芥川龍之介「蜘蛛の糸」

からからからくりのぞきからくり　お次はいかなる物語

　ある朝　極楽蓮池のふち　ぶらぶらとお釈迦様
　何気に蓮の葉の間から　下をご覧になりました
　三途の川や針の山　ちょうど地獄が見えました
　のぞき眼鏡を見るように　底では罪人ふごめいて

　一人の男　その中にいた　人を殺めた大泥棒
　家に火をつけ悪事の限り　カンダタというその男
　それでもひとつよいことを　いたした覚えがありました
　小さな蜘蛛を見つけたとき　踏まずにそのまま逃がしました

　　道端で踏み殺そうと、足を上げたカンダタでしたが、
　　「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違いない。
　　その命を無闇にとるということは、いくら何でも可哀そうだ」
　　そう思い返したのでした。

　よいことをした報いに　救い出さんとお釈迦様
　蓮の葉には極楽の蜘蛛　銀の糸かけ涼やかに
　そっとその糸御手に取り　まっすぐ下に　お釈迦様
　遥か見える地獄の底に　一筋お下ろしなさいました

　こちらは地の底　血の池で　浮いたり沈んだり　カンダタ
　暗闇に光るは針の山　言い表せない寂しさで
　そこへ銀の蜘蛛の糸　人目を恐れ　するすると
　これはしめたとこの男　上へ上へとたぐり登る

　針の山も血の池も　遥か下に見えました
　ところが他の罪人たち　せっせせっせと登りくる
　これでは細い蜘蛛の糸　ぷつりと切れてしまうかも
　　「この蜘蛛の糸は己のものだ。
　　お前たちは一体誰に尋いて、のぼって来た。
　　下りろ。下りろ」
　と言ったとたんに糸が切れて　みんなすべからく　闇の中

　いたく悲しく蓮池のふち　ぶらぶらとお釈迦様
　それでも池の蓮の花は　少しも頓着いたしません
　何ともいえないよい匂い　金色の蕊に絶え間なく
　ゆらゆら萼を動かして　極楽はもう午に近くなり

　からからからくりのぞきからくり　これにて『蜘蛛の糸』はねました

* 語り節の中にチョイト・チョイトチビチビなどの合の手が入る
* 2尺（1尺は約30.3cm）の2本の棒で調子をとりながら語られる
参考：のぞきからくり「蜘蛛の糸／芥川龍之介」の台本

付記1：
* このお話は、私が小学校5年生のとき国語の教科書に出てきました。題名は「くもの糸」だったかもしれません。ちょうどその頃、NHKのテレビでやはり芥川龍之介の「杜子春」のお話がありました。絵本を映しているような動きのない絵でした。それでも、どきどきした印象が残っています。私の心の琴線に触れる部分があったから印象深く残ったのでしょう。

参考：
パネルシアター「蜘蛛の糸」
紙芝居「くもの糸」
紙芝居「くもの糸」の台本（カジハラ啓伺）

付記2：
　またこのお話の文章は大変すぐれているので、発声練習の定番といえば、「外郎売／若緑勢曾我」」や 「「こんきょうじ／琴線和歌の糸」」ですが、教科書に採用されることを度外視しても、発声練習や朗読力を培う手本として、多くの劇団に採用されています。タレント学校の教材としても取り上げられています。
参考：使える発声練習「蜘蛛の糸／芥川龍之介」

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