2000年5月25日(木) ゲーム禁止令
今の子供達はテレビゲームが大好きである。それはいい。我が家では、やりたいだけやらせている。というか、自分の遊びの時間をどう使おうが、本人の自由ということでほったらかしている。すると、次郎はすぐに飽きるようだが、長介はかなり集中してやっている。何かに集中するというのはいいことだ。だが、モノには限度がある。睡眠時間を削ってまで、というのはまだ早すぎる。というわけで、目に余る時はちょっと声をかける。
「長介。自分でちょっとやり過ぎだと思わない?」
ゲームのやり過ぎの弊害は、普段から話して聞かせているので、本人も自覚はしているのだ。目が悪くなる。疲れる。他の遊びをする時間がなくなる。
「うん、思う。」
けっこう、素直だ。
ところで、よその家での考え方はまたそれぞれのようで、いろんな子供がいる。その中で、私が気になるのは、ゲームやりたさに遊びに来る子供達だ。
長介が1年生になって友達ができて、家に遊びに来るようになった。私は基本的に子供は自由に遊ばせたいのでほっておくと、たいていゲームを始める。始めのうちはみんなでワイワイやっているが、1人か2人しかプレイできないので、そのうちゲームを見ている子が飽きてきて、他の遊びを始める。下手をすると外へ遊びに行ってしまう。長介がいなくて友達が我が家でゲームをしている。これはどういうことだ?
我が家は、ダンナがゲーマーなのでゲームはかなり充実している方だと思う。そこで、友達が友達を連れてきて、長介が直接親しいわけではない子供までもが連日遊びにくるようになる。そして、長介は外へ遊びに行ってしまう。この状況はどう考えても変だ。
私は、長介に友達とのゲーム禁止令を出した。
次郎が1年生になって、ある日友達を連れて帰ってきた。その子はランドセルを背負ったままである。どうやら、ゲームの自慢話から「一緒にやろう」ということになったらしい。1日目は、ちょっと様子を見ていた。すると、翌日もその子はランドセルのままやってきた。ためしに私が、
「次郎、三太が寝ているから外で遊んでよ」
というと、次郎は素直に外で遊ぼうとするのだが、その子は
「ぼく、ゲームやりたい」
と言う。そこで、
「ゲームなら、自分の家でやったら?」
と言うと、要は遊びたいソフトが我が家にあってその子は持っていないということらしい。次郎と遊びたいのではなく、ゲームが目的なのは明らかだった。
私は、次郎とその子にゲーム禁止令を出した。
ゲーム禁止令を出しても特に問題はないようだ。長介も次郎も毎日外で楽しく遊んでいる。それで、友達がいなくなるということもない。一人でゲームをする分には自由なので、不満も言わない。
それにしても、最近の子供達は、どうやらよその家のゲームを公共の設備と同じに考えているらしい。
「今日は、公園で遊ぼうぜ」
と、同じノリで
「今日は、○○んちでゲームやろうぜ」
ということになる。○○君は関係なく、○○君の家のゲームが目的だ。そして、○○君の家の人が、子供の友達だからと歓迎しておやつでも出そうものなら、そこは天国だ。
これは、絶対間違っている。一見仲良く遊んでいるように見えても、不健全だ。世間で問題になっている「いじめ」を見ても、いじめる子は相手の物は自分の物と考えているふしがある。躾もなにもあったものじゃない。
子供に媚びちゃあいかんぜよ。