14階の庭/その2


「ところで、四次元の世界ってどんな所だか知ってるかい?」
おじさんは真顔でS君に尋ねました。
「えーっと、えーっと、・・・手塚治虫の、”異次元の世界”・・時間よ止ま れ!」
「は、は、は、そうだね、君やおじさん達の住んでいる世界を普通は”三次元 の世界”って言うんだね。そして、時間か加わった”世界が四次元の世界”、だ よね」
「そうだろ・・・」
「おじさんの考えは、少し違うんだな」
おじさんは、腕組みして空を一睨みして
「ところで、”点”て、わかるね」
「てんて、ちょぼのテンだろ・・」
「そう、ちょぼ点。この点をずーっと動かしてみる」
そう言いながら、親指と人差し指の先でいかにも点をつまんでいるように、空 間を上手に、横に向かって動かしました。
いかにも、何かが動いているように見えました。
「この点の動きが、時間を無視して、同時に見えるとしたら、何にみえるかね 」
「えーと、点が動いているから・・・」
「少し難しいかな、点が動くとする。で、その時の点の動いた痕(あと)だけ ど・・・、なんて言うかな・・・そうそう、上空空を飛んでいる点にしか見えな い飛行機が描く、飛行機雲の様なものだな」
「うん、すこしだけど、ぼく、おじさんの言いたいこと分るよ」
「線は、基準の点だけの世界に時間が関わることによって、1次元の世界に映 ることが出来るんだ。この線を直角に、ずーと動かすと・・・なにに見えるね」
こんどは両手を使って、いかにもひもを指先でつまんだような仕草で、ずーと S君の顔に近づけてきました。
S君はどぎまぎしながら頭の中でひもが動く姿を想像しました。ひもが頭の中 ですごい速さでグルグル回りました。段々まあるい筒に見えてきました。
「えーとね、平らな面」
「君は、スゴイね。当たりだよ、大当たりだ、こいつはスゴイ、平面なんだ」
おじさんは、こおどりして手を打ちました。
「平面、そうさ、二次元の世界てやつさ。ここでも次元を移るには時間が重要 な役割をはたしてるってやつさ」
「じゃあ、平面が動いたときの軌跡(きせき)、おっと、難しい言葉だ。影、 動いたあと形だな。これ、分かるかね?」
「立体」
ノートでパタパタ団扇(うちわ)にすると、箱にみえてくるのをおもいだした からです。
「うまい、うまい、君は秀才だ」
そう言って、S君の頭をなぜました。S君は少し顔を赤らめました。
「大いに満足だね、おじさんは。じゃあ、もう少し、考えてだね、立体が動い たときのあと形は、何だと思うね?」
「ぼく、わかんないよ」
「広がりさ、広がりの世界さ・・・、世間の科学者は、時間だなんて言ってお るが、時間は次元を移動するための条件に過ぎないんだ!」
「おじさん。ぼく、理科と算数あまりできなんんだ・・」
「うん、それは違うね、先生が出来ないから君もできないだけなんだよ。今の 勉強は、記憶量を点数に置き換えているだけだからだめなんだ。で、元に戻すが 、線をある速度で動かす、そして、ある時間を掛ければ平面になる。平面が運動 しているとしょう。で、時間を掛ければ立体になる。立体が、あらゆる方向に運 動しているとしょう。それに、時間を掛けて出来るのが”四次元の世界”ってや つさ。だろう?」
S君は少し退屈して、棚の上の機械のレバーを動かしていたときに急にたずね られたので、少し慌てました。
「おじさんぼく知ってる四次元の世界は、”時間よ止まれ!”て言えば、動い ているすべてのものが止まっちゃうんだ。」
「いやいかんね。いかん、しゃくし定規に覚えちゃあ間違っていても分からん じゃあないか。たとえばさ、犬がいて、その犬が生まれてから段々大きくなって 何年かたってそして年を取って亡くなってしまう、これらの事が同時に存在すれ ばなにに見えるかね」
「おじさんこの顕微鏡のぞいてもいい?」
S君が唐突に尋ねたので、おじさんはも少し慌てました。
「えーと、そう、そこの水、それを見ればいい」
「これなに」
「汚水だよ」
「おすい?」
「汚水汚れた水さ。汚い水の中にもたくさんの生命があるんよ。さあ見てごら ん」
「あ、何か動いてる。」
「多分いま見えているのは活性菌だろう」
「汚水って汚い水なのに、どうしてきれいに見えるの?]
「人間がすめないからさ」
「へんなの」
「そうそう、アインシュタインは、三次元の世界、わたしたちがいま生活して いる立体の世界に、時間軸を加えて四次元の世界としたしかしだ、そりゃ間違っ てるよ。時間は次元を移るための必要な条件であって、次元そのものではないん だ」
「おじさん、ぼく宿題あるので帰るよ」
「あ残念だな」
おじさんは、S君がそわそわ帰りたそうに言ったので、がっかりしました。
家に帰ったS君はベランダからおじさんの家のベランダを眺めましたが、先ほ ど敷かれていた砂の庭は見えませんでした。
濃い青の空が広がっているだけでした。

次の日S君が学校から帰ってくると、やはりおじさんはバケツに砂を集めてい ました。
「おじさん、こんにちわ]
「や君か、頭痛は直ったかね」
「へへ、おじさん、庭できた?」
「上できの出来さ!。ついでに花の種でもまこうかと思ってた所さ」
「おじさん見に行っていい?」
S君はすごく見たく思いました。
「ああ、いいとも」
「じゃあカバン置いてくる」
S君はカバンを家の中に放り投げるように置くと、急いでエレベータに飛び乗 ると、14階に行きました。
おじさんの家にるなりいっきにベランダに行きました。
びっくりしました。ベランダの向こう側はどこまでもどこまでも広々とした砂 原が広がっていたのです。
「すごい・・・・」
「どうだ、驚いたかね」
「うん、広い・・、広いよ。ぼく庭に入ってもいい?」
「良いとも、でも注意しなくちゃあだめだよ、まだ、うまく向こうの世界につ ながっていないからね。ベランダから落ちちゃうかも知れないんだ」
S君はおじさんの言われた場所から恐る恐るベランダの向こう側に足を延ば しました。
確かに足が砂地に乗りました。
地面に降り立つと
「うわ、おじさんどうしてこんなことできるの?これ、手品なの?」
「手品じゃないよ、現実さ」
「どうしてこんなことできるの>?」
「孤独だからさ」
「こどく?」
「一人ぼっちてこと」
「この団地には、沢山の人がいるじゃない」
「そうだね・・」
おじさんは、小さなスコップをS君に渡すと、自分もベランダから砂原に出て きました。
「ね、おじさんどうして友達作らないの?」
「おじさんは変わり者だから、だれも相手にしてくれないんだ」
「そうかな。僕の友達にも、ラジコン作ったり、かえるを解剖するのが好きな 一郎君ね、クラスの人気者だよ」
「大人はそうは行かないんだよ」
「S君は砂の上をゴロンゴロンと二三回寝転がってから、仰向けになって空を 眺めました。
青い空がずっと広がっています。
見ているとなんか自分が湖にぽっかり浮いいて、湖の底の方を見ているように 感じました。
「気持ち良いね、何もない広々とした所って、こんなに気持ち良いんだね」
「ああ」
「でも、どうして友達がいないとこんな事ができるの?」
「いつも夢を見るからさ」
「夢見ればできるの?」
「はは、人間て、大勢人が住んでいる中にいて一人ぼっちは、窮屈で心苦しい ものだよ。一人だけの世界ならなんの気兼ねも要らないし、自由でいいられるか らね」
「そんな所、たくさんあるよ」
「いや、いま住んでいる世界は、一人の人間ではどうする事もできないほど窮 屈で動きの取れない世界になってしまっているんだよ。みんなは、薄々気づいて はいるがどうする事もできないとあきらめてしまっているんだ」
「そうかな、ぼく、とても楽しいよ。だって、団地の前にも広い公園があるし 、駅前の商店街には楽しい事いっぱいあるよ。あ、大変だ。映画の約束忘れてい た。おじさんぼくいかなくっちゃ」
その後も、S君はよく、おじさんの家に遊びに行きました。
そのたびに、砂原は広くなって、少しずつ景色も変わってきました。
木が植えられ、池ができ、花が咲き小鳥も来るようになりました。
ある日の事です、おじさんの家の扉をいつものようにノックしましたが、なか なかおじさんが現れません。
やっと扉が開いて出てきたおじさんの顔はいつもと違ってとても悲しそうでし た。
「おじさん、どうかしたの?」
「いや、なにもないよ」
そういう言う声も、いつもよりずっと重く感じられました。
あまり話さないおじさんの後から、首をすくめながらベランダの方に行きまし た。
「やはり無理だったんだ」
おじさんがつぶやきました。
「向こうの世界とこちらの世界とはつながっているようだけど、位相がずれて いたんだ」
「い・そ・う?」
「そう、位相さ。きみが高校生になればわかるさ」
「それが、どうして庭と関係があるの?」
「こちらの三次元の世界と、砂で作った庭のある、三次元の世界とは四次元の 世界で共存しているんはずなんだが、私たちには両方にはいられないんだ。位相 がずれて始めたんだよ」
そう言って頭を抱えるように椅子に座り込んでしまいました。
「おじさんまた来るね」
「わるいね」
しぼり出すような声です。
家に戻ったS君は心配そうにおじさんのいる14階を見ましたが、ただ誰もい ないベランダが見えました。もちろん、砂原も有りません。

さて、その後S君とおじさんがどうなったかわかりますか?
S君は机に向かって頭を抱え込んだおじさんの姿を見てから、ずっと長くあう 事が有りませんでした。
学校の宿題や、友達と約束があったりしてすっかりおじさんの事を忘れてしま っていたからです。
いつだったか、管理人の人があまりおじさんの姿をを見かけないもんで合鍵で 部屋に入ったら、家の中は空っぽだったそうで、団地では夜逃げしたと言ううわ さが流れました。
S君はそれを聞いた時、きっとおじさんは向こう側の世界に言ってしまったの だと思いました。


ベランダの外がわに庭を作れるのは、いまのところ世界中でただ一人、おじさ んだけだから、まねはしちゃあいけないよ。