10年後の手紙


前略。
先輩お元気ですか。
仕事の方はうまくいってますか。お子さんはお元気ですか。

しかし、とうとう僕も手紙のマクラにこんな文句を書くようになったんですねえ。そういえば先輩が大学を卒業なさってから今年で10年目。僕が今年で9年目になるんですから、もうお互い30歳を過ぎて中年と呼ばれるトシなんですね。

そうそう、先輩のところへは手紙がいきましたか。
あの舟引が(舟引のこと憶えておられますか、あの作用の山猿「ちあき」です。)やっと、嫁さんをもらったそうです。これで56年入学の島大SF研OBはみんな結婚したことになります。子供の方は野池が2人、河越・三声が1人ずつ。そして松田がまだで、渡辺はこないだ来た手紙によればそろそろ3人目ができるそうです。
それにしても、あいつらがみんな結婚できたというのが僕は今もって信じられません。ほんとに。

ところで、スタンフォードに行ったきりの近藤さんはどうしたんでしょうね。
3年前に奥さんから手紙が来たときは、なんかJPLから声がかかっているとか書いてありましたが、デバイスの研究やってるはずの人になんでパサデナから誘いが来るんでしょうね。
でも、そういえば春のカプリコン1の打ち上げの時のJPLからの中継の中でカール・セイガンの横に熊みたいな日系人がすわっていた、と同僚が話していましたが、ひょっとしてそれが・・・。
しかしあの人のことだからどこにいても元気でやってることでしょうね。

こないだ島大へ集中講義に行ったとき、久し振りに飛サンに会いました。前もって電話しといたので駅へ迎えに来てくれていたのですが、日曜日だったせいもあってか、家族総出で出迎えてくれてました。例の美人の奥さんもあいかわらず美人でしたし、2人のお子さんもあいかわらず元気そうでキャーキャー言いながら駅の中を走り回っていました。
結局その夜はトビさんの家に泊めてもらうことになったのですが、夜みんなで飲んでいるとき、山藤さんが今松江にいるということを教えてもらい、それじゃ山藤さんも呼んでみんなで飲もう、ということになり10時をまわっていたのに電話をしてしまったのです。
結果としては、その夜は出てこれないという返事だったのですが、僕が松江を離れる日にトビさんと3人で会おうということになりました。

そしてその日、駅で待ち合わせていたのですが最初は山藤さんがわかりませんでした。それほどきれいになっておられたのです。トビさんとは卒業後も数回会っていたのですが、山藤さんと会うのは10年ぶり!
10年間で女性というのはこんなにもかわるんだろうか、と思いました。
学生時代もきれいな人でしたが、結婚されてそれにますますみがきがかかったようです。その時、お子さんを連れて来ておられたのですが、いかにも幸せな若妻、という感じでお子さんを抱いた姿を見ているとなつかしさとあいまって涙がこぼれそうになりました。
左手の薬指にはめたリングがキラキラ輝いていたのが印象的でした。

上杉サンはあいかわらず倉敷でシコシコやっているそうだし、柳井サンもまだ東京でがんばっているとか。

僕は来月からバークレーです。単身ですので少し不便ですが、ま、これも2人の扶養家族のため。他のみんなもがんばって生きてるんだから僕も負けられません。でもときどき無責任にワイワイ騒いでいた10年前がなつかしくなることもありますが、ふりかえってちゃダメなんですよね。

それでは、またいつかお会いできるときを楽しみにしています。

1993.秋.京都にて たかし

島根大学SF研機関誌アステリスク別冊第2号『ASTERISK EXTRA 2』"Congratulation for your graduation"issue (1983/04/05)所収

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