当日使用したアナウンスの原稿を収録しました。曲目解説としてもお読みいただけると思います。
皆様、こんにちは。
本日は、アルス・ノーヴァ クラシックコンサートにお越しいただき、誠にありがとうございます。
早いもので、私たちのこのコンサートも第10回を迎えることとなりました。これも、こうして演奏会に足をお運びくださる皆様のおかげと、心より感謝いたしております。本当に有難うございます。
これからも変わることなく、皆様と音楽を楽しんでいくことが出来ればと思っております。どうぞよろしくお願い致します。
さて、今日の最初の曲は、シュルツ・エヴラーの編曲による、「ヨハン・シュトラウスの、美しく青きドナウによる演奏会用アラベスク」です。
シュトラウスのこの曲は、非常に有名なワルツであり、合唱などとして歌われることも多いため、皆さん一度は聞いたことのあるメロディだと思います。この有名な美しい旋律を、ピアノで華やかな効果を出すために編曲されたものがこの作品です。
ところで、5年程前のことですが、私がハンガリーのブダペストを訪れた時に見たドナウ川は、題名から感じるイメージとは違ってかなり濁った泥のような色をしていました。現実とは何事も厳しいものですね。シュトラウスがこの作品を創った頃には、まだ「美しく青き」流れだったのでしょうか。
(演奏 : 松本 昌敏)
次は、ドビュッシーの「ベルガマスク組曲」より「前奏曲」です。
この曲はドビュッシーが、フランスの詩人ヴェルレーヌの「華やかなうたげ」という詩集に刺激され、作曲したものです。ヴェルレーヌの詩はドビュッシーの才能を刺激し、そのもっとも個性的な表現をうながしたと言われています。
詩の一節をご紹介しましょう。
『さまざまな仮面、ベルガマスクが、楽しげに歌いながら過ぎていく。仮装の下の心は悲しみに満ちているのに…。』
ベルガマスクとは、イタリア喜劇の仮面化粧の姿のことです。
(演奏 : 山口 智子)
フォーレはフランスの作曲家です。フランス人の作曲家といえばドビュッシーが有名ですが、フォーレは彼よりも23年早く1849年に生まれました。
本日演奏いたします、この無言歌は、フォーレが18歳の時に作曲したもので、彼の最初のピアノ作品です。
第3番は、まるでそよ風に吹かれるかのような柔らかさと、素朴でありながらもお洒落な雰囲気とを持つ、フォーレらしい作品です。
(演奏 : 森田 こより)
今からお送りするのは、「ブラームスのハンガリー舞曲第5番」として余りにも有名な曲です。
ここで、「ブラームスのハンガリー舞曲」について少しご説明したいと思います。
ブラームスはハンガリー出身のヴァイオリニストと共に演奏旅行をしたのをきっかけに、ハンガリーの音楽に大変興味を持つようになりました。その後、ウィーンに定住してからも、旅芸人…いわゆるジプシーの楽団からハンガリー音楽のメロディーやリズムを直接教えてもらいました。それをほぼ忠実にピアノ連弾用に編曲したのがこのハンガリー舞曲です。
その後、この作品は大変人気が出て、「ブラームスのハンガリー舞曲」として有名になってしまったため、ブラームスはハンガリー系の音楽家たちから「著作権侵害だ!」と言われる一幕もあったようです。
それでは、ハンガリー系のジプシーたちの音楽をお聴き下さい。
(演奏 : 第1奏者…森田 こより、 第2奏者…小笠原 順子)
次の作品はモンポウ作曲の「歌と踊り 第6番」です。
モンポウはフランス系の血を引くスペインの作曲家で、1893年に生まれました。日本では明治の中ごろになりますね。また1987年になくなったので94歳という長寿の作曲家です。
彼は、作曲に関してはほぼ独学でした。そのせいか、かなり自由な作風を持っています。
代表作である「歌と踊り」にも、個性的で民族色豊かな独特の感性が見られます。歌の部分では人の心の情感を表現し、踊りの部分では、それとは打って変わって、スペインの独特で民族的なリズムが特徴的に描かれています。
上田多嘉子さんの演奏でどうぞ。
(演奏 : 上田 多嘉子)
皆様は大切な人のために何かを贈ったことがあると思いますが、大作曲家たちは時に大切な人の為に曲を書きました。次にお送りしますワルツはまさに、1835年、ショパンが25歳の時、心を惹かれたマリアという娘のために書かれたものです。
優雅で憂鬱な旋律(メロディー)は恋愛のやるせない想いのようです。
結局二人は結ばれず、後にマリアはこの曲を「別れのワルツ」と名付けて愛したのです。
(演奏 : 山口 智子)
次にお送りするのは、シューベルト作曲、即興曲 作品90の3変ト長調です。
みなさん「歌曲の王」という言葉に聞き覚えはありませんか?
シューベルトは、有名な「野ばら」や「魔王」という歌曲を作った人です。これらは学校の音楽の授業にも取り上げられるので、皆様良くご存知のことと思います。
彼は1797年から1828年という31年間の短い生涯の中で、たくさんの美しい曲を書きました。この作品は1827年に書かれたとされ、早熟なシューベルトの晩年の作品といえます。
(演奏 : 小原 まや)
イギリス生まれの作曲家、グレインジャーの作品で、「イギリス・フォークミュージック曲集」から「シェパーズ・ヘイ」をお聴きいただきましょう。
これは、イギリスに古くから伝えられた民族舞踊、フォークダンスの曲をグレインジャーがピアノ用にアレンジしたもので、「シェパーズ・ヘイ!」というのも直訳すれば「羊飼いの呼び声」とでもいうのでしょうが、いかにもイギリスのフォークダンスという雰囲気が出ています。
彼はこのダンス曲を、自由に勝手気ままにアレンジしておいて、こう言っています。「この曲はダンス用には適しません」と。
それではお聴きください。
(演奏 : 小笠原 順子)
次は、ポピュラーのナンバーからお送りいたしましょう。「Tea for Two」と、「メイプル・リーフ・ラグ」の2曲です。
Tea for Twoは『2人でお茶を』の邦題で知られる有名な曲で、もともとは1925年のミュージカル「ノーノーナネット」の為に作られた曲です。また、1950年の映画『TEA FOR TWO』でも、主演のドリス・デイが歌い大ヒットしました。
その親しみやすいメロディと、暖かな歌詞に人気があり、現在でもスタンダードとしてよく歌われているようです。
また、ジョップリンの「メイプル・リーフ・ラグ」は、「ジ・エンターテイナー」と並んで、彼の最もポピュラーな傑作です。
”ラグタイム”は、19世紀末、アメリカのミズーリ州セントルイス等を中心に起こった黒人のピアノ音楽です。
1920年代以降しばらく人気を失っていたようですが、1973年の映画"スティング"でスコット・ジョプリンの曲のいくつかが使われ、一般的に再認識されるようになりました。
1899年、この「メイプルリーフ・ラグ」が大ヒット。ジョップリンはラグタイム作曲家としての成功を手にしました。
2曲とも皆さんどこかで聞かれたことのある曲だと思います。
(演奏 : 小原 まや)
前半の最後は、なかなか他に例のない、珍しい作品をお聴きいただきましょう。曲は、ラヴィニャック作曲の「ギャロップ=マーチ」です。何と1台のピアノを4人で演奏する1台8手連弾です。楽しいリズムと、ダイナミックな響き、そして4人でのパフォーマンスの面白さをお楽しみください。
(演奏 : 第1奏者…森田 こより、 第2奏者…山口 智子
第3奏者…上田 多嘉子、 第4奏者…小笠原 順子)
ここで15分の休憩を頂きます。
では、後半に移らせていただきます。
後半の最初は、洒落た響きのシャンソンのアレンジをお楽しみ下さい。「パリの空の下で」、「ラ・メール」、「枯葉」、「セ・シ・ボン」の4曲を続けてどうぞ。
(演奏 : 松本 昌敏)
次は、リスト作曲の「ラ・カンパネラ」です。
リストは1811年、ハンガリーに生まれ、その頃の音楽家には珍しく74歳で大往生を遂げた、長寿の作曲家でした。
ちょうど日本では、江戸時代から明治時代への変動期を迎えていた頃でした。
ところで皆さんは、ツェルニーという作曲家をご存知ですか? ピアノを習う人なら一度は苦労するあの「ツェルニー30番」とか「40番」を書いた人です。あのツェルニーはベートーヴェンの弟子で、素晴らしいピアニストでした。そしてリストはそのツェルニーさんに学んだお弟子さん…つまりベートーヴェンの孫弟子に当たるのです。リストはそんな凄い人達の中ですくすくと才能を開花させ、「ピアノの魔術師」とまで呼ばれるようになったのです。
さて、これからお聴き頂きます「ラ・カンパネラ」は、もともとヴァイオリンのために書かれた「小さな鐘のようなロンド」という曲をリストがピアノのためにアレンジしたものです。原曲はとてもシンプルな曲だったようですが、「ピアノの魔術師」リストの手に掛かった「小さな鐘」は、もうそれはそれはダイナミックな一曲に仕上がっています。
それではどうぞ。
(演奏 : 小笠原 順子)
ドビュッシーは、1862年から1918年を生きたフランスの作曲家です。日本では、江戸時代の終わり頃から明治、そして大正7年まで、ということになります。彼は音楽を、まるで絵画のように色鮮やかに描き出しました。
ドビュッシーの前奏曲集は、彼のピアノ作品の中でも最大の傑作といわれています。今日はその中から「アナカプリの丘」と「ミンストレル」を演奏しますが、アナカプリとは、ナポリ湾の中にある「カプリ島」の中の小さな町の名前で、この曲はその町での踊りや歌、そして明るい太陽といった南国の輝かしい情景を、タランテラのリズムに乗せて描き出されています。
もう一曲の「ミンストレル」は、この曲では道化師のことで、太鼓やバンジョーに合わせて様々な表情が描かれています。非常にユーモアなセンスを持つ作品です。
(演奏 : 森田 こより)
次の作品は、ベートーヴェン作曲の「エコセーズ」です。
この曲は、1825年、ベートーヴェンが亡くなる2年前に作られました。その前の年の1824年には、皆さんもよくご存知の、あの「第九」を作っています。
この曲は「第九」のような大きな曲ではなくて、かわいらしい小品となっています。
ベートーヴェンが晩年聴覚を失い、耳が聞こえなくなってしまったということは、皆様ご存知のことと思いますが、この曲を作った頃はもうすっかり聞こえなくなってしまっていたそうです。
(演奏 : 小原 まや)
次にお送りしますのは、ハチャトゥリアンのバレエ組曲「ガイーヌ」より、非常に有名な「剣の舞」です。
ハチャトゥリアンは1903年に生まれ、亡くなったのが1973年ですから、比較的「新しい」作曲家といえます。彼はロシア人、正確にはアルメニア人で、そうした各地の民族音楽を基にして、生命力に溢れるバレエ音楽やオペラなどを作曲しました。
今回お送りする「剣の舞」は彼の二つ目のバレエ「ガイーヌ」からの作品です。このバレエの初演の前日、急遽必要となった作品で、一晩のうちに一気に書き上げられたといわれています。そしてこの作品は初演以来、異常なまでの人気を博し、ハチャトゥリアン自身のシンボルとまで言われるほどです。
クルド族に伝わる、出陣の舞踏のリズムを、打楽器を生かした激しいリズムで描かれています。
(演奏 : 第1奏者…上田 多嘉子、 第2奏者…松本 昌敏)
レスピーギは1879年生まれで、近代のイタリアの作曲家でもっとも有名な人物でしょう。主に歌劇や交響詩などを作曲したため、ピアノ曲は数少ないのですが、なかなか魅力のある小品を残しています。
彼は、中世やルネッサンス時代の音楽に大きな興味を持ち、それをイタリアの民族主義と結びつけた独自の作風で、数々の傑作を書きました。この「リュートのための古風な舞曲とアリア」は、そうした彼の特徴が最も良く現れており、16世紀のイタリアの作品の旋律を用いて、美しい響きを引き出しています。
シチリアーノはイタリアのシシリー島に起源をもつ、ゆったりとした舞曲のスタイルのことです。
(演奏 : 松本 昌敏)
アストル・ピアソラは1921年にイタリアからの移民二世としてアルゼンチンに生まれました。8歳の頃からバンドネオン…これはアコーディオンのような楽器で、タンゴには不可欠なものです…と音楽理論の勉強を始めました。十代の頃からラジオ出演などを行い、18歳では本格的なバンドネオン奏者としてタンゴの世界に入り、アレンジや作曲で認められるようになりました。
このリベルタンゴは、ブレノスアイレスでの音楽活動に限界を感じたピアソラがイタリアへわたり、そこで作曲されました。リベルタとタンゴとが組み合わされた曲ですが、リベルタというのはイタリア語で自由という意味があります。
リベルタンゴはコマーシャルなどでも、ヨーヨーマのチェロなどで皆様もよくお聴きになっていらっしゃるかと思います。今日は松本昌敏が連弾にアレンジしたものをお聴き頂きます。
(演奏 : 第1奏者…小笠原 順子、 第2奏者…馬場 節子)
今日のコンサート、皆様お楽しみいただけましたでしょうか。
では最後に、皆様とご一緒に「見上げてごらん夜の星を」を歌って終わりにしたいと思います。歌詞は、プログラムに挟んでありますので御覧下さい。
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