尺八課外読み物

飯田峡嶺


14.地唄・箏曲(その2)

三味線組唄の発生(1615〜1643頃箏組唄の発生より少し早い)

戦国末期の流行唄弄斉節辺りから、三味線が伴奏楽器となって来たが、当初は勝手な弾きようで唄に合わせていたものが段々発達して、一づの三味線音楽となる過程に於いて先ず三味線組唄となったものであろう。
その発生整理にづいて諸説あり、次に表にして示す。
組唄は本手・破手(派出の意)裏組に別れて居るがその区別も諸説あり、その区分を示す。

書名 創始者 伝承者
糸竹初心集 石村検校(琉球組創始) 虎沢検校(破手組創始)→山野井検校
大怒佐(色道大鑑) 虎沢検校 沢住検校
松の葉 石村検校 柳川検校(破手組・裏組作曲)
書名 本手 破手 裏組 秘事秘伝
糸竹大全
大怒佐
琉球組 待つに御座れ らんごや
しのび組 長さき・比良や小松 ゆりかん
うき世組 藤五郎 石引 はやふね
ひんた組 じょや 八もじ 名よせくみ
ふしゃう組 くずの葉 かね引 さかひ組
こし組 京かのこほそり 中島組
とり組 黒船 たき 七つになる子
松の葉 琉球組 待つに御座れ (初伝)揺上(ゆりかん)
鳥組 葛の葉 錦本 (二伝)乱後夜(らんこや)
腰組 比良や小松 青柳 (三伝)七つ子
不祥組 長崎 早船 (四伝)松むし
飛弾組 下総ほそり 八幡 (五伝)浅黄
忍組 京鹿子 翠簾 (六伝)茶碗
浮世組 端手かたはち なよし (七伝)堺
(八伝)中島
現在大阪系野川 琉球組 待つに御座れ 志津 (中許)
早船
八幡    ゆりかん
乱後夜   なより
みす    弄斉
とり組 長崎 錦木
こし組 比良や小松 青柳
不祥組 京鹿の子
ひんだ組 下総 (大許)
七つ子 晴嵐
浅黄 堺
茶碗 なかしま
松虫 ほそり
忍組 くれない
浮世組 かたばち
(片撥)

以上の外京都系柳川流または野川流と差異あり。
ヒ記は、年代順に並べたもので時代が下がるに従い内容が変革・整理されて来た。
然し乍ら、前記の如く流行歌・俗謡の伴奏から逐次独立したものであるために、その歌調は、小唄・俚謡・踊唄・歌舞伎歌・御船唄・狂言小唄など、当時の歌句を集めて三味線を伴奏とし歌と歌との間に、三味線の手(器楽部)を付して一編の曲としたものであるために、その歌詞も一曲全編にわたって一連となる長い歌詞は、まだ出来なかったので無関係な歌詞を数編組み合わせて一曲としたので「組唄」の名称が出来たと称される。

下にその歌詞内容を2・3記す。(大怒佐による)

本手唱歌琉球組
  1. 比翼連理よの 天に照る月は 十五夜がさかり あの君さまは いつがさかりよの
  2. 思いは滋賀の 松風ゆえ死なでごがるヽ 死なでこがるヽ
  3. 深山おろしの 小笹のあられ さらりさらさら さらさらとしたる心こそよけれ
  4. けはしき山の つずら折りは くるりくるくる くるくると したる心は おもしろや
  5. とろりとろりと しむるめの 笠のうちよりしむりや 腰が細くなり候とても立つ名が やまばごそ ごちらえお寄りやれなう 柴垣越しにものいをに
  6. 小原木 買はい買はい くろ木召さいの てうりやう ふりやう ひゆやりや ひやるろあらよ ひふりやう るりひよう ふりやう
破手組唱歌 待っにござれ
待つに御座りた いとしの君や 今宵ござらば こがれ死の深山清水は
底から澄むが 君の心は底からか われは谷水でごとは出たが 
岩に堰かれて落ち達えぬ浅きちぎりに逢ひ訓れそめて 
深さ思いは涙川 君の仰せをまづばかり まっばかり
どうみ今度ござらは 持て来てたもれ きぶのお山の桧の木の枝を 
あヽ浮き世それそれそればかりの 思いはをいよえ
裏組 しづ(松の葉)
神のお前のお主運縄 そよふく風にも靡けはなびく つらさ心を打捨てヽ
ものぐねになめされて そうぷりわるや打解けよ くすみても詮なや
山がらが 篭のうちでの恨み言 かごが小篭で もんどり打たれぬ 七里小浜のな
砂の数程思へども 縁が薄いやら添ぴもせぬ
をつとは錦木とり持ちて 鎖いたる門をたヽけども 内にごたふる虫の音の
思いきろやれ恋の道 きりはたりちゃうちゃう
忍べども 思う君には逢わずして 村さんめは はらはらほろと降るほどに
思いきろやれ 恋の道 きりはたりちゃうちゃう
とてもお捨ちゃるものゆえに 去りがたいとて 抱かれうか 浮世の中の讃欺に
さ 言ひづる事よのと言はりよ よりもなまなか→ 夜はまいるまいよ
いや いや いやなら始めに 否とはおしやらで 今さら何とならうぞいの
思はざな 来そ 増す花狂ひせうずもの わざくれ

斯くして組唄は完成したが(本手完成は元和〜寛永の間)何しろ最初のものであり、作曲に一定の形が生じ千編一律に感じられ次第に民衆からは飽かれた。
そのため、有名な伊原西鶴はその著中に「素人に面白からぬ本手の小唄」と書かせるに至り、元緑頃は既に古風なものとして時人にはかえりみられないで当道の法師のみが伝承していた。


長唄

現在長唄と言えば杵屋何々の三味線楽を考えるのが常識であるが、三味線の組唄に続いて検校・法師の作曲した地唄をこヽでは指す。
組唄は、一曲の全絹にわたって一連の連絡ある歌詞のものでなかったのが、長唄では、曲中の歌詞が長い文句の一首の歌になっている事から長唄と名付けられた。
また、当初の作品は本調子が用いられる場合が多い。
(此れに対して、杵屋何々の方の長唄は「江戸長唄」と称して区別するのが邦楽研究家一般の区分方法である)

◇初期長唄曲名(時代順、近代になるに従い多くなる)大怒佐所載

まがき。こいくち。かすがの。もしほ草。小町。川竹。をざヽ。さらし。山づくし。タざれ。花のえん。手まくら。八重梅。はる風。恋ごろも。あきくさ。いくはる。なみだ川。うかれめ。しかまっり。手まり。木やり。(22曲)

◇松の葉所載

著みどり。まさみち。不二まうで・・・・下冬草まで12曲佐山作曲
四季。八重梅。春日野・・・・・・・・・・・以下らつひまで10曲市川〃
笠寺。山づくし。タざれ・・・・・・・・・・・以下香づくしまで15曲浅妻〃
時雨。月兒L。あだ枕・・・・・・・・・・・・以下色香まで6曲小野川〃
梅づくし(為沢) 小笹(生田) 晒(北沢) かぞえ歌(野川)
秋草(松岡藤島) 恋草(松岡) しののめ(武州花都)            計50曲

◇現存野川流(稽古順)

雛鶴(藤林) 小夜衣(佐山) 子の日(野川) 冬草(佐山) 滝尽し(小野村) いく春(朝妻) 春風(市川) 松尽し(古藤永) きれ尽し(哥木) 香尽し(朝妻) 櫻尽し(佐山) 難波獅子(継山) 玉くしげ(小野川) 色香(朝妻) 春日野(市川)うきね(朝妻) 数え唄(野川) 小紫(朝妻) 六段恋慕(岸野次郎三) 白菊(寄本) 舞扇(野川) 八重梅(市川) 若松(野川) 関尽(藤林) 手枕(市川) 木やり(佐山) もしほ草(佐山) 秋草(松岡藤島) 七草(津山) 梅尽し(為沢)鎖倉八景(朝妻) 貴船(藤林) 花の宴(朝妻) つつじ(佐山) 長歌尽し(深草) 都獅子(津山) しぐれ(小野川) 東雲(花の郡) 朝帰り(市川) 若草(市川) 月見(小野川) 紅葉尽し(津山) 恋衣(佐山) 清水詣(継橋) わが身(政島) 関寺小町(岸野次郎三) 大和琴(深草) うら錦(寄木) 狐火(岸野次郎三) 照君(宇野都) 袖しぐれ(今川) ・・・・以上51曲

◇現存京系長唄

岩根の松。有馬富士。かんたん。名取川。夏景色。梅ケ枝。うき寝。善知鳥(ウトウ)新松風。あずさ。富士太鼓。関尽し。関寺小町。小夜神楽。六歌仙。鉄輪(カナワ)櫻尽し。きれ尽し。つつじ。石橋。(シャッキョウ)古道成寺。貴船。葵の上。山姥。藤戸。娘道成寺。滝尽し。狐会。大和文。竹生鳥。

◇長唄の歌詞は省略するが、まだ幾分組唄の匂いが残っている。


端唄

三味線組唄を本曲として、その流れを引くものを長唄、その他の小曲を端唄と称し、長唄に続いて発生したと考えられる。
端唄は、その名の示す如く小曲が多いが、後代には長い歌曲の端唄ものも作曲され内容は複雑になったが、ごの端唄ものこそは地唄の粋として代表的なものである。
之に属する主な曲名を次に示す。

黒髪。鶴の声。雪。袖の露。ごすのと。四つの袖。袖香炉。扇ずくし。蓬菜。朝戸出。おぼご。菊。芋がしら。っ雲に梯橋。通う神。万才。由縁の月。名古屋。露の蝶。菊の露。浮船。菜の棄。すりばち。あや鶴。まさ鶴。けしくぐり。口切り。袖時雨。青葉。影法師。以上の内、雪・青葉・袖しぐれ・の三曲を三唄物と称して、最も代表的なものとされている。

歌詞を数曲記す。(カッコ内は作曲者名)

青葉(杵屋長右衛門葛山四郎兵衛)
こわ情なの仕業やなさのみんには辛らかりそ悲しみの涙眼にさへぎりて
西も東も白波のよるべさためぬ泡沫のいっそ泡とも消えもせで焦れこがるる
身の行方青葉青葉と呼べども浜の浜の松風音ばかりそよとはかり
便りもがなと恨みなげくぞあわれなり
袖しぐれ(今川勾当)
などやづれなき心と心袖にしぐれの時しもなきに時雨は袖の袖は
時雨の時しも分かで
露の蝶(哥木検校)
世の中は何にたとえん飛鳥川昨日の渕は今日の瀬と変わり易さよ人心
今は此の身にあいそもごそは月夜の空や荷は鶏鐘を恨みしことも仇枕
憂さを知らずや草に寝て花にあそびて朝には露に養う蝶々の身ぞ羨まし味気なや
思い切りなき女子気の涙にはたす袖袖枕
朝戸出
定めなき嵐も添ひて同じ江に花かと霜の置きても独り鳥の鳴く声春には
にても落葉いろいろ落葉がなかに好いて銀杏の取り上げ髪の
結えば姿も大阪と言う在所生れの梅の花

以上の如く、歌詞は純然たる抒情のものが多く、遊里趣味の勝ったもので歌詞の材料は、色街と恋愛を取扱ったもので、元禄以後の遊蕩気分が現れている。
之等は、江戸時代音曲のエキスとなって芝居の合方に応用されたり江戸長唄のメヤスになって江戸の劇場にも用いられた。逆に、劇場音楽から地唄の方に移されこれを「芝居唄」と称した。

歌詞を謡曲から取ったもの。(曲調は無関係。元禄・永宝・正徳年間)
山姥。鉄輪。富士太鼓。高砂。桜川。松風。八島。道成寺。鵜飼。葵の上。照君。石橋。新道成寺。歌占。同せめ。放下僧。かんたん。(二上りもの)
女狸々。大江山。八景。四季の雪。西行櫻。(三下りもの)
外に融。鳥追。翁。老松。善知鳥。新青柳。虫の声。弥生山があるが、謡い物とは称せぬ事になっている。
当時の地唄は、変通自在にあらゆる音曲を自家薬寵中のものとし、古格を一変した。
唄い物が出て地唄の黄金時代をなした。