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天間家三兄弟紹介...長介(長男8才)、次郎(次男6才)、三太(三男0才)...仮名

2000年1月6日(木)  奇跡の人

テレビで古い映画をやっているのを偶然見て、ついついそのまま最後まで見てしまった。ヘレン・ケラーの物語である。
泣きました。

実は小学生の頃、ヘレン・ケラーの伝記の読書感想文で賞をもらったことがある。まぁ、年齢的に内容よりは文章が整ってさえいれば褒められるので、そういばれたことではない。それはそうと、当時の私は完全にヘレンの視点で読んでいた。ヘレンの伝記だし、子供同志だし、当然と言えば当然である。目も見えなくて耳も聞こえなくて、言いたいことも言えなくて、サリバン先生に厳しくされてがんばって、ヘレンはエライ。そんなことを書いた様な気がする。なんと稚拙な感想だろうか(笑)。当時は、自然に言葉を使っていた身であるから、感情はあるのに言葉を持たないことが全く想像できなかった。

結婚前、映画館で「奇跡の人」を見た。たしかヘレン役は「大草原の小さな家」のローラだった。この時の私はサリバン女史の視点であった。がんばったのは、ヘレンではなくアン・サリバンであることがわかる年になっていた。わからなかったら、かなり恥ずかしいよね(笑)。アン自身の不幸な生い立ち。ヘレンの可能性を理解しようとせず甘やかす肉親。わがままで手の付けられないヘレン。様々な困難に立ち向かい情熱的にヘレンに言葉を教えようとするアン。エライなぁ。まぁ、標準的な感想です。感動的ではあったけど、映画館だし泣くほどのことはなかった。いや、ちょっとホロリとしたかな?

ところが、今回偶然見た映画には大いに感動し、大いに泣いてしまった。私は母親の視点でみていた。前回見た時は、家族はアンの仕事を邪魔する愚かな存在でしかなかったのに、今はヘレンとアンを見守る母親の気持ちが痛いほどわかる。幼くして視力も聴力も失った我が子。感情はあるのに言葉を持たず、思い通りにならずにカンシャクをおこす姿は、2才から成長が止まっている。今のままでヘレンが幸せとは思えない。かといって、どうしていいかわからない。ヘレンを厳しくしつけようとするアンのやり方を頭では理解しながらも、母親を恋しがる子供に手をさしのべられない切なさ。こういうのは、母親だけの感情なんだろうか?

子供が病気になり場合によっては入院する。病気を治すために必要なことは理解できても、つらい検査や治療。苦い薬。家族と離れての入院生活。そういうことに耐える、もしくは耐えられずに泣く子供をただ見守るだけの切なさ。もう、考えただけで涙が出ます。

親になる前は理解できなかったけれど、親心というのは子供が病気や障害を持っていることが悲しいわけじゃないんだよね。そのことで、子供自身が苦しむ姿がつらいのよ。だから、病気だろうが障害があろうが笑顔でいてさえくれれば、それで満足なんである。少なくとも私は...。 馬鹿であろうが、不器用であろうが、愚図であろうが...(苦笑)。

今日の三兄弟はみんなニコニコ。


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