雑感/絵話ところで、「安珍・清姫の鐘」が、2004年秋に数百年ぶりに里帰りしました。鐘は、もともとは道成寺にあったが、秀吉の刀狩により京都に持っていかれたと、小学校のとき教えられた。しかし、豊臣秀吉の紀州攻めの戦利品として、京都に持ち去られたらしい。テレビで鐘を見たが、随分小さな鐘(高さ1.1m、重さ250kg)だった。そう感じたのは、多分こどもの頃見た張りぼての鐘が、大きかったせいだと思う。何でも里帰りは、熊野古道が世界遺産に登録されたことなどから実現したらしい。 参考:昔話「日高の龍」
安珍清姫物語―高齢者向け紙芝居
映画「娘道成寺 蛇炎の恋」2004
安珍清姫伝説を訪ね道成寺へ
絵話との出会い
ゆっくり話されるので、話の展開がゆっくりだ。テレビやビデオのあのスピードではない。でも、いつしかそのゆっくりが、ゆったりとに変わって、お話の中に自然と入っていける。同じものを2度3度と聞いても、同じものはない。いつも何がしかの工夫がされている。だから、一枚の大きな絵が、次の絵をめくることなく、多彩に変化する。 "ゆっくり"を"ゆったり"に変える方法を知っていたなら、あの日の夜のようなことは起こらなかったと思う。変える方法は、絵話にヒントがある。 あの日、私はそのテレビを見ていました。注射器が出てきたり、爆発があったりとちょっと恐かったかなという印象です。大人とこどもの見る視線は違うので何ともいえませんが、この夜のポケモンは、個人的にはスピード感があり、好きなSFストーリーでした。うちのテレビは小さかったので、それ程でもありませんでしたが、ワイドなものでは結構刺激が強くて迫力があったのではと想像します。激しく光を点滅するパカパカという技法を使っていたので、光過敏症の子には影響が出やすい状況になっていたのかもしれません。また、パース技法というのも多用されていたので、一種車酔いのような現象で気分が悪くなった子もいたんじゃないかと思います。 こども達を取り囲む環境に年々大きな変化があり、その変化がかみ合わなかったずれが、こういう形で現れたのかなと思ったりします。たまに舞台でストロボを使用することがあります。単発なので問題はないかと思いますが、連続で使っている劇団もなかにはあるんじゃないかなと。稲光の場面には効果的に使えそうですし。これからは、医学的な知識も身につけて、舞台に立つ必要があるのかもしれない。 ヨーロッパでは、そのようなことが数年前から予想されていたので、厳しい映像規制が敷かれていたようです。日本のテレビ関係者もそのことは知っていたはずなのですが。なぜ危険性に目をつぶっていたのでしょうか。ひょっとすると、今も何かの危険性に目をつぶっているのではと、勘ぐってしまいます。 映像文化の中にサブリミナル効果を入れてはいけないとは知りつつ、実際どこまでのチェックがなされているのでしょうか。映像や情報の津波に押し流されないように、率先して、今は"ゆっくり"を"ゆったり"に変えていかなければならない時代です。先生が、そう天国からおっしゃっているような気がします。
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