」と反省した私は、念入りに掃除をし、ぬいぐるみの類は箱に詰め、布団はダニパンチ機能付きの乾燥機&掃除機をかけ、業者を頼んでエアコンのクリーニングもしました。これで、しばらく喘息が落ち着いてくれることを期待しつつ...。
長介は順調に回復し、5日後の8月10日に退院しました。
ところが、急に大掃除をしたのでホコリが舞っていたのか、その晩また発作です(泣)。翌日、8月11日に病院へ連れて行くと、再び入院となってしまったのでした。

ステロイド吸入
家に帰ると発作が出て戻ってくる子は多いのです。病院にいれば元気なのですが、帰宅できないのは問題です。そういう子にはアルデシンというステロイド吸入剤が処方されていたのですが、ついに長介にもそのアルデシンが処方されることになりました。
この病院では、医者からアルデシン使用の支持が出ると薬剤師さんがやってきて吸入の方法を指導してくれます。翌日には、きちんと吸入できているかどうかチェックしにきてくれて、親に対しては薬の効用と注意事項を説明してくれるのです。吸入後よくウガイをしないとカビが繁殖しやすくなること、続けないと効果がないこと、急に止めるとリパウンドで大発作となり危険な場合があることなどを丁寧に説明してもらいました。
はじめにかかったS国立病院とはエライ違いです。S国立病院で入院し損ねた時も、ステロイド吸入剤が処方されたのですが、ただ渡されただけで詳しい説明はありませんでした。

長期入院へ
アルデシンはだいたい1週間くらいで効果が出てくるので、そうしたら退院できるはずでした。
ところが、点滴もはずれもうすぐ退院という8月15日血管性紫斑病が再発してしまったのです。喘息とは関係ないのでここには書きませんが、とにかく退院は延期です。この入院期間中、長介はアルデシンを含め喘息の治療も受けていましたが、治療のメインは紫斑病に移ってしまいました。そして、いつ退院できるともわからない日々が始まったのでした。

外泊
10月の中旬、ようやく紫斑病の方もよくなってきて週末には外泊の許可が出るようになりました。金曜日の夜から月曜日の朝までの3泊4日です。ところが、家に帰ってくるとゼイゼイしてしまうのです。1回目の外泊では1日繰り上げて病院へ戻りました。そして、2回目の外泊では翌日の土曜日には病院へ戻らなければならない状態だったのです。これでは紫斑病がよくなってきてるのに、いつまでたっても退院できません。私はどうしたものかと頭を抱えてしまいました。
ちなみに、この頃、もう一度アレルギーの検査を受けたのですが、入院生活のおかげか結果はかなり改善されていました。

お金で買う健康
夫が動きました。それまでは、和室に綿の布団を敷いて親子4人で寝ていたのですが、この布団を撤去するしかないということになったのです。ベッドは部屋が狭くなるので避けていたのですが、そんなことは言っていられません。我々は2段ベッドとインターネットで探したクリニックふとんを購入することにしました。ベッドは安物ですが、それでも5万円。布団はシングルセット約10万円。3組で約30万円。本当は4組必要なのですが、敷く場所がないので次郎は適当に寝てもらうということで...(笑)。で、結局全部で35万円の出費です。まさしく、お金で買う健康です。
そして、家にある布団類は全て夫の実家に持っていきました。冬の厚掛け布団までありますから結構な量です。これらを、部屋に積み上げた時、なんと私も発作が出たのです。原因はこれでした。使っている布団に掃除機をかけるくらいでは、全然甘かったと思い知ったのでした。

退院
その後しばらくは、空中にダニが残っていたのか、私の発作も続いていましたがやがて落ち着いてきました。
11月になりました。外泊です。長介の発作は...出ませんでした。やりました(笑)。あとは、紫斑病の経過だけです。
そして、 11月24日すったもんだしましたが、やっと退院できたのでした。

安定
退院後、長介の喘息は大発作をおこすこともなく落ちついています。春先も梅雨時も大丈夫でした。Y君の家にも遊びに行っています。
そして、1999年11月現在、少し不調な日もありますが薬でコントロールできています。今後のことはわかりません。しかし、この病気は体質的なものなので、根治しなくても普通の生活が送れる程度にコントロールできればいいんじゃないか...私はそう考えています。


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